35話_ケツベツ

夏休みも後半に入り、数週間過ぎた頃。

詩乃は普段と変わらず朝から学校の事務室にて臨時の相談を朱里と共に受け付けていた。

まだ室内のエアコンが効いているからマシと言われればマシなのだが暇なのは変わりはない。

丁度お昼に差し掛かると2人は鞄から各々の昼食を取り出す。朱里は普段と変わらず弁当で珍しく詩乃もこの日は弁当だった。


「そういえば詩乃、珍しく今日はお弁当なのね。途中までずっとコンビニのご飯だったのに。」



「これ?黄泉姉さんの手作り弁当。事情話したら持ってけって言われてさ。全く、無理しなくて良いのに……。」



「へぇ…ってその黄泉って人、確か神代さんと奏多さんを……。」



「そっ、負かせた人であり…私の敵となった2人目のお姉さん。今は訳あって家に居るんだ。」



「…どういう風の吹き回し?敵だった人が突然味方になるなんて。」



「色々と事情が複雑なのさ。この前も明日香ともバチバチにやり合って負かせたばかり…だから今頃、明日香も躍起になってると思うよ?何せ黄泉から色々言われたからね。」


詩乃が可愛らしい桃色の包みを解くと中には四角い弁当箱が入っていて、蓋を開けてみると卵焼きやタコの形をしたウィンナーの他に花弁の形に切られた人参、昨日の夕飯で食べた惣菜のポテトサラダにコロッケ2つとブロッコリー。下段にはごま塩が振られたご飯が入っていた。


「……おいおい、何か凄いぞ。」



「見て、ウィンナーなんてゴマ使って目の代わりにしてる。器用なのね…黄泉さんって。」



「…私が一番ビックリしてる。記念に写真撮っておこうかな。」


詩乃が携帯で写真を撮るとそれから黄泉が作った特性の弁当を食べ始めた。見た目だけでなく味もちゃんと保証されているのが嬉しい。

円香の作る弁当は同じ弁当でも殆ど茶色だからだろうか?それでも詩乃の事を考えてくれているのは食べる本人が一番良く知っている。

食べ終わった後、手を合わせてから容器と包みをそれぞれ一纏めにして片付けた。


「何でだろ、凄く美味しかった……。」



「同じお弁当ってだけでも違う時って有るんじゃない?既製品と手作りだから余計そう感じるのよ。」



「ふぅん…成程ね。」


詩乃が携帯を開くと同時にメッセージアプリに黄泉から連絡が来ている事に気付いて開いてみる。

そこには


[お弁当美味しかった?]


と一言だけ記載されていた。

それに対し詩乃は片手で返信し送信する。


[ご馳走様、美味しかった。]


そしてまた黄泉から返信が送られて来た。


[また作ってあげる、今度は何が食べたい?]


詩乃の手がピタリと止まると彼女は少し考え始める。そして思い付いた様にそれを打ち込んだ。


[黄泉姉さんの作った料理なら何でも。出来れば卵焼きが良い、美味しかったから。]


それに対し再び返事が来る。


[じゃあ卵焼きね。今日のは少し焦がしちゃったから今度はちゃんとしたの作るね!]


という返信と共に猫のスタンプが1つ添えられていた。様子を見ていた朱里が詩乃へ声を掛けて来る。


「詩乃、前より明るくなった。」



「え?…そうか?」



「うん、何かそんな気がする。良いなぁ…私もお姉さんとか欲しいな。」



「苦労するぞ?色々と。円香姉さんの退院と臨時相談室の閉鎖まで後3日、気合い入れてやるしかない……。」



「そうね、午後も色々頑張らないと。依頼者があまり居ないのと対処し易い案件ばかりで助かってるけど。」



「お祓いと軽い討滅だけだからね…ふぁあ、眠たい眠たい。」


詩乃は欠伸をしてから相談が来るのを朱里と共に事務室で待ち続けていた。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

「ただいま…ってあれ?電気が点いてない。」


相談を終えてから詩乃が帰宅すると家の中は真っ暗。玄関の明かりを点けてみると黄泉のブーツが無くなっていた。合鍵は渡していて、来た時に施錠はされていたから出掛けたとしか思えない。


「…何だろう?まぁ良いか…多分出掛けたんだろう。家に居ても退屈だろうし。」


靴を脱いでリビングへ入るとテーブルの上にメモ書きが置かれていて、それを手に取る。そこには彼女の物と思われる字で


・ごめんね、詩乃


と一言だけ書き記されていた。何かを察した彼女はリュックをソファへ放って急ぎ足で靴を履き替えてから外へ飛び出し、施錠してから階段を駆け下りて通りへ走って行った。


「黄泉ッ、よみぃいッ!くそッ…一体何処へ行った!?」


信号で止まると咄嗟に携帯を取り出して黄泉へ

メッセージを送る。直ぐに既読が付く筈なのに既読は付かない。そして信号が変わると彼女は駆け出して街中を只管に探し回ったが何処にも居ない。

最悪の予感だけは避けたいと願いながらも詩乃は

必死に黄泉の事を探し回っていた。


「はぁッ……はぁッ…くそッ……!」


道中で立ち止まって項垂れていると前から足音が聞こえ、顔を上げてみると黄泉が歩いて来ていた。

その右手には買い物袋を持っていて近寄って来ると声を掛けて来た。


「あれ?詩乃…何してるの、こんな所で。」



「そッ……それはこっちのセリフだ!!何だよあの書き置き…ッ、一体どういうつもりだ!?」



「あー…あれ?出掛けるから遅くなるかもって書こうと思ったら……トイレ行った後にそのまま忘れちゃって。ごめんね、携帯の充電してなくて…バッテリー切れちゃったから。」



「そ、そう…。兎に角…無事で良かった……。」


詩乃が安堵し、後方を振り返った時だった。

離れた場所にガタイの良い男が立っていて2人を見据えている。その顔には男の面が付いていて何処か不気味だった。


「…よぅ!探したぜ、黄泉。こんな所に居やがったとはなぁ。しかも恭介兄さんのガキと一緒か。」



「ご…豪徳…様。どうして…ッ…!?」


黄泉が声を上げると詩乃は驚いた様子で相手を見ていた。


「豪徳って…鈴村豪徳の事?!確か破門された父さんの…弟。」



「はははッ!そうだよな?やっぱ兄貴からそう聞かされてるよなぁ、お前も!!そうだよ…俺はてめぇの親父と当主の婆さんから破門された元祓い師……そして今は災厄と死を振り撒く災禍師となった。」



「災禍師…何だ、聞いた事ないぞ?」


詩乃が考えていると傍に居た黄泉が彼女へ話し掛けて来る。


「怪異や悪霊と密接に有るのが災禍師。文字通り、この世に災厄を撒き散らす存在……そして私も同じ災禍師…。」



「黄泉、帰って来い…お前の居場所は彼処にしかねぇんだからよ。それとも何だ?今のお義父様に逆らう気か?」



「ッ……!!」


そう言われた黄泉は俯き、彼から目を逸らすと

今度は詩乃が豪徳へ向かって話し掛ける。


「…悪いがアンタに黄泉姉さんは渡さない。災禍師だとかそんなの関係有るもんか!!」



「一丁前に出しゃばるなよ、ガキが。ったく…いい加減目を覚ませ黄泉!!お前の本当の敵は何処のどいつだ?お前は鈴村の祓い師共を根絶やしにするんだろう!?お前に居場所と目的をくれたのは何処の誰だか忘れちまったのか!?」



「な…ッ!?アンタ、今の黄泉がどんな状態か──うぐぅッ!?」


突然、後ろから首を強く締め上げられた。

彼女の後ろに居たのは黄泉、彼女は俯きながら白い肌をした細い指先で詩乃の首を締め上げている。


「よ、みッ……どうして…ッ…!?」



「ごめん…なさいッ…詩乃…私は…私は……ッ…!!」


今度は指先から腕で首を締め上げる形になり、更に力を込めていく。その時に何かが抵抗している詩乃の手の甲へ落ちた。


「ぐ…ッ…は、はなせ…ッ…!!」


詩乃は暴れ続け、その末に黄泉の右脇腹へ肘鉄を喰らわせて振り解くと噎せながら彼女の方へ視線を移す。

黄泉の両目には涙が浮かんでいる他に彼女の傍には手にしていた買い物袋が落ちていた。

散らばった中身は割れた卵の入ったケースの他に弁当類に使うピック等の可愛らしい用品ばかりだった。


「あれは……そうか…私の為に…ッ…。」



「詩乃……姉様の…お見舞い……行きたかった…もっと…ちゃんと……謝り…たかった……ごめんなさい…って……。」



「大丈夫、行けるよ…きっと行けるから…!!だから自分に負けないで…負けちゃダメだ、黄泉姉さんッ!!」


詩乃が苦しむ黄泉へ訴え掛け、説得を続ける。

その最中にガシャンッ!!という音と共に2人の合間に血の様に赤い鞘と柄を持つ刀が落下した。

それを見た黄泉はその場に座り込み、何かを思い出した様に刀を見つめている。


「あ…あぁ……ああ…あ…あぁッ!?」



「忘れモンだよ…お前のな。さぁ、そこの祓い師のガキを殺せ!!」


豪徳が叫ぶと黄泉は自ずとその刀へ左手を伸ばそうとする。そして鞘を掴むとその場に立ち上がり、俯いたまま慣れた動作で左手の親指を使って鯉口を切ると柄を握り締めて止まった。


「詩乃…私を殺して……。」



「な、何言ってッ──」



「お願いよ…早く……私を…私を殺してぇええええぇッ──!!」


泣き叫んだ末、刃を抜刀した黄泉はそれを勢い任せに詩乃の頭上から振り翳して来る。それを彼女は瞬時に防御術を用いて防いだ。


「くそぉおッ!!正気に戻れ…黄泉ぃいッ!!」



「う、五月蝿い…黙れ…ッ…鈴村の小娘が!!」


詩乃が弾き返し、直後に彼女は八咫烏を召喚して素早く抜刀の動作を行った後にその刃を黄泉へ向けて睨むと2人の光景を見ていた豪徳は笑っている。

雰囲気から察するに瞬間的だが黄泉は元に戻っていた。


「ふははははッ!!さぁ姉妹同士で殺し合え、思う存分になぁッ!!」



「豪徳ッ…アンタだけは絶対ッ……!!」


詩乃が彼の方へ振り返った際、即座に黄泉による斬撃が繰り出されると彼女は防戦して何とか助けようと策を巡らせる。しかし、その余裕すら与えてくれる筈はなく詩乃からすれば黄泉による猛攻を防ぐのがやっとだった。そして鍔迫り合いに持ち込まれた詩乃は何とか押し負けない様に足腰に力を入れて持ち堪える。


「よ、黄泉ッ…頼む…お願いだから聞いてくれ!!またお弁当…私に作ってくれるんだろう…?また一緒に…私と料理も…買い物も…するんだろう…?」



「ぐッ…うぅ…ッ…!!」



「姉さん…円香姉さんの……退院の時…私と…迎えに行くんだろう…ッ?」



「うぐぅうぁ…あぁッ…あぁああぁッ!?」



「私が黄泉の…姉さんの傍に居る…!!だからッ…殺してだなんて…簡単に言うなぁあッ!!」


弾き返した詩乃が彼女の首へ目掛けて刃を振り翳し、それを寸前で止めた。柄を持つ彼女の両手がカタカタと手が震えていてそれが刃先まで伝わって来る。すると黄泉の左目からつうっと一筋の涙が零れ落ちた。


「し…の……?」



「私は大丈夫…此処に居るよ……だから──」


安堵した詩乃が何かを言い掛けた時、彼女の後ろで豪徳が何かを呟くと黄泉の目付きが変化し詩乃へ襲い掛かる。咄嗟に八咫烏を利用し防ごうとしたが弾き飛ばされ、喉元へその刃先が突き付けられてしまった。


「な…ッ!?どうして……。」



「……これで終わりよ。鈴村の祓い師ッ!!」



「黄泉…姉さん…ッ…!!」


黄泉は喉元へ刃先を突き付けたまま、詩乃との話を続ける。


「…これでもうお前の2人目の姉…黄泉は私の中から居なくなった。」



「そんな訳ないだろうッ!!黄泉は黄泉、私の姉さんである事に変わりはない!!」



「はッ…世迷い言を言う。貴女も知らない訳はないでしょう?死神となれば元の人間の魂と心は完全に失われ、残るのはその身体を乗っ取った本人……それともそんな事も忘れちゃったの?バカな子ね。」


スッと黄泉は刀を下ろすと詩乃の横を通り過ぎて背を向ける形で立ち止まった。


「……次に会った時が最後。でもまぁ、残ってるかもしれないわね…ほんの僅かだけど彼女の魂と心が。」



「えッ……!?」


振り返った時、黄泉の姿は豪徳と共に無くなっていた。静寂に包まれた夜の路地を詩乃は1人眺めている事しか出来なかった。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

それから数日後。詩乃は円香の入院していた病院を訪れると手を振りながら歩いて来る円香と出会った。そして帰宅してからソファへ腰掛けると黄泉に関する事を詩乃は全て円香へ明かした。


「……そう。大変だったわね、色々と。」



「…姉さんが…居ない時……お弁当、作ってくれたんだ。私の前から居なくなる時も…卵焼きの道具とか…お弁当に使うカップとか色々買ってて……ッ…。」


言葉を詰まらせた詩乃はそのまま俯いてしまう。

静かに肩を震わせ、声を押し殺す様に静かに泣いていた。限られた時間では有ったものの黄泉と過ごした中で彼女に与えた影響は大きい事を物語っていた。円香は何も言わずに彼女へ寄り添うと背を擦りながら無言で幾度も頷いていた。


「……大丈夫よ、きっと黄泉はまた帰って来る。だから可能な限り頑張ってみよう?今度は私も一緒だから…ね?」


詩乃が無言で小さく頷くと泣き止むまで円香は彼女の事を抱き締め続けていた。暫くしてから詩乃が部屋へ戻り、ベットへ横たわって目を閉じているとつい最近まで当たり前に起きていた事が脳裏に過ぎり始めた。


『ねぇねぇ詩乃、この家ってリンスとシャンプーどっちなの?右のボトル?それとも左?』



『お帰り、夕飯作っといたから早く食べよ?今日はね詩乃の好きなハンバーグ作ったんだ!』



『そういえばさ、詩乃はカレシとか出来た?え…私?私は…どうだろ?出来ると思う?』



『へぇ…カラオケかぁ。面白そうだし今度2人で行ってみない?詩乃の歌聞いてみたいなー。』



『こーら!ずっと携帯見てないで、少しは構ってよ、お姉ちゃん退屈だぞ?無視するならこのまま食べちゃうぞ?なーんてね、冗談よ冗談♪』


そんなやり取りは日常茶飯事だった。

確かに黄泉のした事は許されるべきではない、でも

彼女の事を更に深く知った以上は責める事も何も出来なかった。


「お姉ちゃん…短かったけど楽しかったよ……。」


昨日はこのベットに2人で寝ていた。

エアコンの効いたリビングにあるソファで眠るのは寂しいから、愛する妹と一緒が良いだなんて駄々を捏ねて。

寝たのは夜の23時頃でタオルケットを上から羽織って2人でそのまま朝まで眠った。

でも今日からは1人でこの部屋で眠る事となり、詩乃は何となくだが寂しさを感じていた。


「元に…戻っただけなんだ。全て、在るべき場所に帰っただけ……。」


詩乃は自分にそう何度も言い聞かせてから、部屋の明かりを消して一日を終えるのだった。

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