32話_ハッシャクサマ(その2)
最上級怪異。
それは厄介な事に人へ危害を加える事が予測されている存在であり、どう足掻いても如何なる手段を用いたとしてもそれは祓うしかない。
仮にも一般人が出会さぬ様に常に街や至る場所に配置された鈴村家とそれ以外の祓い師達が動き回って対処する。しかし…その逆となる
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夏の暑い日、誰も居ない空の教室で男子生徒が女性教師と対面する形で緊張しながら固まっていた。
「円香先生……ど、どうッスか…?」
「現代文70、数学50、英語60、化学50、古典60、社会50!小河原君凄いじゃん、1発で補習終わりなんて!!」
「よっしゃああッ!!」
悟は両手を突き上げてガッツポーズをしていた。
なんでも補習のテストを受けに来たのが今日、そして結果も当日に出たのだ。
「ま、普段もこれ位頑張ってくれると私は嬉しいんだけどなぁ?」
「うッ…が、頑張ります…。他の奴はまだ?」
「まだ来てないわね。だから小河原君が1番最初かな?まぁ…テスト受けに来なくても来させるけどね。サボるだけ無意味って事♪」
円香はニコニコと微笑みながら答案用紙を悟へ返却し、立ち上がると背伸びをしていた。悟も鞄へ受け取った用紙をしまうと立ち上がる。
「じゃ、気を付けて帰ってね。羽目外し過ぎるんじゃないわよ?」
「は、はいッ!!あざしたッ!!」
悟は頭を下げて嬉しそうにしながら教室を出て行く。残された円香は彼の背を見送ると一息ついた。
「若いって良いわね…ホント。あーあ、私も欲しいなぁ……夏休み。どうせ大人は働き詰めですよーだ!」
そして一言ボヤいてから教務室へと戻って行った。
廊下を歩いていると電話が鳴り、携帯を取り出すと
そこには詩乃と書かれている。
「…もしもし?」
『もしもし姉さん?怜ちゃんの事なんだけど──』
「解ってる、怜ちゃんは私が守るから。それに…あの子が来るとしたら恐らく今夜。詩乃は例の怪異を封じる事に集中して頂戴?こっちは何とかしとくから。」
『うん、姉さんも気を付けて。それじゃ…。』
電話が切れると円香はズボンのポケットへ携帯をしまうと職員室へと戻って行った。
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詩乃は理人から聞いた悟が里帰りする時間帯と日付を狙い、彼を尾行する形で枝ヶ原村行きの電車へと乗り込んだ。成る可くなら悟と怪異が鉢合わせる前に対処してしまいたいというのがベスト。
約2時間程電車に揺られて辿り着いたのが都会の雰囲気とは全く異なり、住宅街と木々や青空が拡がっている文字通りの田舎だった。
木造の駅へ降りた彼女は悟を背後から尾行しつつ、
気配を消して歩き続けていた。
「…しっかし、何にもないな。まさに田舎…というべきか。」
詩乃は普段着ている紺色のジーンズと白い半袖シャツにスニーカーといったラフな格好で背中にはリュックサックを背負って歩いている。
セミの鳴き声が至る所から聞こえて来る上に人通りも少ない。
「彼を尾行してくれ、それと監視も宜しく!」
悟の姿を目で視認しつつ、鶴の形に折られた式神をポケットから取り出して投げるとそれが紙飛行機の様に飛翔し飛んで行った。
その間に詩乃は祓い師達が奇襲された地点へ向かうと、住宅街を歩いた先に有る場所へと差し掛かる。そこには頭部や身体を斬られた地蔵が無惨にも転がっていたが祓い師達の亡骸はない。
既に処理を済ませた後だったのが不幸中の幸いだろうか?黄色い規制線を越えてそこへ近寄る。
「……この斬り口、間違いなく刀だ。それも強化術を施した刃による物……誰がやったかは知らないけど意図的に封印を壊した者がいる。」
詩乃は地蔵に触れ、その場から立ち上がると
再び歩みを進めて怪異の行方を追い始めた。
暫く進んだ後に彼女は住宅街を右に曲がった先で生垣を越える程、異様に背の高い女性を近隣の住宅地で見付けては足を止めて様子を伺っていた。黒く長い髪に白いワンピースと帽子といった独特の姿はとても怪異とは思えない。
「こんな早く出会すとはな…間違いない、やっぱり八尺様だ…!」
舌打ちした詩乃は尾行しつつ、彼女の後を追う。
歩く度に「ぽぽぽぽ」という不気味な声が聞こえて来ると少し歩いた後に後方へ振り返る。
「ッ……!!」
詩乃は咄嗟に気配と姿を術で消して息を殺し、相手の様子を伺う。真っ白な肌と黒い両の瞳がキョロキョロと見回していて、それが余計に不気味さを引き立てている。そして相手は異常を確かめてから再び歩き始めた。気掛かりなのはこの辺に住んでいるであろう人達と誰ともすれ違わないという点、こんな真昼間なのに人が出歩いて居ないというのは不思議で仕方がない。
「……成る可くなら早い内にケリを付けたいんだけど…ッ!?」
歩き出そうとした時、肩を掴まれて振り返る。
そこに居たのは紺色のネクタイと半袖のワイシャツ、黒い長ズボンを着た黒髪のショートカットの男性。前髪はやや右へ分けた七三分け、目は若干つり目気味なその顔は美男と言っても良いだろう。
「…子供がこんな所で何をしている?」
「えっと…少し散歩を……。」
「この村では非常警報が出ている、悪い事は言わない…早く家に帰った方が良いぞ。」
「非常警報?だから人が居ないのか…それに帰る家なんてない、私は此処の村の人じゃないから。」
「……詳しい話は後だ、ついて来い。」
話を聞いてくれなさそうだと思った詩乃は観念して彼の後ろをついて行く。向かったのは古い民家でそこは人気のない空き家だった。彼が玄関の戸を閉めて様子を伺っていると詩乃から話を切り出した。
「……貴方は何者なんだ?普通の人じゃなさそうだけど。」
「…俺の名前は
彼はズボンの左ポケットから名刺入れを取り出し、そこから詩乃へ1枚の名刺を手渡す。
「超常現象…捜査課?」
「北河警察署の中にある特別部署…こういった他とは全く違う案件が主に回って来る。」
「……成程、初めて聞きました。私の名前は鈴村詩乃…怪異やその他諸々を専門とする祓い師。此処へ来たのは八尺様の再封印…そして友人を無事に街に帰す為。」
「その歳で祓い師だって?確か人知れず怪異や悪霊から人間達を守っている存在……。それに見た所、キミはまだ学生だろう?」
「…祓い師にも祓い師なりの事情が有るんです。特に今回のケースは───」
詩乃が話そうとした時、式神がスッと窓の合間から抜けて入って来る。それを右手で回収した彼女は
智之の方を向いた。
「八尺様が見つかったみたい。」
「それで、どうやって再封印を?」
「彼女が特定の地域に封じ込められていたなら、そこへ再度結界を貼って閉じ込める。それには時間稼ぎが必要だし…何せ枝ヶ原の人達の許可も要る。」
詩乃はリュックサックから赤い文字の札数枚を取り出してそれをズボンのポケットへ押し込んだ。
「…なら、その許可は俺が取って来る。キミは再封印に集中して欲しい。」
「……恩に着ます。でも、万が一の事も有るし…それに武器は?」
智之は右腰に有る黒い革のホルスターから拳銃を引き抜き、それを詩乃へと見せる。
「これって確か…VP70ですよね?どうして警察がそんな物を…本来の警察ならそんなの配備していない筈。」
「言ったろう、うちの部署は特別だと。コレの装弾数は18発で使用するのは9mmの対怪異用の特殊弾。それにこの世の誰よりも信用出来る武器でもある。」
「成程…そっちはお願いします。何か有ればコレで知らせます、これ私の連絡先。」
彼へ頭を下げた詩乃が外へ出た時、後から彼へ手渡したのは自分の連絡先が記された紙。普段の依頼でもコレを用いている。お互いの連絡先を交換した後に途中で2人は別れると各々の目的を果たす為に動き出した。
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悟が父親の実家に帰省し、家の縁側で寛いでいると
ふと生垣の先が気になってそこを何故か注視してしまう。「ぽぽぽぽ」という声と白い帽子を被った女性が生垣の切れ目で見えた時に家のインターホンが鳴った事から彼は玄関へと足を運んだ。
「はいはい、何方様?もしかして茉白姉ちゃんか?」
ドアを開くと彼の期待とは裏腹に詩乃が押し入って来て、彼をじぃーっと見つめた後に口を左手で塞がれてしまった。
「す、鈴村ぁ!?お前何でッ──むぐぅッ!?」
「静かに!…何ともないな?」
パッと手を離すと彼女は悟へ話し掛ける。
「それがさ、変な声が聞こえたんだよ…何かぽぽぽ?って感じの。そしたらそいつ、背がやたらデケェ女でさ──」
「くそッ、一足遅かったか…!」
詩乃は舌打ちし、その場で携帯を取り出すと智之へ連絡を取る。そして通話を終えると再び悟の方へ向いた。
「…此処の家の人は?」
「祖父さんと祖母さんは出払ってるぜ?何かバケモノ?がこの辺に出たって…大慌でさ。町内会議がーって言って出て行ったぜ?俺も出掛けたかったんだけど、家に居ろ!絶対出るな!!ってさ。」
「……そのバケモノが小河原君が見たっていう女の人だよ。良いか、落ち着いて聞くんだ。恐らくキミは…彼女に魅入られた。」
「……は?」
悟は詩乃を見て固まっていた。
彼女が何を話しているのかがよく解らない。
「な、何だよ魅入られたって…!?マジで訳解んねぇぞ!!」
「それは今から説明する!バケモノの名前は八尺様…。本来なら此処、枝ヶ原の特定地域にしか居られない筈なんだけど……地蔵が壊されたせいでこの辺に出て来てしまった。」
「だからどの家もカーテンだの何だの閉じてたのか……俺も、家に来たら早く入れ!ってじいちゃんに言われて…。」
「兎に角、一旦家に上がらせて貰う。…生きてこの村を出るには彼女をキミから遠ざける必要が有る。此処から先は私と村の人で何とかする…取り憑いて殺されるよりかはマシだろう?」
悟が黙って頷き、少し経ってからこの家の年配の家主である彼の祖父母と村の霊媒師と思われる年寄りと連れの詩乃と悟と同い歳と思われる黒い髪の少女、冥依が入って来る。
事情を全て詩乃の口から説明した後に悟へ手渡されたのは3枚の御札。そして言い渡されたのはこの日の風呂とトイレも全て詩乃と伽耶が付き添う事。
そして詩乃が悟と彼の祖父母及び冥依と彼女の祖母、集まった村人の一部と話しをし始めた。
「…此処までの流れを纏めましょう。八尺様の再封印は私が、悟君の護衛は冥依さんにお願いします。」
「……お任せを。」
冥依は小さく頷いた。とは言え、彼女の着ている服は神社等で見掛ける巫女服に少し手を加えた物らしく両肩の部分が露出していた。上の白衣は白いが履いている緋袴の色も赤ではなく黒かった。
「私は鈴村家の祓い師、怪異及び悪霊の類に関しては慣れていますからご心配なく。八尺様を封じ込める地域は此処から離れた場所にある人気のない集落…この周辺で宜しいですね?それと彼女を封印するにあたって絶対に人を寄せ付けないで下さい。強力な札を用いて彼処へ留めますので。」
地図を見ながら淡々と詩乃が説明し終わり、各々が納得すると村の人達は引き上げて行った。
万が一に備えて智之には役所の人へ話しをして貰っている事からバックアップも出来ている。
「鈴村…お前……。」
「…あまり話すのが面倒だから話さなかっただけさ。それと今日の夕方に再封印を決行する、長い戦いになるだろうから休める内に休む事だ…良いね?」
そして詩乃に続いて冥依も口を開いた。
「貴方には明日の朝までこの部屋の中に居て貰います。絶対に外へ出たりせず、外部からの声が聞こえても一切知らぬ存ぜぬを貫き通して下さい。」
「え?何故ッスか?」
「……声を真似る為です。貴方の身近な親族、関わりのある者全ての声を彼女は真似る事が出来る。この場に居る人間の声も含めてです。」
冥依がそう話した時、悟は無言で頷く。
万が一に備えて冥依の祖母も護衛に付くという事なのでどうにかなりそうだが何が起こるかは解らない。こうして悟から八尺様を遠ざける為の戦いの幕が上がったのである。
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場所は変わって星蘭市内。
とある屋敷に一人の女性が訪れていた。そこには鈴村という黒字で書かれた木製の表札が掛けられていた。彼女は屋敷内にある和室で木製のテーブルを挟み、座布団に腰掛けた年配の男性と話を始める。
「…円香、本当に私を守ってくれるんだろうな!怜奈もあの女に殺され掛けたんだぞ!?」
「落ち着いて下さい、利光叔父様!怜奈ちゃんのケガは安静にしていれば治りますから!!」
「落ち着いてなど居られるか!!全く、あの女狐め…。同族の祓い師を数多く屠っておきながら、まだ足りないとは…やはり鈴村の恥晒しではないか……!!」
「ッ……。」
円香は言葉を詰まらせてしまい何も言わなかった。
目の前に居るのは自分と同じ祓い師であり鈴村家の中でも立場は上、故に下手に口出しは出来ない。
「…お言葉ですが叔父様、あまり黄泉の事を悪く言うのは──!!」
「奴が…お前の父である恭介が奴を引き取らねば我々、鈴村家は安泰だったのだ!!伊三郎も、信之も浩輔も奴に殺されたのだぞ!!よりによって…あの日の会合に出ていた者共を次々と狙いおって……!!」
「会合…?待って下さい、それって祓い師の正式認可を決める物ではないのですか!?まさか貴方はお祖母様抜きで──ッ!?」
突然、バツンッ!!という気味の悪い音と共に部屋中の明かりが全て消えると行燈による橙色の光が廊下へポツポツと灯り始める。円香は素早く周囲を見回し、その場に立ち上がった利光を庇う様に前へ来る。彼を逃そうと廊下へ出た時、屋敷を囲う様に有る生垣の上に立つ人影を見つける。それは狐の面を付け、上下共に黒い衣服とスカートを身に付けた女性だった。
「馬鹿な!?ど、どうやってこの屋敷へ入った!!何人足りとも此処には入れぬ筈だぞ!!」
円香の後ろで利光が驚いた顔付で相手の方を見つめていた。
「少々厄介な結界と防衛術でしたが…私ならこんなモノ、容易く壊せる…。」
相手は嘲笑うと、生垣から飛び降りて庭先へ降り立つ。そしてゆっくりと歩き出した。その道中で相手は仮面を外してそれを放り投げて素顔を晒す。
それは紛れも無く浅桜黄泉本人、薄紫色の瞳が2人を見据えている。
「やっと見付けましたよ利光様。貴方を…いや、お前を私の手で殺せる。私はその為だけに今日まで生きて来たのだから。」
「貴様ぁッ…一体、何れ程の祓い師を屠れば気が済むというのだ!!一族の恥晒しめが!!」
「そんなの決まっている…1人残らず全て根絶やしにするまでだ。それが済めば今度は全ての人間を全て根絶やしにする……私自らの手で。」
彼女は左手の親指で鍔を押し上げて鯉口を切ると鞘から突き出ている柄を右手で握り締めて刃を引き抜いた。同時に鞘を手放すと彼女は刃先を向けて立ち止まる。
「……そこを退いて下さい、円香姉様。でないと貴女ごと斬る羽目になってしまう。」
「刀を下ろしなさい、黄泉ッ!!貴女…自分が何をしているか本当に解っているの!?」
「ええ、解っていますよ……?全ては私自身の復讐の為、私の生き方と存在そのものを狂わせた者達への復讐…憎い…貴女も詩乃も何もかも含む全てが憎い。」
「聞いて頂戴…黄泉。父さんは貴女の事、ずっとずっと心配してる。貴女を討滅すると決めた時…最後まで反対していたのは父さんと母さん…貴女に術を教えた喜晴様だけだった…そう聞いてる。こんな馬鹿げた真似はもう止めましょう?話なら幾らでも聞いてあげるし、泣きたいなら幾らでも胸を貸してあげるから!!」
「……全ては過ぎた事、もう戻れない。邪魔をするなら貴女も斬るまで……それに私はずっと貴女が嫌いだった…ッ!!」
途端に駆け出した黄泉は地面を蹴り上げて僅かに飛び上がると円香らへ刃を振り下ろす。それを彼女は黒いトンファーを左右に喚び出して防いだ。
ギリギリとお互いの得物が擦れ合い、キリキリと音が聞こえて来る。
「ぐ…ッ…!!」
「そんな老人、さっさと見捨てれば良いものを!!」
「出来る訳…ないでしょうがぁッ!!」
競り合った末に自分から位置を入れ替えた円香は刃を跳ね除け、黄泉を廊下の左側へ追いやるとそのまま身構えて彼女を睨んでいた。
別の場所に居る詩乃もまた円香と同様に重要な使命を果たす為に動き始めていたのは言うまでもない。
(つづく)
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