4話_コトリバコ
「何度も言わせないで欲しいね。彼は私の助手!彼が居て貰わないと困る!!」
「はぁ!?アイツはあたしの彼氏だぞッ!そんな危ねぇ真似させられるかってんだ!!」
図書準備室の中でギャーギャーと言い争いをしている。声の主は此処の主(?)である鈴村詩乃と彼女に助けられた少女、奏多明日香。
彼女はすっかり此処の常連になってしまっていた。
あの後、此処へ来た理人と出会し泣きながら抱き着かれたのを未だ覚えている。
今まで有った急な発熱や頭痛、吐き気が無くなった事から体調も回復。
母親の件に関しては担任へ相談し今は児童相談所から此処へ通っており、母親も療養の為に入院している。詩乃は命の恩人なのだが彼女の理人を助手として扱うという事にあまり納得が出来ていなかった。
「……図書室ではお静かに!全くもう。櫻井君も何とか言ってよ?あの二人、ずっとあんな感じなんだから。」
離れで見ていた朱里が頭を抱え悩んでいた。
「僕に言われてもなぁ…明日香はヒートアップすると止まらなくて……。」
「惚気けるのは良いけど、此処を如何わしい事に使ったりしないでね?貴方の事は認めてあげても良いけど……。」
「あ、あはは……どうも。」
そうこうしていると明日香が理人の腕をグイッと掴むと身体を押し付けて来る。それを見た詩乃が何処か恨めしそうな顔をしていた。
「行くぞ、そろそろホームルームの時間だ。あたしは今日から真面目に授業受ける事にしたんだ!何処かのおサボりな奴とは違ってな!」
「なぬぅ!?くぅ…やはりあの時消しておくべきだったか……!」
そうしていると理人は明日香に連れて行かれてしまった。そしていつもの2人だけが残されてしまう。
「……1本取られたわね。詩乃の負けよ、どう見ても。」
「はぁ…もしや彼にはそういう才能が有るのか?王道ラブコメの主人公かハーレム系漫画の主人公みたいな雰囲気が!?だとしたら認めないぞ!」
「落ち着きなさいって!それより…あの件はどうする?引き受けたのは良いけど対処出来るの?」
あーでもない、こーでもないという詩乃を宥めて互いに椅子へ座ると向き合いながら話し合いを始めた。落ち着いた詩乃は深呼吸し朱里へ向き直る。
「あの件……例の箱の話か。」
「そうそう、開ける事が出来ない呪われた箱…。絶えず災いを齎し続ける……。」
2人は真剣な顔をしていた。
数日前、朱里が此処へ来た時の事。
彼女が図書準備室へ入ろうとした際に1枚の手紙が置かれていた。そこには
[日向朱里さん、鈴村詩乃さんへ。]
と、だけ書いてあったのだ。不審に思い、周囲を見てみるとダンボールが1つ置かれているのを発見しそれを開封した。入っていたのは立方体の箱。
それを朱里が開けようとした際、急な吐き気と下腹部を誰かに殴られた様な強い痛みに襲われた事から
それ以上は何もしていなかった。差出人も不明で送り返そうにも送り返せない事から此処にその箱が置かれたままになっている。
「私の元に来る依頼は大概、私の姉の円香を通して此処に来る事になっている…お狐様は被害者の水樹加奈から…この前の奏多明日香の件は円香が直接彼女と接触した時に私へと持ち掛けて来た物。だがあの箱は別だ。円香も知らないって言ってたし。」
詩乃は考え込んでいた。
妖や霊を祓う以外にも呪われた品や危険な物に関しても扱う事例は有る。だが仮に破壊するにも差出人の同意が必要なのだ。
詩乃は紫色の勾玉を取り出し、指先でなぞって放ると黒いドレスの美女が詩乃の真横へ姿を現す。それと同時に金髪が靡いた。
「ん…何じゃ?妾を呼ぶとは。珍しいのう?」
「…神楽、箱の呪物は聞いた事有るか?」
お狐様こと神楽。この名前は詩乃が彼女へ付けた物で、すっかりコレが定着していた。響きが良いと本人も気に入っている。
「箱の呪物…残念じゃが妾には解らぬ。とは言え、強烈な邪気をあの上部から感じる。離れに置いていても絶える事無くずっとずっと……。」
彼女が指さしたのは例の箱が入ったダンボール。
図書準備室の戸棚の中にそれは今も入っている。
「やはり良くないモノだな。朱里の体調が悪くなったのも、恐らくあの箱の中身か或いはあの箱自体が悪いのかもしれない……ありがとう、助かった。」
詩乃は神楽の手を握ると彼女の姿が消えて勾玉へと戻る。それを拾うとポケットへ戻した。
「詩乃、やっぱり……断る?」
「いや受けるよ。もし朱里へ呪いを掛けようとした輩が居るのなら…私が許さない。あの時と同じ目に合わせる様な事は絶対に私がさせないよ。」
詩乃は朱里の手を握り締め、微笑む。
そして本格的な調査が始まった。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
朱里が教室へ戻った後、残された詩乃は調査中というプレートをドアに掛けてから再び室内へ入った。
先ずは原因である箱の正体から。
詩乃は図書準備室の戸棚からダンボールを取り出す。やはり嫌な気配がダンボールそのものからでも感じられた。メッセージカードを見るにパソコンで書いた物だというのは解った。
「さて、問題の中身だが……こりゃまた厳重だな。ダンボールを開けたら今度は梱包材がグルグル巻いてある。」
それをカッターナイフで剥ぎ取ると出て来たのは
立方体の小さな箱。木目調の柄が入っており、普通の入れ物の様だった。
「ッ……成程、どうやら本当にヤバい代物らしいな…さっきから酷くお腹が痛い…!」
箱に触れていると、へそから下辺りが酷く痛む。
子宮辺りを鷲掴みにされて外へ抉り出される様な鋭い痛み。つまり、これから察するに対象は女性だけかもしれないという事が解る。
詩乃は箱から手を離し、椅子から立ち上がると近くの箱から札を取り出して貼り付けた。すると先程までの不快感が消え、どっと額から汗が吹き出た。
「抑制の札を貼ったが…いつまで持つか。本当の狙いは私か?それとも朱里か……。」
ふと気になったのか詩乃は自分の制服をワイシャツごと捲り、手鏡で見てみる。するとへそから下辺りが赤くなっていた。
「食あたりの時の腹痛や、お通じの悪い時に来る腹痛とは痛みが非じゃ無かった。だがこれらは全く別物だ…だとしたら本当の狙いは女性の胎内…?」
詩乃は何かを思い付いたのか、危険!触るな!!というメモを書き残すと箱の周りへ小さな結界を貼って部屋から飛び出した。
屋上やら空き教室を片っ端から誰かを探して回る。
そして辿り着いたのは学校の中庭だった。
ベンチに座っているのは明日香と理人、2人はそこで昼食を取っていた。辺りの雰囲気を見るに気づけばもう昼休みの時間帯だ。
「櫻井君ッ…此処に居たのか……!!」
「す、鈴村さんッ!?どうかした?めっちゃ息切らしてるけど…?」
「なぁ…何かあったのか?顔色悪ぃし。」
明日香が詩乃の方を見ながら首を傾げる。
すると詩乃は理人の肩を掴むと顔を上げた。
「何とも無いな?」
「へ?何の話?」
「今朝、あの場に居たがキミは何とも無かった…そうだな?体調は悪くないか?お腹痛むとか、頭痛や吐き気がするとか!!」
「う、うん。何とも無かったけど?どうしたの、さっきから変だぞ?」
理人がそう返す。すると明日香が今度は口を挟んだ。
「そういや…さっきから何となくだけどお腹痛むんだよな。ピリピリする様な…ズキズキする様な…?あんた、何か知ってるのか?」
「櫻井君だけ何も無くて…奏多には異変が有る…それと、私はあんたという名前じゃ無くて鈴村詩乃だ!ええい、そんな事はどうでもいい!これで確証が得られた…ありがとう!あと準備室のテーブルにある箱には絶対触るな!!」
詩乃は指さしてから別の場所へと走って行ってしまう。2人はその様子を不思議そうに見ていた。
次に彼女が向かったのは職員室の横にある休憩スペース。ドアを開けて入ると奥の席に茶髪のポニーテールの教師が座っていた。横には空の弁当箱が有り、携帯を弄っている。
「お姉ちゃ…じゃ無かった、先生!」
「へ?どした、まさか弁当足りなかった?」
「そうじゃ無くて!この前話してた事、未だ覚えてる?」
唐突に詩乃は距離を詰める。
円香は落ち着けと促して詩乃へ缶コーヒーを差し出した。
「この前の話って…猫とかネズミの死骸が公園の砂場から沢山出て来たって話?かなり悪質なイタズラだったらしくて近所の人が警察呼んだのよ。結構グロかったらしいわよ…?」
「……その動物の死体まで確認した?」
「あー…話によると何か首元に刃物で切られた傷があるって言ってた様な……それがどうかした?」
振り向いた時には詩乃の姿は無かった。
円香は何かあったのかと思いつつも気にせず再び携帯を触り始める。理人には効果が無く、明日香や朱里、自分だけに効果があった事。そして刃物で首の一部を切られた動物の死体。
そこから導き出された答えは唯1つしか無い。
それを確かめる為に詩乃はある部活の部室へ訪れていた。
「……やっぱりそうだ。私の読みが当たったッ!箱の送り主は彼等だ…ッ!」
詩乃が手にしていたのは赤い液体の入った500mlのペットボトル。匂いを嗅がずとも中身が何なのかは解った。トマトジュースにしては色が黒いのが何よりの証拠。
「問題はアレを作る為に動物以外に何を使ったかだ…確証まであと少しなのに……!」
詩乃はペットボトルを置くと引き出しや怪しい所を徹底的に漁り出す。
するとドアが開いて誰かが入って来た。
「おい、そこで何してる!」
そこに居たのは眼鏡を掛けた短髪の男。
痩せ型の体型で何処かオタクっぽい雰囲気がある。
「何をしてる…?決まってるだろ、アレの材料を探してるんだッ!!何処にある…言えッ!!」
つかつかと詰め寄ると男子生徒を睨み付けて威圧した。だが彼はニヤニヤと笑っている。
「アレの材料?あぁ…ふふッ、効果有ったんだ?その顔を見れば解るよ。」
「ッ……アレがどれだけ危険なモノだか本当に解っているのか!?武内弘人ッ!!」
弘人と呼ばれた男を詩乃は睨み付けていた。
だが彼は悪びれる様子は1ミリも無い。
「作ったのか…お前達がアレを!!」
「困るなぁ、作ったのは僕じゃないよ…僕達は作ろうとしただけ。それにアレは僕の友達が骨董品のネットオークションで買った奴。それにちょっと手を加えただけだよ?」
ヘラヘラ笑いながら彼は淡々と語り出した。
その態度や言い方に対し非常に腹が立つ。
「答えろ…お前の狙いは朱里か?」
「彼女が僕の事を心の底から好きにならないから悪いんだ……それに、彼女に集るキミが邪魔なんだよッ!!」
弘人は詩乃の肩を強めに押して彼女を突き飛ばした。詩乃は積まれた本に躓いて転んでしまう。
地面へ尻餅をつくと彼を見上げ、睨んでいた。
「それで私と朱里に呪いを掛けようとしたのか…自分の思い通りにならないから!!」
「…何とでも言えばいいさ…お前も朱里も他の奴も呪い殺されてしまえッ!!」
弘人は詩乃の胸倉を掴むとニヤリと口角を上げて笑った。上下唇の隙間から見える白い歯が彼の狡猾さを物語っている。
「性根が腐ってる…何が超常現象研究会だ…私が抜けてからそんな事までして!!」
「五月蝿いッ!お前は普通の人間と違うから別に良いだろ?今回の件もお前のお得意の力で解決すれば良いじゃないか!!」
「言わせておけば……うぅッ!!?」
詩乃が叫んだ途端、急に目眩を感じてふらついてしまう。
先程と同じ腹痛が襲って来たのだ。
しかも先程と比べ尋常では無い位の痛みが絶えず襲って来る。
「ふふ…このままお前はあの箱に殺されるんだ…コトリバコに!!」
「やはり子取り箱……ッ!良いのか…下手をすればお前も…どうなるか解らないんだぞ……ッ!!」
詩乃は腹を抑え、苦しみながら睨みつけた。
どれ程の呪いが込められているのかは解らない。だからこそどうなるか検討が付かないのだ。それは祓い師である詩乃にも対処し切れるか怪しいという事を裏付けていた。
「精々…苦しんで死んでくれよな、元部長さん?」
そう言い残すと弘人は立ち去ってしまう。
詩乃の意識は彼の背を見た後、ぷつりと途絶えてしまった。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「…て……きて…!」
誰かに呼び掛けられている。
ゆっくりと目を開くと黒い髪の子が此方を見ていた。少しずつ視界が明らかになるとそこに居たのは朱里だった。
「あ…かり……か?」
「良かった…気が付いた?」
詩乃の手を握りながら朱里は微笑んでいた。
朱里と詩乃は保健室に居たのだ。
最後に記憶しているのは超常現象研究会の部室で意識を失った事。だがそこから先が解らない。
「…何があった?私は…どうして此処に……?」
「貴女の式神…それが私の所に来て、案内されて駆け付けたら倒れてる詩乃を見付けて何とか運んで来たの。」
「朱里…その……大丈夫か?箱の影響は…?」
朱里に支えられながら身体を起こすと同時に詩乃を心配そうに見ていた。
「私は何とか大丈夫…でも、詩乃の方が重傷。さっき見ちゃった……汗拭こうとして詩乃のワイシャツを脱がせた時に。」
詩乃は徐ろにワイシャツを脱ぐ。まるで蛇が這うような黒い筋が下腹部から彼女の左胸下まで伸びていた。
「時間が無い…つまりコレが左側、心臓へ来たらアウト……か。」
詩乃はベットから降り、ふらつきながらも地面へ立ち上がった。ワイシャツのボタンを止めるとフラフラと歩き出す。
「無茶よ詩乃ッ!その身体じゃマトモに怪異と張り合える訳ないでしょう!?」
「私は…祓い師……ッ、この程度の事で根を上げていたら今後も同じ事になった時…逃げる事になる……!それだけは…嫌なんだ…ッッ!!」
朱里は詩乃の手を握って引き止めた。
握り締めた詩乃の手は熱が無く冷たい。
呪いは毒と似ており、呪いを解く為には元を絶つ必要があった。つまりあの箱をどうにかしない限り詩乃だけでは無く、朱里や他の生徒にも危害を及ぼし兼ねない。
「詩乃…気持ちは嬉しいけど…私が何とかするから……ね?」
「それで…もし仮に朱里が居なくなったら…私はどうすれば良い……あの時、私がちゃんと朱里を見ていれば……あんな事には成らなかったッ!」
詩乃は叫んだ。2人がこうして共に居るのはとある出来事が切っ掛け。超常現象研究会の部員である弘人が今回の強行へ走ったのもそこに繋がっている。
だが詩乃は語ろうとせず、朱里から手を退けて1人で歩き出した。
「ふッ…私も焼きが回ったか……箱の正体が解っても肝心な打開策が無いなんて…祓い師失格だな……。」
廊下の曲がり角を曲がった時、どさりと誰かにぶつかる。謝ろうと顔を上げると見慣れた顔がそこにあった。
「……何処行くんだよ、鈴村。」
「ああ…キミか……ちょっとした用事だ。道を開けて欲しい。」
詩乃がぶつかったのは明日香。道を開けて欲しいと頼むが退いてくれる気配が無い。
「…聞こえなかったか?道を開けて欲しい、時間が無いんだッ…!」
そう呟くと胸倉を掴まれ、睨まれる。
「てめぇッ、何でも1人でやれると思ってんのか!?」
「五月蝿い…私は…キミと喧嘩している暇は無いんだッ…!」
そう叫んだ途端、思わず咳き込んでしまうと明日香の胸元へ吐血した。血は赤ではなく黒い。呪いが身体の半分以上を蝕んでいる証でもあった。
明日香は詩乃の腕を掴むと彼女の手から数珠を奪い取った。
「……借りは返す。だから寝て待ってな。」
「ッ…無茶だ…素人があんなのを祓える訳が無い…!取り憑かれて殺される!!」
「そんなの……やってみなくちゃ解らねぇだろ!!確かに、お前はあたしの命の恩人だよ…でもな、辛い時に自分の背中を誰かに預けなくてどうすんだよッ!!全部自分一人で背負うんじゃねぇッッ!!」
明日香が叫ぶと詩乃は呆気に取られ、呆然と彼女を見ていた。
「現に…あたしがそうだった。親が離婚して、母さんがあんな風になってから…自分が全部やらくちゃいけないって…自分で全て何とかしなきゃダメだって…勝手に決め付けて背負い込んで…そうしてたら変なのに取り憑かれて死に掛けた……でも、お前や周りの人間が助けてくれたから少しずつだけど前を向いて歩き出せてる…だからあたしにやらせろ。お前の想いはあたしが背負ってやるッ!!」
その目は真っ直ぐ詩乃を見つめていた。
ただの不良っぽいギャルだとずっと思っていたがどうやらそういう一面も有るらしい。
「……朱里、奏多のサポートを頼む。それと…私が前に使ってたアレを貸してやって欲しい。私の今使ってる奴は特注だから貸せないけど…。」
「え?でもアレは…!」
「彼女を信じる…頼んだ…奏多…いや、明日香。」
詩乃は少しばかり微笑む。
「ああ…任せとけ、詩乃。」
明日香も頷くと2人は片手を突き出し、グータッチをする。
それから詩乃は保健室へ引き返すと朱里と明日香は走って超常現象研究会の部室へと向かうのだった。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
部室のドアを開け放つが弘人の姿は何処にも無い。
明日香と朱里は辺りを見回しながら警戒していた。
「明かりが点いてるのに誰も居ないなんて…。」
「多方、トイレだろ?それともビビって逃げちまったか。」
するとゾロゾロと後ろから6人の男子生徒が入って来る。皆、目が虚ろになっていた。
「…奏多さん、彼等は操られてる。だから無闇矢鱈に暴力は奮っちゃダメ。」
「そうも言ってられないらしい…!ヘッ、女相手にケンカ売る気か?モヤシ野郎共が!!」
6人はバールやナイフ、更にはハサミを手にしていた。どうやらその場にあった物を武器として持っている。1人が明日香へ目掛けてナイフを振るうと風を切る音と共に彼女の髪が数本切れて散らばる。
それに対し彼女は右手の拳で顎を狙って殴り付けた。吹っ飛んだ男子生徒は机に激突し倒れてしまう。
「言ってる側から…ッ!」
朱里もバールやハサミで殴られたり、刺されそうになると素早く手刀を2人の男子生徒へ打ち込んで倒す。
残り3人だが、何を思ったのか朱里は胸ポケットから何かを取り出すと声を掛けてそれを明日香へ投げ渡した。受け取った明日香が不思議そうに見つめている。
「…腕時計?」
渡して来たのは至って普通の時計。
しかし肝心の秒針や数字が書かれていない。
有るのは黒い円だけ。
「…詩乃が正体を隠す為に作ったの。まぁ、早い話が女の子向けのヒーローの変身アイテムと似せた時計だけど。」
明日香はそれを左腕に巻くとボクサーの様に構えて見せた。
「コレ付けて殴れば良いのか?」
「いいえ、手を前に突き出して横のリューズ…小さなネジを押し込んで。エンゲージって叫べば起動するから…ッ!!」
朱里が説明していた所に1人の生徒が組み付いて来る。抵抗しているのを見ていると今度はまた別の生徒が明日香の方へ向かって来た。
「くそッ…
言われた通りに押し込むが起動しない。
何度もカチカチと押してみるが効果が無く、明日香も組み付かれてしまう。床へ押し倒され、細い首へ両手が回されると力を込めて絞め上げて来た。
握力は信じられない位強い。
「ぐぅッッ…モヤシ野郎の……癖に…ッ!!」
首が締め上げられると息が詰まる。
このままでは間違いなく窒息死する。
視線を向けると朱里が必死に抵抗しているのが解った。自分から詩乃の借りを返すと言ったがこの有り様でしかない。
「死ねるかよ…こんな所で…ッ!!」
左手を相手の方へ伸ばし、相手の顔へ触れると必死に押し退けようとする。一瞬だが自分の心臓が強く脈打った。
「何だ、今のッ!?」
力を込めると生徒を片手だけで無理矢理跳ね除けると、向こうは逆に倒れてしまった。
明日香は身体を起こし、朱里に組み付いていた生徒を両手で引き離すと彼女を立たせた。
「助かった、ありがとう…後ろッ!!」
朱里が叫んだ時、明日香の後ろから最後の一人が落ちてたバールを拾うと殴り掛かって来たのだ。
明日香が振り向きそれを両手を交差させる形で受け止めた。当然、バールは鉄性なのと振り下ろした際に力が込められている為にとてつもなく痛い。
「痛ってぇなぁッ…!邪魔すんじゃねぇッ!!」
無理矢理、押し退けると相手の腹をケンカキックの要領で蹴飛ばす。蹴られた生徒はパソコンの置かれている机の方へ吹っ飛び、倒れてしまった。
人間の蹴りの力ではこんなに飛ぶ事は無い。
「ど、どうなってんだ…!!?」
「後で話すから…早く!!」
2人は部室から出ると走り出す。朱里はスカートのポケットから人型の紙を取り出し、投げるとそれは風に乗って飛び始めると廊下の角を曲がって飛んだ。
「こっちよ、恐らくこの先に居る!!」
「何で解るんだよ!?」
「アレが教えてくれるの、貴女も覚えといて!」
紙の曲がった先の長い廊下へ差し掛かると中程に1人の生徒が立っていた。それを見た朱里は身構える。
「あれは…武内君……!?」
朱里の声に気付いた弘人は振り向くとニタニタ笑っている。彼の右手には小さな箱があった。眼鏡が外の月明かりで光っていた。外はもう気付けば夜になっている。
「やぁ、日向さん…元気だったかい?僕の大事な大事なカノジョ…♪」
「ッッ……私は貴方の彼女じゃないッ!」
スカートを握り締め、朱里は訴えた。
しかし弘人は未だ笑っている。
「その言い方は酷いなぁ…良いの?あの事、バラされても。丁度、キミの横にお客さんも居るし?」
そう言われた途端に朱里は動揺し震え出した。
明日香はそれを見ると彼女へ近寄った。
「おい、大丈夫か!?」
弘人はニヤリと笑うと話を始めた。
「…日向朱里、彼女はね僕の玩具なんだよ。何だって言う事を聞いてくれるとっておきの!!裸になれって言えば裸になってくれるし…靴を舐めろと言えば靴だって舐めてくれる!!」
「てめぇッ…!!」
明日香が睨むがその横で朱里は震えていた。
その様子は尋常では無い。
「弓道部不撓不屈のエース…それが日向朱里。才色兼備で非の打ち所の無い存在。僕は彼女が欲しかった…どうしても、どうしても!!だから噂を流したんだ……。」
「やだッ…止めてッッ…言わないでッ!!」
朱里が泣き叫んで止めようとする。
だが、それは気休めにしかならない。
「…彼女が複数の生徒と不純異性交友しているってね!!そうしたら皆、彼女から離れていった。輝かしい成績も何もかも消え、部活も追い出されボロボロになった彼女へ僕は救いの手を差し伸べたのさ……そして彼女は僕のモノとなった。」
朱里は俯くとその場に嘔吐してしまう。
普段平静を装っている彼女とは違い、取り乱した様子だった。
「…でも、キミはアイツに…鈴村詩乃に助けられた。だからまた思い出させてあげるよ…さぁ言うんだ…武内弘人の事を愛していますと!!」
朱里は虚ろな目で顔を上げ、話そうとする。
だが明日香がそれを遮った。
「もういい……喋るな…。」
「おいおい…邪魔するなよ?部外者がカップルの話に口を挟むのか?なら、お前もこの箱に呪われて死んでしまえ…!」
ニヤニヤしながら弘人は明日香へ話し掛ける。
すると明日香は無言で左手を突き出すと拳を握り締めた。
「ぶっ飛ばしてやる…歯ァ食い縛れッ!!」
明日香は左手を戻し、先程と同じ動作を取る。だがやはり何も起きない。
「くそッ…またかよ!?」
「あははは!!傑作だよ、僕を殴るって威勢が良い事言っておきながらそれかい?情けないねぇ…さぁ、お前も憑り殺されろ…!」
弘人が睨み付けた途端に明日香の身体が急に動かなくなり、急な寒気が襲い掛かった。目には見えないが何かが自分の身体に纏わり付いているのは解る。
「ッ……!!」
「後はこのまま…いぃッ!!?」
余裕を気取っていた弘人の手から箱が落下する。
明日香の身体が動く様になると横を向いた。そこに居たのは朱里。右手の人差し指を弘人の方へと向けていた。
「やっと思い出した…詩乃が言ってた言葉。起動と別にもう1つの言葉…それは解放…、
「…解ったッ!!」
明日香が身構えると同時に弘人が悲鳴を上げる。
どうやら落下した際に箱が壊れたらしく、中から漆黒の液体が漏れ出る。
「うわぁあッ!?止めろッ、狙うのは僕じゃない!アイツら……嫌だッ、助けてぇえええッッーー!!?」
その黒い液体に弘人が取り込まれる。
赤い目が爛々と輝き、それはもはや人の形を保った異形の何かとしか言えない。手足からはドロドロと黒い液体が滴る。
「……助ける価値が有るのか?あんな奴。どう見ても自業自得だぞ?」
「私だって本当はイヤ…でも、詩乃ならきっと助けると思う。相手にどんな事情が有ったとしても。」
「はぁ……解ったよ、助けてやるッ!
時計のリューズを押し込むと黒色から青色へ変化する。その瞬間、明日香の周囲に風が吹き荒れると右手に金属バットが出現しそれを握り締める。
バットを横へ振り払うと周囲の窓ガラスが粉々に砕け散った。
「さぁて…思い切りぶっ飛ばしてやるッッ!!」
たんっと床を蹴ると走り出す。
向こうも明日香へ黒い液体を球状に変化させ何発も放つ。それをバットで弾きながら突き進むと振り上げて殴り付けた。鈍い音と共にバチバチと電流が流れ、苦しみ始める。
「グォオオッッーーー!!?」
「効いてる…このままッ!!」
明日香は何度も殴打し怯ませていく。
向こうはフラフラと後退しながら逃げようとするのだが、地面から出て来た光の鎖により縛り上げられてしまう。
明日香が振り向くと朱里が地面へ右手を翳していた。
「
「っしゃあッ!!ぶっ飛べぇええッッッーー!!!」
バットを両手で握り締めるとボールを打ち返すが如くフルスイングで殴打を食らわせる。その瞬間、黒い液体と弘人が分離すると液体だけが蒸発し消滅した。弘人は床に倒れている。
「やった…おっとっとッ……あれ?足に力が入らない…?」
明日香が座り込むと握っていたバットが消えた。
朱里が近寄ると前のめりに明日香の身体を支える。
「エネルギーの使い過ぎね…でも、お疲れ様。」
「あぁ…えっと…名前何だっけ?」
「…朱里よ。日向…朱里。」
頷くと明日香は彼女の手を握り締めた。
そして弘人の方を向き直る。彼の姿はそこには無く、どうやら逃げてしまったらしい。
朱里に支えられながら立ち上がるとその場を去った。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「でさでさー、あたしがスパァーンってぶっ飛ばしたんだよ!あーあ、理人にも見せたかったなぁ…。」
「僕が居ない間にそんな事になってたんだ…全然知らなかったよ。鈴村さんも、もしかして明日香と一緒なのか?」
2人は並んで図書館へと入る。
それから奥の図書準備室のドアを開くと詩乃と朱里が座っていた。
「おーす、来たぜー!」
「2人共いらっしゃい。どうした、櫻井君?不思議な顔して。私の顔に何か付いてる?」
「え!?い、いや…何も?」
理人は慌てて誤魔化した。
すると明日香がニコニコしながら詩乃の前へ来る。
「昨日、借りたコレ凄かったぞ?あんなバケモノをフルスイングでガツーンと殴った時は快感だった!なぁ、鈴村もあんな事してんの?」
「へ…まさか喋ったのか?櫻井君にも!?」
「そうだけど…何か不味かったか?」
詩乃は立ち上がると明日香の両肩を掴むと顔を近付けて来た。
「あのねぇ、変にバラされるとこっちが困るんだッ!!万が一の事があったらどうするんだ!?」
「そ、そうなのか?…未だ理人にしか言ってねぇから良いだろ?」
「本当は良くないが大目に見る…それと櫻井君、キミもだぞ!他の生徒にバラすなよ!!」
詩乃はビシッと指さすと警告する。
理人は何度もコクコクと頷いた。
「あ、あのさ…1つ聞くけど鈴村さんも明日香と同じ事を?」
詩乃はそう言われ、腕を組みながら考え込むと小さく頷いた。
「そうだよ…だからこの件は他言無用で頼むぞ?良いね?」
「解りました…絶対言いません…!」
2人の話を見ていた明日香が途端に割って入る。
「なぁなぁ、何て言うんだ?こういう…何か凄いのって。鈴村は何て言ってんの?」
「…祓い師。私は家がそういう家系だからそう名乗ってる。」
「祓い師ね…へへッ、良いじゃん!」
にぃっと明日香が微笑む。
朱里はその光景を座ったまま見ていた。
昨日倒した怪異の名前を1冊の本に書き記しながら。呪いの箱の怪異は祓い師(仮)の明日香により祓われたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます