第22話 愛の街 イエール

「ジャンマルコに聞いたよ。君、ルカの弟子なんだってね。」

「えぇ。最近弟子になったの。」

ジャンマルコとの話が終わったのか、メルクリウスは私に話しかけてきた。


「ルカは大変だろう?泣いているお弟子さんも見たことがあるんだけど、君は大丈夫?」

「ええ、みんなから心配されるけど、たぶん大丈夫よ。まともには教えてくれないけれど…。」


私はカナリアに来てからたった3日の間に「なぜあのルカのところに」や「ちゃんと教えてもらえるのか」と言った質問には慣れはじめてきた。まだ来て数日だが、まともに教えてくれる気配はなさそうだ。だが、教えてくれないわけでもなさそうなので、しばらくは様子見だろう。


「まともに教えてくれないのかい?!もしよかったら他の師匠さんを紹介しようか…?僕、職業柄、王都の魔術師組合には何人か知り合いの魔術師がいるんだ。」

「ありがとう。でもこの街を気に入ったの。」

嘘ではない。街の人は陽気でいい人たちばかりだし、なにより王都から一番遠いのだ。新しい王都の師匠なんてまっぴらごめんなのである。


「いい街だもんね。でも、何かあったら、遠慮なくいってね。」

「ええ、ありがとう。」

「そういえばさ。僕、行商人もやっていて、魔石以外にもいろいろとあるんだけど、何かいらないかな?」

「何があるの?」

「今は僕が運べるサイズのものだけだけだから…やっぱり装飾品かな。君に似合うと思うよ。」

そういって、指輪やネックレス、イヤリングを並べてくれる。

「君はきれいな青色の瞳をしているね。やっぱり濃い色の青金魔石が似合うと思うよ」

そういって、メルクリウスはいくつかの青いイヤリングを耳に当ててくれる。並べられた装飾品は、とても綺麗だったが、あいにく自分はあまり装飾品に興味はない。


「とってもきれいだね。」

「そうね。どれも綺麗だと思う。」

「いや、君だよ。」

「え?私?なんで?」

「ははっ、なんでって…面白いね〜!」

メルクリウスは、そう言って笑う。

これは口説かれているのだろうか?葵だった頃に口説かれた事はなかったし、レティシアになってからは外に出てこなかったので、対応の仕方がわからない。仕方がないので、私も「ハハハ」と乾いた笑いをする。


「それより、欲しいものがあるんだけど…。」

私は話題を変える。欲しいものがあったのは事実だ。

「なに?僕に手に入れられるものならなんでも。」

「四種類の魔石ができるだけ欲しいの。大きさや重さが同じものだと嬉しいわ。あと加工してあるものも。」

「そんなのでいいのかい?原石はイエールで買ったばかりだからいっぱいあるし、加工品もあるよ。でも、全種類かい?君は水の魔術師じゃないの?」

そう言いながらもメルクリウスはいくつか魔石を見繕ってくれた。私は、良さそうなものを購入した。


――


メルクリウスはその晩、カナリアに泊まった。

「聞いてくれる?ジャンマルコ。」

メルクリウスは、寝る前のジャンマルコの部屋を訪ねて、部屋にある唯一の椅子にどかっと座った。

「あの子、いくら口説いてもなびかないんだ!」

「そうだろうな。夕食の時も頑張ってたもんな。」

ジャンマルコはベッドに座りながら、メルクリウスの話を聞く。寝る時間には早かったし、少しトレーニングでもしようかと思っていたところだった。

「おかしいな。僕、職業柄、人の懐に入るのは得意だし、これでもありとあらゆる女性を口説いてきたのに。」

「あ。前に、ルカに捨てられてた子を連れていったのお前か?」

「そうだよ。土砂降りの中座り込んで、あまりにも可哀想じゃないか。」

「すごいな。彼女、俺が慰めても全然聞いてくれなくて、ルカしか見えてなかったのに。」

「そんなすごい僕なんだけど、レティシアはなびかないね。」

メルクリウスは、足を組んで、背もたれにぐーっともたれかかり、天井をあおぐ。

「レティシアちゃんを口説くなよ。カナリアが嫌になったらどうしてくれるんだ。」

「僕は旅商人なんだから、すぐにいなくなるよ。それに、彼女、カナリアが好きなんだってさ。」

「それは安心した。」

俺はレティシアちゃんとクロエちゃんがいなくなるのを想像してぶるっと身震いした。

「レティシアはいったい何が好きなの?」

「知らないよ。俺だって二人に会ったのは数日前だ。」

「うーん。」

「とりあえず、大切な弟子なんだ。レティシアちゃんが嫌がる事はしないでくれ。」

「嫌がる事はしないさ。明日は直球で勝負しようかな。」

「おい、メルクリウス!」

「ジャンマルコ、ここは愛の街だぞ?お前に止める権利はあるのか?」

「ぐっ…。」

確かに、理由はどうあれ人様の恋愛に口を出すのははばかれるな、とジャンマルコは考える。もしかしたら、レティシアちゃんがメルクリウスの事を気に入って、幸せになることもあるかもしれない、と思い直す。


メルクリウスは、ジャンマルコから有益な情報は得られないだろうと思って部屋を後にした。


――


私は、庭に出て伸びをしていた。今日はいい朝だったから、少し散歩しに来たのだ。


「やぁ、おはよう。」

昨日カナリアに泊まったメルクリウスは、散歩に付き合うよ、と言ってくれる。

「普段はどんな事してるの?」や「魔術師試験はうけるの?」と言った雑談をしながら歩いていると、メルクリウスはカナリアの入口で急に立ち止まった。


「僕ね、次いつ会えるかわからないから、後悔しないように、言いたい事はすぐに言うようにしているんだ。君のことが好きだ」

「ええ?!だって、会ったばっかり!」

「僕は人を見るのが得意なんだよ。君は素敵な人だ。動揺するのも無理はないと思うけど、考えといてほしい。君は修業中ってことだから、あと1年はここにいるのかな?次に来るときは、僕のことを意識してくれるようになっていると嬉しい。」


そういって、メルクリウスはひざまずいた。手には指輪を持っている。


その時、ふわっと風が吹き、ルカが空から降ってきた。


「メルクリウス、何しているんだ。」

「うわぁ!ルカか、びっくりした。」


ルカはそのままふわりと地面に足をおろすと、いつものように腕を組んで、メルクリウスを見下ろしている。


「僕、好きな人を見つけたんだ。邪魔しないでよ。」

メルクリウスは口をとがらせて、ルカに抗議する。


「レティシアのことを何も知らないだろう。」

「僕、行商人を長年やっているんだ。少し話したら、その人が素敵な人かどうかはわかるつもりだ。僕の判断に間違いはないよ。」

「レティシアは修業中だぞ。」

「僕の気持ちを知ってもらった方がいいと思ってね。僕はもう行かなきゃいけないから、気持ちはさっさと告げるようにしているんだ。次に来た時に意識してくれるようになるだろう?それに、君、まともに教えていないそうじゃないか。そんなこと言うならちゃんと教えてあげてよ。」

「お前には関係ないだろ。」

「それ、そのままそっくり返すよ。今、気持ちを伝えているのは僕で、伝えられているのはレティシアだ。なんで関係ないルカがここにいるんだよ。」


百戦錬磨の行商人には、ルカもかなわないのか、ぐっと言葉に詰まる。


「関係なくはない。師匠だからな。弟子が余計なことは考えずにちゃんと修業に集中させるのも仕事だ。いくぞ。」

「ちょ、ちょっと!!」


そういって、私はルカに腕をつかまれ、身体がふわっと浮き上がったかと思うと、カナリアの方へ向かって連れていかれた。

「レティシア!考えておいてね!!また来るよ!」

メルクリウスが空飛ぶ私に向かって叫ぶ。そのまま、来た時と同じような大荷物を担いで、カナリアを後にした。


ルカは私を荷物のように小脇に抱えて空を浮いている。ドロワーズを履いているが、乙女がこんな格好ではいけない。私はルカに抗議をした。


「何するのよ!」

「さっきもいっただろ。修業中に浮足立つな」

「はい!?修業らしい修業もしてくれないじゃない!」

「わかった。修業はする。明日からだ。」


そういってルカは、私を窓から自室に放り込み、去っていった。

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