第37話 スカーレットの帰り道

わたくしはスカーレット・ガルシア。

ガルシア家では蝶よ花よと育てられてきましたわ。

ガルシア家には、家訓である、「燃ゆる心と真実の愛を」という言葉があります。おじいさま曰く、わたくしはまだ真の意味を理解していないそうです。


「ねぇおじいさま?もゆるこころ、とはなんですの?」

「何にも代えがたい、誰かを想う気持ちの事だ。」

「わかりませんわ。おじいさま…。」

幼いスカーレットは目に涙を溜める。それを見たギルバートは、慌てて頭を撫でながら慰める。

「大丈夫だ、スカーレット。大きくなったらわかるさ。」

「ほんとう?わたくしにもわかるときがくるかしら?」

「ああ、きっとわかる。」


幼少期に教わった家訓は、そのままわたくしの信条となりました。このようにして、わたくしは領民の上に立つ者としての自覚を育んで参りました。


わたくしに強い魔力があったことは幸いでした。そして、ガルシア家は代々火の魔術師の家系です。例に漏れず、わたくしも火の魔術が発現しました。


(これでガルシア領は安泰ですわ。)


そう思って修行を重ねてきましたが、一通り魔術は使えるようになれど、なかなかフゥを使役できません。お父様もフゥを使役できていないそうなので、お祖父様が亡くなってしまうと、ガルシア家に火の精霊が扱えなくなってしまいます。これは由々しき事態ですわ。


ちなみにわたくし、これでも箱入り娘の自覚はありますの。これでは良き領主になれない、そう思って、修行だと腹をくくり、メイドの一人も連れずにイエールに参りました。カナリアに来てからは、主にレティシアの奇行に驚きの連続でしたわ。


カナリアに来てから領民の暮らしを学ぼうと洗濯や炊事を一通りやってみましたが、驚いたことに、てんでできないのです。試しにドレスを洗ってみましたが、ドレスは水で丸洗いしてはいけないようです。ジャンマルコいわく、目に見える汚れを落とし、シミなどは濡れた布切れで叩くように拭き取るだけだとか。丸洗いしてしまったドレスは水の重みで生地が伸びてしまい、もう着られません。


そんな事が続き、最終的にはクロエから、炊事場と洗濯場には入るなと言われました。大変悔しいことに、レティシアはテキパキと身の回りの事をこなすのです。レティシアも貴族令嬢のようですが、レティシアこそクロエを同行させる必要はなかったのではないでしょうか。


「それにしても、性根の腐った方がいらっしゃるのね。」


パルティス公国の貴族は、子供や女性に暴力を振るうなど野蛮なことはいたしません。世の中にあのような人間がいることに驚きました。


我が領民に、あのような輩がいたらどうすれば良いのでしょう?守るべき民と、排すべき民がいるということかしら?お父様やお祖父様は守るべき民の存在は教えてくださりましたが、排すべき民については教えてくれませんでしたわ。


「もしかして、これがフゥを使役するためにおじいさまから課せられた試練では?」


きっとそうですわね。もしあの愚図な司祭がガルシアの領民でしたら、わたくしはどうしようかしら?慈悲はどれくらい与えればいいのかしら?更生の機会を授けた方がよいのかしら?どのくらいで追放するのかしら?


そんなふうに考え事をしていたら、カナリアに着いてしまいました。


「ジャンマルコ、いますの?」

「はいは〜い」


相変わらずつかみどころのない返事が厨房から聞こえてきました。筋肉隆々の体躯と長い前髪で隠れたお顔に、お花のアップリケが施されたエプロンがまったく似合っておりません。しかも、リボンが乱れています。


「依頼が終わりましたが、教会が焼けましたの。修理の手配はできますこと?修理代はわたくしの手持ちで足りると良いのですけれど。」

「へ?依頼って猫探しじゃなかった?」


ジャンマルコのいぶがしげな表情を見て、少し簡潔にしすぎたことを自覚いたしました。

これは最初から説明がいりそうです。


詳細を説明すると、ジャンマルコは静かに怒っておりましたわ。ガルシア家の人間は直情的なので、静かに怒ることを知りません。少し勉強になりました。


「わかった。とりあえず依頼は完了して、教会に修理の手配をしたいんだね。ちなみに依頼中の賠償は見習いが出すものじゃないんだ。それも本部へ申請しておくよ。」


まぁ、そうでしたの。

自分で払えばいいやと思って少し派手にやりすぎましたわ。ですが、あの場でコントロールも難しかったですし、仕方ありませんわね。


「他にやっとくことはあるかい?その司祭はいまどうしているんだ?」

「埋まっていますわ。」

「そ、そうか…。」


どうやら処置としては一般的ではなかったようですわよ、レティシア。


「レティシアが明日オビの街に行こうとしていますわ。たぶんわたくしもパウラも一緒にいきますから、準備をお願いします。」


「え?!オビに行くの?それはさすがに深追いしすぎじゃない?」

わたくしも驚きましたが、レティシアは行くと言っていました。

ジャンマルコは頭を抱えています。わたくしがカナリアに来てから、ジャンマルコはいくどとなく頭を抱えているのですが、苦労人なのでしょう。

ジャンマルコはしばらくうんうんと葛藤していましたが、ようやく顔をあげます。


「よし、わかった。レティシアちゃんを止めよう。教会には首突っ込まない方がいいだろう。一応、王都の本部に報告するけどな。」


「わたくしもそれで良いと思いますわ。」


そう言いながら、ジャンマルコにお茶を入れていただきました。


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