第36話 教会と組合の確執
シスターはそう言いながら、気絶している司祭を念のため縛り上げ、子供たちを外で遊ぶように言い、私たちを焼けていないテーブルに案内した。パウラは縛り上げられてる司祭をチラッと見て、同じテーブルに座った。
「何からお話したらよいでしょうか…。わたくしはこの孤児院を運営しております、メアリーと申します。普段は子供たちとともに教会の掃除やバザーをしてつつましく暮らしています。カナリアにこんなに素敵なお嬢様がたがいらっしゃっていたなんて、気づかずに申し訳ないですわ。」
シスターメアリーは、お年を召していたが、コロコロと鈴を転がすように笑った。そして、ちらと縛られている司祭を見ながら、ひとつひとつ状況を説明してくれる。
「ゲイリー司祭はオビの街の助任司祭でいらっしゃいます。イエールは田舎なので、常任の司祭様はもうけられず、定例のミサや結婚式などの時にのみ、大きな街の司祭様がいらっしゃいます。」
あの小太りの司祭は、ゲイリー司祭というようだ。
「いつもはこちらがミサの日程などを連絡したら、司祭様がいらっしゃるのですが、今日は予定もなく、急にいらっしゃったのです。そして「前々から目をつけていた」と、ジョセフを呼び出し、カナリアに行って新たに増えた魔術師を追い出せと、怒鳴りつけたのです。」
「そのゲイリー司祭は私たちに恨みでもあるの?」
私はシスターに問いかける。すると、スカーレットがふぅとため息をついて話を遮った。
「教会と魔術師組合は昔から確執があるのですわ。」
「確執?」
「パルティス公国には魔術師組合があります。一方で教会は大陸全土に影響をもち、隣のサミュア王国に総本山があります。つまり、パルティス公国では教会の信仰心より、魔術師組合の力の方が強いのが気に入らないのですわ。」
「お嬢様のおっしゃる通りです。私は他国に行ったことはないのですが、他国民はパルティス公国民よりも信仰心が高く、足繁く教会に通うとお聞きします。献金も多いと…よく司祭様が申しておりました。」
「ぼくもオビの孤児院で聞いたことがあるよ。献金が少ないからお前たちは食べられないんだって。全部魔術師のせいだって。」
全員が立て続けに私にその確執を説明してくれる。
「だからスカーレットはさっき私を止めたの?」
「ええ、そうですわ。魔術師が教会のいざこざに介入するにはそれなりの大義名分が必要なのです。」
「なるほど。他の国には確執がないのね。」
「他国には魔術師がおりませんから。」
「そうなの?!」
「何をおっしゃっていますの?赤子でも知ってましてよ?」
驚く私にスカーレットがいぶがしげな表情をする。私には思った以上にこの国の常識がないらしい。
「でも魔術師になれるかどうかは遺伝だと思っていたのにな。」
私はシノイの実験を思い出す。
「実際のところ他国でも多少魔術は使えるようですが、威力は公国にいる時ほどでないといいます。それに、他国に行く際はツァーリを返上するのですわ。」
「そうなの?それは使えないわね。」
「そうですわ。」
ツァーリを使ってみて分かったが、ツァーリはよほど効率よく魔力に指向性をもたせて打たせてくれる。一度ツァーリなしで魔術を発動させようと思ったが、なにか拡散してしまい、うまくコントロールできないのだ。
「それはそうと、なんで名指しで私たちだったのかしらね。」
教会と組合の確執について理解はできたが、それがほぼ個人であるカナリアの新しい魔術師たちに向けられていたのが気になる。
私の疑問に対してはシスターが答えてくれた。
「それは…以前、あの、カナリアのルカ様と因縁があるような口ぶりでした。」
「ああ、ルカね…。」
「まったくもってあり得ますわね。無駄に恨みでも買ったのでしょう。」
「お師匠さま…。」
ルカの弟子たちは一様に呆れる。
「ルカ様も規格外というお噂ですが、お嬢様方も私が知っている魔術師様とは異なります。私が知っている魔術師様は、人ひとりがすっぽり入る火柱など立ちません。」
「そうなの??」
シスターの言葉に、私は思わずスカーレットを見た。すると、スカーレットもきょとんとしている。
「わたくしも存じませんでしたわ。お祖父様にずっと師事していただいておりましたが、お祖父様は山火事くらいでしたら一人で鎮火していましたもの。それはもうかっこよくて…」
「スカーレット、その話は後で聞くよ。」
スカーレットの長くなるおじいさまの話を遮り、私はシスターへ続きを話すように促す。
「ええ、おそらくですが、今回のようにルカ様の実力を知らずに嫌がらせをし、返り討ちにあったのかと。そして、ルカ様が弟子をとったと聞いて、弟子であれば追い出せると踏んだのではないでしょうか…。」
シスターは困った顔で結論を述べた。名指しでカナリアがターゲットにされたのはルカのせいだったようだ。相変わらずのお騒がせ師匠である。
原因がわかったところで、私たちは自然とグルグル巻きにされている司祭に視線が移った。
「この司祭、どうしようか。」
「二度とわたくしたちに嫌がらせをしようと思わないようにして差し上げましょう。」
「それはいい考えだけど…。パウラは何かある?」
オビの孤児院で酷い扱いを受けていたというパウラだ。何か仕返しがあってもいいんじゃないかと思い、声をかける。
「ぼく、司祭様が大切にしているもの知ってる。」
「大切にしているもの?」
「オビにある司祭様の部屋には、きらきらした大きい魔石がいっぱい詰まった豪華な壺があるんだ。毎日それを眺めてたよ。」
「それは教会にとっては普通のことなのかしら?」
大きくて良質な魔石は、とても高価だとクロエから聞いた。鉱山があるイエールだから、比較的低価格で良質なものは手に入るが、首都付近ではそうではない。良質なものは王城が輸出物になるのだ。
私はパウラにはその辺りの価値感覚はわからないだろうと思い、シスターに目を向ける。シスターはパウラの話を聞いて驚いていた。
「いいえ、とんでもございません。女神トリートゲネイアの教えは、格別の贅沢を良しとしていません。教会の運営は、国からの予算と、地元の方々からの布施で成っています。質の良い魔石を買うほどの余裕はございません。」
シスターはそう言って、首を横にふる。
「きなくさいわね。絶対不自然なお金の流れがあるはずよ。」
「調べますの?放っておいたらよろしいですわ。」
スカーレットが少し難色を示し、深追いするな、と言外に言う。
「でも、せっかく疑惑の種があるんだから、物理じゃなくて頭で完膚なきまでに叩きましょう。」
「頭で?」
パウラが頭にクエスチョンマークを飛ばしている。
「悪事を暴くってことよ。」
私はそう言って、やるべきことを並べる。
「まず、パウラはマリアンヌをマリアさんのところに連れて行って、依頼を完了させてきて。」
すっかりおとなしく抱っこされているマリアンヌをみながら、パウラに指示をだす。パウラは「わかった」と言って頷いた。
「スカーレットは、カナリアに戻ってジャンマルコに報告して欲しいわ。私は、この孤児院の帳簿を確認する。」
「いいですけれど、この司祭はどうしますの?」
「そうねぇ。帳簿を確認している間に起きられても困るわね。パウラ、1日くらい埋めちゃわない?」
私は司祭を見ながら物騒な事を言う。
「わかった。やってみる。」
パウラが了承し、ゲイリー司祭は下半身を土に埋められ、身動きできない状態にした。
そして、それぞれが任務を遂行していった。
雨はすっかりあがっていた。
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