第34話 猫探し
カナリアから歩いて二十分ほどにイエールの中心街がある。
特に街を取り囲む壁などの境界はなく、街の中心である噴水広場を放射状に取り囲むようにお店がならび、端の方にそれぞれの住宅地が並んでいる。
私たちは宝石店の看板を目指して歩いた。
「楽しみだね。ねこちゃん。」
パウラが終始ご機嫌で、先頭を切って歩いている。
「ここよ。」
店の前には、
アーチ型の木の扉を開くと、カランカランと鈴がなる。店に入るとネックレスや指輪などの宝飾品がならぶショーケースがあった。
「はいはーい。」
奥からマリアがでてきた。
「あらぁ!早速来てくれたのね。ありがとう~。」
マリアさんはふわっとした笑顔でスカーレットとパウラを迎え入れる。スカーレットとパウラは、それぞれ簡単に挨拶をした。スカーレットはさそっく本題に入る。
「マリア。あなたがこれを魔術師組合に依頼したのね?」
「そうなの〜1週間くらい前からマリアンヌがいなくなっちゃって…前からちょこちょこいなくなるんだけど、今回は長いから心配になったの〜。わたしはお店もあるから夜しか探せなくて…困ってたの。」
「まず、あなたにお伝えしておくことがございます。魔術師はこのような依頼をするものではありませんわ!」
「あら、ごめんなさい…。でもジャンマルコちゃんが快く受け取ってくれたものだから…」
マリアは眉を下げて、ごめんね、と手を合わせる。
「まぁまぁ、スカーレット。いいじゃない。イエールの人たちにはお世話になっているんだし。」
「今回は初依頼ですから良いですわ。でもいいこと?こんなど田舎だから許されている依頼ということは肝に命じておくことですわ。」
「あら、ありがとう!肝に銘じておくわね〜。」
魔術師としてプライドがあるスカーレットもスカーレットだが、その傍若無人ぷりになかなか動じないマリアさんもすごいな、と感じた。
「マリアンヌの行きそうなところはありますか?」
「そぉねぇ〜。ご飯どきは噴水前の喫茶店のライラの時もあったし〜、お昼寝はエリーちゃんの花屋だし〜、雨の日は教会の荷車の中だったかしら〜。」
「節操のない猫ですこと。」
「たしかに。」
「僕もお昼寝したい。」
私たちは3人それぞれの感想を言い合った。
マリアンヌはこの街を自分の庭だと思っているのだろう。マリアンヌ的にはマリアさんに飼われている自覚はないのかもしれない。
「そうですわね。お昼どきですから、そのライラという喫茶店に行きますわよ。」
「待って、スカーレット。最近なんとなくわかるようになってきたんだけど、雨が降りそうなんだよね。」
「でしたら、教会に行きますこと?」
「そうしましょう。」
私とスカーレットは、トントン拍子で次の行き先を決める。早速歩き出そうとすると、パウラが私のスカートの裾を掴んだ。
「レティシア。」
「どうしたの、パウラ?」
パウラは、俯きながら、何かを言おうとして口を開けたり閉じたりしている。すると、意を決したのか、グッと顔を上げると、私とスカーレットをまっすぐ見つめて口を開いた。
「教会、行きたくない。」
「行きたくないの?」
「うん。」
口数が少ないパウラなので、自分の感情がうまく言語化できないようだ。パウラの少し泳いだ目や表情からは、焦りが見受けられるが、それ以上のことはわからない。
「どうしよう?パウラ、留守番しておく?」
「いいえ。仮にも依頼なのですから、パウラも同行しなくてはいけません。」
パウラの様子を気にしながらも、スカーレットはバッサリと言い捨てる。
「確かにそうだね。パウラ、大丈夫そう?」
パウラは、うーんと俯いて考えている。痺れを切らしたのか、そんなパウラにスカーレットが言う。
「パウラ。わたくしはこんな依頼はとっとと終わらせて、カナリアでお茶をしたいですわ。あなたがなぜ教会に行きたくないのか存じませんが、魔術師としての矜持を持ちなさい。幼少期から魔術を扱えるなど、平民とは思えないほどの力量ですわ。ですから、依頼をこなすのです。」
パウラとスカーレットの身長差は2〜30センチはある。スカーレットは子供と目線を合わせるなどという芸当はしないので、自然とパウラを見下ろす形になった。早く終わらせたいというスカーレットの気持ちは本音だろうが、パウラに自信を持てという気持ちも本音だろう。実際、ジャンマルコ曰く、パウラはすごいそうだ。
「ぼく、教会一緒に行く」
スカーレットの目を真っ直ぐにみて、パウラが考えを改めた。スカーレットは満足そうにうなずいた。
「当たり前ですわ。行きますわよ。」
そう言ってスカーレットは、優雅にターンしながら、教会の方へ歩いていく。あまり自分の意志を伝えないパウラが、自信をつけたのが嬉しく感じた。
「ここね。」
教会は、街外れにあった。王都の教会とは比べ物にならない質素な佇まいだが、機能的には十分である。誰でも入れる礼拝堂があり、その裏には孤児院と司祭やシスターの住まいがある。
この大陸では、アイギス教が広く普及していた。女神トリートゲネイアを祀り、フクロウを女神の使いとして神聖視している。神殿は雄々しく荘厳だ。アイギス教の総本山はサミュア王国にある。サミュア王国とパルティス公国の間には簡単には越えられない連邦山脈があり、それが国境となっている。そのため、ランドバルト帝国ほどの国交はないが、数年前に宣教師がやってきて、信者を増やしていっている。
「荷馬車の中っていってたわよね。」
三人で、荷車がありそうな教会の裏手に回る。雨の日の昼寝場所と言っていたから、屋根があるはずだ。パウラは、やはり多少きょろきょろと目を泳がせている。
その時、「あ、雨。」とパウラが呟いた。その声に上を見上げると、ポツポツと雨が降ってきた。私はツァーリの先に水を集め、三人の頭上に水の傘を作り出した。
「荷車があるよ。」
パウラが指をさした方向には、あまり使われていないのか、すこし土が全体についた荷車があった。
荷車を覗くと、猫が丸まって寝ていた。
(いたわね!)
(いたね)
(これからどうしますの?わたくし、しつけられた猫の扱いしか存じませんわ?)
私たちはマリアンヌを起こさないようにヒソヒソと会話する。
パウラがそっと近寄って、おそるおそるマリアンヌを抱き上げる。その瞬間、にゃーぁ!!!と言ってパウラの腕をひっかき、逃げようとした。
私とスカーレットは、その途端、猫を追いかけようと走り出した。
「大丈夫!任せて!」
パウラは追いかけようとする私たちにそう叫ぶと、大きなゴーレム、リッキーを作り上げ、マリアンヌの逃げ道を塞いだ。
「いいわね!そのまま逃げ道を塞いで!」
ゴーレムが、マリアンヌに覆いかぶさるように積み上がり、マリアンヌの逃げ場はなくなった。そこをすかさずリッキーが、ぬっと手を伸ばしてマリアンヌの首ねっこを捕まえた。
「やった!」
私は思わず声を上げる。
マリアンヌは、しばらくリッキーに首根っこを掴まれ、じたばたしていたが、しばらくすると諦めたのか大人しくなった。
「上出来ですわ、パウラ。」
スカーレットも手放しで成功を褒める。
「スカーレット何もしてないもんね。」
レティシアがくすくすと笑うと、スカーレットは、ふんっと鼻を鳴らして「あなたもですわよ。」とのたまった。
「この場合、私は依頼達成出来なかったことになるの?」
「いいえ、あくまでもチームで受けた依頼ですから、個人は関係ありませんわ。チームの輪を乱したと言うわけでもありませんし。報酬があれば、チーム内での配分基準をあらかじめ決めることがありますけれど、そもそも成功報酬は千リィル…ごほん。」
そうなのだ。依頼書に書いてあったそれを、初依頼というエサを前に私たちは見て見ぬふりしていた。
とはいえ、私とスカーレットは、パウラの誇らしげな笑顔の前には何も言えなかった。
「じゃあ、初依頼成功はパウラのおかげだね!マリアさんのとこに戻ろう。」
「うん!」
パウラは、感情表現にとぼしい子供だと思っていたがそうではないようだ。私たちは意気揚々と教会を後にしようとした。
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