34話_束ノ間ノ ヒトトキ

何人斬っただろう。

何人殺めただろう。

自分の手で、自分の刀で。

止めろと言われても止めなかった。

助けてくれと言われても止めなかった。

相手の顔が苦痛に歪むのが心地良くて、絶望している顔が堪らなく心地良くて、斬り続けた。

全てはあの日誓った復讐を成し遂げる為……私という存在を否定し蔑んだ者達への復讐。


・1人目の伊三郎は護衛に紛れて背後から刺殺。


・2人目の信之は腹部を素手で突き刺し、その手で臓物を抉り出した。


・3人目の浩輔は自宅へ戻った所を襲って斬殺。


復讐相手と決めた祓い師は利光を含めて後、7人。

斬ったのは鈴村家の重鎮とも言える者達…連中を全て殺せば私の復讐は成し遂げられる。

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蝉が鳴いている中、2人の女性が歩いていた。

1人は中に白のシャツに黒い半袖の上着を上から羽織り、紫色のスカートに黒のブーツを身に付けている。もう1人は白の半袖シャツと紺色のジーンズにスニーカー。片方は詩乃でもう1人は黄泉だった。


「…もう少しで家に着くから。」



「うん……。」


黄泉の頭部や左足の太腿には白い包帯が巻かれている他に、左頬にも白い四角形のガーゼが付いていた。辿り着いたのは2階建てのアパートで階段を上がった先にある真ん中の部屋へ2人は入った。

靴を脱いで廊下を歩いて部屋のリビングへ来ると黄泉は周囲を珍しそうな顔で見回している。


「此処に…2人だけで?」



「…そうだよ、姉さんと一緒に住んでる。」



「…ねぇ詩乃。どうして──」



「円香姉さんが黄泉と暫く一緒に居ろって言った、だからその通りにしているだけ。勘違いするなよ…私はアンタを許した訳じゃない……。」


荷物を置いた詩乃が振り返り、黄泉を僅かに睨んだ。暫しの沈黙が続いてから荷物の整理をし始めた詩乃の後ろから黄泉が話し掛ける。


「その…ごめんなさい……。謝っても謝り切れる問題じゃないのは解ってる…私は……耐えられなかった。あの日、会議でお祖母様に言われた…私は祓い師になれないって。」



「……知ってる。」



「…でもあの後、私には此処で見聞きした一切の事柄を忘れ…後続の鈴村怜奈の世話をしろと命じられた。鈴村利光を始めとした上役の祓い師達からそう告げられたの。」



「えッ…?そんなの聞いた事ない、どうして…?」


詩乃が振り返ると黄泉は黙って頷いた。

そして彼女は更に話を続ける。


「お祖母様を含んだ祓い師の認可会議…それは直ぐに終わった。そしてその直ぐ後、お祖母様が席を外された後に私も知らない別の話し合いが始まってそこで言われたの……此処に居たいのならそれが最善だと。」



「ッ…じゃあ端から上の人達は黄泉の事をこのまま使い捨てにする気で……この事は父さんと喜晴先生は知ってるのか!?」



「……あの時、先生はお祖母様の付き添い役だったから外していたわ。当然、この事はお義父様も知らない。それであんな真似をした……貴女も知っている事を引き起こしてしまった……ごめんなさい…。」


そう話した後、彼女は俯いてしまった。

詩乃もまた話を聞き終えてから唇を噛み締め

つつ怒りを押し殺していた。


「解った…話してくれてありがとう。立ったままじゃ疲れるからソファに座りなよ、その方が楽だろう?」


詩乃は微笑みかけ、「飲み物を取って来る。」と伝えて冷蔵庫へと向かって行った。

少し経って戻って来ると2人分のガラス製のコップに麦茶を入れてソファの近くに有るテーブルへと置いてから詩乃も黄泉の近くへ腰掛けると話し始める。


「あのさ…黄泉、私が小さい時にお姉ちゃんになって欲しいって言ったのまだ憶えてる?」



「え?勿論…憶えてるけど。」



「実は私…円香姉さんの事、あまり好きじゃなかったんだ。いつも厳しくて…私が何するにも口出しして来るから鬱陶しくてさ。そんな時に父さんが連れて来たのが黄泉だった。」



「…そうだったんだ。でも、貴女からしたら私も五月蝿い方だったでしょう?」



「ううん、正直に言えば黄泉の方がまだマシだった。それもそうだけど円香姉さんが家を出るずっと前…夏休みに父さん達と花火とか見に行ったし、お祭りにも行って屋台とか出店で遊んだりしたよね。あれ楽しかったなぁ……。」



「詩乃はリンゴ飴が好きでずっとお義母様に買って貰ってたものね。勿論、憶えてる…私は遠慮してあまり買わなかったけど。」



「でも父さんは黄泉の為に出店とかでゲームしたり、色んなの買ってたよ?あぁ見えて父さんは結構器用だから。」



「知ってる…全部黄泉の分だって言って綿菓子も、射的の景品のぬいぐるみも、金魚すくいの金魚とか他にも色々くれた時は流石にびっくりしたけど。」


黄泉は小さく微笑むと僅かに頷いた。

一方の詩乃は少し間を空けてから話題を切り替える。


「黄泉姉さん…その、ごめんね……?私もちゃんと話を聞いてあげるべきだった。それなのに…一方的に敵だって決め付けて、害を成す怪異や悪霊と同じだと決め付けて……戦ったりして。あの時の…昔の私は姉さんに何もしてあげられなかった…こうして話を聞いたり、傍に寄り添う事も出来なかった……。ずっと、ずっと苦しかった……もしかしたら私が…姉さんの事を──」


何も言わずに黄泉は詩乃の右手を引いて抱き寄せるとそのまま両手で包み込んだ。


「……大丈夫よ、詩乃は何も悪くないわ。寧ろ私が貴女に感謝しなくちゃいけない。あの時…お姉ちゃんになって欲しいって言われてなかったら今頃、私は一人ぼっちだったと思う。こう見えて結構人見知りだから。」


黄泉は少しだけ離れると詩乃を見つつ、自身の額をコツンと彼女の額へと当てて来た。


「私は貴女達姉妹と家族に会えてとても幸せだった。こうなってしまったけど…これだけは本当の事、紛れもない真実。」



「姉さん……。」



「詩乃、私は貴女が大好き……円香姉様も同じ位…大好き。私のたった1人の義妹…。」



「うん…私も大好きだよ……黄泉お姉ちゃん。」


詩乃もまた頷くと微笑み返す。

それから離れた後、2人は夕方まで昔話や他愛もない世間話をしながら過ごした。

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日が傾き出した時、夕飯の買い出しに出掛けようと2人はアパートを出て歩いて行く。黄泉に至っては成る可く目立たない様にマスクをしていた。

それもその筈、現在の彼女は最重要討滅怪異として認定され追われる身となっている為。

家に居れば良かったのだが黄泉本人の希望によるものだった。


「詩乃、いつもこうして買い物してるの?」



「買い物と調理は姉さんの担当…なんだけど姉さんは入院中。うちは冷蔵庫の中身が殆ど空になるまで買い物に行かないんだ。仮に忘れてた場合は高確率でコンビニの弁当か或いはスーパーの半額惣菜になる。」



「ふぅん……節約って奴?」



「どうだろう?彩りが無くて茶色っぽいおかずばかりになるのはいつもの事だけどね。」


2人は並んでスーパーへ入ると詩乃はカゴを片手に歩いて行く。家に無かった物を書き出したメモ書きを頼りに彼女はカゴへ食材を入れていった。

するとお菓子売り場で立ち止まった黄泉が1つの箱を取って詩乃の前へ差し出して来る。

そのパッケージとロゴには見覚えが有った。


「これ、食べたい。」



「ロッキィ?…母さんもそうだけど黄泉も好きだね、これ。」



「美味しいんだもん。ダメ?」



「…良いよ、特別に買ってあげる。但しちゃんと食後に食べろよ?前に食べたら夕飯が……」



「解ってるよ、もう子供じゃないんだから。それに私もう成人してるし。」



「なら成人らしい自覚を持って欲しいな。左手に隠し持ってるのは買わない、予算オーバーするからダメ。」



「むぅ……ケチ。」


そっと左手を向けるとそこにはグミとスナック菓子、ポップコーンの3つの袋の上部分を持っていた。それ等を返却してからレジへ向かって会計を済ませるとスーパーを後にする。

並んで暫く歩いていると聞き覚えの有る声が聞こえて来た。それは詩乃の同級生である明日香と理人だった。


「げッ…明日香だ。」



「何だよ、珍しいな。お前が買い物なんて。」



「良いだろ別に…私だって買い物位するさ。」



「そういや聞いたか?小河原の奴、怪異に襲われてヤバかったって話。」



「知ってるよ、何せ私が現地に行ったんだから。それより今は少し忙しいから早く帰らせて欲しい…。」


理人が明日香に「疲れてるみたいだし、行こう」と気を利かせてくれたがそれは直ぐに終わってしまった。明日香が彼女の背後の女性に気付いて話し掛ける。


「…お前の後ろの人は?」



「え?あ、あぁ…えっと……。」


詩乃が何とか誤魔化そうとしている中、明日香には彼女の後ろに居るその顔には見覚えが有った。あの日、自分を嘲笑って姿を消した例のアイツに。

マスクをしていても目元だけで察しは付く。


「確か…黄泉…ッ…!」



「明日香ッ!?よせッ、ダメだ!!」


詩乃が止めようとしたが乱暴に退かされてしまい、

後ろにいた黄泉と対峙する構図となる。

詩乃は理人に受け止められて転ばずには済んだ。


「貴女、確か……。」



「アンタにバカにされた祓い師だよ。忘れたとは言わさねぇぞ!!」


喧嘩口調で詰め寄り、黄泉へ向けていきなり右手の拳を突き出して殴り掛かるがそれを黄泉は左手で受け止めた。


「ッ…!まさか、私とやり合うつもり?」



「ったりめーだろ、この野郎ッ!!」


黄泉が拳を振り払った直後、今度は左手が突き出されるがそれも弾いて黄泉は後退する。

詩乃が止めに入ると明日香と黄泉の間に立った。


「いい加減にしろ、明日香!」



「退けよ、それともお前は此奴の肩を持つのか!?そいつはあたしらの敵だろうが!!」



「事情が複雑なんだ、今は話せない!!頼むから今は退いてくれ…ッ!!」



「そう簡単に引き下がれるかってんだ!!起動解放ッ──!!」


明日香は2人の目の前で装置を起動させようと身構えている。一方の詩乃は舌打ちして買い物袋を

置こうとした時、黄泉がマスクを外して前へ出た。


「……街中でそんなの使ったら関係ない赤の他人も巻き込むわよ。場所を変えましょう、それなら良い。」


彼女がそう言い放って制止させてから4人は歩いて

河川敷の有る方面へと足を運んだ。

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それから高架下へ来ると理人と詩乃は対峙する2人を離れから見て様子を伺っていた。


「此処なら好きなだけ暴れられる。いつでもどうぞ?」



「はッ!後悔すんなよ…起動解放エンゲージ・リベレイトッ──!!」



「──召喚ツィオーネ。」


明日香が右手に赤い刃の刀を、対する黄泉は普段使っている刀ではなく精神力と呼ばれる力で編んだ青白い刃を持つ刀を生み出して右手に握り締めていた。


「おらぁああッ!!」


走って来た明日香は刃を振り上げ、左斜め下へ振り下ろすもそれを黄泉は僅かに後退し躱す。

続く左から右へ掛けての一閃を放ったが黄泉は刀を用いて弾き返した。


「このッ!だぁあッ!!」



「成程、確かに…強くなってるッ!!」


明日香の放つ斬撃を受け流した黄泉は反撃で右足で地面を踏み込んで仕掛けると素早い動きから斬撃を幾度も繰り出して防戦を強いる。

そして鍔迫り合いへ持ち込むと明日香を真正面から睨み付けて来た。


「その刃は本来誰に向けるの?何の為に、貴女はそれを振るうの!!」



「うるせぇッ!あたしはアンタを此処で倒す…それだけだッ!!」


押し返した明日香が反論しギリギリと互いの刃が競り合うと黄泉は無理に突き放した。

そしてがら空きになると一瞬の隙を突く形で黄泉が明日香の懐へ飛び込むと左手で彼女の顔を殴り飛ばすと後方へ倒れ込んだ。


「ぐぁッ!?く、くそッ…マジで殴りやがって…!!」



「……倒すべき相手を…標的を見誤れば、後悔するのは貴女自身よ。生半可な覚悟で私に勝てると思うな!!」



「うるせぇえッ!!」


明日香が刀を拾い、再び立ち上がると黄泉へ襲い掛かる。対する黄泉は構えもせずに繰り出された斬撃を右へ、左へと身体を僅かに逸らして躱し続けていた。


「ちょこまかとッ、避けやがってッ!!この野郎ッ!!」



「もう既に、貴女の動きは既に見切ってる…ッ!!」


最後に繰り出された真っ向斬りによる一撃に対し、黄泉は柄を両手で握り締めてその刃で受け止めると今度は刀を真上に弾き上げてから素早く明日香の胴体の寸前で刃を止めてみせた。跳ね上げられた明日香の刀は地面へ音を立てて落下する。そして黄泉は刃を下ろし、それを消した。


「な…ッ……!?」



「強くなったのは認める…。でもね、その力は憎んでいる相手や恨んでいる誰かに使うモノじゃない……大切な人を守る為に使いなさい。」



「偉そうに…説教なんかしやがって……!!」



「……私がそうだからよ。後戻り出来ない所まで罪を重ね、多くの人を殺めて来た。それと本当の強さは力だけじゃない……その意味が解った時、貴女は本当の意味で私を越えられる。」



「は……?」



「それと…明日香ちゃん。ありがとう、詩乃の友達で居てくれて。そこの彼と仲良くね。」


そう伝えると黄泉は一礼する。

呆気に取られた明日香は納得が行かないまま武装を解くと溜め息をついた。そして詩乃の元へ戻ると黄泉は彼女の左手を握り締める。


「早く帰ろ、詩乃。私…お腹空いちゃった。」



「え?あ、うん……解った。明日香…不満なら後で幾らでも聞くから許して欲しい。櫻井君、彼女を頼んだよ?引っ張るなって、歩けるから!」


詩乃は黄泉と共にその場を後にすると歩いて自宅へと戻るのだった。

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その帰り道、黄泉は歩きながら詩乃の背へ向けて話し掛けて来た。


「ねぇ…今の私の事、詩乃はどれくらい知ってるの?」



「…自ら死神リーパーになって、その力をどういう訳かコントロールし続けているという事位。今の黄泉は姉さんと戦った際に負ったケガで一時的に元に戻っているに過ぎない。だからふとした事がトリガーになって元に戻る可能性も有る。」



「……そっか…ごめんね、変な事聞いちゃって。」



「正直に言えば…元に戻れる確率はゼロに等しい。死神になればもう1人の自分に乗っ取られる可能性が高い……心の闇を具現化したもう1人の自分にね。」


詩乃は立ち止まって振り返ると彼女の方を見つめていた。


「ありがと…それだけ解れば大丈夫。それより、詩乃はお料理出来るの?」



「出来るさ、姉さんが忙しい時は自分で作ってるからね。」



「ホントぉ?私がまだ家に居た時は殆どお義母様のお手伝いしてなかったのに?手伝ってたのは円香姉様か私だけだったのにさ。」



「出来るってば、でーきーまーすー!!さては信じてないだろ?私だって料理は勉強してるんだぞ!」



「ふふん、どーかなぁ?面倒臭がりの詩乃だからなぁ?」



「幾ら黄泉でも流石に怒るぞ!?」


スッと詩乃が左手の拳を突き上げて黄泉を脅した。


「ごめん、ごめんってば!暴力反対!!…あ、そうだ!」



「……どうかした?」


詩乃が拳を下ろすと何かを思い付いたのか彼女へ微笑み掛けて来る。


「円香姉様が退院したら迎えに行かない?勿論、2人で一緒に。」



「…そうだね、黄泉が言うならそうしようか。」



「その時まで…無事で居られるかな、私。」



「大丈夫……何があっても私が傍に居る。だから黄泉は1人じゃないよ。」




「言うようになったじゃん、コイツぅ!昔は私にベットリだったのにさぁ!!」



「わぁあッ!?あまり引っ付くなって、荷物重たくてただでさえ歩き難いんだから!!」


世間ではウザ絡みと呼ばれるそれを黄泉がやって来て詩乃の首元へ腕を絡めると鬱陶しそうに詩乃は応対して再び歩き始めた。

束の間の優しい日々と時間はゆっくりと、そして

穏やかに過ぎていった。

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