第三章:カナリア

第33話 初めての依頼

「三人とも、依頼がきたぞ。」

ルカが朝食の時に、めずらしく口をきき、一枚の紙を持ってひらひらとさせた。


「依頼?」

私はきょとんとしながらルカに聞く。パウラも同じようにルカを見ていることから、私と知識レベルは同じだろう。

「そうだ。」

「依頼って何?」

「魔術師の仕事だな。」

「私たちがするの?」

口数の少ないルカとの会話には慣れてきたつもりだったが、あまりにも要領を得ない。ちらりも横を見ると、案の定イライラしているスカーレットがいた。机の上に置かれたスカーレットの拳がぷるぷると震えている。


「お待ちなさい!そんな一問一答をしていては日が暮れてしまいますことよ?」

スカーレットはキッとルカと私たち睨んで話し始めた。

「正式な魔術師になるためには、試験を受けなければなりませんわね?」

「そうだ。」

「その試験を受けるために、依頼を3回こなさないといけませんことね?」

「そうだ。」

「その試験要件になっている依頼を受ける、という意味ですわね?」

「その通りだな。」


パウラと私は、思わずぱちぱちと拍手をした。見事なバックキャスト構文だ。

「だから昨日、街の人に依頼をするように言ってたんだ。」

「この街には、本部があったなごりなのか、魔術師に正式に依頼をする、ということが少なすぎますわ。」

スカーレットの指摘に、ジャンマルコは、はっとした顔で頷く。

「確かに、俺とルカでほとんど隠居のように過ごしていたから、本来なら依頼するところを、適当に頼まれて適当に仕事していたなぁ。」

私はルフィナおばあちゃんのことを思い出す。ルフィナおばあちゃんの頼みごとも、本来であれば依頼だったのかもしれない。

「いけませんわ。魔術師として正当な対価をいただかなければ。」

「その通りだな。」

ルカが珍しくスカーレットの言葉にうなずいた。


「依頼は、私たちだけでいくの?」

私は依頼の背景が共通認識されたところで、本題に入る。

「あぁ。」

そう返事をしながら、ルカはちらりとスカーレットを見る。

「スカーレットはすでに依頼を3回こなしているだろう。別にいかなくてもいいぞ。」

「ルカは行きますの?」

「俺は行かない。」

「では、わたくしが参りますわ!二人だけでは不安ですもの。」

パウラと私はまたしてもスカーレットの男気にぱちぱちと拍手をしてしまう。スカーレットは追い打ちをかけるようにルカに言い放つ。

「あなた、最近マシになってきたかと思いましたが、わたくしの幻想でしたわね。師匠としての自覚がたりなくてよ。通常、初めての依頼には師匠が同行するものです。わたくしのおじいさまも…。」

「それで、どんな依頼なの?」

スカーレットは、尊敬するおじいさまの話になると、いつも長い。私はルカに依頼内容を確認する。

ルカは、にやっとしながら依頼書を私に渡してきた。スカーレットは、自分の話を中断されたことにムッとしていたが、依頼内容が気になるようで、一緒にのぞき込んできた。

私とスカーレットは依頼書を上から読み上げる。


「依頼主、マリア・テレジア…」

「場所、イエール周辺…」

「「依頼内容、迷い猫をさがして…」」

「あ、猫が描いてあるね〜」


スカーレットと綺麗にハモリ、文字が読めないパウラは猫の絵に最初に目がいったようだ。

そこにかいてある猫のイラストは、魔獣や精霊ではなく、あのかわいい猫のように見えた。


「俺が必要なら、ついて行ってやろうか?」

ルカは依頼書にくぎ付けになっている私たちに、腕を組みながら揶揄するように言い放った。


つまり、私たちの最初の依頼は、猫探しのようだ。

「な、な、な、なんですの…。この依頼は。」

スカーレットの依頼書を持つ手がふるふると震えている。そのままグシャっと握りつぶしてしまいそうな勢いだ。スカーレットの血圧が心配だが、確かにこの依頼内容なら別に魔術師である必要はないよね、とも思う。

とはいえ、れっきとした正式な依頼だし、街の人が困っているのであれば助けてあげたい。

「スカーレット。とりあえず初めての依頼だから、やってみたいな。」

「僕も!」

パウラが勢いよく手を上げる。スカーレットはそんなパウラを見て、目をぱちぱちさせて驚きながら、少し冷静になったようだ。

「そうですわね。この街にまともな依頼を期待したわたくしが間違っていましたわ。それに、少なくともパウラにとっては良いかもしれません。」

スカーレットは思い直して、依頼を受け入れたようだ。この街にまともな依頼があるならば、ルカはこんな隠遁生活は送れていないだろう。


「猫を見つければいいのよね。朝食が終わったらマリアさんに話を聞きに行ってみる?」

私は止まってた手を動かし、朝食を食べ始めた。今日もクロエとジャンマルコが作るスープが絶品だ。

「マリアってどなたですの?」

「確か、街の中心部の花屋の店主さんよ。」

「よく覚えてるな、レティシアちゃん。」

そういいながらジャンマルコは、小さな袋をパウラに渡した。

「森で見つけたムスカリの種なんだが、マリアさんが店頭に咲かせる花に悩んでいたから、ついでにこれ上げてくれ。」

「わかった。」

パウラはお使いができてうれしそうだ。ジャンマルコからはマリアさんのお店までの地図ももらった。


私たちは、おいしい朝食を食べきって、依頼の準備をする。

パウラのツァーリとホルダーが本部から届いたので、パウラは嬉しそうに腰に結わえていた。


朝食の後、ルカとジャンマルコとクロエが玄関からいってらっしゃいと、見送ってくれた。

クロエは初依頼に少し感無量になっているようだ。

「三人とも、おいしいごはん作って待っているから、猫見つけて帰って来るんだぞ。」

「お嬢様、初依頼頑張ってください。」

「達成できなければ笑いものだな。」

ルカは憎まれ口をたたきながらも、師匠らしく見送りをする。


かくして、私たちの最初の依頼はぬるっと始まったのであった。

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