第39話 電卓が欲しいレティシア

(電卓がほしいわ。)


私はシスターメアリーに許可をもらって、ゲイリー司祭が担当になったという2年前からの帳簿を見せてもらった。

日本で使われてたP/LシートやB/Lシートなどの専門的な帳簿だったらどうしようかと思ったが、この世界では、単純に月ごとの収支を記載するだけの簡単なものだった。


それでも、24ヶ月の収支計算をやりなおすにあたって、筆算をしていくことが辛すぎた。普段電卓があったので筆算なんて久しぶりに使って、やり方をど忘れしていたくらいだ。


(やっとここまできた)


1年分の確認を終えて、今から昨年の帳簿確認に入る。今のところ問題はなかった。やっぱり国からの予算は少ないとは感じるが、こっちに来てから身の回りの事はクロエやジャンマルコに任せてしまっているせいで、この国の相場があまり馴染んでいない。

孤児院の日々の支出を見ているとだいたいの生活費がわかるが、食費が予算の8割を占めている。エンゲル係数は高めだ。


「ん?この項目は何?」

「どれでしょう?」


帳簿の一番下にあったのは、「サトゥルナリア祭備品」という単語だ。


「サトゥルナリア祭は、イエールで毎年開かれる豊穣祭です。」

「一昨年はお金を使っていなかったようだけど…」

私はぱらぱらと一昨年の帳簿をめくる。

「そうなのです。一昨年まではお祭りを楽しむだけだったのですが、昨年はバザーをやったんですよ。」


シスターはとても楽しかったのか、思い出してふふふと笑った。


「祭が終わってからも毎月引かれているし、高額だわ?」

私は、日頃の生活費を基準にした時に倍ほどの金額が支出にある。

「ゲイリー司祭様が、バザーに必要な備品といって、机や調理器具を購入していたのです。金額までは存じ上げませんでしたが、買ったのは泡立て器や小麦などです、こんな大金では…。」

「イエールで横領していたのかもしれないわ。臨時的な支出はあやふやにされがちだし…。積立金がなくなるとイエールの積立金では賄いきれなくなっているから、オビの予算からも持ってきているかもしれないわ。」

「そんな…。」

「オビにゲイリー司祭以外の司祭様はいらっしゃらないかしら?」

「マイケル司祭様でしたら、いらっしゃるかもしれません。ゲイリー司祭様より上位の司祭様です。手紙を送ってみます。」


そう言ってシスターメアリーは、パタパタと小走りで隣の別室に行った。


すると、少し空いた扉の隙間から、手紙が浮いて飛んで行ったではないか。


「え?!手紙が飛んで行ったけど?」


私は驚いた声を出すと、シスターメアリーは部屋から出てきた。


「はい。オビの孤児院へ手紙を送ったのです。」


なんでもない事のように言われたので、手紙が空を飛ぶ事は、この世界では普通らしい。


「魔術具かしら?見せて欲しいわ。」

「あら。魔術師様ですのに、ご覧になった事がないのですか?」

シスターは相変わらずころころと鈴を転がすように笑って、魔術具が置いてある部屋へ案内してくれた。


「こちらですわ。手紙転送の魔術具です。」


机の上にはレターセットがあり、その横に木でできたレターケースのような装置があった。どうやら中には風の魔石が入っているようだ。緑の石が中央に埋め込まれている。


私がしげしげと見つめていると、「どなたかに送ってみますか?」と、シスターがレターセットを持ってきてくれた。


「このレターセットも魔術具の一部なの?」

「いいえ。そちらは普通の便箋と封筒です。」

「誰にでも送れるのかしら?」

「はい。風の魔石を触りながら送りたい相手を念じると相手に飛んでいきます。」

「便利ね。」

私は便箋に適当なメッセージを書き、送り主を思い浮かべて緑の魔石を触った。すると、確かに念じた方向に向かって蜃気楼のような空気の通り道ができた。そして、手紙はふわふわと浮かび、その道に沿って不安定に揺れながら飛んで行った。


手紙が浮かんで飛んでいく、というのはなんとなく機構として理解できるが、思い浮かべた人のところへ飛んでいく、しかも魔力がない人も使えるとはいったいどうゆう事だろうか。



「私の仕事は終わったから一度カナリアに帰りますね。明日はオビに行こうと思ってたけど、この帳簿で不正の証拠は十分だと思うわ。何かあったらカナリアまでお願いします。」

「わかりました。子供たちを助けていただいてありがとうございます。あの…わたしも、前任者と比べてゲイリー司祭になんとなく違和感は感じていたのです。ですが、なんでも飲み込むクセがついていたのでしょう。司祭様がこうおっしゃるなら、と特に深く考えずに過ごしてきました。結果、子供たちを危険に晒すことになるなんて思ってもおらず…ありがとうございました。」


そう言ってシスターと子供達は、私を玄関まで送ってくれ、ぺこりと頭を下げた。


「シスター。お礼はいいですよ。私とスカーレットは教会を焼いて水浸しにしてしまったし、ゲイリー司祭は埋まってるし…。むしろ、ごめんなさい。」


子供の悲鳴から、それぞれが我を忘れて動いた結果、ひどい有様になってしまった。


「わたしもこれからは矢面に立って子供たちを守ろうと決心しました。ありがとうございます。」


それでもシスターは最後までお礼を言っていた。


カナリアに帰ると、初依頼の完了を祝ってジャンマルコとクロエが豪華な食事を用意してくれていたし、ルカはまぁこんなもんだとなんだかんだ褒めてくれたし、スカーレットやパウラはなにやらテンションが高いせいで、とっても楽しい夜だった。


教会とのいざこざについてはジャンマルコが引き取ってくれるそうで、次の日に教会に出かけて行った。私たちは特に何もしないまま、また修行の日々を過ごした。

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