少女幻想怪奇録 ー祓い師 鈴村詩乃ー

秋乃楓

第1話_お狐様

それはほんの些細な出来事から始まった。

キッカケはインターネットで見つけたある記事から。

興味本位で自分もやってみようと思ったのが全ての始まりでもあった。放課後の教室で友達3人と自分を含めた4人で集まり、自分が昨夜見つけたインターネットの記事を彼女達へ見せる。

そして1人がA4の白紙を横向きにし平仮名をあからんまで書き記し、下には数字を書いた。

続いて上の方にはいといいえを書いてから真ん中に鳥居を書き記す。

そして別の1人が十円玉を財布から取り出してそれを鳥居へ置いた。


「ねぇ、ホントにやるの?マユ…これヤバいんじゃない?」




「当たり前でしょー?まさかビビってんの?本当怖がりだよねぇ?カナは!」



ケラケラと笑いながらマユと呼ばれた少女はカナをからかっていた。その横には共通の友達であるサユリとミユキが居た。

マユは手元の携帯でやり方を確認し、3人へ人差し指を十円玉の上へ置く様に促す。

そしてマユも同じ様にして十円玉の上へ人差し指を置いた。その場に居た4人が同時に言葉を発する。



「お狐様…お狐様…どうぞお越しください……もしお越しになられたら、はいへお進み下さい…。」



その場に居た全員が固まった。

こんなのは唯の迷信であり遊びにしか過ぎない。

ましてやインターネットで見つけた記事に書いてあった事でしか無いのだから。



ーそう誰もが思っていた。


少し経つと誰も動かしていない筈の十円玉がゆっくりと、はいの方へ移動したのだ。

その場に居た全員が思わず息を飲んだ。



「ねぇ…誰か動かした?」



マユが3人の方へ顔を向ける。

しかしサユリ、ミユキ、カナは相次いで首を横へ振った。つまり誰も動かしていないのに十円玉が勝手に動いた事になる。


「マユ…何か聞いてみたら?」



固まるマユに対し、サユリが話を切り出した。

順に質問していくのがこのお狐様のルール。

マユは頷くと、彼女からサユリ、カナ、ミユキの順で質問していく事にした。



「じ、じゃあ……私に彼氏は出来ますか?」



マユはそう呟いた。その瞬間、十円玉が再び移動し始める。[いいえ]と辿って止まってしまった。

それを見たカナは思わず笑ってしまう。



「残念、マユには彼氏出来ませーん!」




「うっさいわね!次はサユリ!!ほら、早く質問してよ!」



鳥居の位置に戻る様に話すとややキレ気味のマユはサユリへ促した。十円玉は鳥居の位置へと戻っている。



「解った。…お狐様は何が好きですか?」



一言呟くと十円玉がゆっくりと動き出す。

止まった文字は、にとく。つまり肉だ。



「に、肉?…それは鶏肉ですか?それとも豚肉?牛肉?」



再びサユリは話し掛けた。十円玉はひ、と、の、に、く

と順に動いて行った。つまり人の肉が好きという事。



「え…それって…ッ!?」



突然、ガシャンという音を立てて何かが割れる音が廊下で響いた。それに驚いた全員は思わずその場に凍り付いてしまい、口を閉ざす。いつの間にかミユキが十円玉から指を離してしまっていた。



「何、何、何!?ねぇ、何なのよ!?」



辺りをキョロキョロ見回しながらミユキは震えている。



「ミユキ、あんた何で指離してんの!?」




マユがそれを指摘し、片手で彼女の指を慌てて戻そうとする。だが十円玉は彼女達の意思に反して勝手に動き出した。

次に示したのは

お、ま、え、た、ち、を、ゆ、る、さ、な、い

あ、し、た、だ、れ、か、が、し、ぬ


それをカナが一言一句読み上げた。

全員の背筋に冷や汗が流れ、ガタガタと教室の窓が風のせいか鳴っていた。



「ねぇ、死ぬってどういう事!?意味解んないって!!」



「そんなの私に聞かないでよ!!こんな筈じゃ無かったのに…何でッ……何でなのよ!?」


サユリが思わず叫んだ。解らないとマユも半狂乱で叫ぶ。ミユキは黙って震えていた。カナはマユの手元にあった携帯を器用に取ると終わらせ方の項目を見つける。



「終わらせようよ!早く!!」



カナが叫ぶと4人は何とか冷静さを取り戻し、

再び呪文を呟いた。



「お狐様…お狐様……どうかお帰り下さい…!」



そう言って返事を待つ。再び十円玉が動き出したが

予想外の返事が帰って来てきた。



い、い、え



「いいえ!?何で!?」



マユが声を上げた。

それから何度も、何度も、何度も試したが

やはり返事はいいえだった。



「ッ…だから止めようって言ったんだよ、こんな危ない事!!どうすんだよマユ!!」



大きな声を出したのはカナ。マユに何度も止めた方が良いと話したが押し切られてしまったのだ。



「何よ、結局やるって言ったのあんたでしょ!?」



マユもカナを睨むと怒鳴り付けて来る。



「2人とも、ケンカは止めなよ!!」




「そうだよ、今は言い争ってる場合じゃ無いって…ッーー!?」



サユリとミユキが止めに入った途端、今度はバシャァッと液体を地面へ打ち付ける様な音が響く。

振り向くとカナの直ぐ横に赤い液体が拡がっていた。白い天井からポタポタと雫が滴り落ちる。

その赤い液体はカナのワイシャツの左腕と顔へ飛沫していた。その姿はまるで血を浴びた様に赤くなっている。



「ひッ…!?」




「きゃぁあああッッッーーー!!!」



ミユキが悲鳴を上げ、その場に居た全員が自分の鞄や荷物を抱えて椅子から立ち上がると大急ぎで蜘蛛の子を散らす様に教室の入り口から出て行く。

廊下を走って、階段を駆け下りて玄関へ向かうと靴を履き替えると走って校門から出た。


4人は何も話すこと無くそれぞれの帰路へ着くのだった。



机の上に無造作に放置された用紙と十円玉を残して。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

北見高等学校。

そこは都内でも普通の私立高校である。

弓道部やバスケ、サッカー部が全国大会に出る事でも有名。そこに通っているのが櫻井理人、高校2年生。クラスの中でも冴えないというか目立たない印象が有った。

部活は入っておらず、帰宅部で授業が全て終われば後は真っ直ぐ家に帰るだけ。用事が有るとすれば偶にCDショップに立ち寄って気に入っているアーティストのCDを買うだけだ。



「……はぁ、いつになったら彼女とか出来るのかなぁ。まぁ僕には無理だろうけどさ…青春とか何とか色々言うけど結局は漫画やゲームみたいに上手くなんていかないよねぇ。」



ぶつくさ呟きながら普段通り校門から入ると玄関へまで歩く。玄関についてからは靴を上履きに履き替え、教室へと向かった。

2年A組、そこが自分のクラスだ。

普段と何も変わらず教室内は喋ったりふざけたりしている同世代の男女生徒達の姿が有った。



「おはよー、どうした?元気ねぇなぁ?」



声を掛けて来たのは友達の悟、それから同じく友達の美穂。彼等と理人は小中の同級生。美穂は首元まで伸びたショートヘアが特徴で、昔から変わっていない。

理人は2人に「おはよう」とだけ返す。



「理人ぉ?また夜更かししたでしょ…目の下のクマ凄いよ?」




「五月蝿いなぁ…別に良いだろ?僕の親じゃあるまいし……。」





「良くない!ちゃんと夜寝ないから授業中に寝ちゃうんだよ?健康第一、夜更かし厳禁!」



美穂に注意されると理人はウザそうな顔をしながら自分の席へと着いた。

隣の席はいつも空いたまま。本来ならこのクラスは30人居るはずなのだが、ここの空席のせいで29人しかいない。

席へ座ると美穂と悟が机の周りを囲んだ。



「そういえば、鈴村さん未だ来ないよね?」



美穂はチラリと空席を見る。



「アレだろ?俗に言う不登校って奴じゃねーの?それよりさぁ、聞いたか?うちの高校で女の子が飛び降りたって話!」



悟が理人へ話を持ち掛けて来た。



「飛び降り!?」




「飛び降りたのはC組の片瀬サユリ。今朝、屋上から飛び降りて病院に運ばれたんだってさ。凄かったらしいぜ…今も規制線張られてるし、警察も来てる。」




「だからあんなにザワザワしてたのか……。」



飛び降りというワードが朝から衝撃的だった。

それを聞いた美穂は2人を嫌な顔で見ていた。



「男子ってそういうの好きよねぇ…信じらんない。あ、先生来たからまた後でね!」



そう言い残すと悟と美穂は理人から離れ自分の席へと戻って行った。入って来たのは若い女性の教師で

名前は大津円香、長い茶髪を後ろでポニーテールにしているのが特徴の教員。

男子生徒だけで無く女子生徒からも人気がある。



「はーい、席について!ほら座って座って!…今朝、C組の片瀬さんが屋上から飛び降りて大怪我をしたそうです。それで今日は授業を午前中で切り上げて、午後放課とします。」



そう円香が話すと一部の生徒からは小声で「やった!」とか「ラッキー」だとか聞こえて来た。



「……もし体調が悪くなったり、何か相談したい事が有れば私か生徒指導の先生に伝える事。それじゃ、国語の授業始めるから教科書開いて。昨日の続きから!」


授業が始まると皆それぞれ教科書やノートを取り出していく。円香が黒板にチョークで文字を記していけば生徒達はそれをノートへと書き記していく。


それから約50分後に国語の授業が終わると休憩を挟んでから別の教師による授業が同じ形で進んで行った。この日は国語、数学、政治経済とそれから英語。普段なら午後に体育と化学が有るのだがそれが無くなった為、英語の授業だけで終わった。

ホームルームが終わるとクラスメイト達は話しながら教室から出て行く。

理人の元にも悟と美穂が駆け寄って来る。



「理人ぉ、帰りに飯食って行かね?俺弁当持って来るの忘れちまってお腹ペコペコなんだよ!」





「バカね、真っ直ぐ帰って家で食べれば良いでしょ?こういう時は寄り道せず真っ直ぐ帰るのが1番良いんだから。ねぇ?」




「ごめん、僕は寄る所有るから!先帰ってて!」




理人はごめんと一言付け加え、両手を合わせてから2人の元を足早に立ち去ってしまった。



「あいつ…何処へ何しに行ったんだ?」




「さぁ?」


2人は理人の背中をただ眺めていたのだった。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

理人が向かったのは片瀬サユリが飛び降りたとされる現場。バレない様に屋上に張られた規制線を越え、ドアを開けるとそこへ近寄った。



「赤いカラーコーンで仕切られてる…彼処かな?」



駆け寄ると飛び降りたとされる場所はカラーコーンと黄色黒の細長いポールで仕切られていた。

この校舎は5階建て、この高さから飛び降りれば無論タダでは済まないのは明白だ。

理人が此処へ来たのは興味本位という事も有るのだが、それよりも片瀬サユリとはこうなる前にも少しばかり交流があった。好きなアーティストの話をしたり、アニメの話をしたりとほんの些細な事だったが理人にとっては楽しかった。

だから彼女がこんな事になってしまった真相を知りたいと思っているのだ。



「どうして…こんな事に……。」




「…飛び降りってのは本当だったらしいね。」




後ろから声を掛けてきたのは声の感じから女の子だというのは解った。理人は驚いて振り返るとそこに居たのは、やはり女の子。此処の女子生徒が着ている物と同じ制服を着ていた。茶髪のショートヘアが風で靡いている。赤い瞳が理人の方を真っ直ぐ見ていた。



「ん?そんなに驚く事は無いだろう…キミだって理由が知りたくて此処へ来た。そうだろ?櫻井理人君。」




ピッと彼女は指をさす。

微笑むと理人を避けて屋上のフェンスへ左手を掛けると下を覗き込んだ。



「うーわ…此処から飛んだら死ぬ程、痛いだろうね。下はアスファルト、運良くて花壇の中に激突だ。」



理人は立ち上がると茶髪の少女へ話し掛けた。



「キミは誰?さっきから色々話してるけど……?」



すると少女は、くるりと振り向くとポケットから棒の付いた飴を取出した。それをクルクル回すと理人へと向けた。



「私の名前は鈴村詩乃……キミと同じクラスの人間だよ。」



鈴村詩乃と名乗ると理人は何かを思い立った。

それは彼の隣の空席。教科書も何も入っておらず、使われた形跡の無い机。その持ち主がこの鈴村詩乃だった。



「す、鈴村さん!?いつも学校に来てないと思ってたのに!?」




「失礼だな…いつも居るよ、此処には。そんな事はどうでもいいんだ。キミも知りたくないか?何故、彼女が飛び降りなくてはいけなかったのか…何が原因でこんな事になったのか……。」



詩乃はニヤリと笑うと先程の飴を理人へ渡した。

そしてゆっくりと歩き始める。



「え、これ…貰って良いの!?」




「あぁ、それはお近付きの印だよ。キミとは長く付き合いそうだからね……ほら、行くよ。」



詩乃の後を理人は鞄を持ってついて行くと校舎へと戻る。そして階段を降りると廊下を歩いて行く。



「確か…名前は片瀬サユリ。2年生でクラスはC組…、利き手は右で誕生日は6月、血液型は…。」



詩乃はブツブツと何かを呟いている。

暫く進むとC組へと辿り着いた。



「もう皆、帰ったらしいね。さて…彼女の机は何処だ?」



詩乃は机の中を勝手に覗いたりしながら探している。しかも教科書や物を出して名前を確かめながら。



「ま、待ってよ鈴村さん!!何してんの!?」





「探してるんだよ、片瀬サユリさんの机を。……お、あったあった!」



詩乃は真ん中程で立ち止まると椅子を引いて引き出しの中の物を全て取り出して机の上へ。

出て来たのは透明なペンケース、教科書数冊だけ。



「コレだけだと飛び降りた原因は無し……櫻井君、彼女のロッカーは?」




「え!?えぇーっと…片瀬、片瀬……あったけど開くの?鍵閉まってるけど……。」



理人は片瀬と書かれたロッカーを指さす。

すると詩乃はそこに来ると理人へ退く様に手で合図する。そしてポケットから安全ピンだろうか?何か細長い物を2つ鍵穴へ差し込む。



「鈴村さん、それってまさか……!?」




「ん?知らない方が良いよ、健全な青少年は特に…お、開いた開いた!」



ガチャリと鍵が開く音がするとロッカーの扉を開いた。そこには体操着と消臭スプレーが入っていた。そしてもう1つ。

見つけたそれを詩乃は取り出すとロッカーの扉を閉めた。



「何それ?」


理人は首を傾げながら詩乃の方を見つめていた。

言い表すなら可愛らしい女の向けの手帳だった。



「……日記だよ、彼女の。ご丁寧に事細かに色々書いてある。どれどれ?」




「不味いって!勝手に人の日記なんて見たら!!」



理人は取り上げようとしたが躱されてしまい、そのまま詩乃はページをパラパラと捲り始めてしまった。そしてあるページで手が止まった。



「これは……。」



詩乃が呟く。そこには赤いペンで何ページにも渡って平仮名で殴り書きがされており、


たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて

たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけてたすけて

しにたくない しにたくない しにたくない しにたくない しにたくない しにたくない しにたくない

しにたくない しにたくない しにたくない しにたくない しにたくない しにたくない ごめんなさい ごめんなさい ごめんなさい ごめんなさい ごめんなさい ごめんなさい ごめんなさい ごめんなさい ごめんなさい ごめんなさい ごめんなさい ごめんなさい


と書かれていた。理人もそれを横から見ると思わず息を飲んでしまう。



「鈴村さん…これってヤバい奴?」





「……ああ、相当ヤバい奴だよ。それにしても彼女は何に怯えているんだろう…虐められていた覚えも無いだろうから尚更解らないな。もし仮に虐められていたら机に傷とか落書き…後は物が乱雑に切り刻まれていたりとかする筈なんだけどね。」



手帳を持ちながら詩乃は考え込んでしまった。

彼女に何かが起きた事は間違い無い。だがその確証たる物が未だ解らない。



「…あのさ、鈴村さん?もうそろそろ帰らないと。校門閉まっちゃうよ?」





「あー、もうそんな時間か…私は残るよ。またね、櫻井君。」



そう言うと笑いながら詩乃は手を振る。



「鈴村さんは?帰らないの?」





「私はもう少し調べ物をしてから帰る。それと…コレを。」



ポケットから今度は人型に切られた紙を取り出す。

それを理人の手へ渡した。



「何これ…飴の次は紙の人形?」



「ちょっとしたお守りだよ。…キミも魅入られるかもしれないからね?気を付けて帰りなよ、櫻井君♪」


ニコッと笑うのを見た理人は不思議そうな顔をしながらC組の教室を後にした。

こうして僕は変わったクラスメイト、鈴村詩乃と出会ったのだ。

この事件のウラに何が有るのか?

片瀬さんは何故飛び降りたのか?

その原因を探る為に僕達は2人だけで動いて行く事になる。コレはその幕開け。

未だ物語は始まったばかりだ。



(つづく

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