2話_祓イ師

理人が帰ってから約1時間は経った時。

詩乃はC組の教室から離れて図書館の奥にある準備室に篭っていた。

1冊の手帳を持って。



「…此処へ戻る途中に嫌な視線を感じた。1度じゃない、何度も何度も。」



詩乃はページをパラパラ捲って進めるがやはり何も出て来ない。

こういう時に何をすれば良いかは自分が1番解っているつもりだ。

それはただ1つ、持ち主の思念を辿る事。



接続コネクト……。」



一言呟くと詩乃は目を閉じ、手帳へ手を翳す。

すると身体が軽くなる様な感覚がした。

再び目を開くと彼女が居たのは準備室では無く、何処か別の教室だった。



「……此処は何処だ?お、あれは片瀬サユリ。それに座っているのは柊木マユ…水樹カナ…吾妻ミユキの3人。つまり彼女達は友達同士だったという事か。」



詩乃は何処かの教室後方のドアからそれを見ていた。事の一部始終、つまり此処で何が起きたのかを。彼女達が姿を消してから机の上に残された十円玉と平仮名や数字、はいといいえ、鳥居が描かれた一枚の紙を見ると彼女の口元が少し上がった。



「成程…降霊術を使ったのか。安易な呼び出しだけじゃない、面白半分と遊び半分でやった事が原因で向こうの怒りを買ってしまった……それなら全て辻褄が合う。1人を殺そうとしたのは警告…次は本当に誰か死ぬ事になる。」



彼女はニヤリと笑い、右手の中指と親指を擦り合わせパチンと鳴らす。すると視界が暗転し元の図書準備室へと戻って来た。これが詩乃の能力の1つである接続コネクトだ。

被害者の私物、或いは記憶の断片から何が起きたのかをこの様に知る事が出来る。



「恐らく、あの雰囲気から察するに憑かれているのは柊木マユ……だが変だ。彼女が発端者なら最初に殺す筈。何故片瀬サユリから?見せしめか何かか…?」



そう考えていると準備室のドアが開いた。

入って来たのは自分と同世代の子そして詩乃の数少ない友達の1人、日向朱里ひなたあかり

長い黒髪と美しい黒い目が特徴的な少女であり大和撫子と言うのに相応しい。



「どう、進展は有った?」




「有ったよ…今回のはちょっと厄介かもね。しかも狐の祟りと来た。」



ふぅんと納得すると近くの椅子を引いて詩乃の前に腰掛ける。朱里は手帳をパラパラ捲ってから再び閉じた。



「それで、祓うの?」




「当然。そうじゃなきゃ私の居る意味が無くなる……全く、インターネットだか何だか知らないけど良からぬ噂話だの色々垂れ流してくれちゃってさ。少しはこっちの身にもなって欲しいよ。」




「そう言わないの、詩乃の事は大切だと私が1番良く思ってる……あの時助けてくれなかったら今頃私は死んでたかもしれない。」



朱里は詩乃の手を両手で握り締める。そして少し微笑んで見せる。

それから詩乃は朱里へ理人の時と同じ様に棒付きの飴を差し出した。朱里が彼女の手を離し、それを受け取ると包みを開いてじっと見ている。



「今日のは何味?」




「ふふん、私の好きなグレープだよ♪おっと、そろそろ時間だ…行って来る。」



椅子から立ち上がると朱里のすぐ横を歩いて行く。



「うん、行ってらっしゃい。私も詩乃と一緒に祓えれば良いのに……。」



ポツリと一言、朱里が呟いた。

詩乃は少し間を開けるとポンと彼女の肩へ左手を置くと何も言わず準備室を後にした。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

時刻は既に18:00を越えている。

廊下は嫌という程に静かで真っ暗だ。

詩乃の上履きの音だけが廊下に響き渡る。



「流石に騒ぎの後だ、部活もやらずに皆帰ったらしい……確か此処だった筈。」



詩乃は階段を上がり、大きな扉の前へ来た。

ご丁寧に本来なら巻かれている筈の鎖が外されていた。しかも工具か何かを使って力任せに切った痕跡が有る。



「む…旧校舎の入り口のチェーンが切られてる。彼女達は此処から入ったのか。でもお陰様で手っ取り早くて助かる、ぶっ壊さなくて良いからね。」



ドアを開くと景色が一変する。真新しい床の新校舎と違い、旧校舎の床は何処か古めかしい。

足を踏み入れると生暖かい空気と湿気た匂いが鼻をつく。扉を閉めてから1歩ずつ歩き出すと左右のガラス窓にはバツ印に張られたテープが目に入って来る。それから山の様に積み重なった机と椅子の数々。もうかれこれ何年も使われていない事が解る。更に歩いて行くと途中で雰囲気が変わったのが何と無く詩乃にも伝わって来た。

殺気に近い何かがこの先に居るという事だ。



「……居る。近いな。」



ある教室の方へ向かい、ドアを開ける。

そこに居たのは机の上に腰掛けている何者か。

髪の長さや身体の形からして女性なのは直ぐに解った。此方に気付くと女性は顔を上げる。金色の長い髪と水色の瞳が詩乃を見つめていた。服は黒っぽいドレスを着ているのが解る。



「……御主は誰じゃ?」


「お前こそ誰なんだ?…まさかお狐様か?」



女性はニィッと笑うと机から降りた。


「ほぅ…?妾は人間達からお狐様と呼ばれておるのか……まぁ良い、生け贄を差し出せ。」



「それは出来ない相談だ。」



「つまり貴様は妾を勝手な都合で呼び出し、その上何も差し出さぬと…そう言いたいのか?」



そう言い放つと場の雰囲気が更に変わる。

殺気がより明確になりつつあった。

お狐様と思わしき女性は詩乃の前へ来るとじっと見下ろしている。その目は獣の目だ。


「それにしても…美味そうな身体じゃのう?肉や臓物を貪る前に戯れてから喰らうのもまた余興。痛みを知らず快楽に溺れさせるだけ溺れさせ…その上で喰ろうてやろうぞ?」



細長く白い肌の手が詩乃の顎へ触れ、そのまま胸や下腹部を撫でて行く。再び相手の手が制服を握った時だった。バチィッと何かが弾ける様な音と共に女性は手を離し、距離を取った。



「くッッ…貴様、何をしたッ!?」



「何って制服に特殊な術を施しただけだよ。魔除けのね……♪」



ニコッと微笑む。すると向こうの怒りを買ったのか突然ドアが閉まり、ガラス窓がガタガタと揺れ始めた。



「妾をコケにするとは…生きて返さんぞ小娘ぇえッ!!」




「それは此方も同じ事。お前の狙いは3人の中の1人、降霊術を提案し実行した柊木マユ…そうだろう?本来なら彼女が真っ先に殺されても可笑しくは無かった。でも、お前は敢えて片瀬サユリを狙った。彼女と彼女の残りの仲間を動揺させる為に。」



キッと女性を睨み付け、詩乃は右手の人差し指を向け、親指を立たせると銃の形を作る。



召喚ツィオーネ。」



詩乃の手が光ると彼女の右手には黒い拳銃が握られていた。その銃はM92F、またの名をベレッタ。


「小娘…御主、まさかッ!!?」


「人の世に蔓延り、時として害を生し、仇なす存在…それ等から人々を護る為に古来から存在する専属の術師……!」



「馬鹿な、祓い師だと…ッッ──!?」



銃声と共に青白い弾が放たれ、女性の左肩を撃ち抜いた。だが血は出ない。代わりに撃たれた箇所がヒビ割れている。



「今回の件は人間に落ち度が有った。お前を軽はずみに呼び出した事…それは彼女に変わって私が謝る。でも、人に害を生した以上は見過ごせない。」



詩乃は鋭い眼差しで女性を睨んでいた。

だが、これでは終わらない。



「ククッ……その程度で妾が倒せる等と思い上がるなよ?小娘如き、妾の敵では無いわぁあッ!!」


女性が吠える。その瞬間、九つの尾と狐の耳がそれぞれ頭部と腰辺りから出現する。

左右の指先には鋭く赤い爪が生えていた。

アレで切られれば間違い無くヤバい。


「やはりお狐様ご本人…ッ!!」



ブオンと空を斬り裂く音が響くとお狐様の右手の爪が振り翳されていた。辛うじて後退し避けたものの風圧で左頬から少し血が飛沫する。木製の棚とボードが大きく切り裂かれていた。

それでも詩乃は発砲し続ける。銃声と共に放たれた数発の弾丸が空を切って相手へ目掛け飛んで行った。



「同じ手は妾に通じぬ!!」




「知ってる……ッ!!だからその爪は封じさせて貰う!!」



お狐様は即座に手を戻し、飛んで来た弾丸を左手の爪で斬り裂くがそれと同時に爪が砕け散る。

それに合わせて赤く鋭い爪が地面へパラパラと落下した。



「ぐッッ…妾の爪が砕けただと!?」





「悪いけど、これで終わりにさせてもらうッ!!」



彼女が動揺している一瞬の隙をついて詩乃が間合いを詰める。彼女はいつの間にか銃では無く日本刀を右手に握っていた。

そしてそれを左下から右斜め上へ振り上げ、身体を斬り裂いた。青白い光が斬られた傷口から噴き出す。



「何か言い残す事は有るかい?」



「敵に…情けを…掛けるのか……貴様は…!」



「そうじゃない、お前だって刺そうと思えばその爪で私を刺せた筈…何故刺さなかった。」



詩乃が砕いたのは悪魔で左手の爪。つまり右手の爪は未だ残っていたのだ。



「気が変わった…それだけだ……。」




「そう。じゃあ…消すのは止めとくよ。お前の力、私に貸してもらう。安心しろ、悪い様にはしない。」


彼女はそれに対し無言で頷いた。

詩乃は手にしていた刀を消すと左手で制服のポケットから透明な勾玉を取り出し、それを彼女の前へ翳す。右手の人差し指と中指を合わせて前へ突き出すと十字を切った。するとお狐様の肉体が急に発光し姿を消す。勾玉の色は透明から紫色へ変化していた。



「討滅完了。後はご本人達に謝罪してもらおうかな……。」



詩乃は勾玉をしまうと棒付きの飴を取り出し、包みを取ると舐めながらその場を立ち去るのだった。

黒ずんだ十円玉と用紙を手にして。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

更に翌朝。理人は朝から屋上に来ていた。

昨日見たポールもカラーコーンも無くなっている。

それにドアにも規制線は貼られていなかった。



「あれ?コーンもポールも無くなってる。」





「おや、また会ったね。櫻井君?」



聞き覚えのある声に理人は振り向く。

そこに居たのは頬に絆創膏を貼った詩乃だった。



「鈴村さん!?どうしたのそれ…!」





「あー、ちょっとね。大した怪我じゃないから大丈夫だよ。それより少し付き合って貰えるかな?」



ちょいちょいと手招きし、並んで歩き出すと2人は屋上から立ち去る。その足で向かったのは学校の裏手。そこに居たのは1人の黒いドレスを着た女性とそれから柊木マユ、水樹カナ、吾妻ミユキの3人。

3人はその女性に色々とあーだ、こーだと言われている。その様子を2人は物陰から見ていた。



「何してんだろ、あの3人。確か片瀬さんといつも一緒に居る……。」




「そうだよ。謝って貰ってるのさ…今回の件に関してね。悪いのは彼女達だからさ。」




「え?でも、柊木さん達は何も……!」





「櫻井君、降霊術って知ってる?」



詩乃は首を傾げて理人へ尋ねる。



「コーレイジュツ?…何それ?」




「自身の目的の為に霊を呼び出し、呼び出した霊にお告げをしてもらう。それが降霊術さ。それで呼び出されたのがあの黒いドレスの女の人…またの名をお狐様。」




「あの人が幽霊!?いやいや、どう見ても人間じゃん!?普通に喋ってるよ!?」




「嘘じゃないよ。それで、その降霊術で呼び出されたのが彼女って訳。面白半分に呼び出されたから腹が立っていたそうだ。だから腹いせに今回の様な危害をもたらした…被害者の片瀬さんは今朝、意識を取り戻したらしいから1週間後に退院出来るそうだよ。」




「退院出来るって…そんな漫画みたいな話が有り得るのかよ!?」





「…有り得るとも、そもそもの原因を絶ったからね。」



詩乃はドヤ顔で理人を見ていた。

だが理人からすれば納得が行かない。たった1日で昨日の事件が終わってしまったのだから。

オマケにあの女性を指さして幽霊ですなんて言うものだから余計に納得が行かない。



「鈴村さん、ちゃんと説明してくれよ!どうなってるんだよ本当に!!」




「はぁ……仕方ないな。ほら、証拠だよ。」



詩乃は理人の手に十円玉を置いた。

それは本来の銅色の十円玉とは違って真っ黒に黒ずんでしまっている。日光に当てればギリギリ10の文字が見える位。



「真っ黒な十円玉?こんなのが証拠?」




「持ってると、ろくな目に合わないからさっさと使うか捨てる事をオススメするよ。それじゃ私はこれで。まったねー♪」



ニコッと微笑むと詩乃は理人を置いて歩き出した。

理人が詩乃を追いかけて行く様子を屋上のフェンスの上から、鎌を持った白髪の美少女が眺めていたのだった。

鈴村詩乃、彼女が祓い師である事は理人も知らない。普段通り学校のチャイムが鳴るものの理人だけが自分のクラスであるA組へ帰って行った。

同じクラスである詩乃は図書準備室へと1人向かって行った。こうしてお狐様と呼ばれる怪異は1人の祓い師の少女により解決されたのである。


ーこの物語は学校だけで巻き起こる事件だけでは無く、校外でも発生する不可解な事件に対し鈴村詩乃が自らの力を持って挑んで行く物語である。ー

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