33話_ハッシャクサマ(その3)

日が沈み、夜が訪れると悟は御札を手に和室の前に立っていた。此処から先は翌朝まで外へ出る事は一切許されない。


「な、なぁ…鈴村…?マジでこん中入るのか!?」



「当たり前だろ?此処から先は冥依さんに任せる…私は八尺様を封じ込める策を実行するから時間が欲しい。じゃ、また明日の朝に会おう。」


詩乃は両手に白い粉が盛られた小皿を両手に持っていて、それを規定の位置へ配置する。

それから悟の事を部屋へ入れてから襖の戸を全て締め切ると冥依が詩乃へ話し掛けて来た。


「…詩乃さん。本当に貴女はあの鈴村家の祓い師の方?」



「あぁ、そうだよ。それがどうかした?」



「あまりそうには見えなくて…何かもっと真面目そうな方かと思っていました。」



「ははは、良く言われるよ。冥依さんはこの村の人?」



「ええ。お祖母様のお手伝い、それとこの辺りに現れる悪霊を祓ったり色々と。」



「つまりは枝ヶ原村版の祓い師…か。お互い頑張ろう、勝利は翌朝だ。」


2人は頷き合うと詩乃だけは和室の前へ離れて玄関へと向かう。そして靴を履いてから外へ出て行った。

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「…配置に付いたぞ。どうする?祓い師。」



「小河原君に狙いを定めたのなら間違いなく来ます。そうしたら氷河さんが誘き出し、例の区画に誘い込んでから弱らせて下さい。それから私が術を使って彼女を封じ込める…チャンスは恐らく1度きりです。」


智之と詩乃は悟の実家から少し離れた場所の左右路地に身を隠して待機していた。そして約15分経過した時、T字路の奥から白いワンピースを着た女性が街灯に照らされた通りを真っ直ぐ歩いてやって来る。


「ぽ…ぽぽ…ぽぽぽ……ぽぽ…ぽ……。」


だらんと垂れ下がった黒い長髪は不気味そのもの、家の付近へと進んだ時に彼女は立ち止まると事もあろうに詩乃の声を真似ねて話し始めた。


「おーい…悟君、私だよ…開けてくれるかい?さーとーるーくーん?居るんだろう…?なぁ、開けてくれよ……なぁ…なぁ……?」


詩乃の普段の声よりかトーンを下げた様な不気味な声で八尺様は話し始め、襖を締め切った和室へ向かって話を続けている。


「さーとーるくーん…私だよ…シノだよ……聞こえているなら…返事をしてくれ……さーとーるくーん。」


手を伸ばして窓ガラスを叩こうとした時、パンッ!!という破裂音が響き渡ると八尺様は振り返った。それは智之の方で彼の手には銃が握られている。


「良かったらダンスパーティーでもどうだ?…もっとも、お前みたいなデカい女じゃ俺には不釣り合いだろうけどな。」



「ぽぽ…ぽ…ぽぽぽ……ぽぽ……!!」


彼女はユラユラと揺れ動いて智之の方へ歩き出し、本物の詩乃はその隙に走って行った。


「ダンス会場までエスコートしてやる…こっちだ、ついて来い!!」


智之が駆け出すと八尺様も走り出し、彼の背中を追う。これでターゲットは悟からある意味では智之へ切り替わった。彼は怪異を背に走り続けては路地を曲がって昼間に確認したルートを進んで目的地である区画へと走って向かって行く。


「此奴とやり合うには…広い場所じゃないと!!」


後ろを微かに振り返ると相手は身体を揺らしながら走って来る。何とかして封印する区画へ誘導し閉じ込めなくてはならない。智之は街灯の明かりに照らされつつ、走って行った。

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「……貴女を止める為に本気で行かせて貰う。」



「いいえ、貴女に私は止められない…ッ!!」


同じ頃、黄泉と円香は庭園で死闘を繰り広げていた。駆け出した黄泉は円香へ目掛けてその刃を左斜め、左から右へ一閃と振り翳し彼女を襲い続ける。

それ等を躱した円香は体勢を変えて隙を突くと黄泉の左脇腹へ蹴りを喰らわせて吹き飛ばす。それに対し彼女は空中で身体を捻って庭へ降り立った。


「あの状況で体術をッ…!?」


今度はそこへ形代が投げ付けられ、爆発すると白煙が撒き散らされて周囲を覆う。煙を払った直後に黄泉の身体や首、刀を持つ右手を緑色のワイヤーが巻き付いて縛り上げた。視線を向けると円香の両手に指先の空いたグローブが嵌められている。


「うぐぁッ!?かはッ…くッ……!!」



「…この術の事、知らない訳がないわよね?貴女と詩乃が揉めそうになった時によく使ったこれを。霊力で編んだ糸による拘束術…これが私の本当の武器。」


円香の目は普段見る様な穏やかな物とは違い、怒りに満ちていた。


「…貴女は確かに強い。それは私も認めるわ……でもね、所詮はそれだけ。悪い事は言わない、復讐なんて馬鹿な真似はもう止めなさい!!」



「ッ……!!」


2人が睨み合いを続けていると部屋に隠れていた利光は縁側へ出て右手の人差し指と中指以外を内側へ曲げたままそれを黄泉へ向けていた。彼の指の合間には1枚の札が挟まれている。


「円香!そやつを此方へ向けろ!!此処で殺してくれる…!!」



「利光様!?待って下さい、貴方は本気で──」



「当然であろう!!奴に殺された祓い師達の仇…此処で討たねば気が済まぬ!!さぁ早うせい!!」


円香が黄泉から視線を外した時、左右の手首が不意に軽くなった。まさかと思って視線を向けると黄泉が拘束を刀で振り切り、術を用いて間合いを詰めて来たのだ。


「しまッ──!?」


彼女は繰り出された刺突を防ごうにも間に合わず、刺されてしまった。鋭い痛みと共に刺された箇所から血が滲む。


「っぐぁ…ッ……!?」



「先ずは1人…ッ!!」


そして飛んで来た札に気付いた黄泉は円香を突き飛ばし、引き抜いた血塗れの刀で斬り捨てるとそれが池へ落下したと同時に焦げて消えてしまった。


「ばッ…馬鹿な!?」



「……私の不意を狙うだなんて。それでも祓い師ですか?確かに貴方は鈴村家の中でも格上…でも所詮は自分の地位に縋り付いていたいだけ……哀れですね。」


倒れている円香へ視線を僅かに向け、黄泉は歩み出すと利光の方へ向かって行く。


「きッ、貴様は何を望む…鈴村に居る為の地位か!?それとも居候の身であるが故、自身の居場所が欲しいのか!?」



「……私が欲しいのはお前の命、そう伝えた筈。だから──いッ!?」


不意に違和感を黄泉はその場に立ち止まってしまい、頭を左手で抑えていた。黒い髪を前方へだらんと垂らして俯いてしまう。そして刀を落とすとその場に座り込んでしまった。


「あッ…がッ……うぅッ…あぁあぁッ!?一体何が…私は…どうして此処に…利光様……!?まさか私は…貴方を…殺そうと……?」


呆気に取られた様子の利光は彼女へ残る札を向け、睨み付けている。その意味を察した黄泉は彼へ訴え掛けた。


「お願いです、殺して…下さい…私を……このまま…貴方の手で…ッ…!!」


手を差し出した時、再び彼女の意識が何かに取り込まれると刀を拾い上げて利光へ牙を剥こうとした。

だが再び拘束術による糸で縛り上げられ、振り返ると円香が腹部を左手で抑えて右手を突き出していたのだ。


「じ、邪魔をするな……死に損ないめぇッ…!!」



「よ…みッ……まだ戻れるッ…まだ……大丈夫…だから…ッ!!」


円香が無理矢理に黄泉を手繰り寄せ、利光から引き離すと同時に振り払うと灯篭へ彼女の身体をぶつけさせて気絶させる。

そして立ち上がった円香はフラフラと黄泉の元へ近寄ると彼女に寄り添う様に倒れてしまった。

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場所は変わり、再び枝ヶ原村。

智之は八尺様を広い場所へ誘き出して振り返ると銃を引き抜いて立ち止まっていた。


「…新人で今の部署に入った時以来だよ、お前みたいなデカブツを相手にするのは。」



「ぽ…ぽぽ……ぽぽぽ…ぽ…ぽぽ…。」


智之はホルスターから銃を引き抜き、発砲可能な状態へ切り替えるとその銃口を八尺様へ向けていた。


「あの時は付け回されて、襲われて大変だった…それとお前のせいで村人は殆ど逃げたんだってな。同情するぜ…アンタは誰からもッ──!?」


八尺様は智之へ両手を振り上げて襲い掛かるが、彼は左へ飛び退いて躱すと同時に

引き金を引いて発砲した。

放たれた3発の弾丸が相手の右肩と腹部に左胸を射抜いたが僅かに仰け反った程度で怯む気配はない。

寧ろ弾丸が効いているのかすら怪しい、何せ出血も無ければ撃たれた銃創も無いのだから。


「やれやれ、随分といきなりだな…俺は女に手を上げる主義じゃないんだが…ッ!!」


立ち上がってから彼は距離を取りつつ、銃を持つ右手に左手を添えて警戒し続ける。相手が仕掛けて来るのなら撃つ…それだけだ。直後に八尺様が再び襲い掛かり、彼との間合いを詰めようとした時に智之は素早い身のこなしから背後へ回り込んで発砲し背中を何発も背中を撃ち抜いてみせた。その直後にズボンの右ポケットに入れていた携帯に振動を感じた彼は何かを察してニヤリと笑った。


「ぽ…ぽぽ……ぽ…。」



「この程度でくたばる程、お前がヤワじゃないのは知っている……だからこうするのさ!!」


智之が突然、後退しつつ広場から走り出して八尺様の前から距離を取り始めると彼は地蔵の前を通り過ぎる。そして八尺様も同じ位置を通り過ぎた所で智之の姿が見えなくなってしまった。

彼女は頻りに周囲を探し、智之を探す為に通りから出ようとした時にバチィイッ!!と弾かれてしまう。幾ら他の通りへ向かっても彼女を囲っている四方の通り全てからは出られない。八尺様が何処か困惑していると結界を隔てた彼女の前に現れたのは詩乃だった。


「…捕まえたよ、八尺様。もう此処からは出られないよ……それにこれ以上の悪事は見過ごす事は出来ない。祓い師の持つ祓具でも倒せない以上は此処に閉じ込めさせてもらう。」


ピッと右手の人差し指を向けた詩乃はそこに中指を合わせては残る指を内側へ折り畳んで刀印の形を形成しては素早く目の前で印を切ると叫んだ。


「──怪異封絶ッ!!」


そしてバシュウンッ!!という聞き慣れない音と強烈な青白い光と共に結界が区画へ張り巡らされると八尺様を完全に封じ込めた。


「何とか封じ込めたけど、八尺様に魅入られた以上…その力は長続きしてしまう。」



「……これで終わったのか?」



「えぇ、終わりました。でも…魅入られた効果は解けないから彼には翌朝まで耐えてもらうしかない。」



「成程な…。そういった術は誰から教わったんだ?」



「それは秘匿事項という事で。それより早く戻りましょう?お昼に食べたサンドイッチ以外、何も食べてないからお腹空いたし……。」



「戻ったら何か奢ってやる、此処で会ったのも何かの縁だろう。」


2人は来た道を引き返し、村人達の居る公民館へ先に訪れると現状の報告を終えてから彼の家へ戻った。そして詩乃は冥依と交代しつつ翌朝まで悟の護衛を続けるのだった。

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そして翌朝、黒いワンボックスカーの中に悟を載せて左右正面を冥依と彼女の祖母を含んだそれぞれ9人の村人らが囲う様な形を取る。そして詩乃が智之の乗って来たグレーの普通車に乗ると正面に有る白い軽トラを先頭にし進み始めた。

軽トラ、ワンボックスカー、智之の車という形で先行し道中を進んで行くと助手席に居た詩乃は少し眉間に皺を寄せていた。


「封じ込めても、自分の思念だけを飛ばしたのか…微かだけど周囲に気配を感じる。」



「恐らくアレはこの地域周辺に古くから居た存在んだろう……。神の類なのか、それとも別な存在なのか…それはもう解らないが。」



「神という言葉を借りるとすれば…あの八尺様は祟り神でしょう。小河原君のお祖父さんの話によれば過去に枝ヶ原の近隣では八尺様による犠牲者が本当に出ていたらしいですよ。」



「成程……な。」


一行は途中で大通りに出てから車を乗り換え、悟は智之の車の後部座席へと乗り込む。そして冥依達と別れてから智之達は星蘭市を目指して走り出して行った。その最中で詩乃の携帯に電話が入り、カバーを開いてみると相手は彼女の母親。


「もしもし母さん?…えッ!?解った、直ぐ行くから……うん、また後で…。」


詩乃は智之の方へ向くと何処か慌てた様子で彼へ話し掛ける。


「氷河さん…大至急、病院へ行ってくれませんか!!姉が…姉さんが…ッ!!」



「病院?おい、どうしたんだ急に。」



「いいから早く!!刺されたんです…私の姉さんが!!」


強く訴え掛ける様に叫ぶと智之は頷き、悟を乗せたまま星蘭市にある総合病院へと向かって行った。

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車を勢い良く降り、詩乃は息を切らしながら受付の人間に病室を聞いてからそこへ向かう。ドアを勢い良く開くと病衣を着て頭や手首に包帯を巻いた円香が手を振っていた。


「姉さん…!?姉さん…姉さん…姉さんッ!! 」


彼女は円香へ抱き着くと片手で頭を撫でられていた。


「詩乃…っとっと…あまり強くすると傷に障るから。」



「何があったの!?まさか怪異に──」


そう話した時、首を横へ振った。そして向かい側のカーテンを無言で指を差すと詩乃は立ち上がってそこへ足を運んで勢い良くカーテンを開いてみる。

そこには見た事のある女性がベットの上に病衣を着て横たわっていた。何が何だか解らず、彼女は振り返る。


「黄泉……!?どうして…何で黄泉が…此処に…!?」



「…実は特命で利光様の護衛をしていたの。黄泉が次に狙うとしたら利光様だったから…そして現れた黄泉と戦って、私はこの通り。辛うじて黄泉を引き離した後……偶然屋敷に用が有って来ていた徹さんに助けられたって訳。利光様は無事よ。」



「そっか……良かった。母さんは?」



「今、売店に行ってる。それよりも今後の事なんだけど──」


円香は詩乃を呼んで、とある話をした。

それを聞いた彼女は何処か不服そうな顔をする。


「…それ、本当に大丈夫なの?黄泉は…もう……。」



「僅かだけど元に戻れる可能性は有る…。お父さんにはお母さんが伝えてくれるって。」



「……解った。母さんと少し話して来る。」


詩乃は一旦廊下に出て歩いて行くと階段付近で母親と会った。黒寄りの茶色い髪を背中の肩甲骨付近まで伸ばした女性、前髪は左への寄せていて整った顔立ちと共に紺色の瞳が印象的だった。

彼女の格好は灰色の上着と白いロングスカートを身に付けていて足元は黒のブーツを履いている。

彼女こそ鈴村真優すずむらまゆ、円香と詩乃の母親。その容姿は歳を感じさせない程に若い。


「…詩乃、色々とご苦労様。大丈夫だった?」



「うん…何とか。」


少し歩いてから2人は円香の入院しているフロアにある休憩スペースを訪れ、長方形のソファへ並んで腰掛けた。


「…円香とは上手くやれてる?喧嘩とかしてない?」



「大丈夫だよ。それに喧嘩したとしても勝つのはどうせ姉さんだから。」



「ふふふッ…そう。仲良さそうで安心した。円香から話は聞いてるわ……お務めも頑張ってくれてるって。何かお友達も1人祓い師になったって聞いたけど?」



「なったよ、私より腕っ節が強くて態度も言葉遣いも荒い子が。今も私が鍛えてるよ。」


詩乃は何気ない会話を真優と交わして少し経った時、真優が詩乃へ赤い色をしたお菓子の箱を売店の袋から差し出して来る。それは細長いチョコレート菓子でパッケージには【Lucky】と書かれていた。


「これ好きだったでしょ、貴女達。」



「そうだけど母さんも食べてたじゃん。父さんから聞いたよ?初めて怪異と戦った時にこれ食べてたって。」



「私の場合は御守り代わりかな?私の旧姓…土宮の家も怪異とは密接な間柄だったから。」



「そうなの?」



「まだ私が詩乃と同じ位の時は霊力を用いて具現化し召喚出来る式神を使って戦ってた…それが九尾狐くびこ。あの頃は怪異との共存という概念は無理だと思われていたから討滅するしかなかったけどね。」


真優は箱を開け、包みを開いてから中身を1つ指先で摘んで詩乃へ差し出すとそれを受け取った彼女は食べ始めた。


「母さんは怪異と共存なんて実現出来ると思う?」



「…私も難しいとは思ってる。彼等にも彼等なりの事情が有って人を襲うのであれば、私達人間も彼等の存在を詳しく知るべきだと私は思う。そうすれば何かしらの衝突はきっと避けられる筈。」


真優はそう話した後、同じ形でチョコ菓子を摘むと自分の口に入れて食べ始めた。


「それからさ、黄泉の事なんだけど…母さんは黄泉の事…やっぱり──」


何かを言い出そうとした詩乃の言葉を真優は遮った。


「例えお腹を痛めていなくても…血が繋がっていなくても、あの子は円香と詩乃と同じ様に私と恭介さんの子。その事実だけは何があっても絶対に変わらない。確かに人を傷付けた事は悪い事…許されるべき事じゃない。でも、その子の生きている意味を取り上げたり、否定してしまえば……私達も危害を成す怪異や悪霊達と変わらない。」


振り返った真優は詩乃を見つめ、僅かに首を傾げると左手へ自分の右手を添えた。


「母さん……。」



「あの子、何となくだけど似てるんだ…ずっと前に私と一緒に怪異と戦ってた女の子に。でもその子はお家の事情とかで遠くに引っ越しちゃったけど。」



「そういえば父さんとはいつ出会ったの?」



「聞きたい?でもダーメ、やっぱり内緒♪さて、そろそろ戻りましょうか。遅くなると円香が心配するだろうし。詩乃も直ぐ出られる様に万全にしておかないと、またどうなるか解らないから。」



「…うん…姉さんの事、お願いね。」



「頑張れ、詩乃。お母さんも応援してる!」


にこやかに微笑むと2人は右手を突き出して軽くグータッチを交わした。そして1人で病院を後にした詩乃は入り口付近で車から外に出ていた智之と再会する。


「…小河原君は?」



「先に送って来た。念の為、後で電話だの何だのしておいた方が良いかもな。」



「ありがとう…ございます。勿論、そのつもりです。」


詩乃は一礼し頭を下げた。


「そう言えば、肝心な姉さんの容態はどうだった?」



「発見が早かったから何とか間に合ったっていうのが不幸中の幸いだそうです。1ヵ月と少しは病院生活になると。」



「…そうか。お前も送って行くよ、住所は?」



「え?…住所は──」


彼女は智之へ話してから車へ乗り込むと病院から去った。八尺様という異端の怪異を封じ込める事には成功したが円香が入院するという予想もしていなかった事実に見舞われてしまった。

そして病院のベットに横たわる2人目の姉、黄泉。

彼女もまた運命に振り回され始めている事をまだ知らない。

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