36話_撒カレル災厄

──今思えばそれは私の始まりの予兆だった。

まるで私の中の全てを掻き消してしまう様な感覚と共に現れたのはもう1人の私。

そして私は願ってしまった、奴等の何もかもが憎くて堪らないと。だから誓ったのだ、全てを根絶やしにする事を。例えそれが仲良く過ごした姉妹だったとしても私は2人を斬る...思い出は思い出として綺麗なまま終わらせてしまいたいから。

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東雲の屋敷へと戻った黄泉は部屋の中で1人ベットへ腰掛けたまま携帯を触っていた。そこにあった写真は全て最近詩乃と撮った物が殆どで、嫌がる彼女を説得して撮っていた。


「...こんな物、残しておいても何の意味もないのに。」


他は全て削除したが、その中の1枚を見た彼女は手を止める。それは詩乃と共に自撮りした物で仲の良い姉妹を現すのに相応しい物でお互いに笑顔だった。


「黄泉お姉様、お父様がお呼びです。」


不意に部屋の外から聞こえて来たのは自身よりも歳下の少女の声。それに対し黄泉は携帯をしまってから立ち上がり、少し歩いて部屋の障子戸を右へ引いてから外に出ると紫色の着物を身に付けた長い白色の髪をした少女、東雲弥來が立っていた。2人は屋敷の廊下を並んで歩きながら話し始める。


「...弥來みく。」



「姉様、体調にはお変わりはないですか?」



「何処も変わらない...何も問題ない。」



「なら良いのですが。鈴村の祓い師と過ごしていた時はどうなるかと思いましたよ?...黄泉姉様は私の姉様、あんなのに盗られるの絶対イヤですから。」



「......姉か。もう聞き飽きたわ、その言葉。それよりお義父様々は始める気なのでしょう?」



「ええ、もう最終段階に突入したそうですわ。我々の敵であり、憎き祓い師共...そして人間達を消し去る為の術が。」


黄泉の直ぐ左側でそう話す弥來の姿は何処か嬉しそうだった。

その口ぶりはまるで心の底から人々の死を望んでいる様にも思える他に、自分達以外の存在は無くても構わないという風にも聞こえた。

部屋へ着くと黄泉だけが中へ入り、そこに居た翁の面を付けた男性へ一礼した後に離れへ腰掛ける。


「戻ったか黄泉。」



「...ご迷惑をお掛けしました。」



「良い。再び我が愛娘が戻ったのだ...これ程喜ばしい事はない。」


彼がそう話した時、黄泉は違和感を感じた。

家族の心配というよりかは己の使用する道具が戻った様な雰囲気を宗一から感じ取ったのだ。


「......我ら東雲は鈴村への復讐を決行する。奴等により滅ぼされた我等の恨みを今こそ果たす時が来た。既に配下の者が出回っておる、そこへ加勢し邪魔する者共を......消せ。」



「…...承知致しました。」


彼女は頭を下げ、それを受け入れては

一礼し再び立ち上がって背を向ける。


「誰が相手であれ、躊躇うでないぞ。」


宗一はそう告げると黄泉は無言で頷く。

部屋を後にした黄泉は1人で屋敷を離れて街中へと向かって行った。

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夏休みが終わってから約1週間。

学校でも何気ない日常が再び戻り始め、誰もが長期休みの事を惜しみながら授業へと臨んでいた。

そんな中で涼華は1人屋上に佇んで遠くの景色を眺めていると、そこへ明日香がやって来る。


「何やってんだ?こんな所で。」



「...考え事をしていただけだ。」



「へぇ?アンタでも悩むんだな。そう言ったのは気にしないと思ってたけど?」



「...なら聞くがお前は人ならざる力を手に入れられると知った時、どうする?」


それは唐突な質問だった。

突然だった事から明日香は呆気に取られていたが少し考えてから口を開いた。


「何かヤバそうだから止めとく。そういうのって大概何か裏が有るんだぜ?」



「……裏がある、か。」


涼華は含みの有る様な言い方をすると頷いてから更に話を続ける。


「…奏多明日香、私にもしもの事が有ればこれを詩乃へ渡して欲しい。」



「え?……何だよ、突然。」


涼華が近寄って来て彼女へ手渡したのはルビーよりも赤く輝いている楕円形の形をした小さな丸い石だった。


「宝石?凄い綺麗だけど……。」



「……それは殺生石、怪異や悪霊が最も欲する特別な力を宿した石だ。必ず詩乃に渡せ…決して自分で使おうなどと思うな…もし使えば身を滅ぼす事になる。」


念には念をというべきなのか強めの口調で明日香へ伝える。そして涼華は背を向けると歩き始めたが、その途中で明日香に呼び止められた。


「おい、何処行く気だ!?」



「……確かに伝えた、私は成すべき事が有る。」


その場で右手の指を鳴らすと涼華の服装が制服から巫女装束へ切り替わり、明日香の方を僅かに振り返った。


「…先程より瘴気が濃くなっている…用心しろ。此処はお前に任せる……お前の祓い師としての実力は私の次に強い。」



「それってどういうッ──!?」


明日香が話し掛けた途端、涼華の姿はその場から消えてしまう。そして明日香も疑問を抱きながら校舎へと戻って行った時だった。突然ガラスが割れる様な音と共に悲鳴が上がり、階段を降りて駆け付けると異様な光景が明日香の前に広がっていた。

そこに居たのは黒いヘドロの様な何かで人の形をギリギリ保っている。そしてそれ等は生徒らへ襲い掛かると襲われた生徒達は次々と地面へ力無く倒れていった。

男子生徒の元へ駆け寄って様子を見てみると体温は有るが何かを無理矢理、引き抜かれた様に口を開けていた。


「くそッ、何で学校に怪異が!?」


周囲は阿鼻叫喚、クラス中から悲鳴が響き渡っては途絶えが繰り返されていく。彼女の元へ駆け付けて来たのは同じ部員の朱里だった。


「居た!良かった、無事だったのね…!」



「日向!?一体何が起きてんだよ!?」



「詳しい話は後、今は成る可く被害者を出さない様にしないと!!」


明日香が無言で頷き、立ち上がると普段と同じ形で祓具を呼び出して構える。朱里は両手に形代をそれぞれ5枚ずつ手にしていた。


「奏多さん、私が援護するからアイツらを纏めて倒して!!」



「解った、やってやらぁッ!!」


明日香が廊下の真ん中で右手を前へ翳し、刀を呼び出すと鞘を左手に握り締めた状態から柄を右手で水平に持つとそれを抜刀し鞘を投げ捨て、黒い塊相手に斬り掛かる。

真っ向から振り下ろされた一閃が炸裂し黒い塊は左右真っ二つに裂けてしまった。

それでもまだドロドロとした黒い塊は何処からか湧き出て来る。別の男子生徒へ狙いを付けた相手を寸前で斬り裂いて撃退し、明日香の背後を青白い閃光が突き抜けて別の塊を射抜いて倒した。


「此奴らッ、一体何処から湧いて出て来んだよッ!!」



「今はこの階を何とかしましょう!考えるのは後!!」


暫く戦闘が続いた後、何とか切り抜けた2人は生存者の数を確かめる。残ったのは僅か10人程しか居なかった。

その彼等に朱里が体育館へ向かえと指示を出すと明日香と共に図書準備室へ駆けて行った。

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図書準備室のドアを開くと理人達が中に居て、

詩乃もそこに居た。明日香が詩乃の方へ近寄ると彼女へ状況を確かめようとする。


「詩乃、一体何が起きてる!?」



「それが私にも解らない……。解っているのは突然、学校の裏口から現れた黒い塊がなだれ込んで来て…1年生の他のクラスを襲撃、そして櫻井君達のクラスをも襲い…それから更に他のクラスを襲い始めた事。逃げ延びた生徒や教職員達は姉さんと周辺を警戒していたうちの祓い師達が保護して体育館に居る。」



「……此処は安全なのか?」



「今は私が作った結界と向こうからは此方を視認出来ない様にする術で何とか凌いでいるけど、こんな事は初めてだ。そういえば涼華は?」



「アイツならやる事が有るってよ。それよりこれをお前に渡して欲しいって頼まれてたんだ。」


明日香が思い出した様にポケットから取り出したのは赤い石でそれを見た詩乃は思わず息を飲んだ。


「これは…殺生石!?どうして涼華がこんなモノを…。」


詩乃が何かを思い出した様に外へ出て行こうとしたのだが近くに居た朱里に止められてしまった。


「ちょっと詩乃!何処行くのよ、こんな時に!?」



「頼むから退いてくれ!涼華は…涼華は死ぬ気かもしれない……!!」



「えッ…!?」



「まだ確証は持てない…けれど嫌な予感がする。」


彼女は振り返ると普段の表情とは違って僅かに暗い物となっていた。


「お願いだ!!どうか解って欲しい…それに誰1人死んで欲しくないんだ……例えそれが敵対している家柄の人間であっても!!」



「止めてもどうせ、神代を追うんだろ?行って来いよ。」


明日香がそう返すと詩乃は呆気に取られていた。


「あの時アイツに言われた事が本当なら、確かなら…今のあたしに足りないのはそこだ。あたしが此処の連中を絶対守ってやる……。だからお前はアイツを守ってみせろよ。」



「明日香…別に無理をしなくても──」



「無理なんかしてねぇっつーの!行けよ。」



「……少しはらしくなったか?此処は頼んだよ、相棒。」



「…?今、お前何て言った!?」


振り返った時には詩乃の姿は無かった。

そして離れた位置に居た理人へ近寄ると明日香が話し掛ける。


「多分、長丁場になるかもな。」



「うん…そうかもしれないね。けど明日香、無茶だけは──んむぅッ!?」


急に明日香は彼との距離を縮め、少し長めのキスを交わす。そしてゆっくりと離れた。


「悪ぃ…多分、最後かもしれねぇと思って。」



「きっと大丈夫。明日香は死なないよ…僕が付いてるから。」


理人が明日香を包み込む様に抱き締め、彼女は小さく頷く。彼女の身体は僅かだが震えていた。明日香自身も怖いのは解っているが成る可く平静を保つ為の彼女なりの強がりでもあった。朱里が咳払いすると明日香と理人は彼女と共に廊下へと出て行った。

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「…櫻井君は逃げ遅れた人を体育館へ避難する様に伝えて。もし仮に危なくなったらコレを投げ付ければ大丈夫だから。」


朱里が渡して来たのはありったけの形代が入ったショルダーバック、それを理人は自分の肩へ掛けた。

3人が警戒し歩いていると離れの階段から足音が聞こえ、視線を向けると目の前から1人の少女が現れてその足を止めた。白い髪に対し紫色の着物を纏った何者か、その顔には能面を付けていて白塗りの肌に左右分けられた前髪、円形の眉が2つと切れ長の目と赤い唇、それは女の面だった。


「……鈴村の祓い師とは違うみたいですね。」


柔らかな声で話し掛けると朱里、明日香が前へ出る。


「誰だお前!?てか、どうやって学校の中に…!」



「…口の利き方が成っていませんよ、他所の祓い師。私の目的は鈴村の祓い師を殺す事……その為にこの場所に置いたというのに宛が外れてしまうとは。」


明日香を静止させつつ、朱里が尋ねた。


「何を置いたの…?」



「コトリバコ。特に呪いの強いハッカイという物を用いました。今この校舎に現れているのはコトリバコの呪力に引き寄せられた哀れな怪異達……そして我らが真に恨み、呪うべき相手は鈴村一族。既に仲間が手を回している頃合。」



「どうして…どうして詩乃なの!?そもそも貴女と詩乃は何も関係ないじゃない!!」



「……関係ない?貴女は随分と面白い事を仰る。ならば、少しお喋りでもしましょうか。そもそも鈴村一族とは怪異との共存を信じ、お互いに歩むべきだと考えている者達の集まりであり…彼等が扱う術には怪異を封じ込める物、召喚し使役する物、そして肉体へ憑依させる物といった変わった術が存在する…それは言わば呪術の一種とも言える。」


スッと彼女が自身の右手を差し出すと手の平には透明な勾玉が置かれていた。それを見た明日香は思わず自分のポケットから同様の物を取り出してみる。


「何で同じ物をお前が!?」



「それはそもそも、元を辿れば我が一族が編み出した術。勾玉へ封じ込め…必要に応じ怪異から力を借りる。姿形無くとも祓具そのものに力を宿らせる事も可能なように細工が施して有るのだ。……そしてある時、鈴村一族のやり方に相反し異を唱える者が現れた。怪異との共存は不可能だと感じた彼等は鈴村一族と袂を分かち、独自に編み出した方法と術を用いて怪異の討滅を生業とする様になった。それが神代一族……彼等は後に自らを裁徒と呼称し怪異だけではなく、いつしか関わった人間でさえも始末する様に変化していった。」



「アイツ……そうだったのか…。」


明日香が涼華の事をふと思い出すと呟いた。


「そして我が一族…東雲は浅桜と同じく呪術を扱う家柄、古来より人々を凡ゆる手段で呪殺する事を生業とし生きて来た。この封印の術には相手の魂そのものを封じ込める力が備わっている…扱いを変えれば呪い殺す相手への思念を込め、それを相手の家中か或いは対象へ忍ばせる事により殺す事も容易。それも恨みが強ければ強い程、効力が現れる。そしてそれは東雲一族が用いる数多ある呪術の1つにしか過ぎない。」


女の面を付けた少女は更に話を続けて行く。


「だが……いつしか鈴村は権力の拡大を図る為、我々の持つ凡ゆる術を自らの物として取り込み…それ等を我が物にしようとしたのだ。先代の東雲家当主はこれを酷く拒み続けたが叶わず…我々、東雲は鈴村一族により討ち滅ぼされた。手に入れた財産も、土地も、何もかも全て奴等に奪われた末にな。残された我が一族は汚名を着せられ、迫害され、幽閉され…憂いの目に合わされ、地獄よりも辛く長い苦痛を受けて来たと聞いている。そして私もまたその血を引く人間だ。故に我等、東雲一族の名誉と悲願に掛けて鈴村一族を滅ぼす……これ以上の理由は必要有るまい?」


話し終えた彼女は刀を取り出したかと思えば左手で鞘を引きながら抜刀し刃先を向けた。


「お前…その為なら関係無い人間を巻き込んでも良いと思ってんのか!?」



「当然だ。多少の犠牲は承知の上…それも全て鈴村一族のせい、我々から全て奪い去った者達への報い。貴様も恨むのなら鈴村を恨むが良い……この災いは全て鈴村の招いた事、故に貴様らの敵は私ではなく鈴村──」


だが、明日香は彼女へ向かって叫んだ。


「ふざけんじゃねぇ、てめぇの逆恨みに付き合ってられるかってんだ!!悪ぃがあたしはアイツを…詩乃を恨んだりなんかしねぇッ!!アイツがあたしを助けてくれた……だから此処に居る!!それだけで充分だ!!」



「……友情か。そんな青臭いモノを信じるとは…哀れですね。」



「はッ、哀れなのはどっちだよ…復讐にしか興味がねぇ癖に。それに此処にはお探しの奴は居ねぇぞ?」




「ならば本丸は後回しにするとしよう……私の役目は決まった。それは──ッ!!」


たんっと地面を蹴った相手が明日香へ目掛けて刃を振り上げると明日香も咄嗟に刀を用いて鞘から僅かに刃を引いてそれを受け止めた。


「ぐッ─!?」



「鈴村と関連する祓い師である貴様と仲間達…此処の連中諸共……滅する事。我が名は東雲弥來、その名を憶え刻み込むが良い!!」


突如として現れた東雲と名乗る何者か。

彼等の目的は鈴村家への復讐、そしてその矛先は撒かれた怪異と共に無関係な人々達にも向けられていた。

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「コトリバコ…噂に聞いていたけど、まさかこれ程とは。お義父様の呪術力は侮れない……か。」


建物の屋上から腰まで伸びた黒髪を風に靡かせた女性が立っていて、街を見下ろしていた。

白いラインの入った黒い長袖の服、そして太腿の中程まで有る紫色のスカート。そして左右の足元は黒い靴下に黒のブーツ。それは紛れもなく黄泉本人だった。

所々から悲鳴が聞こえ、その度に1人また1人と人が倒れていく。人型の黒い影は周囲をウロウロとさ迷っていて次なる獲物を求める様に蠢いていた。

黄泉は建物から飛び降り、街灯へ着地し地面へ降り立つと歩みを進めて行く。彼女の視界に広がるのは地獄とも言える様な光景そのもので黒い影が取り込んでいるのは触った相手の魂、無論倒されれば魂は元のあるべき場所へと戻るがそれを阻止するのが黄泉の役目。

祓い師の姿が無いか確認しつつ歩いていると目の前から来た紅白の巫女装束を着た少女と出会した。

彼女の顔には面が付けられていて、黄泉もその姿を見ると向かい合う様にお互いに立ち止まった。


「誰かと思えば…あの時の裁徒の子じゃない。何か用?」



「……これ程の人間から魂を奪い、どうする気だ。」



「終わらせるのよ…何もかもね。けど、私を止めに来たのが詩乃じゃないのは意外だったけど。」



「…詩乃は此処には来ない。貴様は私の手で討つ。」



「私の手で踊らされ、貴女により殺された姉の仇討ち?少なくともそう見える。」



「好きに解釈すれば良い……私は貴様を許さない。その肉体も魂すら残さず跡形もなく消し去るだけだ…。」


スッと右手を差し出し、そこへ鎌獄を呼び出すとその刃先を黄泉へと向けて来た。


「血の気が多いのね?……なら、お望み通り貴女を殺す。あの世で大好きなお姉サマに会わせてあげるわ。」


黄泉は右手の指先で首に掛けていた赤い石の付いたネックレスを服の内側から取り出して握り締めた。

それから左手に持つ刀の鞘から柄を右手で握って刃を引き抜くとその刃先を涼華へと向けた。


「……最後に聞かせろ。貴様には兄や妹等は居るのか?」



「何かと思えば。そんな事どうだって良いッ──!!」


先に仕掛けたのは黄泉、地面を蹴って駆け出すと刃を右斜めへ上から振り下ろし鋭い一閃を放ち、それを涼華が獄鎌の刃で弾いて受け流した。そこからはお互いに1歩も譲らぬまま激しい攻防戦が展開される。


「流石は裁徒、人を斬る事には手練てるのね?」



「世迷言を……ッ!! 」


涼華と黄泉が鍔迫り合い状態となり、その場に膠着状態となると涼華が振り払った瞬間に黄泉が刺突を放って追撃を試みる。その一撃が彼女の左頬を掠めて仮面の一部へ傷を付け、後退した所へ更に黄泉は斬り込んで追い込んでいく。そして左斜め下から逆袈裟の要領で放った一閃が涼華の獄鎌へ命中し弾き飛ばした。


「ちぃ…ッ!!」



「これで終わりだッ!!」


鋭い刺突が繰り出され、確実に涼華の胸元を突き刺した。いや、その筈だった。涼華が消えてパラパラと花弁が舞い散ると姿が消えたのだ。周囲を見回していると背後に気配を感じ、振り返ると涼華が頭上から鎌を振り下ろして黄泉へ奇襲を仕掛けて来たのだ。黄泉は後退しそれを躱したが着地と同時に涼華が左手を突き出し、形代を用いて追撃を試みると3発の黄色い閃光が放たれた。それに対し黄泉は2発を刃で弾き飛ばし、残る1発を辛うじて躱した。



「くッ…まだこんな手を…!!」



「──終わりだ。自らが犯した過ちを後悔し奈落へ落ちるがいい!!」


そして一瞬の隙を突いて間合いを詰めると右へ身体を捻り、獄鎌の刃を黄泉へ向け振り翳した時。


「ダメだッ!止めろぉおおッ──!!」


聞き覚えのある叫び声と共に涼華はその手を黄泉の首へ当たる寸前で止めてしまった。視線を向けると詩乃が自分達から離れた左側で立ち止まっているのが確認出来る。


「頼む…お願いだ、涼華。黄泉を……姉さんを殺さないでくれ…。」



「……!?何を…言って……。」


涼華は目の前に居る仇に対し、このまま斬るべきか否か躊躇っていた。


「黄泉は私の2番目の姉...私が小さい時に家に来て……それからずっと一緒だった……夏休みの後半も少しだけど一緒に居たんだ……それに彼女はずっと1人で戦っている...本当はこんな酷い事望んでいない!!」


再び黄泉へ視線を戻した直後、涼華の動きがその場で止まった。激痛を堪えながら下を見ると刀の中程迄が彼女の腹部へと突き刺さっている。


「……余所見したらダメよ、例え相手が誰であろうと。それとも私に情が移った?裁徒は他人に流されないと聞いていたけど……見当違いかしら?」



「き、貴様…ぁ…ッ…!!」



「詩乃!その目で良く見ておきなさい……貴女の甘さが、躊躇いが誰かの命を奪う羽目になる事を。」


刃を引き抜かれた後に左足で正面蹴りを受けては背中から地面へ倒れる。その際の衝撃で仮面が外れてしまい、素顔が露わとなった。赤い血液を刀から滴らせながら黄泉が振り返ると詩乃は咄嗟に八咫烏を呼び出して鞘を引いて抜刀し身構えていた。


「黄泉…ッ…涼華から離れろッ!!」



「...本当に斬れる?貴女の大好きだったお姉ちゃんを、貴女自身の手で。」



「ッ……!!」


詩乃は倒れている涼華を見つつ、唇を噛み締めていた。

最優先すべきなのは彼女であり傷の処置が遅ければ助からない。だが目の前には自分の2人目の姉である黄泉が居て、彼女をどうにかする為に此処へ来たのもまた事実。まさに二者択一という状況は変わらなかった。


「そんなの、やってみなきゃ解らない…ッ!!」



「──二重強化ダブル・レクトス。」


離れた位置から黄泉の姿が消え、あっという間に間合いを詰められてしまうと詩乃は振り下ろされた刃を受け止めて耐えていた。苦しそうな表情を浮かべる詩乃に対し、一方の黄泉の表情には狂気が潜んでいた。


「ぐッッ……!?」



「ねぇ詩乃?早くしないと、あの子死んじゃうよ?」



「黙れ…ッ、このぉおおッ!! 」


無理に振り払うと左手へ銃を召喚、照準を合わせて3発程発砲したが全て躱されてしまう。そして黄泉が彼女へ正面から組み付く構図となると左手へ自身の刀を持ち替えては詩乃の銃を持つ左手を右手で掴み、引き金へ指を押し込むとそのまま腕を無理やり上げて引き金を引かせ続けてはあらぬ方向へ発砲させる。

弾が全て切れたのを頃合に銃を奪い取ると力一杯に右足で蹴飛ばしてから彼女から離れてそれを見つめていた。


「…抵抗した割には呆気ない。それともまだ躊躇ってるの?」



「ッ……。」



「他の怪異は祓えても…この私だけは祓えないのね。最重要危険怪異、浅桜黄泉...もう私は人ではないのに。」


弾の入っていない銃口が詩乃へ向けられる。

そして黄泉は小声で何かを詠唱し弾を1発だけ装填させた。


「違う!!姉さんはまだ人間……悪霊でもなければ…ましてや怪異なんかじゃ──」



「五月蝿い、黙れぇッ!!もう私を…私を姉さんと呼ぶな!!」


姉という単語が逆鱗に触れたのか黄泉は激昂し発砲!そして何かが破裂する様なパァンッ!!という音と共に詩乃の左手首から血が噴き出し、彼女が身に付けている数珠が砕け散って落下してしまった。


「うぁ…っぐ……ッ!」



「……これでもうお得意の銃術は使えない。終わりね、今度こそ本当に。」


銃を投げ捨て、黄泉が悶えている詩乃の元へ近寄って来る。それでも詩乃は諦めずに痛みを堪えて柄へ左手を添えて振り下ろしたがその刀は弾き飛ばされてしまう。そして喉元へ黄泉の持つ刀の刃が突き付けられた。


「恨むなら自分の弱さを恨むのね……誰も助けられず、何も守れない…その弱さを。どうする?命乞いなら聞いてあげても良いけど?」



「く…ッ……しない...そんなもの…ッ…するもんか!!」



「……そう。なら──」


黄泉は右手に持つ刀を頭上へ掲げ、そして力強く叫んだ。


「──死ねぇええッ!!」


そして勢い良くその刃は詩乃へと振り下ろされた。



(続く)




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