第24話 新たな弟子

あれからルカは、比較的きちんと修業の時間を設けてくれるようになった。

それでも1日に15分程度だったが、ぶっきらぼうで不機嫌なルカに付き合うには、こちらにも相応の忍耐力が必要だったので、それで十分だ。

私は、ツァーリの先に水球を作り出すことができたし、それを長い時間維持できるようにもなっていた。たまにそれをクロエに見せて楽しんでいる。


「見て!ちょっと大きい球ができるようになってきた」

「先ほどより1センチ大きいですよ、お嬢様。」


私は今日はあいにくの雨だったので、室内で練習していた。

すると、その時、玄関でドンドンドン、と大きな音がした。


「ちょっと!!ごめんくださいませ!誰もいないのかしら?」


甲高くてキンキンした声が玄関ホールで反響して食堂まで届いた。


私は、2階の講堂から出ると、3階から降りてきたジャンマルコと鉢合わせた。

「誰かしら」

「多分、新しい弟子だ。」

「え?!私のほかに弟子をとったの?」

「いや、まだ弟子になるとか決まっていない。じいさんが手紙を送りつけてきてな」

「じいさん?」


私はクロエと二人で顔を見合わせて玄関ホールに出る。

そこには、綺麗な発色の赤髪をくるくると縦ロールにして耳の後ろでツインテールにまとめた少女が仁王立ちをしていた。


「わたくしは、ガルシア伯爵家の娘、スカーレットと申します。ここはまともな出迎えもないのかしら?ルカ・マルティネスはいらっしゃる?」


全ての言葉にスタッカートがついているようなハキハキした話し方で、少女が用件を伝えてきた。


最初は、豆鉄砲をくらったような顔をしていたジャンマルコが一番先に復活して。


「お嬢ちゃんがガルシア伯爵からの手紙にあった弟子候補の子かい?」

「まだ弟子になるとは決めておりませんの。お祖父様がどうしてもとおっしゃるから、顔を立てて来たまでですわ。まずは、ルカ・マルティネスにお会いしたいのだけれど。」

「わかった。応接室に案内するよ。」


ガルシア伯爵家、ガルシア…。

スカーレットを案内するジャンマルコについて歩きながら、ないだろうなと思いながらレティシアの記憶をたぐっていると、クロエが耳打ちしてくれる。


「パルティス公国の伯爵家の方ですね。前伯爵は放浪貴族と言われていましたが、今のご当主はたしか要職についておられます。スカーレット様とお嬢様は幼少期に確か一度だけ面識があります。覚えておられないかもしれませんが…。」


うん、全く覚えていない。

それにしても、生粋のお嬢様だろか。ハキハキして、とても自分本位のような言い方を感じる。


応接室に着くと、ジャンマルコはソファを勧めた。


「そこのあなた方、お茶を入れてくださる?」

「え?私?いいけれど…。」

私自身は別に洗濯でも料理でもなんでもできるつもりだし、なんでもできる。地方から都会の大学に出てきたので、一通りの家事はできるはずだ。だから、お茶を入れるくらいなんて事はないけれど、いつもクロエに止められるのでなんとなく私はチラリとクロエを見る。すると、横でクロエがふるふると打ち震えているのがわかる。それを見たジャンマルコが慌ててクロエの前に立ち塞がる。


「スカーレットちゃんだったか?お茶は俺が入れるよ。それにルカを呼んでくる。ちょっと待っててくれレティシアちゃんとクロエちゃんも一緒に行こう。」


そう言って、スカーレットを残し、応接室を後にした。


「軽装とはいえ、お嬢様の気品が伝わらないとは、ガルシア家はいったいどのような教育を一人娘にしてきたのでしょう。」


クロエは私が使用人扱いされた事が許せないようだ。ぎりぎりと歯軋りが聞こえそうなほど、怒っているようだ。


「レティちゃんはどこのご令嬢なんだい?クロエちゃんも付いているし、貴族だろうとは思ってたんだが、気さくだからあんまり気にならなかったなぁ」


クロエと顔を見合わせた。

どうしよう。公女だということは伏せたほうがいいが、かと言って自分の出自の代替案を考えていなかった。ここで適当なことを言うとスカーレットが社交界に明るければ齟齬が出てしまうかもしれない。


助けを求めるようにクロエを見た。


「お嬢様はシートン辺境伯の一人娘です。」

「シートン辺境伯といえば、シートン地方の出身かい?」


シートン地方はどこだろうか。確か、地図で見たことがあったはずだ。確か、海の近くだったと思う。首都からはイエールと同じくらい遠く、ちょうどイエールと首都とシートンを結べば正三角形ができそうな位置関係だったはずだ。


「そうです。」


何食わぬ顔で私は伯爵令嬢となったようだ。


「クロエ、シートン辺境伯にご令嬢っているの?」

「いいえ。現在の御当主は高齢で、たしかご子息がいたはずです。ですが、辺境伯家の情報はあまり社交界でも入ってこないので、しっかりと貴族名簿をみなければわからないでしょう。イエールとも遠いので、問題ないと思われます。」

さすが有能侍女クロエだ。私はとりあえず、レティシア・シートンと名乗っておこう。


そんな話をしているうちにジャンマルコはルカの部屋の前に到着した。クロエはお茶を準備しにキッチンへ向かった。


「おーい、ルカ起きろ。もう一人の弟子がきたぞ。」


昨日は何か調べ物があったのか、夜明けまで起きていたらしく、ベッドに倒れるように寝ているルカを叩き起こす。

案の定、不機嫌さはMAXだ。


「俺は、また弟子をとるのか?」

ルカは眠そうな目をこすりながら、応える。自分のことなのにどこか他人事なのは、まだ寝ぼけているせいだ。

「ガルシア爺さんからの手紙にあっただろう。読んでないのか?」

「全然…。」

「お前なぁ…。とりあえず応接室に行くぞ!」


そう言って、ジャンマルコはルカを引っ張りだした。

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