21話_猿ノ見セル夢

眠たい…物凄く眠たい。

詩乃は目を擦りながら駅のホームに居た。

あまり人気の無い駅で電車を待っている。

すると聞き慣れた音と共にアナウンスが流れた。


[まもなく、ホームに電車が参ります…電車に乗ると酷い目に遇いますのでご注意下さい。]


声は男性で何処かトーンが低い気がする。

そして電車がホームへと入って来た。

だが、その電車は何かが違う…まるで遊園地に有る様な乗り物の電車で中には顔色の悪い男女がそれぞれ乗っていた。


「…私の乗ってる電車ってこんなだったか?だが…これに乗らないと帰れないし……。」


止むを得ず、詩乃は電車へ乗ってしまった。

電車の後ろから3番目の座席へ座ると電車がゆっくりと進行方向へと進み始める。そのまま電車はレールの上を走り続けるとトンネルに入り、景色が暗くなった。

そしてまた男性の声でアナウンスが流れ出す。


[次は活け造り〜、活け造りでございます〜。]


詩乃が眉間に皺を寄せていると彼女の居る席から後方で悲鳴が上がり、振り返る。暗くて良く見えないが目を凝らして見ると男が活け造りの様にされていた。隣の女性を見てみるが何も言わずに表情そのまま固まっていた。


「おいおい…何かの冗談だろ!?こんな状態なのによく冷静で居られるな…!」


詩乃が思わず立ち上がろうとしたが立ち上がれない、しかもそれだけでは無い。何故か知らないがもっと見たくなる……そんな気分に駆られつつあった。

そうしていると今度も音声が流れる。


[次は抉り出し〜、抉り出しです〜。]


すると今度は詩乃の隣りの女性2人へ小人が近寄るとその手にはギザギザのスプーンが握られている。アレで目玉を抉り出すつもりなのだろう。

そして小人達は目玉を抉り出した。

表現に困る様なとてもグロテスクな光景が詩乃の近くで繰り広げられる。詩乃は降りて別の電車へ乗ろうと考えたがやはり気になってしまい、その場に足を止めてしまう。そして音声が流れ出した。


[次は挽肉〜、挽肉です〜。]


するとターゲットが詩乃へ変わり、その手にはチェーンソーの様な刃物が機械音を鳴らしながら鋭利な刃を回転させ近づいて来る。

つまり挽肉とは詩乃の事を指していた。

もう直ぐ目の前までその刃が迫って来た。


「おいッ、よせッ!!止めろぉおおおッッ!!!」


詩乃が叫ぶと彼女は自室で目を覚ます。

息を荒くしながら額を抑えて俯いていた。

着ていたシャツは汗でびっしょり、髪も汗でへばり付いていた。デジタル時計を見てみると時刻は深夜2時…詩乃は舌打ちし溜め息をついた。


「酷い夢だった…疲れてるのかな…。」


詩乃に中間テストが無い理由は祓い師としての活動が増える時期だからだ。校内、校外へ赴いては依頼を受けて怪異を処理する…だが幾ら祓ったとしてもまた1つ、また1つと似た様な同じモノは増えていく。つまりその繰り返しなのだ。

詩乃はベットから降りて部屋のカーテンを開けて窓の外を見た。未だ外は真っ暗、普通の人なら皆寝静まっている頃。眠れなくなった彼女は再びベットへ戻ると携帯を触りながら夜明けを待つ事にした。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

そして翌朝。

詩乃は今日も1人で朝から依頼を受けた場所である廃墟へ赴いていた。中へ入ると詩乃はポケットから御札数枚を取り出しては柱や床へ貼り付けて指先で印を結ぶ。そしてそれが緑色に輝くと突然黒い影がジワリジワリと染み出て来た。未だ昼間なのに何者かが現れたのだ。


「…悪いが此処はお前達の居場所じゃない。去れッ!」


詩乃は詠唱し右手にハンドガンを呼び出す。そしてパンパンと乾いた音と共に弾を放つと着弾した途端に黒い影が次々と青白い光となり消滅した。

これで頼まれていた除霊は終わりだ。そしてハンドガンを消すと不意に眠気が襲って来る。


「ふぁあ…眠たい…次は…ええっと…?」


欠伸をすると詩乃は歩き出し、次の現場へ向かおうとする。眠気覚ましにコーヒーでも買おうかと思いながら彼女は廃墟から引き返して行く。

しかし気になるのは昨日見たあの気味の悪い夢…

活け造り、抉り出し、そして…挽き肉。

小人の様な者達が笑いながら狂気の笑みを浮かべてずっと残酷な事を繰り返す……。

そして次は詩乃の番と言われた事も気になる。


「…もしかして私も知らぬ間に怪異に巻き込まれているとか?いや…まさかな…そんな事有り得ない……。」


夢に出て来る類の怪異は初めて聞いた。

彼女の対処するのは都市伝説の類、それも依頼主と関わりが強かったりするモノも含めてだ。


「…今は兎に角、仕事を片付けよう。」


そのまま歩いて街中へ戻り、立ち寄った先のコンビニへ入るとブラックコーヒーの入ったペットボトルとミント成分の入った粒状の菓子をそれぞれ購入し店を出る。次に向かったのはマンションの一室、依頼主は若い男性だった。


「…事情は姉さんから聞いてます。大丈夫、この程度なら御札とお祓いだけで済みますよ。期間は今から1週間、それを過ぎたら剥がして構いません。剥がした御札は鈴村神社へ持って行って下さい、知り合いがお焚き上げしますので。」


敬語で説明してから詩乃は御札を取り出して部屋の壁へ貼り付ける。それから先程とは異なる形で右手の人差し指と中指を併せ、印を結ぶ。そしてそれが済むと部屋のリビングで男性の方を向き、詩乃が彼に座る様に促す。そしてお祓いを済ませると彼女は依頼金を貰ってマンションから立ち去った。


「これがウチの食費になるなんて…向こうは思ってないだろうなぁ。とは言え、姉さんの稼ぎが大半だけど。」


それにしても先程から眠気が強くなっている様な気がする。彼女は先程買ったミント菓子を袋から取り出すと3粒を手の平に載せてそれを口へ放り込む。

ポリポリ噛むと口の中に独特の清涼感が拡がると空気を吸い込んだ途端に冷たさが拡がっていった。


「んん…少しはマトモになったかな?やっぱり眠い時はこの手の菓子に限るな…。」


それからコーヒーと菓子を別々にカバンへしまうと

彼女はメモを取り出して次の場所へと歩いて行く。

残り2件の依頼を片付けてしまえば今日はコレで終わり。次に詩乃が向かったのは赤い屋根の家。ドアをノックした時に現れた若い男性に室内へ招き入れられるとそこで彼女は挨拶し頭を下げた。


「こんにちは、お祓いと除霊の件で来ました鈴村です。冴木奈々さんは何方に?」


そう話すと男性へ案内され、詩乃は和室へ通される。そこの奥に居た女性を見掛けると詩乃は様子を見ていた。


「そうそう、興味本位とかで心霊スポットへ安易に立ち入らない方が良いですよ?面倒なの連れて来ちゃいますから…少し失礼しますね。」


詩乃は右手の指先で彼女の背中をなぞり、そこで印を結ぶと今度は軽く手でトンッと突いた。すると奈々はガックリと項垂れてしまった。

再び彼女を寝かせてから目を閉じて何かを呟くと再び印を結び、手を翳す。黒いモヤが放たれると同時に目を開いた詩乃が札を左手で投げ付けてそれを祓って札へ封じ込める。奈々は目を覚ますと自分から身体を起こして具合を確かめていた。


「これで除霊とお祓いは終了です。そこらのインチキ霊媒師と違って私はちゃんとしてますからご心配なく。」


立ち上がってお大事にと一言残してから男性と共に廊下まで来ると玄関で代金を貰って詩乃は手を振りながら立ち去る。最後の1件は路地裏に有る祠を清める事で、これがある意味この街を守っているのだ。実は鈴村家がある機関と相談し極秘に配置している物でもある。そこへ向かった詩乃は祠の前で立ち止まり、異変や異常が無いかを確かめると一礼し手を合わせてから立ち去った。


「こういうのは最後に限る…しかし…眠いな…ふぁあ…ッ!」


欠伸をしながら歩き、家へ帰って来る。

鍵を開けて中へ入るともう既に日が傾いて、窓から差し込む夕焼けが室内をオレンジ色に照らしていた。円香はまだ学校で仕事をしている事から詩乃は彼女が帰るまで部屋で眠る事に。普段着ている半袖シャツと短パンへ着替えてベットの上へ寝転ぶと携帯のアラームを掛けてから隣へ置いてそのまま目を閉じて眠ってしまった。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

そしてまた同じ夢を見ていた。

活け造り、抉り出しと段々と残虐な行為のターゲットが自分の番が迫りつつ有った。昨日と同じ光景が繰り返されるとこのままでは間違いなく挽肉にされてしまう。エンジン音と共にチェーンソーの刃が回転する音が近くなると詩乃は力任せに金縛りを解いて座席から立ち上がったのだ。


「くそッ…こんな所に居られるか…!」


そして彼女は電車のドアを開いて別の車両へ逃げて奥へ奥へ進んで行ったのだが何処を見ても客は乗っていない。オマケに真っ暗で明かりすらないのだ。


「昨日はパニックになってて忘れてたが…夢でも武器は呼び出せる筈だ![[rb:召喚 > ツィオーネ]]ッ!」


詩乃は右手を前へ突き出して詠唱すると右手に

ハンドガンM92Fが姿を現す。それを器用にクルクル回すとそれを握り締めた。装弾数は14発で特殊な弾を用いて発射する対怪異用の拳銃だ。

これが有れば鬼に金棒、今までもコレで数々の怪異を討伐して来た。


「…後はどうやって此処から抜け出すかだな。」


警戒しつつゆっくりと車両の進路方向へ進むと突然ドアが破壊されて何かが押し入って来る。それは昨日、詩乃を切り刻もうとした人物で白く穴の空いた仮面を顔に付けた何者か、それも2人だ。片方は赤い服でもう片方は青い服を身につけている。


「何方へ行かれるんですか?次は挽肉、貴女の番ですよ。」



「私の挽肉なんて作ってどうする…仮に食べても美味しくないぞ?」



「関係有りません…死んで…下さぁああい!!」


突然、チェーンソーを吹かしながら青い服の方が詩乃へ襲い掛かって来たのだ。横へ振り払われたチェーンソーがポールを切り裂いて火花を散らした。

咄嗟に後ろへ飛んで避けた詩乃は発砲すると銃声と共に弾が2発放たれて青い服の身体へ命中し少し後退する。


「どうだ?対怪異用の特性弾の味は…!」


詩乃の得意気な声とは裏腹に青い服の人物は顔を上げると再びチェーンソーを振り上げて走って来たのだ。銃声と共に更に弾が発砲されて弾が何発も命中、漸く動きが止まった。


「殺し…ま……す…必…ず!」



「やっと止まったか…今は兎に角逃げるに限る!!」


詩乃は走り出すと赤い服の方を無視し更に奥へ走る。だが電車は一方通行、つまり何処へ逃げても袋のネズミ…詩乃は何とか思考を巡らせて考えていた。


「…かといって…捕まるのは時間の問題。どうする…考えろ…!」


彼女は電車の中程へ来ると立ち止まって振り返る。

まだ向こうは自分を探せていないのが不幸中の幸いだろう。普段なら棒付きの飴を咥えて考えるがそんなモノはない。


「……ふふふ、これなら行ける!」


ニヤリと笑った彼女は別の車両へ移ると先程の化け物を待つ事にし、その場に待機する。

するとチェーンソーの音が聞こえると遂に詩乃が潜んでいる車両へ奴が来た。


「何処へー?何処へー?」



「…此処だよッ!!」


すると相手から離れた場所に詩乃が現れて発砲、

チェーンソーを持つ手に弾が当たると無力化に成功する。そしてつり革を左右の手で掴むとスイングし思い切り左側の入口へと強めに蹴飛ばした。

仕切り板へ命中した相手はふらついて落下しそうになると詩乃は着地し、トドメとして思い切り蹴飛ばすと電車の外へ突き落としたのだ。


「ふぅ…まさか電車での悪ふざけがこんな形で役に立つなんて思わなかった。」


振り返った途端、急に目眩を感じたせいか詩乃は座り込んでしまう。すると今度は電車ではなく別の場所へと空間や景色が変化した。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

「ッ……今度は…学校か?」


詩乃が立ち上がると彼女が居たのは体育館。

見回すとバスケットボールのゴールが左右に1つずつ、そして彼女の目の前には壇上が有った。

それに加えて空気が何処かひんやりと冷たい。

早く出口を探そうと彼女が1歩踏み出した時、鈴の音が鳴って足を止める。詩乃はその音に対し聞き覚えがあった。嘗ては敵同士だった涼華のモノで間違いはない事から彼女は振り返った。

そこには紅白の巫女装束に身を包んだ白髪の少女が立っている。


「涼華!?来てくれたのか…助かった…!どうやら夢に捕らわれてしまったらしいんだが…何か良い策は有るか?」


ゆっくり近寄ると彼女の方を見つめる。

するとゆっくりと涼華の口が動いて喋り出した。


「策なら有る……それは…」



「それは…何だ?」



「お前が…此処で死ぬ事だ……!!」


そう告げると涼華は顔を上げてニヤリと不気味に笑う。そして詩乃へ襲い掛かって来たのだ。いつの間にか彼女の右手には愛用している祓い道具である極鎌が握られている。詩乃は左手へ青白い刀を呼び出して握り締めるとそれで防いだ。


「ッッ…どういうつもりだ涼華!?」



「死ね…早く…ッ!!」


詩乃と競り合った末に彼女を突き放すと今度は横へ振る様に獄鎌を振り翳して強襲し続ける。


「ちぃッ!此奴…まさか涼華じゃないのか!?少しでも期待した私がバカだった!!」



「ッ…!!」


涼華が鎌を回して再び間合いを詰めると詩乃は瞬間的に右手に握っていた銃で彼女の事を撃った。

銃声と共に彼女の腹部や腕へ弾が数発命中しふらつくと後退する。


「夢とはいえ、仲間を撃つのは流石に…ッ!」


詩乃は体育館にある別の出入口へ走って行くとそこから飛び出して走る。全ては夢を終わらせる為、そして夢から出る為だ。何か策は無いかと思いつつ各教室を巡っていると今度は何かが擦れる音がし、空き教室へ身を潜める。少しだけ顔を覗かせると赤い服を着た仮面の人物が大きな裁ち鋏を持って彷徨いていたのだ。外から差し込む月明かりでギラギラと刃が光っている。


「……一難去ってまた一難か。オマケに2対1…弾は大丈夫だが、問題なのは何方かと鉢合わせた時…だな。」


夢の中である事から御札の様な実物は持ち込めないが詠唱術だけは使えるのがせめてもの救い。

去ったのを確認してから彼女は教室を出て進んで行くと詩乃が訪れたのは用務員室、何か使える物が有るかと思い探しに来たのだ。


「ヤカン…はダメだな。ホウキも塵取りもダメだ…ん?これなら使えるか?」


詩乃が手にしたのはバール。振り回すには少し重たいがあの鎌と殺り合うなら程良いだろう。

それを手に詩乃は用務員室を出て探索を再開し今度は1階から2階へ階段で上がると再び鈴の音が聞こえて来た。つまり涼華が居るという事、詩乃の嫌な予感が的中してしまった。教室から出て来た所で鉢合わせてしまう。


「……やっぱり居るか。最強の祓い師が最悪の敵になるなんて…予想外だったよ。オマケに撃たれても死んでないなんて…変に上部なんだな…。」



「…いつお前は死ぬんだ?」



「悪いが、死ねない…お前とアイツを倒して夢から出る!!」



「お前は此処で私に殺されるんだ…ふふふッッ!!」


涼華は被っていたフードを翻して襲い掛かる。

獄鎌を右斜め下へ振り下ろす様にして斬り裂くと詩乃のスカートを刃が掠めて少し切れてしまった。

何とか飛び退いて避けると詩乃は2発目を左手に持っていたバールを握って両手で防ぐと火花が散って競り合いが始まる。


「目には目を…刃物にはバールをってね!!そらッ!!」


跳ね除けてから今度は思い切り、涼華の左脇腹を殴りつけて怯ませた。


「あうッ!?こッ…此奴ッ……!!」



「本物の涼華なら今のは防御術で防いでる…これでも喰らえッ!!」


銃声が響くと今度は3発の弾丸が偽物の涼華の身体を刺し貫いた。血は出ず、左右の肩と胸の中央に穴が空くと涼華は獄鎌を落としてバタリと仰向けに倒れてしまった。

どうやら倒したらしい。


「ふぅ、先ずは第1関門突破だな。次は…」


詩乃が涼華の倒れている方の通路へ進んだ時、突然ゆっくりと涼華が起き上がる。そして後ろから詩乃へ目掛けて極鎌を振り翳して来たのだ。


「……生憎、今の私は機嫌が悪い。さっさと消えろ。」


詩乃は後ろを振り向かず、ノールックで涼華の眉間を銃で撃ち抜いてみせた。これが最後の1発で弾が切れてしまった。彼女は空になったマガジンを右手の親指で外して捨てるとバールを置いてから左手に呼び出したマガジンを再装填しリロードする。

外を見てみると真っ暗で、雲1つ無い上に星も無い不気味な黒い空間が空に広がっているだけだ。

夢の世界とはいえど不気味で仕方ない。


「…一体どうやったら、この悪夢から抜け出せるんだ?」



詩乃が巻き込まれた悪夢はまだ…終わらない。



(つづく)

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