37話_撒カレル災厄 その2

詩乃が涼華を追って外へ向かい、校内で明日香と弥來と名乗る少女による激戦が幕を開けてから約数時間が経過した時の事。理人達は既に明日香の提案でこの場から立ち去っている。


「…成程、他所者でもそれなりに強いという事ですか。」



「ったりめーだろ...嘗めんじゃねぇぞ……!!」


明日香の着ていた制服はズタズタに切り裂かれ、下着が見えてしまっている。それに加えて切り傷も出来ていて血が滲んでいた。


「…ですが、もう既に限界でしょう?これ以上戦えば、やがて気力が尽き…そしてその手にしている得物すら失う。そうなれば私に殺されるのは目に見えている……。」



「だったら…そうなる前にケリ付けてやる...あたしが此処の奴等を守らなくちゃいけねぇんだ……絶対に!!」



「何がそこまで貴女を駆り立てるのか理解しかねる……所詮は正当な血を引かぬ素人、既に限界の──」



「おらぁああああッ──!!」


突然、明日香が走って来ると反撃すべく振り翳した弥來の刃に対し無理矢理に刀を用いて跳ね上げたかと思えば左手を突き出して殴り飛ばしたのだ。

弥來はフラフラと後退し、足元へバラバラとお面の破片が散らばる。


「ッ……!?何故だ…どうしてッ……!?」



「ケンカって…知ってるか?あたし、実は元不良生徒でさ…殴り合いした事有るんだよ。それにお前みたいなお高く止まってる奴を見てると尚更ぶっ飛ばしたくなる...!!」



「ケンカだと?貴様...馬鹿なのか!?」



「あぁ、馬鹿だよ…正当な血を引いてる祓い師と、サバトだか何だか知らねぇ奴2人の間に挟まれて毎日毎日呆れる程に悩んで苦しんでる唯の一般人....それがあたしだ。それにな...馬鹿には馬鹿の意地ってのが有る......アイツが...詩乃が相棒って言ってくれたんだ......なら相棒らしく期待に応えてやるしかねぇだろうが!!」



「......どう足掻いても結末は変わらない。鈴村と関係する祓い師や術を扱える者は皆、私が抹殺するのだから。」



「はッ、やってみろよ。此処の奴等はあたしが守る...絶対に!!」


明日香が刀を正面で構えて再び弥來へ向けて駆けて行くと刃を振り上げて彼女へ力強く振り下ろす。

対する弥來はそれを防ぎ、弾いては反撃とし自身も斬撃を繰り出し明日香を攻めて行った。彼女が放った一撃が明日香の左腕を掠めて斬り裂くと血が滴り落ちた。

そして追撃として放った左斜め下へ放った一閃が掠めて明日香の右足太腿を斬り裂く。苦痛に顔を歪めた明日香は後退しふらついてしまう。


「く...あぁ...ッ!?」



「──勝機ッ!!」


弥來が身構え、刃を右側へ水平に保つと明日香との距離を詰めようと接近して来る。明日香にとってはまさに絶体絶命と言うべき事態が待ち受けていた。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

「──死ねぇええッ!!」



「くッ……!!」


一方の詩乃は絶体絶命の危機に陥っていた。

数珠が壊され、銃術は扱えない上に霊刀八咫烏は弾き飛ばされてしまった。そして今まさに義姉である黄泉が己の刀を振り下ろして詩乃を斬らんとしていたのだ。

彼女が死を覚悟し目を閉じた時にそれは起きた。


「──霊獣解放、九尾狐!!」


眩い閃光が黄泉の頭上から降り注いだと思えば、彼女はそれを咄嗟に後退して躱す。詩乃の前に現れたのは美しい白い毛並みと先端の赤く染まった9つの尾を持ち、橙色の瞳を持つ狐の様な四足歩行の生き物だった。

従来の狐よりもサイズは遥かに大きく、その気になれば背中にも乗れてしまえそうな大きさをしている。


「これって...ッ!?」


詩乃が振り返ると後方に立っていたのは左右の手を合わせた形で人差し指以外の指を内側へ折り畳んで構えている人物。足元の黒いブーツと同色の靴下に加え、紺色の長袖の上着と白いスカートに身を包んだ茶髪の女性、それは円香と詩乃の母親である真優本人だった。黄泉は刀を再び構えつつ詩乃と九尾狐を睨んでいた。


「馬鹿な...何処の誰がッ!?」




「...詩乃はやらせない。あの時、緋輝石を鈴村本家から持ち去ったのは貴女だったのね......黄泉。」



真優は歩き出すと詩乃の前へ出て九尾狐の横へ来るとそこで立ち止まった。


「......だったら何だと言うんです?今更返せとでも?」



「確かに緋輝石の持つ力は強力。でも使い続ければ何れは身を滅ぼすわ...今の貴女が本来の貴女じゃなくなっているのが何よりの証拠。」



「私はそれを自ら望んだ...その道に進むと自ら決めた。故にどうなろうが私の知った事ではない!!」


黄泉が刀を向け、真優を威圧する。

だが真優は臆する様な様子や仕草は一切見せずに対峙する。


「黄泉。力はただ、力よ。」



「知れた事を...ならお前も詩乃と共にこの場で殺してやる......母娘諸共、斬り捨てるまで。」



「......親しい相手の命を奪うという事は貴女自身を一生、傷付ける事になる。悔やんでも悔やんでもそれは消えない...一種の呪いとして心の中に残り続ける。それでもやるというのなら来なさい。」


真優が言い切った直後、黄泉は僅かに視線を逸らす。

だが彼女は躊躇いを振り切って真優へと襲い掛かって来た。


「──九尾狐ッ!!」


真優がバッと右手を差し向けると白色の毛並みを持つ狐が黄泉へ飛び掛り、交戦状態となる。

黄泉が振り翳した刃を次々と巧みに躱してその尾で薙ぎ払うと黄泉の身体が吹き飛んで地面を転がっていく。


「つ、強い......。」



「詩乃ッ、早くあの子を!徹さんが正面の通りを真っ直ぐ行って右に曲がった先に居るから!!」


振り返った真優が詩乃へ合図し、それに伴って彼女も頷いて涼華の元へ駆け出す。そして自分の手首と涼華に止血処理を施すと抱えて立ち去った。


「くそッ...行かせるものか!!」


立ち上がった黄泉が妨害を試みようとしたが九尾狐が目の前に立ちはだかる。


「言った筈、貴女の相手は私だと。心配しなくても貴女の事は私から恭介さんに伝えます...黄泉はとても良い子だったと。貴女は詩乃のお姉さんであり円香の妹...今まで2人と仲良くしてくれてありがとう。」



「ッ……!!」


真優がそう伝え、九尾狐は咆哮と共に一直線に黄泉へ立ち向かって行く。飛び掛って喰らい付く寸前で黄泉は身体を左へ捻って躱すと爪が彼女の左腕を斬り裂いた。

苦痛に表情を歪めた彼女は辛うじて身構え、そして再び真優へ立ち向かって来た。


「ぐぁッ!?っぐ...このぉおおおぉッ──!!」



「行って、九尾狐ッ!!」


真優が叫ぶと同時に九尾狐が咆哮、彼女へ向けて遠くから何かを解き放つ。そしてそれを左手で掴んだ真優は黄泉の振り下ろした刃を受け止めた。それは白銀の柄をした刃先の青白い剣の様な物、そして競り合った末に黄泉を振り払っては彼女の腹部を左手の拳で思い切り殴り付けた。


「なッ──うぐぅうッ!?」



「ッ......!!」


ふらついた所へ今度は右足を軸にし身体を右へ捻って、回し蹴りで左足で彼女の顔を思い切り蹴り付けたのだ。

防御姿勢を取ったが黄泉はふらつきながら辛うじて姿勢を保つ。

再び視線を向けると真優の横には九尾狐が降り立っていた。真優本人から放たれるのは殺気そのもの、そして彼女の怒りに満ちた表情は黄泉がまだ鈴村家に居た時には見た事がなかった。それでも黄泉は刀を向けて真優を相手にしたまま構えている。


「く...ッ......!!」



「何をしても貴女に勝ち目はない......その左手に隠し持っている形代で私の不意を突いたとしても、凡ゆる術を用いたとしてもね。」



「本当に...殺せるのか......お前に私が殺せるのか……!?」



「......随分と嫌な事聞くのね。平気な訳無いでしょう?仮にも娘をこの手で殺すのだから、嫌に決まっているじゃない。」



「...私を霊獣にでも喰わせるつもりか?」



「貴女は私の手で殺す、そして今まで起きた悲劇を此処で全て終わらせる……手段は選ばない。」


スッと真優は剣を黄泉へ向けて彼女を睨み付ける。

そして深呼吸すると同時に彼女は呟いた。


「──参る。」


真優が駆け出し、同時に黄泉も駆け出すとお互い真正面で幾度か刃を交して擦れ違う。そしてぶつかり合った末に真優が彼女の刀を力強く跳ね上げては、がら空きとなった隙を狙って剣を刺突の構えにさせると黄泉へ目掛けて突き刺した。

しかし黄泉の身体は黒い羽根を撒き散らしながら真優の目の前から消えてしまうと彼女もまた構えを解いた。


「......寸前で逃げられた。けど、消耗しているからそう簡単に遠くへは行けない筈。」


近寄って来た九尾狐を左手で撫でてから剣を預け、同時にその場から消すと真優は夕焼けの空を見上げていた。

そして詩乃が落としたであろう数珠の破片を拾い集めると来た道を引き返して行くのだった。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

徹の手配した車に揺られ、向かったのは詩乃の実家である鈴村総本家。大きな日本家屋の屋敷に対し木製の札で【鈴村】と記載されていた。涼華を徹が抱えて詩乃がそれに続く。門から出迎えて来た祓い師達に連れられて中へ招き入れられると詩乃は声を掛けられ、顔を上げる。

そこに居たのは和装に身を包んだ黒髪の初老の男性、詩乃達へ術を教えた喜晴その人だった。


「先生...!」



「......無事で良かった。数珠はどうした?」



「黄泉に...壊されました……。」



「そうか...だが、あれ位ならまた造り直せる。星蘭市内は我々の仲間の祓い師が対応しているが...気掛かりなのはあの黒い塊...アレが何なのか──」



「......アレは一種の呪いの類い...斬った時に凄まじい憎悪と怨念を感じた。」


喜晴の方を見ながら徹に抱えられた涼華が呟いた。


「御主は……。」



「神代...涼華......。神代家の者。」


そう名乗ると、周囲にどよめきが起こる。

何故なら涼華と詩乃の家系は古くから敵対関係に有る為だ。周囲の空気が張り詰めていく。


「...詩乃とはどういう関係だ、神代の者よ。」



「......共に同じ学び舎に通っているだけで、私は貴方々と争う気は有りません。詩乃と私は友人同士...怪我をしているとは言え、この場に踏み入った事をお許し頂きたい。」


涼華がそう話すと彼の方を見つめていた。


「事情は解った、一先ず彼女を奥の部屋へ案内せよ。先ずは怪我の治療を優先させるのだ。」


徹を先頭に祓い師数名が付き添って屋敷の中へ運び込まれると詩乃は安堵したのか、ほっと胸を撫で下ろした。


「ありがとうございます...先生。」



「お前の友なら、例え敵対する間柄でも信用は出来る。それにお前も少し休んだ方が良い。」



「でも...皆も......円香姉さんだって戦ってる...私も行く!!」



「...詩乃、今のお前に何が出来る。数珠等の霊装が無ければ祓い師としての力は満足に発揮出来ん。知らぬ訳ではなかろう?」



「ッ......はい...。」



「良い子だ。恭介なら部屋に居る、会って話でもして来れば良い。」


喜晴は詩乃の頭を軽く撫でると彼女は一礼し立ち去った。玄関で靴を脱ぎ、屋敷の中へ入ると詩乃は恭介の部屋がある方へ足を進めて行く。そして障子の貼られた戸を横へ引いて中へ入った。振り返ったのは紺色の和服を着た40代近くの黒い髪をした男性。所々跳ねた後ろ髪に加えて前髪を左側で分けていて、左手の指先に1本の火のついたタバコが挟まっていた。彼こそが鈴村恭介、円香と詩乃の父親。


「父さん......ただいま。」



「...お帰り、詩乃。その手首は...どうした?」




「......黄泉に撃たれた。大丈夫、大した怪我じゃないよ。この程度なら治癒術で治せるしさ。」


詩乃は彼の近くへ来て座ると恭介は少し溜め息をついた。


「...母さんには会ったかい?」



「うん、助けて貰った。初めて見たよ...母さんが戦ってる所。」



「...そうか。それに母さんは元々退魔師だからその気になれば霊獣を呼び出す事も容易なのは間違いない。何せ僕より前へ出たがるタイプだからね。」



「そうなの?」



「...あぁ。無茶して怪我するのは彼女の専売特許、それでも誰かの為になりたいだなんて言うから凄いものさ。」



「それより父さん、黄泉姉さんの事なんだけど......。」



「...解っている。彼女を最重要危険怪異として討滅する...それが鈴村家が決めた事柄だ。だが、喜晴様が仰るには未だ完全に堕ちた訳ではないらしい......。」



「え?」



「...あの子もギリギリの所で戦っているんだろう。だが、恐らくそれも時間の問題。鈴村一族が生み出した緋輝石は完全に黄泉の魂を飲み込み、上書きするつもりだ...人が死神へ変化するのと同様に。」


恭介は考える様な仕草を見せる。一方の詩乃は左手首を擦りながら彼の方を見つめていた。


「と...父さん、その実は霊装召喚の数珠が...壊されちゃって......。」



「...成程。つまり直して欲しいと。」



「それでさ...コレ使えないかな?」


詩乃が制服の上着のポケットから差し出したのは赤く光っている石。それは紛れもなく殺生石だった。


「...殺生石?コレを何処で。」



「私の同級生の涼華っていう子がくれた。出来ればコレを扱える様にして欲しい。」



「...緋輝石は元を辿れば殺生石と同じ性質。だが、ぶつかり合えばどうなるか解らない......それにお前自身が持つ霊力による制御が上手く行くとは限らない。最悪の場合は──」


すると突然、詩乃は恭介の言葉を遮った。


「それでも!!それでも...私はやるよ。鈴村家の祓い師だから。出来る事は全てやって、それでもダメなら別の策を考えれば良い...!!私はどうしても...黄泉姉さんを...家族を助けたいんだ!!だから...お願い...力を貸して...父さん......。」


詩乃は恭介へ向き直ると額を畳へ付ける形で彼へ頭を下げた。言ってしまえばそれは土下座とも言うべき姿勢、

そうでもしなければ父は許してくれないと思ったからだ。恭介はタバコを灰皿へ置くと話し掛ける。


「...顔を上げなさい、詩乃。多少の時間は掛かるが...それでも良いならやってみよう。」



「本当!?」



「...但し条件がある。」



「何?何でもする、だから何でも言って!!」



「...絶対に死ぬな、そして絶対に諦めるな。一度助けると誓った以上......絶対に投げ出すな。それが僕が詩乃へ提示する条件だ。」


恭介は真剣な眼差しで詩乃を見つめる。

そして彼女が頷くと彼もまた静かに頷いた。

こうしている間にも東雲により撒かれた災厄は確実に街を飲み込み、支配し始めている。

拡がり続ける災厄は何処で歯止めが掛かり、終わりを迎えるのだろうか?

それはまだ誰にも解らない。

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