40話_祈リノ果テニ

私は誰かと戦っていた様な気がする。

死に物狂いで、その誰かを倒す為に。

刃がぶつかる事で飛散する火花…そして火薬の匂い。

苦痛に歪む相手の顔と悲鳴、私を倒そうというより何とかして助けようとしているのを相手の表情から悟った。

しかし、その後の事は一切覚えていない。

何かが私の中から抜けた瞬間…そこでプツリと意識が途絶えてしまったからだ。

そして水の底に沈んでいく様な感覚と共に私の身体は静寂に飲み込まれていった。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

次に目を覚ました時、私は暗闇の中に居た。

光すら差し込まない上にそれでいて真っ暗だった。

足元は何も無く素足で冷んやりとした冷たい感覚が足の裏から伝わって来る。


「此処は…何処なの……?」


それから気が付くと私は足を自然に前へ動かしていた。

そのまま歩いて行くと目の前から長袖の白い服を着て、青いスカートを履いた小さな茶髪の女の子が此方へ走って来た。その子の周りだけは何故か輝いていて、姿形を視認する事が出来る。


『私の名前は■■!私のお姉ちゃんになって!!』


私へそう話し掛けて来た彼女は満面の笑みで微笑んだかと思えばそれと同時に消えてしまった。

何故かは解らないがとても懐かしい感覚がした。


『私、●●お姉ちゃんの事嫌い。だって…●●お姉ちゃん、私にいつも厳しいんだもん。しっかりしなさいとか、ちゃんとしなさいってさ。でも▲▲お姉ちゃんは私に五月蝿く言わないし…優しいから好き。』


歩みを進めると再び少女が話し始めた。それも今度は自分の左隣に現れて。少しだけ共に歩くと再びその姿は消えてしまう。また暫く歩みを進めていると声が聞こえて来た。


『▲▲お姉ちゃん、私…強くなれるかな?だって私だけ強い術とか教えて貰ってないし……。それにこの前、先生が●●お姉ちゃんには教えるけど私にはもっと後に教えるって言うんだもん。ズルいよ●●お姉ちゃんばっかり!!私だって強くなりたいのに!!』


その声の主は愚痴を零していた。

少女は恐らく1番上の姉の話をしているのだろう。

不満を零す彼女に対し、私は何を伝えたのか思い出せない。でも自分が掛けられる最大限の言葉を彼女へ話したのは憶えている。そして先程から話し掛けて来る少女の声は聞き覚えが有った。


『もう!本ばっかり読んでないで私と遊んでよー!退屈なんだもん…する事無いし。』



『あーッ!?私もそれ欲しい!欲しい欲しい!!▲▲お姉ちゃん、買って買って!!他のは我慢するからぁ!!』



『▲▲お姉ちゃん…これからも一緒に居てくれる?居なくなったりしないよね?…約束だよ?約束!!』


歩みを進めて行く度に同じ声が聞こえて来る。

そして暫く進んだ後、自分より頭1つ小さいが、

成長したであろう先程の少女が立っていた。

着ているのは何故か見覚えの有る制服だった。


『……私の事、思い出せた?』



「し…の……貴女、詩乃…でしょう?」



『…当たりだよ。けれどこのまま進むのは勧めない。』



「何故?」



『この先は…命の終着点、出口は向こうだ。』


詩乃が指差したのは自身から見た右側。

つまり、そこへ向けて歩けという事を示していた。


「……ありがとう。でも、もう良いの…何だか疲れちゃって…お願い、このまま終わりにさせて。」



『…どうして。』



「さっきからずっと歩く度に聞こえて来るの…私の声で私自身がした事が。私は生きているべき存在じゃない。」



『だから終わりにするのか?死んで何もかも終わらせる気か?』



「……悪い?それが私の決めた償いなの。それに最初から居ない方が良かったのよ…私なんて。」



『本気で言っているのか?』



「私は天涯孤独……。本当の家族も居ない、自分の新しい居場所だって…自分で壊して……何もかも台無しにして…仲間である人達を殺し、無関係の大勢の人達を傷付け、苦しめた!!だから…ッ…だから…もう…終わりにしたいの……。」


私は俯きながら思いの丈を目の前の詩乃へとぶち撒ける。自分がずっとずっと胸の内に抱えていた感情全て、彼女へと吐き出した。。


『甘ったれるな!!死んで終わりにさせろだと…?バカも休み休み言え!!自分がした事に対し、しっかり目の前で向き合って、生きて償うしか方法はないんだ!!仮に私でなくても、円香姉さんだってきっと同じ事を言うだろう…生きていれば、生きてさえいれば、何度でもやり直せるんだから!!』



「でもッ…私は…私は……!!」


すると突然、背後から足音が聞こえてそれが近くへ来て止まる。そしてそっと包み込む様に両手で覆い被さる形で私の事を抱き締めて来た。


『……大丈夫、もう貴女は独りじゃない。独りになんかさせない。』



「円香…姉様……どうして…。」



『私も貴女の罪を一緒に背負う、だから半分にしましょう?それにもう半分は──』


円香は詩乃へ視線を向けると無言で頷き、私の手を取った。


『私が背負う。だから何も心配しなくて良いよ、黄泉お姉ちゃん。』



「黄…泉……それが私の…名前……。」


思い出せなかった自分の名前、それを胸の内で復唱すると微かに生きている様な心地がした。


『それに私達…姉妹だろ?ずっと一緒に居たのに、突然欠けたりするなんて絶対イヤだ。』



「ッ……。」


黄泉は詩乃の方を見つめながら何かを口にする。

それを聞いた2人は各々、微笑むと頷いた。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

「ん……ッ…此処は……?」


黄泉が目を覚ますと視界に入って来たのは何処かの部屋の天井。手の温もりを感じ、視界を左へ向けると詩乃が手を握ったまま眠っていた。格好を見る限り彼女は学校の帰りなのだと察した。


「詩乃…?」



「ん…あれ?私寝てたのか…あれ…黄泉が起きてる?何で…まだ寝ぼけてるのかな…。」



「…夢じゃない、ちゃんと起きてるよ。」


声を掛けると詩乃は姿勢を戻して黄泉の方を何度かジロジロ見た後に幾度か頷いていた。


「良かった…もう…もう二度と目を覚まさないんじゃないかって……。」



「…ごめんね、色々心配掛けちゃったみたいで。」



「大丈夫。気にしてない…それより身体の方は大丈夫?」



「まだ少し痛むけど大丈夫、まぁ…頭もちょっと痛むかな?」


黄泉は詩乃の頭を左手で撫でて微笑む。

そして手首を引いて彼女の事を抱き締めた。


「ありがとう…詩乃、大好きよ…ずっとずっと。」



「うん…私も大好きだよ……黄泉お姉ちゃん。」


お互いに抱き合ったまま暫くそのままで居た。

それは黄泉と刃を交わした日から数ヶ月後の出来事で、彼女が退院したのは簡易的なリハビリも兼ねて約1週間後の出来事だった。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

いつの間にか季節は過ぎ、冬を迎えた。

街ではロングコートを着た人や首元にマフラーを巻いた人、手袋をしている人達が目立ち始める頃。詩乃も茶色いコートに紺色のマフラーを首元に巻いて歩いていた。


「……はぁ、やっぱり外は冷えるな。それも今日は雪が降るってのに見回りして来いとか姉さんも何考えてるんだか。」


彼女は怪しい場所や邪気が溜まりそうな場所を中心に回り、軽いお祓いを済ませて去るというのを繰り返していると空からパラパラと白い花弁の様な物が降り始める。

それは雪で、不意に右手の平にそれを載せると彼女の体温で溶けてしまった。傘を差し始める人や足早に歩いて行く人も少しずつ増え始めると詩乃も早く帰ろうと歩く早さを僅かに上げる。交差点で立ち止まり、信号が変わるのを待っていると不意に後ろから左頬へ温かい何かを当てられて思わず飛び退いた。


「うわぁッ!?な、何をッ…!!」



「うふふッ、ビックリした?」



「何だ、黄泉か…脅かすなよ。そっちはバイトの帰り?」



「うん。一緒に住むなら家賃と光熱費…その他色々折半しろって姉様が言ってたじゃない?だから朝から夕方まで家の近くのコンビニでバイト。それと詩乃にこれあげる、親切なお姉様からの奢り♪」


手渡されたのは自販機に売っているコンポタージュの入った缶。受け取ると詩乃はそれで手を温めていた。

信号が変わると黄泉の持つ傘に入って家路まで歩いて行く。


「そういえば円香姉様は?」



「え?確か姉さんは仕事──」


近所に差し掛かると後ろから「おーい!!」と聞き覚えのある声が聞こえて来た。それは円香の声で、2人が立ち止まって振り返るとそのまま合流する。


「はぁ…はぁ……思ったより早く帰れそうだって詩乃にメール送ったのに!」



「え?あ……本当だ。気付かなかった。」


詩乃が携帯を見てみると確かにメールが来ていた。


「まぁ良いけどさ…それと走ったら余計お腹空いちゃった。ねぇ、寒いし早く帰ろ?」



「…はいはい。」


詩乃が頷くと携帯をしまい、3人は歩き出した。


「円香姉様、寒いですし今日はお鍋にしますか?」



「えッ、お鍋!?絶対お鍋が良い!!温かいお鍋とビールが合うのよねぇ……シメはラーメン、絶対ラーメンだから!!」


円香が目を爛々と輝かせながら黄泉に対し強めに何度も訴え掛けた。


「アンタはオッサンか!?ったく…晩酌しても良いけど、私に絡むなよ?ちょっとお酒に強くなったらコレだよ……直ぐ調子乗るんだから。」



「加減は解ってるから平気ですよーだ!ほらぁ、行くよ2人とも!お鍋とビールが私を待ってる!!」


円香は詩乃と黄泉の手首を掴むと急に駆け出し、アパートまで走ると階段を駆け上がってから部屋へ入った。

本来ならウンザリする円香との絡みも珍しく悪い気は

しなかった。普段過ごしている当たり前の様な日々は

当たり前ではないというのを改めて実感させられたから。そして何より2番目の姉と再び再会し、再び何事も無く過ごせるのが何よりも嬉しかった。


だが、鈴村詩乃の戦いはこれで終わった訳ではない。

これから先も…そしてこの先も続いて行く。

それが祓い師、鈴村詩乃の使命だから。



(おしまい)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る