31話_ハッシャクサマ(その1)

木に止まったセミが鳴いている。

その音はかなり五月蝿く、何なら学校周りに生えている木の全てに張り付いて鳴いている様にも思えた。理人のクラスでは教壇に居る円香が各々に通知表を配り終えた後で今学期最後のHRを迎えていた。



「えー、明日から夏休みだけど羽目を外し過ぎない事!それから規則正しい生活をする事!!後は水難事故に充分気を付ける事…毎年だけど水難事故が本当に増えて来てるから海や川とか出掛ける時は細心の注意を払って行って頂戴ね。以上、それじゃあ高校生としての自覚を持って有意義な夏休みにして下さい!!」


日直の号令と共に生徒らが立ち上がり、挨拶すると

周りからは歓声が上がった。漸く待ち望んだ夏休みが来たのは男女通して誰もが嬉しい。そして理人の周りでも浮かれているのが居た。


「理人ぉ!待ちに待った夏休みだぜ、夏休み!!プール行こうぜプール!!あ、海も行きてぇなぁ。」



「悟は相変わらずだね……また美穂にドヤされるよ?」



「なぁーに言ってんだ、こんな時に浮かれなくてどうすんだよ!!」




「…とか言って、いつも浮かれてると思うけど。」


やれやれと呆れた様子で彼を見ていると

この日の日直だった美穂が日誌を書き終えてから背伸びをしていた。既に教室には3人だけが残っている。


「やっと終わったぁ…ッ!!それはそうと悟、アンタ補習じゃなかったっけ?」



「うげッ!?う、嘘だろ!?」


悟が突然の指摘に対し、ビクッと身体を震わせた。

理人も思い出したのか口を開く。


「…そういえばこの前の小テストの結果が悪かったら補習有るんだっけ?」



「そっ!夏休み5日返上してお勉強、それで5日目の最終日に確認テストが有ってそこで合格出来ないと追加でもう1日って奴。良かったじゃない、大津先生と2人きりで勉強なんて♪アンタ確か補習確定でしょ?」


美穂が揶揄う様に話すと悟は項垂れている。

それから彼は無言で頷くと理人は「ドンマイ」と付け加えた。


「ていうか!!何で俺が補習なんだよ!?そこの鈴村だって──」


納得いかないのか悟が彼女の机を指差した時、「呼んだかい?」と聞き覚えの有る声が聞こえた。

振り返ると本物の鈴村詩乃がドアの付近に立っていて、ヒラヒラと手を振っていた。


「す、鈴村ぁ!?本物の…!?」



「確か小河原悟君…だっけ?そう、私がキミの左隣の鈴村詩乃ご本人だよ。…てか失礼だな、私はどう見ても本物だぞ?」


近寄って来た詩乃がジロリと悟を見てから美穂の元へ来ると3冊の参考書と問題集を手渡した。

彼女が受け取ったそれを見た理人が詩乃へ聞いてみる。


「鈴村さん、それは?」



「ん?小テストの範囲が載った問題集だよ。面倒な補習は勘弁だからみっちり勉強させて貰ったんだ。無論、キミ達が勉強している時と家に帰った後にね。」


美穂と顔を見合わせると2人はニコッと微笑んでいた。


「詩乃は物覚え良いから直ぐ出来ると思って。それでテストはどうだった?」



「美穂のお陰でバッチリさ。お陰で私も明日香も補習無しだ!!」


お互いにハイタッチを交わす一方、悟は納得いっていない様子。詩乃の前へ来ると指を差して来た。


「だ、大体!いつ、どうやってテスト受けたんだよ!?」



「その日の放課後に教務室で、大津先生と一緒に。」



「流石にテスト範囲は解らねぇだろ!?」



「美穂に聞いたよ、そしたら教えてくれた。この問題集も貸してくれたしね。」



「ば、バカな…!でも点数は──」



「現代文が92、数学が93、英語が90、化学が95、古典が90、社会が94…だったかな?」



「う、嘘だろ!?俺より頭良い……。」


詩乃はこう見えて地頭が良いのだが、やる気がないだけ。それは過去に同じ事を円香からも言われている。


「そう言うキミはどうなんだ?小河原君。さぞかし良い点数なんだろう?確か3つ30点有ると補習だったっけ。」



「現代文50、数学30、英語35、化学30、古典40、社会30……です。」


彼がそうカミングアウトすると詩乃達は苦笑いしていた。


「……ご愁傷様。まぁこれでも食べて元気出しなよ?」


詩乃はいつもと同じ形でポケットから丸い飴玉の付いた棒付きキャンディを差し出す。包みにはコーラと書かれていた。


「ち、畜生ぉおおッ!!」



「真面目に勉強しないアンタが悪い!大人しく補習頑張んなさいって。私、日誌出して来るね。」


美穂が出て行くと残されたのは落ち込んで地面に座り込んだままの悟とそれを眺めている詩乃、慰めている理人の3人。フラフラと立ち上がった悟は再び口を開く。


「くそーッ!!せっかく親父の実家に帰れると思ったのに!!」



「…へぇ、実家へ帰省するのかい?」



「あぁ、そうだよ!!此処より田舎なんだけど…そこに住んでる近所の茉白姉ちゃんに会うのが俺の楽しみなんだよ!!」


元気を取り戻した彼はガッツポーズをしていたが、

再び落ち込んでしまった。


「けど…俺は補習だしなぁ……。仮に行けても来週…結果出さないと帰れねぇし……はぁあ…どうすっかなぁ……。」



「……そういえば櫻井君、彼とは付き合い長いんだろ?」



「…?うん、そうだけど…それがどうかした?」


理人が振り返ると詩乃は少し笑ってから話を切り出した。


「どうせだし、助けてあげたらどうだい?」



「えぇ!?僕が!?」



「…流石に可哀想だろ?補習のせいで好きな人に会えないだなんて。」



「でも…同好会の方は?」



「夏休み中も活動するつもり。だからご心配なく!」


詩乃は理人へそう伝えると悟は頼み込む様な姿勢を見せるとこの日から泊まり掛けの勉強会が幕を開けた。

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理人は悟と共に自分の家に帰ると親へ諸々の事情を説明し、自分の部屋へと入った。鞄や寝具の入ったスーツケースを付近へ置いた悟は色々と物色を始める。


「へぇー!これが理人の部屋か、色々あんじゃん!!」



「あまり漁るなってば。それと妹の部屋には絶対入るなよ?」



「解ってる、解ってるってば!!」


ドアがノックされ、聞き覚えのある声が聞こえると理人はドアを開ける。そこには私服姿の椿が立っていて、ガラスのコップに入った麦茶と菓子の入ったトレイを載せたお盆を持っていた。


「…お母様がお茶とお菓子を持って行って欲しいと。」



「ありがとう、助かるよ。」


理人がドアを開けた時、椿と悟の目線が合う。

彼女は軽い会釈をしてからお盆を机の上へ置いた。


「…?ごゆっくり。」


不思議そうな顔していた椿は彼に会釈してから立ち去ると悟は理人を2度見していた。


「なぁなぁ、蒼依ちゃんってあんな感じだったか?」



「違うよ、あの子は椿…うちに住んでる子。それより早く勉強しよう?何とかして再テスト終わらせたいんだろ?」



「うッ…痛い所突くなよお前……。」


何とか悟の興味を勉強の方へ促してから筆記具等を取り出させて勉強を始める。そうでもしないと再々テストなんて事になり兼ねないからだ。


「悟、同じ所ミスってる。此処の公式はこうだってば。」



「嘘だろ!?くそぉッ…完璧だと思ったのに!!」


そんなやり取りが続いてから勉強が終わったのは

深夜1時。再テストいつでも受けに来て良いというシステムである事からその辺は安心出来る…しかし

悟の状態から察するにそれはまだ難しい様子だった。

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そして必死に勉強し続ける日々が続いて遂に再テスト前日、最後の勉強には詩乃も付き添う事に。椿の様子を確かめる為という意味合いも込めて理人の家を訪れていた。1階の和室では締め切った部屋の中で椿の手を握りながら詩乃が彼女の具合を確かめている。扇風機から吹く穏やかな風がお互いの髪をさらっていた。


「うん、特に問題は無さそうだ。霊体も安定しているから大丈夫だよ。」



「…ありがとうございました。」


詩乃へ一礼すると椿は自分から手を離した。


「此処での暮らしには慣れたかい?まぁ、櫻井君…いや、理人君と蒼依ちゃんの事だから大丈夫だとは思うけど。」



「ええ、お陰様でだいぶ慣れました。これも詩乃様のお陰です……。」



「様付けは要らない、普通に呼び捨てで良いよ。」


詩乃は微笑むと椿と共に立ち上がって和室を後にする。扇風機の電源を落とした後、不意に自分の携帯を見た詩乃は何処か怪訝そうな顔をしてから廊下に出ると理人と鉢合わせた。


「あ、鈴村さん…椿はどうだった?」



「特に問題はなかったよ。それより…彼は?」



「あー……悟なんだけど…。」


椿と共に理人の部屋へ向かうと寝そべった状態の悟が部屋の中に居て、詩乃が近寄ると彼を見つめながら声を掛けた。


「……明日テスト受ける気なんだろう?この調子で大丈夫かい?」



「わぁーってるよ…けど……俺に出来るかなぁ…?またしくじったりしないかなぁ……とかそう思ってたら急にやる気が無くなっちまって……。」




「…ま、気楽にやる事だね。私の知ってる人の言葉を借りるなら──」


詩乃は振り向いた悟へ右手の人差し指で指を差した。


「努力した事は自分が信じない限り報われない。」


詩乃はその場に立ち上がるとそこへ更に付け加える。


「努力した先に待つのは今までの自分。だから自分を超える為に努力するんだ、そこで勝たなきゃ意味がないだろう?私に言えるのはそれだけだよ。」



「鈴村……。」



「健闘を祈ってる。じゃ、私はこれで。」


詩乃は手を振ると部屋を後にし、理人と共に玄関まで赴いてから靴を履いて振り返る。


「…昔、私も同じ事言われたっけな……それも姉さんと黄泉に。」



「鈴村さんって割りと何でも出来そうなイメージ有るけど…違うの?」



「バカ言え、そんな訳ないだろ…私なんて不器用だから努力してやっと1人前になった。術を扱える様になるのも割りと掛かったし。」



「成程ね…悟の事は僕が引き続き様子を見るよ。鈴村さんは?」



「私は少し気になってる事が有るからそっちを当たってみるつもりだ……。」


少し難しそうな顔をして彼女は僅かに俯いた。

そして更にこう付け加えた。


「…解ってると思うけど、夜間に外へ出る時は必ず渡した形代と御守りを持って行く事。もし仮に緊急事態になったら赤い紙で折った鶴を飛ばすんだ。小河原君の事も注視して欲しい。」



「解ってるよ。それより何か有った?凄く真剣そうな顔してるけど……。」



「……すまないが今は話せない。ついでに小河原君が実家に帰る日を聞き出しておいてくれないか?」



「え?…解った、聞いたら鈴村さんの携帯に連絡するよ。」



「助かる。それじゃ…また。」


詩乃は頷くと手を振り、ドアを開けると彼の家から去って行った。

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数時間前、詩乃が理人の家を訪れる前にそれは起きた。悟の父親の実家であるB村にてとある事件が発生してしまったのだ。それは上下共に黒い服を着て、黒い狐の面を付けた何者かによって地区に有った地蔵が破壊されたというもの。そして周辺を警戒していた祓い師は皆、その者により全員斬り殺された。


「……封じ込めていた地蔵は全部壊した。さぁ、行きなさい…これで貴女は自由の身。」


そして擦れ違う様にそこから歩き出したのは白い袖無しのワンピースと共に白い帽子を被り、黒い髪をだらんと伸ばした何者か。

彼女の背丈は恐らく240cm、隣の女性の背を越しているのは間違いない。


「ぽっ……ぽぽぽ…ぽっ……ぽぽ……ぽぽぽっ…。」


彼女はゆっくりとその足で村の有る方面へと歩きながら向かって行った。

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