30話_暗躍
怪異とは。
道理では説明が敵わない不可解で不思議、そして異様な事を意味する。
故に本来であれば滅多に遭遇する事が無い筈なのだが、情報が普及し続けている現代社会においてはそういった存在が増え始めている。
また怪奇現象、超常現象といった物も怪異という存在そのものに含まれるのである。
中には一般人がそういった現象に巻き込まれるケースも少なくはない。
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「……怪異を放たれたのですか?」
「左様。とは言え…邪視は祓われてしまったがな。この世に強い恨み、妬みを持つ者こそ怪異を発生させるのに程良い逸材となるのだ。」
大きな日本風の屋敷、そのなかにある部屋の一室に
翁の面を付けた男と黄泉が向かい合う形で離れた場所に正座した状態で座っていた。
「そもそも邪視は魔眼の類ですよね?あの日、その被害を被った者達は何れも──」
「あぁ、邪視の存在は知らん…何せ奴は儂が術式を用いて生み出した怪異なのだからな。」
彼女の発言を遮る様に話すと黄泉には見えないが、目の前の相手は面の下でニヤリと口角を上げて笑った。
「意図的に怪異を…!?そんな事が……。」
「驚く事ではなかろう?我が一族、呪術を操る東雲であればその様な真似は造作もない事……。黄泉、御主もその位は存じているであろう?カカカッ!!」
彼が高笑をした後、話し合いは幕を閉じた。
黄泉は無言で会釈し立ち上がってその足で廊下へ出るとガタイの良い筋肉質の男とすれ違う。
口元と顔の輪郭を囲う様に生やした黒い髭にスキンヘッド、首から下は袴姿だった。彼の名は[[rb:鈴村豪徳 > すずむらごうとく]]、事件の起きたあの日に鈴村家から離反した1人。
「……慣れたか?此処での暮らしには。」
「…少しはね。」
「はッ、そうか。ご当主に救われた命だ、大事にしろよ。」
「お義父様を裏切り…鈴村をも裏切り……負傷した私を助けて今は共に此処に居る……一体どういうつもり?」
「前にも言ったろう、俺は強い方の味方をするってな。それに…人間と怪異の共存なんざ出きっこねぇんだよ。所詮この世はな、喰うか喰われるか…消すか消されるかでしかねぇんだから。」
豪徳はそう話し、彼女の右肩へ手を置く。
この世は弱肉強食であると、弱き者には死が相応しいとそう語った。
「……貧相な考えね。今時の言葉で言うなら脳筋って奴?」
そう言い残し、背を向けて再び歩き出したがまたも豪徳により呼び止められた。
「まぁ聞けって。俺の事はどうとでも言えよ…俺は俺だからな…。それよりお前はアイツらを手に掛けられるのか?円香、そして──」
「……詩乃。貴方が心配しなくても必ずやり遂げるから。」
振り返り、豪徳を見つめる。
あの姉妹を消すのは自分の役割だと話した彼女は
彼の元を立ち去ると階段を上がった先に有る自分の部屋へと入った。私物はあの日全て置いて来た事から持ち込めず、有るのは机と椅子に白いシーツの敷かれたベッドの他に自分の服が入ったクローゼットのみ。女の子らしい物はこの部屋に1つもない。
年齢的には大学生だが学校には行かぬままこうして過ごしている。黄泉は何も言わず、ベッドへ座り込むと溜め息をついた。
「全ては私を蔑み…欺いた者達への復讐の為。そして私にはまだ……殺す相手がいる。」
数日前の事。宗一の計画の邪魔になる祓い師達を数人程斬り捨てた時、その中の中心に居たのが黄泉の事を知り、幼い頃に彼女へ勉学を教えていた人物。彼の名は鈴村善晴という。これから斬る者に対し、せめてもの情けとして黄泉は身に付けていた黒い狐の面を外し相手を見据えていた。
『馬鹿な、黄泉…お前なのか!?まさか本当に生きていたとは……。』
『……久方振りですね先生、いや……善晴様。こうして会うのはあの日行われた会合以来でしょうか?』
『何故だ…何がお前を変えてしまったのだ!?お前は我が鈴村にとって優秀な逸材だった…恭介もお前の事を──!!』
『……祓い師にするつもりだった。でも、そうはならなかった。たかがそれだけの事…違いますか?』
彼女は刀の刃先を彼へ向けて睨み付けている。
だが善晴は口を噤んだまま、何も話さない。
『…貴方達が全て揉み消した。裏で幾度も根回しを行い、不都合な事は全て秘匿にし…私から何もかも奪い去った。それが事の真相であり事実そのもの。』
『……お前は深く知らぬだろうが、お前や円香達にも一切の事を公表せず、我々の様な上の者達だけでその周辺を極秘に調べさせて貰った…。お前が元居た家柄、浅桜というのは古くから呪術を扱う家系であり…人間を非合法的な形で殺める為に術を用い、そして自らの地位を次第に高めていった…それが浅桜という家系なのだ。』
『ッ……!!』
『…だが、全てを決めたのは私ではない。呪術を扱う家系とは言えど…それは全て過去の話、私は恭介と共にお前を支える事にした…それだけは嘘でははい。』
唇を噛み締めた彼女は相手を睨んだまま黙ってしまう。そして善晴は更に話を続けた。
『……もう止せ。これ以上はお前が身を滅ぼす事になる…戻って来い、黄泉!!』
『何を今更…そんな話…信じられるか!!』
そう叫んだ時、彼女の瞳が赤く染まる。何かを察した善晴は振り下ろされた刀の刃を手にしていた杖の柄を引き抜いてその刃で防いだ。柄に力を込め、ギリギリと黄泉が刃を更に押し込んで来る。
『黄泉、お前…もしやッ!?』
『私は全てを殺すと誓った…お前を含めたあの家の人間達、全てを!!さぁ言え!誰だ…誰が私自身を…私の人生を狂わせたのか!!』
『憎しみと恨みに囚われ続ければ…その果てに待つのは破滅だけだぞ…黄泉!!』
『黙れぇえええぇッ──!!』
刀を振り下ろした直後、善晴の姿は消えてしまった。斬り裂いたのは彼が投げ捨てたであろう形代という人型の紙。真っ二つになったそれが地面に落ちている。これがつい最近、彼女に起きた出来事であった。何かを考えていると姿鏡の向こうから誰かが話し掛けて来る。それは透き通る様な声を持つ女性だった。
[何だ?お前は復讐を辞めたいと思っているのか?]
「そんなつもりはない…。」
[あの家に居れば…お前は力を持ったまま使い古しにされるだけ。お前はあの家の正当な家系の人間ではなく……立場上、保護された身。故に扱いなど決まっているだろう?]
「知っている…。」
[早くに両親を亡くし、あの家に引き取られた時からお前の不幸は始まった。お前は2人の姉妹と同じ位秀でた才能を持つ…。だが、そんなモノは許されない。だからこそお前は邪魔だった……仮に事が上手く進んだとしてもお前は義妹の支え役か或いは世話役…。お前はずっと光に当たらない……陰なのだ。]
「知っている…。」
[だからこそ、邪魔だった…憎かった…妬ましかった…義姉が、義妹が。それにお前は忘れてしまったのか?あの日……お前が言われた事の数々を。]
「ッ……!」
黄泉はそのまま無意識に何者かへ促されるまま当時の事を思い浮かべていた。
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それは善晴と共に会合に出た日の事。
正当な祓い師として認められるという彼からの言伝も有り、彼女は円香と詩乃と肩を並べられる事に何処か嬉しさを感じていた。しかし、蓋を開けてみればそれは全く異なっていた。
『……鈴村黄泉。我々は貴様を鈴村の祓い師としては認めん。』
『え…ッ!?どうして…何故…何故なのですか!?私は円香姉様や、詩乃と同じ力を──』
投げ付けられた言葉に対し、黄泉が反論しかける。それと同じタイミングで年配の白髪の男が口を開いた。
『幾ら怪異を祓う術を身に付けても、刀の腕を磨いても…貴様は祓い師にはなれんという事だ、大人しく諦めろ。』
今度は別の男が口を開く。
続いて2人、3人とそこからは相次いで話し始めた。
『余所者である貴様が何故、我が鈴村の秘術を会得出来ると考えていた?勘違いも甚だしい……。』
『貴様の家系…浅桜は呪術を扱う家系と聞いた。下手に秘術を会得されれば何をされるか解らんからのう……ロクな事にならぬのは目に見えておる。』
『居候の分際で、それでいて祓い師になろうとはおこがましいにも程がある……。本来であれば貴様は下っ端の筈…ならば下っ端らしく、我々の為に雑務をし続ければ良いのだ。』
『それが不服なら此処を出ても構わぬぞ?……とは言え、浅桜の家系は既に離散している…行く宛てなど有りはせんだろうがな?ははははははッ!!』
『所詮、お前の無駄な努力という事だ。恭介殿やイヨ様の前では言えぬがのう。』
『お前も良い歳…男の1つでも作るのはどうだ?そうすれば気も変わるかもしれんぞ?』
その場に居る彼等は黄泉を蔑み、馬鹿にしていた。
そして1人の少女が和室の中へと男に招かれて入って来る。背中の中程まで伸びた黒く長い髪
、水の様に透き通った青い瞳を持つ少女は中央に敷かれた座布団へと腰掛けた。歳は恐らく詩乃と同じだろうか。
『この者こそ…円香、そして詩乃に続く新たな祓い師。名は怜奈…
怜奈の父親らしき年配の男からそう命じられた。
それが掟なら従うしかない……。
黄泉は黙って頷く事しか出来なかった。
そして会合は終わり、善晴から宥められながら自分は部屋へと戻ったのを今でも憶えている。
憎かった、兎に角憎かった…殺してやりたい…連中を全員…皆殺しにしてやりたかった。このまま踏み躙られる位なら、この先も誰かに尽くす事が自分の生きる手段であるのならば…そんなのは嫌だ。
自分もこの家に尽くそうと出来る事を、努力を積み重ねて来た。詩乃の稽古…祓い師が扱う術の会得…体術と刀術の習得…。
その力すらも奪われ、上の者達に良い様に扱われ、この先も苦痛ばかり与えられる思いをするのならいっその事──
「……殺してしまえばいい。」
部屋の中で黄泉はポツリと呟いた。
顔を上げると鏡の向こうの自分は不気味な笑みを浮かべて本物の黄泉を見つめている。
[…それで良い、その為に私が居るのだから。後は心のままに……。]
そして彼女の姿は見えなくなった。
黄泉もまた立ち上がると部屋を出て何処かへと向かった。
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街の灯りが消え始め、深夜を迎えた時。
1人の少女が祓い師としての務めを終えた頃合でもあった。薙刀を右手に持ったまま左手の甲で汗を拭うと安堵していた。彼女こそ鈴村怜奈である。
「怪異殲滅完了……とは言え、少し油断したかな。」
彼女が主に相手にする怪異は人に害をなす存在である故に対処法が難しいとされている。
故に祓い師でなければ倒せないのだ。
彼女は銀色をした伸縮式の薙刀である散華を元へ戻そうとした時、背後に気配を感じて振り返った。
「誰ッ!?」
視線の様な物を感じた彼女は薙刀の柄を握る右手に力を込めて警戒し続ける。彼女が今居るのは街中に有る広い公園、ブランコが風で揺れている以外に目立った物はない筈だった。すると目の前から何かが怜奈の方へ駆けて来ると風を切る様な音と共に何かが振り下ろされてはそれを薙刀で受け止めた。
衝撃が伝わると両手に痺れが走る。
「うぐぅッ!?この…ッ!!」
目の前に居たのは黒い長髪と共に狐の面を付けた何者か。相手の手には刀が握られていて、怜奈が素早く振り払うと相手も離れた位置へ後転し着地した。
怜奈は咄嗟に薙刀の刃先を相手へ向ける。
「何者ッ!!」
「……お前、鈴村の祓い師か。」
相手の首から下は黒一色の長袖と膝が見える長さのスカートで足元は同色のブーツを履いている。右手には刀、その左手には赤い鞘が握られていた。
「だったら何ッ…何故、私を狙った!!」
「…そんなの決まっている、お前達が心の底から憎いからだ。お前も私の刀の錆にしてやる……!」
相手が構えた瞬間、地面を右足で蹴り上げると走り出しては刃を振り下ろして怜奈を攻め立てる。
薙刀と刀が接触する度に金属音と共に火花が飛散し
苛烈さが増して行った。反撃で素早く左へ向けて薙ぎ払う様な一閃を放ち、更に追い討ちを掛けて攻め込むがどれも避けられるか刀で弾かれてしまった。
「くぅあぁッ!?つ、強い…ッ!!」
「はぁあああぁッ──!!」
相手は術を使っていない、単純な力だけで
怜奈を圧倒していた。彼女の放った連続突きを受け流し、弾いたかと思えば刀の刃を用いて怜奈の肉体を袈裟斬りに裂いた。血液が飛沫し怜奈が苦痛の表情を浮かべたまま後退してしまう。胸の谷間から右の脇腹へ掛けて斬られた傷口からは血が溢れ続け、痛みを堪えながら相手を見据えていた。
「あぁあッ!?うぐぅッ、く…ぁ…ッ…!!」
「…形代も術も使わないなんて…どうかしてる。それとも人間相手にそんな真似は出来ないって……もしかして本気で思ってるのかしら?」
刀の刃先が向けられ、ギラリとそれが光る。
そして面を付けた相手はポツリと呟いた。
「──[[rb:強化 > レクトス]]。」
一瞬、姿が消えたかと思った時。
防御態勢を取った時に強い衝撃と共に薙刀が彼女の手から弾き飛ばされる。怜奈が死を覚悟した時、相手の持つ刀の刃が再び振り上げられた時に銃声が連続して響き渡った。
「ッ……!?」
「……ちぃッ!」
面を付けた相手が振り返ると弾丸を素早く斬り落とす。別方向を向くと詩乃が拳銃を向けてその場に立っていた。
「……悪いがそこまでだ。これ以上はやらせない…!!」
「詩乃…ッ!!」
「怜ちゃんは下がってて!!覚悟しろ…黄泉ぃいッ!!」
詩乃は落ちていた薙刀を左手で拾い上げ、発砲しながら間合いを詰めては薙刀を振り翳す。対する黄泉は刀の反りへ左手を添えると薙刀による一撃を防いだ。
「悪いが彼女は斬らせない…絶対に!!」
「だったら守ってご覧なさい、貴女自身の手で、その子をッ!!」
互いに振り払い、詩乃が再度発砲しようとした時、右手へ痛みが走ると拳銃があらぬ方向へ弾け飛ぶ。
どうやら黄泉が直前に形代を投げ付けたらしい。
そこへ畳み掛ける様に彼女が斬り込んで来ると詩乃は左足を後退させて右足を前に出し、薙刀の柄に右手を添えてから今度は長さを一定に保つと同時に刃で防いだ。
「私の過去は私の手でケリを付けるッ!!」
「それは私も同じだ!!お前さえ…お前さえ居なければぁあッ──!!」
詩乃が先に振り払って駆け出すと振り被ってから力一杯薙ぎ払う様な一撃を放ち、対する黄泉も刀の柄を両手に持ち、その一撃を左斜め下から刃を振り上げて弾き返した。
「だりゃあぁあああぁッ!!」
再び体勢を立て直し、詩乃が駆け出す。だが刃を振り下ろした時には黄泉の姿は消えてしまった。
先程まで居た場所には黒い鴉の羽が辺りに舞い散っている。詩乃もまた振り返ると怜奈の元へ駆け寄り、その場を立ち去った。
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それから数分経過した時。黄泉は離れの路地裏で面を取ると左腕を抑えていた。
つうっと赤い血が指先まで伝って地面へ滴り落ちると彼女は舌打ちする。よく見てみると服の袖が切れていて、傷口から赤い血が滲んでいた。
「躱し損ねたか……くそッ…。詩乃も腕を上げてる…自分の扱う祓具じゃないのに彼処まで立ち回るなんて……。」
刀を鞘へ収め、簡易的な止血処理を施すと彼女は歩き出した。彼女の鈴村に対する憎しみと恨み…復讐の念は尽きる事はない。好意を寄せていた者達を全て自身の手に掛ける事になったとしても。
-あの優しかった日々を全て無かった事にしたとしても。-
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