第9話 魔術師組合本部

街の西はずれにある、塔のような建物についた。塔と言っても、高くそびえたっている感じではなく、幅が広く全体的にずんぐりむっくりしている。天に向かって渦巻くように細くなっていることから、かろうじて塔と呼べるかも、というような石造りの建物だ。

階下の方だけを見ると、コロッセオのようで、その上にソフトクリームが乗っているような外観だ。


大きなアーチ状の入り口では、人が忙しなく出入りしている。皆が一様に短いケープのようなものを羽織っているから、これが魔術師の制服なのかもしれない。クロエと共に、大きなアーチ状の入り口に入り、受付に向かう。クロエは以前にも来たことがあるそうで、手慣れたように案内してくれる。

私が普通に本部の中を歩いていても、誰も公女だとは気が付いていないようだ。


受付では、女性の魔術師が笑顔で案内をしている。繁忙時間帯なのか、とても忙しそうにしている。どうやら市民が魔術師へ何かを依頼する時にここに来るようで、クロエも以前、来たことがある、と言っていた。

私は他の人と同じように受付に並んだ。


「すいません。このような招待状をいただいたのですが…」

「おめでとうございます。魔力が覚醒されたのですね!お名前をよろしいですか?」

「レティシアです。」

「はい、ありがとうごいます。あちらの部屋でお待ちください。しばらくいたしますと、説明会がございます。」


そう言って女性魔術師は、受付から出て塔の突き当たりの部屋を指差す。


「あ、申し訳ありません。お付き添いの方は別室でお待ちください。」


クロエと一緒に部屋へ行こうとすると、止められてしまった。どうやら魔力の覚醒した人しか参加できないらしい。

私はクロエと別れて指定された部屋に入っていく。


案内された部屋は大学の大講堂のようになっていた。真ん中にステージ上の講壇があり、それを中心にしてアーチを描くように階段状に椅子と机が並んでいる。


部屋に入ると、私の他にメガネをかけた、ヒョロっとした男性が座っている。目が合うとビクッとして顔を凝視され、そのあとすっとそらされた。とても挙動不審な人だ。


「こんにちは。レティシアと言います。あなたも魔術が覚醒して手紙が届いたんですか?」

「へ?!あ、そうですね、はい。手紙が…届きました。」


部屋に二人しかいないので、気まずくなって話しかけてしまったが、相手は話しかけられると思っていなかったのか、再度ビクっとして椅子から飛び上がった。反応からすると、話しかけられるのは苦手のように感じたので、申し訳ない、と思いながら「お互い緊張しますね」とだけ言い、離れた席に座った。


しばらく座って待っていると、2メートルはありそうな大柄で筋肉隆々の魔術師が扉を開けて入ってきた。


「ハーイ、はじめまして!レティシアさんと、フラビオさんね〜。お二人ともこの度は魔力の覚醒、おめでとう〜!私はこの魔術師組合本部の事務局長をしてる、ゴンザレスよ!よろしくね〜♡」


その筋肉隆々の魔術師は、見た目に似合わず、いわゆるオネエ言葉で話しながら、すごいテンションで自己紹介を始めた。


「あら?緊張してるの〜?しなくても大丈夫よ!この魔術師組合についての説明はいる?」


圧に圧倒されつつも、聞かれたことについては答えなくてはいけない。ぽかんとしながらも「あ、はい。お願いします。」と答えた。


「わかったわ〜。魔術師組合は、魔術師の約99%が所属している団体ね。今では約150名の魔術師がいるわ。ここは、十年前くらいに移転してきた本部で、主に民間トラブルの解決、自然災害の対応、魔術師の育成なんかを行っているの♡」


事務局長のゴンザレスは、つらつらと、よどみなく説明を続ける。説明中にダンスを踊るかのように身振り手振りが入るのは、きっともうこの説明に慣れてしまったがためのオプションだろう。


さて、と言ってゴンザレスはパンッと手を叩く。


「ここからが本格的なチュートリアルよ。お二人とも、覚醒した、と言われても実感がないと思うの♡」


そう言うと、ゴンザレスは私とフラビオの顔をじっと見た。フラビオはやっぱりビクッとしてオロオロしている。フラビオが答える気がなさそうだったので、私が答える。


「そうなんです。私はお風呂の時に水が不思議な動きをしたんですが、それ以降は特に変わったことはありません。」


「そうね。びっくりしたり、感情が昂ったり、危機に直面したりするような状況下で魔力の覚醒は起きやすいといわれているわ。けど、一つ確実にいえることは、魔力が覚醒しても訓練しないとうまく使いこなせないのよ。独学で訓練してもいいけれど、あまりおススメしないわね。さっきも言ったように感情的になったり、危険になると無意識に発動してしまうから、周囲に影響が大きいわ♡」


なるほど、こういった面で魔術師の育成も組合の立派な仕事なのだろう。


「組合に所属して、二人には魔術の修行をしてもらうのが一番いいと思うのだけど…どうかしら?」


「わかりました!」


私は食い気味に返事をした。魔術の訓練をしなければ魔術師になれないのだから、迷うことなんてない。

フラビオも、そこは迷いがないのか、びくびくしながらもゆっくりうなずいていた。


「わかったわ、じゃあ、ツァーリを配るわね。レティシアさんとフラビオさんは、それぞれなんのエレメントを持っているの?」


そういって、ゴンザレスは、4本の杖を取り出した。

私が水、フラビオが風だというと、私には青い杖を、フラビオには緑の杖を渡した。

受け取った瞬間、ずわっと杖に何かを吸われたような感覚があり、杖の先が少し重たく感じたのだ。


「え?何?何?」

「あららら。ツァーリが反応しちゃったわ…。たまにあるのよ、こうゆうこと♡」

「これはなんですか?」

「これはツァーリと言って、魔術師に欠かせないものなのよ〜♡」


そういってゴンザレスはごそごそと太もものあたりを探り、一本の杖を出した。ゴンザレスの杖は、赤い。


「魔術師になると、この杖を作るの。自分専用の杖よ。これがないと魔術がうまく発動しないわ。」


私はなるほど、と思う。新・魔術大全を見ながらコップの紅茶を動かそうとしたが、できなかったのはツァーリがなかったからかもしれない。


「ゴンザレスさんのは、赤いですよね?私のは青いんですけど。」

「あらぁ、ゴンザレスでいいのよ♡それに、いいところに気が付いたわね。水の魔術師は青、火の魔術師は赤という感じで、エレメントによって使うツァーリが違うのよ。このツァーリは、魔石からできているの♡例えば、レティシアさんがワタシのツァーリを使っても、魔術は発動しないわ♡」


ゴンザレスはそう言って自分のツァーリをいとおしそうになでる。


「さあ、説明会の続きよ♡魔術師になるには1年間の修業期間が必要なの。その間、お二人には見習い魔術師として、師匠についてみっちり修業することになるわ♡」

「あ、あの…修行の間はお給料はでますか…?」

説明会の間、一度もきちんと声をださなかったフラビオが、おずおずと質問した。

「うふ♡心配しないで、見習い中は師匠と一緒に依頼をこなしてもらうことになるの。依頼をいくつかこなしてから、魔術師試験に臨むのよ。依頼をこなせば、少ないけどお小遣いにはなるわね。あと、住むところと食べるものには困らないわ。衣食住は師匠が面倒を見てくれるはずよ♡」


その環境で1年間の修行と聞いて、私はよっしゃーと思った。公王陛下から婚約式までの準備期間を離宮で療養して過ごしてよい、と言われたが、離宮で過ごしても結局王城へ情報は筒抜けなわけだから、どこかで逃げる必要があると思っていたのだ。離宮に行くふりをして逃げ出した後は、なるべく遠くに住んでいる師匠のもとに住み込みで修業をさせてもらおう。


私は黙々と頭で計画を立てる。

フラビオもそれを聞いて安心したのか、ほっとした表情をしている。


「じゃあ続けるわ。師匠は同じ属性エレメントの人じゃなくてもいいわ。基礎は誰しも習得しているからね。一緒に越したことはないけれど、他の相性とかもあるしね♡」

「師匠は希望できるのですか?」

私は、できるだけ遠くに住んでいる師匠を教えてもらおうと、質問した。

その時、バァン!と少し乱暴に入口の扉が開いた。

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