第32話 食事に飽きが来ています

「ジャンマルコ、クロエ。申し訳ないのだけれど。ここ最近、シノイの肉が続いていますわ。わたくし、そろそろ飽きてきましてよ?栄養が偏ってもよいことはありませんわ。」

スカーレットは、今日も夕食を完食した。ただ、自前のナプキンで口元を拭きながらメニューに対しての苦情を口に出す。


ぎくり


私は、そろそろだろうと思っていたが、とうとうか、と観念した。ジャンマルコとクロエが、申し訳なさそうにこちらに視線を送ってくる。


「ごめんなさい、スカーレット。私のせいだわ。」


私は座りながら、深々と頭を下げた。

そうなのだ。私がシノイを繁殖させてはジャンマルコがさばき、繁殖させてはさばき、もうシノイの干し肉でいっぱいなのだ。


「あなたはいったいなにをしておりますの?」

「(メンデルの実験…。)」

「なんですって?」

「うーん…強いて言うなら血の実験…?」

「なんですって?!」


遺伝実験と言いたかったのだが、あれこれ考えた結果、物騒な名前になってしまった。魔術大全では血という表現を使っているから合わせてみたが、ままならない。


「違う違う!そんな物騒な実験じゃないよ。シノイを交配させて、魔力が引き継がれるか実験してるの!」

「そんなもの、引き継がれるに決まっています!怪しげな実験はおやめなさい!」


スカーレットがぴしゃりと言い放つ。

「引き継がれるって決まっているの?」

「調べたことはありませんが。魔術を使えない魔獣など、笑止千万ですわ。」

「今のところ確かに、100%引き継がれてるんだけど、魔術を使えるようになるまでは、一定の時間が必要みたいなの。その時間に個体差があるみたい。」

「聞こう。」

スカーレットの断定にぽろっと漏らしてしまった言葉に、今度はルカが身を乗り出す。


(まだ検証中なんだけどなぁ。)


私はまず、魔力発現が、突然変異、つまり後天性のものなのか、遺伝変異、つまり先天性のものなのか、調べたかったのだ。新・魔術大全によれば、人間は後天性が多いらしい。突然変異であれば、癌がそうであるように、その発生機序や原因も不明瞭な部分が多いだろう。

そもそも魔獣と人間の魔力発現機構が同じであるという仮説を前提とした実験なのだ。その前提が崩れていれば成り立たない。とはいえ、まずはやってみているのだ。


実験とは、仮説と検証の積み上げである、とは誰の言葉だっただろうか。


私は仕方なく説明を始めた。


「えーっと。魔術が使える、つまり、土をふかふかにできるオスとメスのシノイがいるでしょう?その子供が四匹産まれたんだけど、その子達は全員魔術を使えたわ。でも、その内の小さく産まれた一匹は、他の兄弟より魔術を使えるのが遅かったのよ。」

「成長と共に魔力が増えたんだろう。」

「そうだと思うわ。それで、その四匹のうちの一匹と、また新しく生まれた魔力の発現が遅かったシノイを掛け合わせたの。」

「ほう。」

「そうしたら、その子供四匹は、全員魔力の発現が遅かったわ。ちなみに、魔力の発現が早い個体同士を掛け合わせると、早い個体が生まれたの。」

「そうすると、やっぱり魔力は引き継がれることになりますわね。」

スカーレットがジャンマルコに入れてもらった食後のお茶を飲みながら答える。

「そうね。あと、別に魔力の発現が遅かった個体が、必ずしも魔術が弱いわけではなくて、他の兄弟たちと同じくらいの広さの土をふかふかにできてたの。」

「つまり、親が魔術師ならば子も魔術師になるが、魔力の発現タイミングは親の性質を引き継ぎつつも、魔力量には関係ないと言うことか?」

「そういう事になるわね。魔力量が親の性質に関係ないかはわからないわ。私はシノイが土属性だからと思ってるの。」

「ぼくと一緒?」

「そうよ。」

パウラは土属性という単語だけ聞いて、自分に関係にありそうだと思ったのか、会話に加わった。さっきまで、ちんぷんかんぷんといった感じで、ゆっくりとスープを飲んでいた。

「パウラはツァーリがないのにリッキーが使えていたでしょう?」

「うん。ぼくは、気がついたらリッキーがそばにいたよ。」

「つまり、ツァーリがなくても土属性は魔術が発動しやすいのね。午後からの魔石実験でやろうと思っていたんだけど、たぶん、土の中にツァーリの原石が混じってるんだわ。」

「なるほど。少量の魔力で魔術か発動できるなら、魔力量が親に依存しないとも言い切れないということか。」

「そうね。今回のシノイの実験では、それしか分からなかったわ。あとは、これから成長による魔力量の増加があるかは調べるけど…ルカはどうやってあの時私の魔力量がわかったの?」

私は忌々しいルカとの初対面の時を思い出す。

「ああ、未熟な風の魔術師と水の魔術師は、なんとなく魔力量がわかるんだ。身体から蜃気楼みたいに魔力が覆っているのがわかる。」

「そうなの。じゃあ土属性のシノイはわかりにくいかもね。地道に土をふかふかにする範囲で見ていかなきゃ。」


「成長と共に魔力量は若干増えると思うがな。特にパウラは急激な成長に魔力制御がついていかなかったんだろう。このままスカーレットから魔力制御を習えばそのゴーレムはまたちゃんと動く。」

「そうなの?やったぁ!」

「ちょっとお待ちなさい。なぜわたくしが教えなくてはならないの?もとはといえばレティシアが引き連れて来たのでしょう?」

スカーレットがじとりとこちらをみる。

「人に教えられるほど私もわかってないわよ。今スカーレットが私に教えてくれてるみたいに教えてくれたらいいんじゃない?」

「待ちなさい。師匠はルカでしてよ?いつわたくしがあなたにも教えていますの?」

「え?私、ルカよりスカーレットに教えてもらっている時間の方が長いわよ?」

「ルカ・マルティネス!!」


スカーレットは机から立ち上がり、今度はルカに怒りの矛先を向けた。


「教えることも気付きになるだろう。それに、お前の方が教えるのに向いている。話が逸れているぞ、レティシア。」

ルカはスカーレットにしれっとそう言い切り、強引に逃げようとする。対するスカーレットは「そうかしら?気付きになるかしら?」と半信半疑ながらも、褒められたら悪い気はしないのか、納得して着席した。

スカーレットは丸められやすい。

「逸らしたのはルカじゃない?まぁいいけど。」

私はそういって話を元に戻した。

「あとは、特にわかったことはないわよ。次はできるかわからないけれど、豚とシノイを交配させてみようと思うわ!」

そう私が宣言すると、食堂がざわざわとし始めた。

「豚とシノイですって?!」

「お嬢様、それはやりすぎでは?」

カナリアの、比較的常識人たちは驚愕の目でこちらを見てくる。

「ちょっと待て、これ以上肉が増えるのか?」

「ああ、いいんじゃないか?」

「交配ってなに?」

ジャンマルコは肉の心配をし、ルカは実験の後押し。パウラはそもそもわかっていない。


「もう少し、落ち着いてからにしようかな…。」


私はカナリアの面々の反応を総合して、豚とシノイの交配は先延ばしにすることにした。スカーレットとクロエには黙ってやってもいいかもしれない。特にスカーレットとクロエは倫理観について考え始めている。元いた世界ではイノブタという雑種が野生でもいたから、大丈夫かと思ったが、魔獣と非魔獣の交配はよくないのかも知れない。


「そうだな、レティシアちゃん。その実験、しても構わないんだが、シノイの干し肉を街のみんなにお裾分けしてきてからにしてくれ。」

「わかったわ。」

ジャンマルコの関心ごとは肉の在庫処理のようだ。私は街へ行くことを了承する。

「ぼくも行きたい。スカーレットも行こうよ。」

「いいんじゃないか?街に行って顔を売ってきてくれ。」

夜中にカナリアに来てから、街の方には行っていなかったパウラと、街の人にまだ認知されていないスカーレットもジャンマルコの勧めで一緒に行くことになった。


――――


「私もまだあんまり街の方は詳しくないんだけど。」

私はそう言いつつも知っている人の元を尋ねる。

まずは宿の女将さんのところへ行けば間違いない。


「女将さん。お久しぶりです。」

「あらあらレティシアちゃん、元気にやってるかい?」


宿の扉を開けると、女将さんが気さくに声をかけてくれた。ちょうど受付周りを掃除していたところのようで、ほうきとちりとりを持っている。

「うん、魔術はちゃんと上達しているのよ。」

「そりゃよかったねぇ。あのルカに教わるっていうからどうも心配してたんだけど。」

女将さんはにこにこしながら受付に椅子を持ってきてくれる。

「ありゃ?そっちのお嬢ちゃんたちはどうしたんだい?」

「最近、私と一緒にルカの弟子になったスカーレットとパウラって言うの。」

私は女将さんに二人を紹介する。

「はじめまして。パウラだよ。」

「わたくしはスカーレット・ガルシアですわ。」

「おやおやおや。レティシアちゃんが来た時も大騒ぎだったけど、またルカにこんな可愛らしい弟子が増えたのかい?お嬢ちゃんたち、本当にあのルカでいいのかい?」

女将さんは三人分の椅子を準備すると、エプロンで手を拭きながらお茶を入れてくれようとする。

「あ、女将さん、ごめんなさい!今日はカナリアで作ったシノイの干し肉が大量にできたから、お裾分けに来ただけなの。」

私はそういってジャンマルコが持たせてくれた籠からシノイの干し肉を取り出して女将さんに手渡す。

「ああ、ありがとう。ありがたくいただくよ。ジャンマルコが作ったのかい?」

「ええ、そうよ。」

「それは美味しいに決まってる。」

女将さんはニコニコしながら受付に干し肉の包み紙を置いた。

「じゃあ長居はできないんだね。スカーレットちゃんとパウラちゃんだったかな?またおいで。ここで宿屋をやってるクレアだよ。」

パウラは女将さんにくしゃくしゃと頭を撫でられて嬉しそうだ。

「そうだ、シノイのお礼に何かお返しはいらないかい?」

「ありますわ。」

スカーレットが女将さんの言葉に即答した。

「何か困り事があれば魔術師に依頼をしていただきたいわ。」

「それだけでいいのかい?わかったよ。何かあったらカナリアに行くさ。ありがとう。」

私たちは目的を達成したのち、女将さんのところを後にした。


「次は、シノイの小屋を作ってくれたヨハンさんのところに行こう。」


そういって私たちは、大工のヨハンさん、宝石店のマリアさんなどいろんな人たちを訪ね歩き、最後はルフィナおばあちゃんのところへ行ってカナリアに戻った。

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