3話_廃墟ト少女

私の家は貧しい家だ。

幼い頃はそうでは無かったが、私が中学の時に父親がリストラに合ってから全てが変わった。

程なくして両親は離婚し、残されたのは私と母親だけ。月に父親が送って来る慰謝料兼養育費で何とか生活を続けて学校へ通っていた。

母親は生活の為に働こうとはせず、常に家に居る事が多かった。離婚してからは抜け殻の様になってしまったのだ。家へ帰っても一切話す事も無い。

テストで100点を取った、運動会の徒競走で1位になったとかそんな事を話しても意味なんて無い。

帰って来る返事は


「そう、良かったわね。」


この一言だけしか返って来ない。自分だけ一方的に話してバカみたいだから話すのも辞めてしまった。

高校に上がる前、私は黒かった髪の毛を赤く染めたしピアスの穴を耳へ開けたりもした。

この女と同じ髪色は嫌だから。自分はこんな惨めな思いは絶対にしたくない。その一心だけで髪を染めたのだ。結局、入学式にも学校の授業参観にもどの行事にもあの女は来なかった。

そこから何かが切れてしまったのかもしれない。

そして1つの過ちを犯してしまった。



「痛ぁッ…てめぇッ、もっと優しくしろよッ…!!」




「うるせぇ!あーくそッ…もっと濡らせよこのアマ!!」



それは高校1年の夏休みの時。

当時出来たばかりの彼氏と初めてセックスをした。

ホテルとかどちらかの家でもない、偶々立ち寄った廃墟の中で。ブチブチと肉の膜が裂ける感覚を未だ覚えている。それから馬鹿みたいに彼氏が腰を振って必死になっていたが、でも気持ち良かった。

抱き合った時の体温と手を繋いだ時に感じる温かさ。粘膜と性器との接触だけの筈なのにそれがどうしようもなく気持ち良かった。

行為が終わった後、身体を起こして自分の股下を見てみると薄汚れた白いシーツに血が付いていた。

破瓜の血なのは間違い無い。もう自分は処女では無いという実感が過ぎった時、左手の甲にズキッと痛みが走る。

視線を向けるとまるで何かの花弁の様な黒い物が付いていた。何度か擦ってみたが消える気配は無い。



「何だよコレ…?」



今思えばこれが全ての始まりだったのかも知れない。

私の身体なんだからどうなったって構わない。

あの女と同じ様に成らなければそれで。

私は私、あの女はあの女なのだから。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

1人の男子高校生は自分の教室にある自分の席でボーッとしていた。彼の名前は櫻井理人、この北見高等学校に通う生徒だ。その彼が考えているのは鈴村詩乃の事。あれだけ騒ぎになっていた筈の事件がたった1日で解決してしまった事も合わせて。



「どうなってんだ……あんなにあっさり解決するなんて。何者なんだろう、鈴村さんは。」



ボーッと考えていると背中を叩かれた。叩いて来たのは美穂、彼女も理人と同じクラスだ。



「おっはよー!どした、どした?そんな暗い顔して。元気無いぞー?」




「ああ、おはよ…悟は?」





「この時間で居ないとなると遅刻だよ。まーた夜通しゲームでもしてたんでしょ。」



美穂はやれやれと呆れた様子を見せる。

彼女との話の最中にチラリと理人は隣の席を見た。

だが、やはり詩乃は居ない。



「ん?なぁーに、私にゴミでも付いてる?」



「いや、何でも無い。ほら、チャイム鳴ったから席に戻りなよ。」



美穂へ自席に戻る様に促すと普段と同じ形で授業が始まった。憂鬱で詰まらない時間が夕方まで続くと思うと余計怠く感じてしまう。

その後、数時間後に午前中の授業を終えて理人は購買へ1人で向かう。悟は担任の円香に連れて行かれてしまった為、1人だった。



「今日も混んでる……。」



購買は男子生徒や女子生徒らで賑わっている。

お目当てのパンと飲み物が売り切れる前に買わなくてはならない。理人もその並に飲まれつつ、パンの置いてあるトレイに有った焼きそばパンへ手を伸ばして取ろうとしていた。しかもラスト1個。

ビニール袋へ指先が触れた途端、ヒョイっと誰かに取られてしまった。



「おばちゃーん、焼きそばパンとコーヒー頂戴。お代は丁度!此処に置いとくからね!」



聞き覚えの有る声に理人は視線を向ける。

そこに居たのは鈴村詩乃だった。



「す、鈴村さん!?」



「やぁ、櫻井君。それより買わなくて良いの?パン無くなっちゃうけど?」



「あ!?やっべ!!くそ…ッ!」


結局、理人はパンを買えなかった。

唯一買えたのは炭酸飲料、ペカコーラの500mlサイズだけだ。

それから2人は並んで歩くと図書準備室へ来た。


「あの、鈴村さん…図書館で飲食はダメでしょ?」



「良いんだよー、私だけの特権さ。折角来たんだからゆっくりして行きなよ。」


ドアを開けて詩乃が中へ入った後に続いて理人も中へ。そこに居たのは黒い長髪の女の子が1人、椅子に座ってテーブルに弁当を置いていた。


「遅かったね、詩乃…その人は?まさか部外者?」


彼女からキッと鋭く睨まれてしまい、理人は思わず萎縮してしまう。詩乃は2人を見ると仲介へ入った。


「彼は櫻井理人君、私のクラスメイト。で、彼女が日向朱里。私の友達だよ、クラスは違うけどね。」



詩乃は焼きそばパンとコーヒーの入った缶をテーブルへ置く。それからパイプ椅子を一つ持って来ると横へ付けた。


「まぁまぁ、立ち話も疲れるだろうから座りなよ櫻井君。」



「じ、じゃあ…失礼します。」


理人は詩乃、朱里の真ん中にあるテーブル付近へと座った。だが理人の食事はペカコーラだけしか無い。


「櫻井君、それだと午後が持たないだろうからコレでも食べるかい?」


そう言った詩乃が戸棚から取り出したのは割り箸とカップ麺。それをテーブルへ置くと腰掛けた。


「え、良いの!?」



「……櫻井君、ポットは向こうの流しの上ね。あとゴミはちゃんと分別して捨てて頂戴。」



詩乃が話す前に朱里が淡々と説明した。

それから理人は1人、カップ麺を作りに流しへ向かう。後ろでは詩乃と朱里がにこやかに話していた。


「どういう関係なんだ?2人は…本当に唯の友達なのか?」


チラッと2人の方を見る。

だが、その様子は何も変わらなかった。

理人はカップ麺を持って戻って来ると椅子へ腰掛ける。少し経ってから理人は割り箸を割り、蓋を開けるとカップ麺を食べ始めた。


「流石は男の子、良い食べっぷりだね。惚れ惚れするよ。」


詩乃はニコニコしながら、いつもの棒付きの飴を舐めていた。理人がカップ麺を食べ終わり、再び席を離れると朱里が話を切り出して来た。


「…詩乃、例の話どうするの?」



「ん?あぁ…探すしかないだろうね。彼女、奏多さんを。」


飴を左頬へ寄せるとそのまま詩乃は喋り始める。

その度に棒がクイクイと動く。

戻って来た理人に対し詩乃は少し微笑むと彼を見ていた。


「櫻井君。此処で知り合ったのも何かの縁…私の助手になってみない?」



「ち、ちょっと詩乃!?自分が何言ってるか解ってるの!?彼は素人!それに何も知らない!」



詩乃の提案に対し、朱里は立ち上がって反対した。一方の理人からすれば何を言っているのか解らない。



「な、何の話!?助手って!?」



「そのままの意味だよ。大丈夫、彼は私が護るから。」


詩乃は微笑むが、やはり朱里は納得していない。


「ッ……ならせめて説明だけはしてあげて。貴女と私が此処で何をしているのかを。」



朱里が声を上げると詩乃は無言で口から飴が消えて棒だけになった物を取り出し、それをゴミ箱へ投げる。見事にそれは宙を描いて入った。姿勢を変えて詩乃は理人の方を向いた。



「…櫻井君、キミは幽霊とかそういう類とかは信じる人?それとも信じない人?」



それは至って在り来りな質問だった。

詩乃は首を傾げて理人の方を見ている。



「まぁ…信じてる節も有るけど……それが何?」



「私は祓い師と言って人間達に危害を加える存在や脅威を取り除く為に此処に居る。まぁ、こうして見れば普通の女子高生なんだけどね。」


理人は呆気に取られていた。彼女が何を言ってるのか解らない。祓い師?という変な単語だけが引っ掛かっていた。


「昨日の事件…アレも私が祓った。お狐様、またの名を九尾の妖。アレをあのまま放置していればタダでは済まなかった。片瀬サユリだけじゃなく、残りの関係者も1人残らず死んでいたかもしれない。」



「……でもアレは彼女達の自業自得だって昨日鈴村さん言ってたじゃないか!」



「問題はそこなんだよ、櫻井君。もし、キミが一方的に呼び出されて都合のいい様に扱われて帰されたら…どう思う?少なくとも良い思いはしない筈だ。だから双方立ち会わせて謝らせたのさ。敢えて九尾の妖を封印し、あの場に呼び出してね。」


詩乃は紫色の勾玉をテーブルの上に置いた。

外から差し込む日光の光で美しく光っている。


「…霊や妖は確かに悪い存在も居るよ。でも、それ等を見極めて祓うかそれとも別の方法を取るのかを決める者、それが祓い師。解って貰えたかな?」


ニコッと詩乃は微笑むと反応を待っていた。

理人は反応が遅いものの小さくコクンと頷く。

一方の朱里は写真を数枚取り出してそれを並べた。


「それじゃ、納得して貰えた所で本題に入りましょうか。コレが今回の事件の被害者達よ。」



写真を見ると映っているのは何れも水に浸かったTシャツか或いは水のみの写真。

詩乃は目を凝らしながら、理人は首を傾げながらそれぞれ見ていた。


「…朱里。これは元々人だろう?」


写真を手に詩乃がボソッと呟いた。


「詩乃の言う通り、5枚の写真に写ってるのは全部人。正しく言えば…人だったモノよ。」



「人だったって…どういう事?」


理人も思わず眉間にシワを寄せ、耳を疑う。

朱里は更に説明を続けた。


「…何かしらの形で生命力を吸われ、そしてこの様に崩れ落ちた。そう考えるのが自然でしょうね。」



「1枚目はラブホテル…2枚目は体育館倉庫…3枚目、4枚目は公園。最後の1枚は……廃墟だね。しかし、良く撮ったなこんなの。」


詩乃は写真を置き、髪の毛を指先でクルクル回しながら呟いた。


「大丈夫、ちゃんと許可は取ってるから。今回の祓う対象は彼女…奏多明日香、17歳。うちの学校の生徒よ。」


更に取り出したのはもう1枚の写真。

ややオレンジ寄りの赤い髪をしたちょっと強気なイメージのある女の子がそこに写っていた。


「ふむ…彼女を祓う訳は?」




「彼女、死神リーパーかもしれない……。」


聞きなれない単語がまた出て来た。

理人はポカーンと口を開けて2人の話を聞いている。


「ち、ちょっと待ったッ!その…死神リーパーって何?偶に本とかにある死神って奴?



「大まかだけど似てるよ。死神…またの名をリーパー。霊や妖に魅入られた人間が極めて低い確率でそうなる場合が有るんだ。魅入られた際、身の回りで些細な不幸が起き始出す初期段階。誰かがケガをしたり死人が出る可能性がある二次段階…そして最も重いのが三次段階。」



「三次段階…もしそうなったら?」


理人が疑問に思った事を素直に口にする。

すると代わりに朱里が説明を始める。


「…その人の魂が消えて取り憑いた霊がその人に成り代わる。解り易く説明すれば櫻井君の身体に取り憑いた霊が櫻井君と外見は同じだけど中身が全く異なる別人へと成り代わるの。そうなると櫻井君という人格と魂が消滅してしまうという事よ。」



「つまり、今回の対象である奏多明日香は二次段階である可能性が非常に濃厚的。困った事に本人の中にある強い嫉妬や憎悪とかマイナスの感情で一気に跳ね上がってしまう事も有るって事だよ。」


詩乃はツンツンと明日香の写真を指先で小突いた。


「それで、僕に何をしろと?」



「奏多明日香を探して会って欲しい。キミの率直な感想を聞いてみたいのさ。」


今度はスッと右手の人差し指で理人の方を指さす。

どうやら断ろうにも断れない所まで来てしまったらしい。


「でも、何で僕が?鈴村さんでも良いじゃん。」



「私が祓い師だとバレたら向こうが何するか解らないだろ?それに、今回は男の子の方が向いてるんだよ、もし危なくなったら私か朱里が駆け付けるからご心配無く♪」


ふふんと詩乃は明日香の写真を理人へ渡した。

それから理人は立ち上がり、準備室のドアへ手を掛けた。


「あぁ、それとコレ。渡しておくね。」



「また紙?この前と同じ人型じゃん。」


受け取ったのは前回と同じで人の形をした紙。

それを理人へ詩乃が同じ様に渡して来たのだ。


「式神さんだよ、投げれば可愛い女の子が出て来る。但し水と炎に弱いし過度な攻撃を受ければ消えてしまうからね。それじゃ頼んだよー!」



溜息を付くが、こうして理人は準備室を後にし写真を片手に明日香を探しに向かうのだった。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

「奏多明日香…奏多明日香……と。本当に学校に来てるのか?」


辺りを見回しながら廊下を歩いて進む。

2年生の教室全てを見たが何処にも居ない。

理科室や家庭科室等の教室を見てもやはり何処にも居ない。探しても見つからず、まさに骨が折れそうだった。


「まさか案外…体育館とか?」


脳裏に過ぎった僅かな可能性を掛けて理人は体育館へ向かう。誰も使っておらず、静まり返っている。

やはり外れだ。帰ろうと思ってステージ側から出ようとした時だった。


「……此処に人が来るなんて珍しいね、あたしに何か用?」



「へ!?あ、いや……別に?」


いきなり後ろから声を掛けられ、振り向くとそこに居たのは赤い髪で当たりが強そうな女の子。

写真の子とそっくりだった。髪色もややオレンジ寄りになっている。


「まさか…奏多明日香かなたあすか!?」


「…そうだけど誰だお前?」


「あ、えっと…キミを探しに来たんだ。ちょっと知人に頼まれて。僕は櫻井理人、宜しく。」


理人は取り敢えず自分から名乗った。

少し不思議そうな顔をした明日香は理人の方を向いていた。


「ふぅん…知人ねぇ。大方、誰かに嫌がらせされて連れて来られたのか…それともセンコーが頼んで来たのかは知らないし興味無いけど。それで、あたしにどうして欲しい訳?」


「どうして欲しいって?」


理人は思わず聞き返してしまった。


「お前もドーテー捨てに来たんだろ、あたしの身体で。」



「ええッ!!?違うッ、そんなんじゃ無いって!」


理人は思わず顔を赤らめてしまった。

何故なら彼はいきなりそういう話をされるのは慣れていない。確かに自分も童貞だが、そんな事は今どうでもいい。困るのは会って欲しいとしか言われていない事。



「ふぅん…てっきりそうだと思ったけど違うのか。それとも、あたしから誘った方が良いのか?男は大体胸だもんな…お前もそうなんだろ?櫻井君?」


立ち上がると明日香は理人へ近寄る。

目の前まで来ると彼の顔を見上げた。

明日香との身長差は理人よりやや小さい位で、理人が165cmなのに対し明日香は160cm。つまり丁度良い大きさ。理人が視線を少し下げると、はだけたワイシャツから胸元、谷間が見えてしまった。



「近い!近い…ッ!!」



「ぷッ!あっははは!マジで女慣れしてねぇの?あー、面白い奴!腹痛いよホント!まだ抱き合っても無いのにさ!!」


明日香は急に笑い出し、理人の方をチラチラ見ていた。深呼吸してから少し目を擦ると再び向き直った。


「なぁ…放課後、少し付き合えよ。また此処で待ってるから。」



「付き合えって…?」



「あ…あたしとデートしようぜ。女の扱い方、お前に教えてやるよ。ほら、チャイム鳴ったぞ?行きなよ。」


2人が話していると昼休み終了のチャイムが鳴る。

また此処で会う約束をすると理人だけが彼女の元から去って自分の教室へと向かうのだった。

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放課後、理人は再び体育館へ訪れた。

同じ場所に来たがやはり彼女の姿は無かった。


「もしかして…からかわれた?」


ふとそんな事を思っていると此方へ近づく足音が聞こえる。振り向こうとしたが理人の左腕を左右から細長い手がグイッと引っ張った。

そこに居たのは昼休みに会った明日香本人。


「へぇー、 女の子より先に来てたのは評価高いぜ?約束通り来てくれたんだ、早速デートだデート!」



「デートって……何処行くんだ?」



「あたしの好きな所。大丈夫、変な所には連れて行かない。ほら、行くぞ!」


グイッと引っ張られると2人はカップルの様に並んで歩き始める。玄関へ着くと何人かが此方へ視線を向けて来る。


「腕…離してくれる?凄い見られてるんだけど。」



「靴履き替える時だけなら良い…それと、もっと堂々としろよ。今のお前はあたしのカレシなんだから!ほら!」


右手でバシッと背中を叩かれてしまった。

互いに靴を履き替えると玄関を出て、校門を抜けると並んで街の方へと歩いて行った。

向かったのは若い女の子が通う様な化粧品の店。

そこへ入ると明日香は微笑みながら棚の化粧品を見ていた。


「なぁなぁ、コレとコレ…どっちが似合う?」



「え?!僕、こういうの詳しくないから…!」



「全く…こういう時は好きな方で良いんだよ。それにコレは唯のマニキュアだしな。それでどっちが似合うと思う?」


彼女が差し出して来たのは薄い赤色と水色の液体が入った小瓶。それをじっと理人は見つめていた。


「…じゃあ水色。奏多さんはその方が似合うと思う。」



「水色か…良いじゃん。それと奏多さんじゃなくて明日香だ!それと、さんも要らない!ほら行くぞ理人!」


並んでレジへ向かい、水色のマニキュアを理人の財布からお金を出して払うとそれを彼女は自分の鞄へしまった。店を出ると次に向かったのはカラオケ。そこで約2時間半は歌っていた。

それが終われば今度はゲームセンターへ。クレーンゲームや車のレースゲームをして2人は引切り無し遊んだ。未だ会ってから時間も日も経っていないのに2人は前からずっと知り合っている様な雰囲気だった。


「いやぁー、楽しかった!」



「…明日香、ゲーム強すぎじゃないか?何であんなに強いの?」



「そりゃあ暇潰しでゲーセン来るし?でもまぁお前も上手いじゃん、クレーンゲーム。ぬいぐるみはあたしに似合わないけど…有難く貰っておくよ。」



2人は手を繋いでゲームセンターを後にする。

外はもう日がすっかり沈んでいた。



「ごめん、そろそろ帰らないと……うぉッ!?どうかした、明日香?」


帰るという単語を出した途端、明日香は理人へ抱き着いて来た。柔らかい感触が身体へ伝わって来る。


「…今日は楽しかった、サンキューな。あたし…家に居場所無くてさ。夜が怖いんだ…昼間は楽しくても夜は急に寂しくなる……何か胸が苦しくなるんだよ。おっと…こんな話してる暇無かった、ほらもう行きな…明日も学校だろ?あたしの事はどうでも…良いから。」


理人は首を横に振り、彼女の両肩を掴むとじっと見つめていた。


「どうでも良くなんか無い…怖いなら怖いって言って良いんだよ、寂しいなら寂しいって言えば良い!!明日香が良ければだけど……僕の家に泊まれば良い。一緒に居てあげるから!」


それは彼の言葉で伝えたかった思いなのかもしれない。理人はいつの間にかそんな事を彼女へ伝えていた。どう見ても彼女は普通の人間、死神リーパー等では無い。


「……解った、今日はそうする。」



一言、明日香は呟いた。それから理人と共に彼の自宅へと歩いて向かう。その道中も明日香は理人の手

を握り締めていた。彼の家へ着くと玄関から部屋へ通され、明日香はベットへ腰掛けていた。


「飲み物取ってくるから此処で待ってて。」


「あ、ああ……でも良いのか?」


「両親は共働きで帰って来るの遅いし…妹はこの時間、塾で居ないから。心配しなくて良いよ。」


理人は部屋のドアを閉め、下へと降りて行く。

一方の明日香は部屋の中を見回していた。

勉強机の上には教科書や参考書が有り、横の棚にはフィギュアやプラモデルが飾られており、壁にはアニメのポスターが貼られていた。年頃の男子高校生の部屋という感じだった。



「あたしの家とは大違いだな……。」



明日香の家は生活のゴミや読み捨てた雑誌が散らばっている。台所の食器も棚に戻っておらず、そのまま放置されているのが殆ど。

思い出すと少し胸が苦しくなる。それから理人が部屋へ戻って来ると小さなテーブルにお茶の入ったペットボトルと2人分のコップをそれぞれ置いた。



「お茶しか無いけど良かったら飲んで。」





「ん……ありがと。あのさ、理人…無理しなくて良いんだぞ?追い返したいなら追い返して良い…だから…ッ!」




「無理はしてない、僕がそうしたいからそうしているだけ。」



最後まで言おうとしたら遮られてしまった。

彼の優しさが何故か痛い。チクチクと胸に突き刺さる気がする。



「お前…あたしの事、どうでも良くないって言ったよな?」




「え?……うん。それが?」



明日香は立ち上がると理人の目の前で履いていた下着を脱ぎ、スカートを少し捲ると同時につうっと透明な液体が下着へ垂れる。

いきなりの事で彼は顔を真っ赤にして困惑していた。



「あたしは[[rb:こんな事 > セックス]]でしか温もりを知らない……誰かと交わってる時だけがあたしが一番愛されてるって感じる…。これがあたしなんだよ…あたしはずっとずっとそうして来た……嫌いになっただろ…軽蔑しただろ…?これがあたしなんだよ…ッ!」



何を言っているのか自分でも解らない。

愛を知らないから、愛された事が無いから、身体の繋がりだけでしか愛を感じた事が無いから、この気持ちのやり場が解らない。



「お、落ち着けってッ!明日香ッ!!」



理人は何とか彼女を止めようとする。

つい口調が荒くなってしまった。

すると突然、明日香は胸を抑えて座り込んでしまう。息を荒らげながら項垂れてしまった。



「うッ…!?くそッ……またかよ…ッ!!げほッ、げほげほッッ…!!」




「明日香、大丈夫か!?明日香ッ!!」



明日香は理人の腕を自分の左手で握り締める。

彼女の手の甲には薔薇の花の様な黒い痣と思われる何かがあった。



「これって…ぐぁッ!?」



痣を見ていた理人は途端に明日香により首を絞められてしまう。先程の彼女とは違って目付きが変わっているのが解った。



「お前の…お前の力を寄越せ……小僧ッ!!」




「ぐぅ…あぁ…ッッ!!?」



首を締め上げる力が余計に込められていく。

このままでは間違い無く絞め殺されてしまうのは明白だ。理人は意識が遠のきそうになるのを何とか堪えていると詩乃から貰った紙の人形の事を思い出す。何とかズボンのポケットへ手を突っ込み、そこから白い紙を1枚遠くへ放った。

しかし何も起こらない。最後の望みが途絶えてしまうとこのまま明日香に殺されようと思い、諦めて目を閉じようとした。だが目の前に居た明日香がいきなりベットの方へ吹き飛んだ。彼女から解放され、酸素を取り込むと噎せながら理人は部屋の入口へ視線を移した。そこに居たのは自分より歳下でショートヘアの女の子。紅白の巫女装束を着ていた。



「まさか…この子が……?」



呆気に取られていると明日香は身体を起こし、左手を突き出していた。手にはいつの間にか刃物が握られている。



「このガキ…よくも邪魔をッ!!」




明日香が飛び掛ると少女は顔色1つ変えずに彼女を何かしらの力で薙ぎ払う。窓ガラスが割れて明日香は外へ放り出されてしまった。



「まさか殺す気か!?ダメだッ、逃げろ明日香ぁあッ!!」



少女と共に外を覗くと明日香の姿は無かった。

闇夜に消えてしまったらしく、これ以上は追えない。少女が飛び降りて外へ出ると、理人も大急ぎで階段を駆け下りて外へと出て行った。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

明日香が逃げ込んだのはある廃墟。

気が付くと彼女は元に戻っていた。

ワイシャツは裂け、手足は血だらけ。オマケに背中も酷く痛む。



「くそッ…あたし……どうなってんだ…?前は何とも無かったのに…ッッ!!」



違和感を覚え、咳き込むと右の手の平へと吐き出した。それは赤い液体で間違い無く自分の血液で少し黒ずんでいるのが解る。



「あたし…そうか、死ぬんだ……でもまぁ、あの女より早く…死ねるのなら…良いや……ッ。」



フラフラと歩いていると目の前に誰かが居た。

茶髪で赤い目の女の子。



「…誰だよ。」




「やっと見つけたよ、奏多明日香……此処からだろう?キミの全てが変わったのは。」




「はぁ?…何言ってんだあんた?」



詩乃は1枚の写真を足元へ放る。

それを明日香はじっと見ていた。



「…キミが高校1年の時、キミは当時付き合っていた彼氏と此処で性行為に及んだ。その時に霊に魅入られて取り憑かれた……そしてそれから3人の男性と相次いで身体を重ね、その都度喰らった。ラブホテルでは金銭目当てで来た男を、体育館では1つ上の男子生徒を、公園では別の年上の男子生徒の3人。でもコレは悪魔で解っている分だけ。本当はかなりの数を喰らった筈だ。違うか?」




「ッ…違うッ!あたしじゃない!!知らない…気が付いたら消えてて…それで……!」





「覚えてないのは第三段階…その手前だからさ。何かがトリガーとなって不意に魂が入れ替わる。キミとキミの中に居るもう1人とね。そしてもうキミは…殆ど手遅れだ。」



詩乃は明日香を睨み付ける。

明日香は呆気に取られた顔で詩乃を見ていた。



「…医者みてぇな事言いやがって。何様だてめぇッ!!」




「医者じゃない。私は祓い師…この世に仇なす者を浄化し消滅させる者。」





「祓い師だぁ…?はッ、胡散臭ぇ事言ってんじゃねぇよ…ぐぁッ…何だよ、頭がッ……痛いッッ…!!」





「始まったか……![[rb:展開 > ベツィルク]]ッ!!」



咄嗟に詩乃は両手を広げ、周囲に結界を張り巡らせる。互いに向き合うと詩乃は即座に銃を呼び出していた。そのまま彼女の胸へ狙いを定める。



「せめて安らかに…!」




「明日香ッ!!居た…明日香ぁッ!!」



詩乃が構えた時、理人が2人を見つけて駆け寄って来た。しかし結界に阻まれて中へは入れない。



「鈴村さん、止めろッ!彼女を殺さないでくれ!!彼女は人間だ…まだ人間なんだッ!!」



結界越しに理人は必死に訴えかける。

声は中にも伝わると詩乃は目を逸らし、成る可く聞かない様にしていた。



「…聞いたかよ?あたし、未だ人間らしいぜ?撃つのかよ…あたしを…人間をッ!!」



その瞬間、発砲音と共に彼女の左腕が射抜かれる。

血の代わりに黒い何かが噴き出した。



「これを見ても自分は未だ人間だと言えるのか?」



詩乃は躊躇いも無く2発目を撃とうとする。

結界をバシバシ叩く音が右側から響くのだが、詩乃は無視を続けた。



「なら…お前もあたしの敵だ…此処でバラバラに引き裂いて殺してやるッッ!!」



叫んだ途端に目付きが変わる。

赤い髪が靡くと同時に明日香は詩乃へ飛び掛って来た。



「ちぃ…ッ!!」



詩乃は直後に発砲し、彼女の胸と腹を射抜く。

だが組み付かれてしまい銃を落としてしまった。

向こうは詩乃の首を絞めようと手を伸ばすものの、それを詩乃が防いでいた。



「お前も…我の糧にしてやるッッ…!!」




「はッ、霊に喰われるのはゴメンだ…ッ!!」



今度は詩乃が身体を起こして明日香を捩じ伏せる。

左手で彼女を抑え込み、右手を伸ばすと服の袖から短剣を取り出す。それを握ると力を込めて明日香の胸元へと突き刺した。



「あ…ッッ!!?」




「……許せ。」



そう言い残すと刃物から手を離し右手の人差し指と中指を合わせて印を結ぶと明日香から離れた。

その瞬間、彼女から青白い光が勢い良く放たれる。

同時に結界が消えた。詩乃とすれ違うと明日香の元へ理人が駆け寄って来た。



「明日香…?明日香、明日香ぁあッ!!」



必死の思いで彼女へ呼び掛ける。

薄らと目を開いた明日香は理人の方を見ていた。



「理…人…、そうか…来て…くれたんだ……。」




「そうだよ、明日香…僕だよ!!」



呼び掛けながら理人は彼女の手を握り締める。



「あたし…結局…何も出来なかった……母親と…同じ風には成りたくない一心で…逃げて…逃げて…逃げ続けただけだった……。」


明日香は途絶えそうな声で呟く。

理人はそんな事は無いと首を横へ振った。



「楽しかったな…お前と…遊んだ事…お前と出掛けた事……今日…1日だけだったのに……何か…一生分の思い出が出来た気がする……。」




「また出掛けよう…そうだ、今度は休みの日に水族館へ行こう?それから一緒に街中を歩いて…それで…!」




「ふふッ……本当は…悪ふざけで…揶揄ったつもりだった……でも、悪くない…プランかも…ありがとう…理人……大好きッ……。」



明日香は身体を起こすと理人を抱き締め、頬へキスをする。そして彼女は寄り掛かる様に力尽きる。

理人は明日香の手を離し、力強く抱き締めていた。

泣かずに涙を堪えて。

詩乃は何も言わず、2人を見ていた。

ある事を彼には伝えずに。そして静かにその場を去るのだった。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

翌朝。

理人はいつも通り朝から学校の屋上に居た。

そして遠くの景色を1人でボーッと眺めていた。

すると隣へ詩乃が来ると同じ姿勢で彼女もフェンスへ持たれた。



「……昨日はすまなかった。まさか短時間で彼処まで関係を持っているとは思わなかったからさ。心の方は大丈夫?」




「…平気とは言えない。彼処に来る前…奏多さん言ってたんだ。自分は性行為でしか温もりを得られないんだって。」




「彼女…奏多明日香の家は両親が幼い頃に離婚し、母親がショックで精神的に病んでしまい…それから母親は娘を遠ざけてしまった。娘も同じ様に母親を遠ざけた事から1人ぼっちになってしまった。だから寂しい上に縋ったのがそれなのかもしれない。」



詩乃もまた何処か苦しい思いをしていた。

こういうケースが稀に有る事から祓う時は考えなくては成らないのだ。


「…あ、そうそう。キミに会いたいって人が図書準備室に来てるよ。」




「僕に?」




「会って来ると良いよ。私は苦手なタイプだけどねー。」



手を振ると理人は首を傾げてから走って図書準備室へと足を運んだ。それから1人残された詩乃は遠くを見て呟く。



「……殆ど手遅れとは言ったけど、彼女の精神力が勝ったらしい。本来なら消滅しても可笑しくない筈なのに…でも彼女は助かった。もう彼女は1人じゃない、これからは彼がキミの傍に居てくれるよ。奏多明日香…良かったね。さぁて、私は朱里への言い訳の理由考えないとなぁ。」



背伸びをすると詩乃もその場を去った。

奏多明日香はギリギリの所で助かったのだ。

とは言え、彼女に取り憑いていた霊を消し去ってしまった為、記録を付けている朱里から咎められる事は間違い無かった。

こうしてまた、1人の少女が詩乃の手で救われたのだった。

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