第35話 教会の闇

帰ろうとした私たちの後ろで、叫び声がした。


「うわああああああん!」

「きゃー!」


子供の声のような甲高い叫び声を聞いて、私たちはお互いに目を合わせた。そして、三人で頷くと、声のした方へ駆け出した。

「こっちに孤児院があるはず。」

パウラは教会のつくりを知っているのか、先陣を切って道案内をする。私たちは孤児院の裏口についた。


「ちっ。うるさいぞ!」

「す、すいません、ですが…」


さっきの子供たちの悲鳴に続いて、大人の男の怒鳴り声と女の声が聞こえる。私たちは建て付けが悪くなっていた裏口の扉から、孤児院の中を見渡す。


中には修道服をきた年配の女性がおろおろしながら背中に子供を守り、目の前には司祭のような恰幅のいい男が、叫ぶ男の子の髪の毛をつかみ、怒鳴り散らしている。


「あいつ、許せないわね。」

私は、見るからに悪役顔をしている司祭を見て、わなわなと怒りが収まらない。たとえここがどんな世界で、どんな時代であっても、子供に暴力を振るう事は許せない。私はツァーリを持つ手を振り上げる。


「レティシア。待つのです。」

スカーレットが声を抑えて私を制する。「どうして止めるの。」と私はスカーレットを見る。だが、スカーレットも、今にも飛び出しそうな顔をしている。スカーレットのその顔に、何か事情を察して、私はツァーリを引っ込める。だが、そう持たないかもしれない。


その間にも、司祭の怒鳴り声は続く。

「お前はいつも役に立たないからな、これくらい役に立ってみせろ!あの忌々しい黄色い塔へ行って、魔術師たちを追い払ってこい!」

「待て!まだジョセフは小さいんだ!行くなら俺が行く!」


子供たちの中では一番年長と見られる少年が、シスターの後ろから飛び出てくる。シスターはあわてて少年の首根っこを掴もうとするが、空振りに終わった。


飛び出した少年は、司祭のどてっ腹へ飛びかかった。

その拍子に司祭は、掴んでいたジョセフの頭から手を離す。

そして、遠心力で吹っ飛ばされたジョセフを、シスターが助け出していた。


「こいつ!」

司祭は、お腹にくらった突進を全身で受け、膝から崩れ落ちていたが、腰に手を回して離れない少年を、引き剥がそうと少年の横っ腹に、ゴテゴテした指輪がついた拳を叩き込んでいた。

「ぐふっ」

「アレン!!!!」


シスターと、他の子供達の悲鳴が混じる。


「スカーレット、まだなの?あの司祭が言ってる魔術師って私たちのことよね?」

「おそらくそうですわね。」

「私たちのせいで、子供たちが殴られてるの?」

「そのようですわ。」

スカーレットはそう言いながらも唇をぐっと噛んでいる。私は瞬きができないほど、司祭から目を離さない。


そう言えば同じ年頃の子供たちが殴られているのを見て、パウラは大丈夫だろうかと、ふと心配になった。すると、下でパウラがかたかたと震えている。目の前の衝撃で、今まで気がつかなかったが、パウラの様子がおかしい。


「どうしたの?パウラ」

私たちは扉の隙間から中を除いていたため、必然的に縦に並んでいた。私とスカーレットは一旦、扉から顔を離し、パウラに向き直る。

「怖い…ぼくも…殴られてた…。あの司祭様、オビの教会にいたんだ…。」

「なんですって?」


スカーレットが眉を釣り上げる。そして、「十分ですわ。」と言ってツァーリを構える。そして、私に目配せをすると、扉の方へ視線をやる。

私はパウラに「ここで待ってて」と言って、立ち上がった。


「そこまでよ!」

私とスカーレットは、裏口の扉を、これでもかと言うほど大きな音を立てて開けた。

孤児院の中にいた人たちが一斉にこちらを向く。配置は変わっていない。膝から崩れている司祭と、子供達を守っているシスターだ。


「誰だ?!」

いち早く反応したのは、あの極悪司祭だ。


「あなたがお探しのカナリアの魔術師よ。」

「なぜこんなところにいる!?」

「猫を探してたら、たまたま子供達の悲鳴が聞こえたのよ。」

「ちょうど手間が省けたのではありませんこと?わたくし達への御用は、直接お聞きしますわよ。」

「な、な、な。」


司祭は口をぱくぱくさせることしかできていない。

嫌がらせして街を追い出そうとしていた魔術師が目の前に現れたらそうなるだろう。


「はっ!お前たちがあの忌々しい塔に新しくきた魔術師か。」

「そうよ。なんで追い出されなきゃいけないのかしら。」

「お前たちはなんの信仰心もなく、民衆をたぶらかそうとするだろう。かまどの火ひとつおこすのにもへたり込むような、役にも立たん魔術でな!あぁ、そういえば、あの長髪の魔術師も気に食わなかったな。」


司祭は動揺から開き直り、ペラペラと捨て台詞を吐きながら立ち上がった。お腹が出ているので、立ち上がりにくそうだ。


「あの魔術師も、初対面でこちらが下手に出ていれば、忌々しい対応をしやがって…。」


「ルカについては、何も言いませんわ。別に恨んでいただいて結構ですことよ。ですが、魔術師が嫌いというだけで、子供たちを使って追い出すなんて言語道断です。」


「ふはは!吹けば飛ぶような小さな街で、もともと気に食わなかったところに、さらに忌々しい魔術師が増えたとあったら追い出すしかないだろう?だが、そうだなあ。新しい魔術師がこんな女たちだと知っていれば、話は変わったがなぁ。」


そう言いながら、スカーレットと私の全身を舐めるように見る。どこまでいっても下衆は下衆だな、といっそ感心していると、隣からブチィという何かがちぎれる音がした。


(これはスカーレットの血管が切れる音だ…。)

私は横を見ずともわかった。ゴオッと音がして、スカーレットの足元から円を描くように炎が立ち上がる。先ほどまで冷静に私を押さえつけていてくれたスカーレットが、とうとう限界突破したのだ。



みるみるうちにスカーレットを中心にした炎の柱が完成した。ツァーリからではなく全身から炎が出ているのがその証で、怒りで炎の制御ができておらず、孤児院の天井や足下の床が黒く炭化していく。

これはいけないと思い、私は子供たちを覆うように薄い水のバリアを張った。


「スカーレット、気持ちはわかるけど落ち着いて。孤児院が焼けちゃうわ。」

「そんなものわたくしが新しく建てて差し上げますわ。」


(ふ、ふとっぱらぁ…)


私はもはや何も言うまいと思い、自分の魔術に集中する。強いて言うなら私も司祭を一発殴ってやりたいところだったが、スカーレットの炎柱に腰を抜かしている無様な姿を見ると少し溜飲が下がった。私の魔術で子供たちの安全が確保されていて、孤児院も新しくなるなら、何も問題ない。


ふとスカーレットの足元をみると、いつのまにかフゥが出てきて、炎のおこぼれをパクパクの食べていた。ふむふむ、精霊は感情が爆発した炎が好きなのかもしれない、と思う。そもそも炎が食べ物なんだな、と言うことを自然と受け入れていた事に驚きだ。この世界に馴染んできた証拠だろう。


「子供たちを傷つけるという行為など、悪逆非道!そしてよりにもよってこのわたくしに、下賤の目を向けるなどと言語道断!万死に値しますわ!」


そう言いながら、炎はツァーリに集まっていく。太い鞭のようにしなった炎は、司祭の方へ向かった。


「ひぃひいぃ!魔術師どもの魔術が、こんな!」


そう言って司祭は床を這いずり回っている。スカーレットの炎が司祭を捉え、ぐるぐると巻き付いた。


「あつい!あつい!」


司祭の服は、炎が巻き付いたところからあちこち燃えて、皮膚が見えてきた。

私は「スカーレット、もうそろそろやめないと、丸焼きになるわ。」と言いながら、えいっ、と水の塊を司祭に浴びせる。急に滝のような水が頭に降り、水圧でベシャッと床に身体が叩きつけられて、司祭は気絶した。


「ふん!生ぬるいですわ…!」


スカーレットは息が上がっている。魔力が切れたというより、怒りが多少おさまって、肩の力が抜けたのだろう。


「あ、ありがとうございました。」


シスターが司祭とスカーレットと私を順番にくるくると見ながら、お礼を言った。


今は動揺して気がついていないだろうけど、スカーレットの炎と私の水でぐちゃぐちゃになった孤児院に気がついても、同じことが言えるだろうか。逆に申し訳ない、と思う。


「いえ、たまたま通りかかったものですから…。それに、元凶は私たちのようですし…。」

「あなたがたは、カナリアの魔術師様なのでしょうか?」

「そうです。最近カナリアの主の弟子になりました。」

「そうですか…」

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