第2話 異世界転生
(はっ!)
私は目を覚ました。
(さっきのは夢…?。)
不思議に思いつつも、目覚めことができた事実に少し安堵した。
きっと夢だったに違いないと自分に言い聞かせる。
「い、いたい…」
夢の中でも頭が痛かったが、どうやら現実にも痛いらしい。傷む箇所を探ろうと、手を動かそうとしたが、なんだか重たくて、うまく動かせない。諦めて、まだぼんやりと霞がかっている視界をなんとかしようと、ぱちぱちと瞬きをした。
瞬きを繰り返していると、だんだんと記憶がはっきりしてきた。そうだ、私、車にひかれたんだ!
確か、子供を助けようとして、飛び出して…。それからどうしたんだっけ…?
事故当時の記憶がフラッシュのように脳内に溢れてくる。
一つ一つ確かめるようにしっかりと瞬きを繰り返していると、だんだん視界がはっきりしてきた。
同時に、細切れだった意識もまとまっていく。
私は、一度ギュッと目を閉じ後、ゆっくりと目を開けた。一番最初に目に入るのは病院の白い天井であってほしい、と願いながら目を開ける。
「んー…?」
見えてきたのは白い天井ではなく、赤い天井だった。
「赤とは意外なテイスト…」
私は首が動きそうなのを確認してから、ぐるりと周囲を見渡す。
「え!これは…!」
なんと周囲は、バロック様式の装飾華美な家具や絨毯があしらわれた豪華な部屋だった。
先ほど葵の視界にうつった赤い天井は、自分が寝ているベッドの天蓋に貼ってある、ベロア調の布だ。
「こんな病院、近くにあったかしら。」
私は上半身を起こしながら、点滴も何も付いてないのを確認して、ふかふかの天蓋付きベッドからゆっくりと降りてみた。
頭の痛みに反して、身体は問題なさそうだ。少し違和感があるが、歩けるし、動かせる。裸足の足に、ふかふかの絨毯がくすぐったい。
「無駄に広いわね。」
私は部屋をぐるりと見て回る。
自分が寝ているベッドは、先日パリに行ったときに観光した、ヴェルサイユ宮殿の『王妃の寝室』の中央にぽつんとあったベッドそのものだ。
金縁刺繍が施された、壁紙とおそろいの布地の布団がきれいにメイキングされている。
部屋の一番目立つところには暖炉があった。炎が煌々と燃えている。なんとおしゃれな病院の個室だろうかと思いながら、ゆらゆらと揺れる火を見つめる。
布団から出たせいか、私はぶるっと体を震わせた。こんなに頭が痛いのは寒いせいかもしれない。
確か季節は秋だったかと思うが、いつのまにもうこんなに寒くなってしまったのだろうか。
私は、火の近くで温まろうと、暖炉の傍へ歩いていった。
「これは…いったい何かしら。」
暖炉で燃えていたのは薪ではなく、赤い石炭のようなものだった。
ボルドーといってもいいくらいの暗紅色の、オパールのような小ぶりの石が積みあがっており、その石が燃えているのだ。
「石炭ってこんな赤かったかしら…。燃えて赤くなってるだけかな?」
目の前の不思議でおしゃれな装置にくぎ付けになっていると、突然背後でガシャーンと音がした。
振り返ると、メイド服を着た女性が口に手をあてながら、立っていた。
(あ、ベッドから出たのがまずかったかな。)
突然入ってきたメイドさんの様子に、まずい、と思った瞬間、そんな事を気にも留めないほど、そのメイドさんが取り乱した。
「お嬢様!!お目覚めになられたのですね…!すぐにお医者様を呼んでまいります!」
いきなり入ってきたメイド服の女性は、そう叫ぶと身を翻して部屋の外へかけて行った。私が声をかける暇もなかった。
「ここの看護師さんはメイド服が制服なのね。誰の趣味かしら。」
セクシャリティの権化のような病院だったら、今の時代に似つかわしくないわね、と考えると同時に、ぞわぞわと嫌な予感が首をもたげた。
頭がさらにガンガンと痛くなってきているのを感じる。
私は自分がお嬢様と呼ばれたことや、この豪華すぎる個室、メイド服の女性を次々と思い出し、ある結論に行きつく。
その嫌な予感を払拭させる何かを探そうと、もう一度ぐるっと部屋を見渡すと、大きな鏡が目に入った。
脳裏には「レティシア」の言葉が残っていながらも、私はゆっくりと鏡に近づいていく。
「これ誰…?」
そこに写っていたのは、くっきりとした大きな目に蒼の瞳。バシバシのまつ毛と、白い肌。
すらっとした長い手足と、これは…くびれ!これがくびれ!が、すごい、ちゃんとある。
「もしかして、これがレティシア…?とても美人…なのに…」
髪の毛があまり手入れされていないのか、とても綺麗な金髪にもかかわらず、長く伸ばしっぱなしで、うっとおしい前髪が持ち前の美しい顔を隠してしまっていた。歳は16か17歳くらいだろうか。本来の美しい容姿と共に、子供とも大人ともつかない独特の魅力と、思春期のふっくらした雰囲気があり、髪の毛をもっと手入れしたら、まだまだ美人になる可能性を秘めている。
(いや、いやいや、ちょっと待って。)
思わず見惚れてしまったけれど、私はただの大学院生のはずだ。
ものぐさで手入れもしていない髪は同じだが、研究発表前の資料作りで連日徹夜し、お肌はボロボロ、クマがひどかった私はどこに行ったのだ。
頭の芯は、より一層ガンガンしている。
「何かいろいろな夢が重なっているだけかもしれない。」
心を落ち着けるためにそんな事をつらつらと考えていると、部屋の外がなんだか騒がしくなってきた。
「さっきのメイドさんが戻ってきたんだわ。」
私は急いでベッドに戻った。扉が開いて、ドタドタと数人が部屋の中に入ってきた。
「レティシア様!」
部屋に入ってきた人の第一声を聞いて、私は避けていた考えを確信に変えざるを得なかった。
『レティシア』その名前を聞いた瞬間、ずっと痛かった頭だったが、とうとう気が遠くなるほどの痛みと、レティシアが倒れる寸前の記憶が流れてきた。
メイドさんの心配そうな顔をみながら気を失う瞬間、私は全てを悟っていた。
(これは…異世界転生だ――――…!!)
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