8話_殺人指(サツジンシ)

SNSで何かと流行り始めているのが死刑では無く私刑。これは何かしらの不祥事を起こした人間を同じSNSを利用している人間が裁いて追い込むという物。それはかなり悪質とされ問題になっていた。

その中で有名とされているのがキラー・フィンガー(通称:Kフィンガー)と呼ばれる人物。

その人物は問題を起こした人間を裁くだけではなく

徹底的に追い込むというのが目的、社会復帰すらさせずに完膚無きまでに叩きのめす事で有名だった。

この話題を知らない人間は最早居ないと言っても過言では無い。例えそれが芸能人だろうと、動画配信者だろうと彼は容赦無く追い込んでいく。

そんな彼のキャッチフレーズは



ー悪は絶対に許さない。ー



というあからさまな物。

そして今宵の獲物は人気絶頂アイドル、ツインローズの片方の星村アイ。

彼女に関する噂話は色々と飛び交っていた。

恋愛禁止の筈だが裏で誰かとこっそり付き合っているだとか、本当は同じグループの湊穂乃華と仲が悪いとか色々。

コレが果たして本当の事なのかは誰にも解らない。

噂は悪魔で噂でしか無いのだ。

しかし噂は一度流れると消すのが難しい。それが段々人により拡散されて最終的には噂話が大きなモノへと変貌してしまう事なんてザラではない。


一部のファンの間で噂されている

[星村アイは恋愛禁止なのに誰かと付き合っているらしい。その相手とは肉体的な関係でも有る。]という事実を突き詰めるべく、キラーは動き出した。

コレが後に彼女を追い込んで行き、苦しめる事を考える事もせずただ有りもしない噂を鵜呑みにして。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

「はぁー、やぁーっと謹慎解けた!」


明日香は普段と同じく鞄の紐を片手に持ち、右肩に掛ける様にして普段使う通学路を歩いていた。

途中で理人と会うと挨拶を交わしてから歩き始める。その2人の後ろを美穂がじーっと見て歩いていた。



「そう言えばお腹の傷は大丈夫?」


理人が思い付いた様に明日香へと尋ねた。


「あー、アレか?ほら、見ろよ!抜糸して貰ったら思ったより綺麗になっててさ!傷痕も無し!」



大胆にも明日香は左手でワイシャツを捲ると理人へ腹を見せて来た。彼女の言う通り、傷痕はなかったがその光景を見た美穂が顔を真っ赤にして介入して来る。



「な、なな何やってんの!?朝から堂々と男の子の前でお腹見せるなんて!ハレンチ!はしたない!!」




「良いだろ、減るもんじゃねーし。第一…何でアンタが一緒に居るんだよ?」



ジロリと美穂の方を不機嫌そうな顔で明日香は見つめた。2人は互いに顔を見合せてバチバチしている。それが学校まで続き、終いには図書準備室まで続いていた。理人はまぁまぁと宥めながら準備室のドアを開く。



「おはよう、櫻井君…うわーお、朝から修羅場だねぇ?」



ドアを開いた先に居たのはいつもと同じ詩乃と朱里。手をヒラヒラと振りながら理人を見て笑っていた。



「笑ってないで止めてくれよ!」




「止められたら苦労しないよ。良いじゃないか、青春っぽくて。」



詩乃はテーブルの上に置いていたコーヒーのボトルを手に取り、蓋を開けると中身を1口飲んだ。



「そういえば今日は鈴村さんだけ?日向さんは?」



明日香をグイッと片手で退けると美穂が話し掛けて来る。詩乃はそれに気付き、さぁ?と首を傾げた。



「そろそろ来る頃だろう…ほら、噂をすれば。」



タタタッと走って来る音がすると準備室のドアが開かれ、息を切らした朱里が入って来た。



「はぁ…はぁ…ッ、大変…これ見て!!」



朱里が息を切らしながら3人の合間を抜けて詩乃の近くへ来る。テーブルの上に新聞紙を置いた。



「どれどれ…?2人組みアイドルユニット…ツインローズの星村アイ自殺未遂?原因は不明…?」



詩乃が読み終えると理人は顔を真っ青にしていた。

彼が好んで聞いている楽曲、それがツインローズの物だった。特に彼は星村アイのファンでグッズやら何やら色々持っている。貸してと新聞紙を手に取ると理人もそれを見ていた。



「ホントだ…数週間前から体調不良を訴えてたって書いてある…ネットでも何か色々言われてたって…そんな事ない、彼女はそんなスキャンダルとか起こす様な人なんかじゃ無いのに!」



理人は珍しく取り乱しており、新聞紙を握る手に力が込められてそこだけシワになってしまっている。

明日香もその記事を共に見ていた。



「……愚か者に正義の裁きを?何だこりゃ、ヒーローでも気取ってんのか?」




「え…何処にそんな事書いてる?!」



理人が記事を見ながら探していると明日香が文面を指さして此処だと示した。

詩乃も私にも見せて欲しいと近寄ると新聞を一旦机の上へ置き、目を凝らして見て見た。



「星村アイのアカウントには数多くの誹謗中傷コメントが寄せられており…前々から芸能関係者との交際が有るとウワサされていた。今回の件には今人気の動画投稿者、Kフィンガー氏も動画内でコメントを発表している。人気絶頂のアイドルがこの様な形になってしまったのは残念だ。ファンの気持ちを裏切った彼女に裁きが下されたとしか思えない等、賛否両論とも思われる内容の動画を約3分の物として投稿している……か。」



詩乃は眉間にシワを寄せて見ていた。



「うーん…何か好きになれないな、彼。」




「Kフィンガー…?私知ってる!この人、結構色んな人の秘密とか知ってる人だよ?ネットでもかなり尖った言い方とかするから凄いと思う。」



美穂も横からコメント欄を覗いていた。

詩乃はチラッと横目で理人を見ると何処か怒りに満ちた様な顔をしていた。すると彼はまた後でと言い残し、去ってしまう。その後を明日香と美穂が追い掛けて行った。残されたのは詩乃と朱里だけ。



「…櫻井君、尋常じゃなかったわよ。」




「余程…彼女の事が好きなんだろう。彼もいちファンだからね。とは言え何するか解らないから注意しておかないと……。私はこのKフィンガーってのを調べてみる。朱里は櫻井君が馬鹿な真似をしない様に見張ってて欲しい。」



「…具体的には?」




「コレを彼に付けておいてくれ。」



立ち上がると引き出しから小型の端末を取り出す。

それをポイッと朱里へ投げ渡した。



「…頼んだよ。」



朱里は詩乃の方を見て頷くと図書準備室を後にする。詩乃も少し経ってから準備室へ施錠すると廊下へ出た。



「……キミも彼を追っているのか?」


詩乃は右側へ振り向く。そこに居たのは白髪、赤目の少女。あの時詩乃と刃を交わした相手だった。



「現代怪異…それを斬り祓うのが私の役目だ。次の獲物はお前の様な甘い奴には払えない。」




「言ってくれる…容赦無く斬り捨てようとするキミの方がよっぽど危ないんじゃないのか?」



お互いに向き合うと2人は睨み合っていた。



「理解不能だ…優しさ等取るに足らないモノ。つくづく甘いのだな…鈴村の家系は。聞いて呆れる。」





「おいおい、今のは聞き捨てならないな?人様の家系に兎や角言える程キミはご立派なのか?」



詩乃の声色が変わり、ギロッと少女を睨み付ける。

まさに一触即発の事態になり兼ねない。だがそうは成らなかった。途端に少女はくるりと背を向けて歩き始めた。



「…手出は無用だ。怪異の居場所は既に目を付けている。後は狩るだけ…お前の出る幕は無い。」




「言ってくれるじゃないか。悪いが対象の身は守らせてもらう…何があろうと。」


詩乃は少女が立ち去ったのを確認し歩き始める。

向かったのはやはりパソコン室、調べたりするならうってつけだからだ。問題なのはそのKフィンガー本人と直接会う事が出来るかどうか。

自分がこういう者だと名乗ったとしても向こうは信じてくれないだろう。パソコン室へ入ると既に数人が利用していた。それに混ざる様に入口から入って直ぐのパソコンを使う事にし、その前にある椅子を引いて腰掛けた。電源を付け、ページを開くと早速検索を始めた。



「Kフィンガー…Kフィンガー…っと。うわぁ、凄い量…どれもこれも彼へのバッシング記事ばかりだ。恐らく今回の件、それから前々から彼が書いたコメントや投稿した動画の事だろうな……。」



出て来るのは彼へのバッシング記事、その他にも数多くの動画が出て来た。やはり一部の人間からは相当嫌われているらしい。何も関係無い筈なのに見ている此方が逆に気分が悪くなる。

SNSを検索し彼のアカウントを見付けるとメッセージのやり取りが可能だというアイコンが出て来る。



「…さぁて、此方はどう名乗るかな。そうだコレにしよう。」



何かを思い付いた詩乃はカタカタとキーボードを用いてメッセージを打ち込み、送信する。何度かやり取りを重ねると会っても良いというメッセージを受け取り、詩乃はニヤッと笑った。これで手筈は全て整った。



「さぁーて…これで良し!後は彼が正常な判断を下せるかどうかだな……。 」



詩乃は背伸びをするとパソコンのページを全て閉じ、電源を落とすと立ち上がってパソコン室を出て行く。そして時間帯は普段と変わらぬ早さで過ぎ、放課後を迎えたのだった。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

「さぁーて、今日は外で部活だ!ほらほら急いで急いで!」



何故か詩乃はウッキウキ。

朱里や美穂はポカーンとしていた。

明日香は理人の方を見ながら心配している。



「…櫻井君は明日香と一緒で。朱里、それから志島さんは私と一緒に来て欲しい。偶には部活らしい事しないとね。」



鼻歌交じりに支度する詩乃へ明日香が近寄って来た。



「…なぁ、何か有ったのか?お前変だぞ?」




「何も無いよ。それにこの部活は元を辿ると新聞部…学校や生徒会のニュースを記事にして貼るのが役目なんだけど長い事やってないからね。ほらデジカメ持って!取材だ取材!」



銀色のデジタルカメラを彼女へ渡すと詩乃と他の3人を含めた4人は準備室の外へ出る。ドアには[現在留守!]という札を朱里が吊るした。

その後、4人は玄関まで来るとそこで各々靴を履き替えて外へ出る。その足で向かったのは学校から離れた駅の方にある広場。

噴水の有る近くへ来ると変わった赤いマスクを付けた人物が居るのが解った。顔の半分、つまり鼻から下は本物の人間の口。傍から見ればかなり目立つ。

服装も黒いシャツと青色のジーパン、足元はグレーのサンダル。此方を見付けると手を振って来た。



「えっと…キミが僕の事取材したいって言ってた子? 」




「あ、そうです!北見高等学校2年の新聞部、部長の鈴村詩乃と言います。右から志島美穂、日向朱里、奏多明日香と櫻井理人。宜しくお願いします!」



詩乃達はペコリと頭を下げる。



「へぇー、新聞部ねぇ。変な事書かないでくれよ?僕はKフィンガー、宜しくね。取材先は僕ん家で良いかな?」




「はい、大丈夫です!」



詩乃はKフィンガーの後に続いて歩いて行く。

クイッと指先を曲げると着いて来いとメンバーにも合図をして。暫く歩いて着いたのが大きな一軒家。中へ案内されると広い玄関、それから長い廊下。

靴を脱いで上がり、部屋のリビングへ向かった。



「どうぞ、取材するならご自由に。それとそこの機械は触らないで欲しい。編集中だからね。」



Kフィンガーが指さしたのは大きめのパソコンとサーバー。どう見ても高そうなのは目に見えて解る。

明日香はキョロキョロと辺りを見回していた。



「成程、つまり此処は悪口御殿って事か?」



そう呟いた途端、慌てて美穂が彼女の口を塞いで何でもないです!と誤魔化して笑っていた。


「ちょっとッ、失礼でしょ!?貴女常識ってモノが無いの!?」




「あぁ?事実だろ…事実!それにさっきから嫌な雰囲気が凄いするし…寒気もする。」



明日香は目で詩乃へ合図する。詩乃は頷いて更に指示を出した。



「朱里、彼にインタビューしておいてくれないか?」




「へ?良いけど…貴女はどうするの?」




「お手洗いだよ。此処に来る前にジュース飲み過ぎたらしい……。」


そんな話をしているとKフィンガーが詩乃へ伝えた。



「トイレなら此処を出て右に曲がった所だよ。」




「ご親切にどーも!…櫻井君、キミは5分経ったら来てくれ。」



通り過ぎる際に小声で呟く。それを聞いた理人は頷いていた。ドアを開けてリビングから出ると廊下を進んで言われた通りに右へ曲がる。

丁度右側にトイレが有ったが、目的はトイレでは無い。



「…やはり嫌な気配がする。先程から誰かに見られている様な…ほーら早速。」


風呂場の入口近くに有ったのは小さな皿と黒い煤の様な物。どうやら塩らしいが変色してしまっていた。洗面所へ入ると鏡には新聞紙が貼られ、見えなくなっている。試しに自分の顔が見える位に剥がすと詩乃の後ろへ黒い影が写る。女でも男でも無い何かがそこに居た。



「……大丈夫、危害を加えるつもりは無いよ。貴方はこの家の人間では無いが訳あって此処へ執着している。そうだね?此処から出してあげよう…あの男は私が何とかするから。」



頷いたりする素振りは見せないが雰囲気で伝わって来る。詩乃は目を閉じ、右手の指先を空中で動かすと何かを唱える。次に目を開いた時には居なくなっていた。左へ振り向くと近くに理人が立っている。



「…何、話って。」




「……彼女、星村アイを追い込んだ彼が許せない。そうだろう?櫻井君。」




「そうだよ…今にも殺してやりたい位…!」



ギリッと歯を食いしばると拳を握り締める。

詩乃はごめんねと謝ると理人へ平手打ちをかました。乾いた音が響くと彼は頬を抑えていた。



「…落ち着け。キミの気持ちは解る、殺したいのも憎いのも。だがキミが彼を裁いても何も変わらない…残るのは後悔だけだ。それにキミにナイフは似合わないからね。」



そう言うと詩乃は理人のズボンの右ポケットを指さして呟いた。渡して欲しいと話すと彼は黙って折り畳み式のポケットナイフを差し出して来た。



「ごめん…俺…どうしてもアイツが許せない…!」


詩乃はナイフを自分のポケットへしまうと彼をいきなり抱き締めた。



「…先ずは深呼吸して、気を落ち着かせる事だ。許せない怒りでも気持ちを表に出さずに6秒数える事で収まるそうだよ。ほら…深呼吸、深呼吸。」



理人の身体には詩乃の胸と細い身体が当たる。

詩乃の身体にも固くて筋肉質の身体が当たっていた。そして6秒立つとゆっくり離れる。



「じゃあ改めて…櫻井君、キミは部屋に怪しい物が無いか片っ端から調べてくれ。私はリビングにもとるから。」




「解った。…鈴村さん、ありがとう。」





「礼なら良いよ。さ、行った行った!」


理人は別の部屋へと向かって行く。

見送った詩乃はその足でリビングへと戻るのだった。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

理人を除く女子4人はリビングにてKフィンガーへインタビューを行っていた。明日香は撮影、朱里と美穂はメモを取り、詩乃がインタビュー。まさに新聞の取材といった所。少し経つと理人が戻って来ると詩乃の元へ来た。



「…有ったよ。御札とか色々!」




「ありがとう、助かった!じゃあインタビューはこの位にして…っと。」



向けていたボイスレコーダーを止めると片手で朱里の方へ差し出した。彼女が受け取るとそれをカバンへとしまう。



「インタビューは終わり?じゃあそろそろ…ッ!?」



突然壁を叩く様な音が響くと彼は身体を震わせた。

それからギシギシと何かが歩く様な音がリビングの方へ近付いてくる。明日香と詩乃がKフィンガーと理人達の前へ立つとドアの向こうを磨りガラス越しに見ていた。



「明日香…現代怪異は非常に厄介だ。ヤバかったら櫻井君達を連れて逃げろ。」




「へッ、入院してた間に色々リハビリしといたから丁度いい肩慣らしだよ…それに実戦は2度目だ!」



明日香は笑うと左腕を自分の方へ曲げると右手の人差し指をリューズへ充てる。

ゾワッとした寒気と共に部屋の電気が何度も点いたり消えたりと有り得ない現象が巻き起こる。



「ひ、ひぃいいッ!!?」



Kフィンガーは2人の後ろで情けない声を上げていた。するとリビングの扉が勢い良く開かれ、目の前に居たのは白い服を着た髪の長い女。表情までは解らない。



「鈴村…アレがそうなのか?てかあたしにも見えるぞ……?」




「いいや?アレは集合体さ。彼に対する怨念のね…バッシングにより追い込まれた人間の恨み辛み妬みが溜まりに溜まってああなった。玄関に有った魔除のグッズ、風呂場の盛り塩、洗面所の鏡に貼られていた新聞紙、編集部屋の四隅に貼られた御札。全てはアレから身を守る為…そうですよね、ミスターK?」



詩乃はチラッと彼の方を振り向く。ガタガタ震えながらコクコクと頷いていた。



「それと、見えるって事は明日香もその域に来たって事。良かったじゃないか…ッ!?」



髪の毛の束が飛んで来ると詩乃は札を投げて防ぐ。バチィンと弾かれ、髪の毛は飛び散った。すると今度は無数の手が床下から現れると向かって来た。

しかし障壁により阻まれている。



「…おい、何で戦わねぇんだ!?巻き込まれるぞ!」




「彼女に罪は無い…、悪いのは彼だからさ。」



そう言うとスタスタと詩乃は前へ向かう。

障壁を消した途端に詩乃の身体へ無数の手がしがみついた。そのまま捕まれ、力強く引き寄せられると

女との距離が一気に近くなった。

髪の隙間から覗いているのは黒く血走った目。そして歯を食いしばる様に歯を噛み締めている。



「…殺すかい?彼の代わりに私を。キミも彼に自分の生活を滅茶苦茶にされたんだろう?…あらぬ噂を立てられ、ネット上で容赦無く責め立てられ、現実でも居場所も何もかも無くして、挙げ句の果てに死を選んだ……彼を絶対に許さないという思いを抱いて。」



話を続けていると詩乃の身体を絞める手が緩んだ。

すると突然怪異はゆっくり後退り、詩乃から離れる。



「…居場所が無いなら私と来るか?まぁ先客が1人居るけど仲良くやって欲しい。それで良いなら…。」



そっと詩乃が手を差し出すと怪異がその手を握り締める。その瞬間、怪異は姿を消した。



「…今度は緑か、良い色だな。」



詩乃の左手には勾玉が握られており、彼女はそこへ封印されたのだ。くるりとリビングの方へ向かって歩みを進めると戻って来た。



「…アイツ、消えたぞ?お前何したんだ?」





「仲間になってもらった。霊体が怪異となれば災いをもたらす…人が死んだり、危害を加えれば最後…魂を浄化させず文字通り消滅させる事になる。それは出来るなら私は避けたい、それだけだ。」



ちらりと蹲って震えているKフィンガーを見下ろし、詩乃は近寄った。



「…アレがお前に取り憑いてたモノだ。お前に対し恨みや妬みを抱く人間が放った生霊、その集合体。アレを見てもまだお前は自分の活動を続けようと思うか?」



更に言葉を続けようとした時、窓ガラスが割れる大きな音と共に誰かが入って来た。

それは昼間学校で遭遇した白髪の少女。赤い目が部屋に居た6人を見つめている。



「…怪異を封じ込めた事は感謝する。だが、そいつを裁くのは私の役目だ。そこを退け。」



ゆっくりと歩みを進める。

すると明日香が前へ立ちはだかって来た。

少女は立ち止まると足を止める。



「おい待てよ、人様の話し中に割り込んで来るんじゃ…ッ!?」



明日香が肩を掴もうと啖呵を切ろうとした瞬間、明日香の身体が直ぐ横にある襖の部屋の方へ吹き飛んだ。大きな音と共に彼女は倒れてしまった。

即座に理人が彼女の方へ駆け寄って心配している。



「……雑魚に用は無い、そこで寝ていろ。」



そして詩乃とKフィンガーの近くで止まると2人の方を見つめていた。



「その男を差し出せ。2度は言わない…奴は咎人トガビト。無用意に人の生死に関わり過ぎた…故に斬る必要が有る。」





「…差し出す気は無い、そう言った筈だ。」


詩乃の赤い目と少女の赤い目が睨み合う。

お互いに何も言わずそのまま立ち尽くしている。



「…なら、お前諸共斬り裂く迄だ。召喚スクリス!」



そう唱えると右手に鎌が出現する。鎌の刃の根元には紙垂(しで)と呼ばれる物が付けられ、鈴が2つ付いている。すっと刃先を詩乃へ突き付けると鈴が少しだけリンと鳴った。



「ッ…!!」




「…終わりだ、鈴村家の祓い師。」



鎌の刃が振り下ろされたと思われたが狙いが外れたらしく、少女の右肩から煙が上がっていた。詩乃が奥を見ると明日香が理人に支えられながら指先を此方へ向けていた。



「恩に着るよ…ッ!」



詩乃は一瞬の隙をついてKフィンガーの腕を掴み、走り出した。志穂、朱里も続いて逃げ出すと明日香は理人に支えられながら和室から出る。

何とか靴を履いて家の外へと飛び出した。



「やむを得ない…よし、二手に別れよう!櫻井君、朱里と志島さんは彼を頼む。私と明日香はあの子を引き付ける!」



そう指示を告げた途端、先程居た家の屋根の上から少女が此方を睨み付けて立っていた。



「いつつ、未だ頭が痛む…派手に飛ばしやがって!」




「キツいなら逃げて良いんだぞ?櫻井君の所に。」



詩乃は刀を呼び出すと明日香を気遣う。だが、明日香は問題無いと話すと直ぐに時計のリューズを押し、バットを呼び出して構える。少女の姿が消えたと思うと目の前へ現れ、鎌を振り下ろすと同時に詩乃と鍔迫り合いを始めた。



「…私の邪魔をするのか?祓い師ッ!!」




「当然ッ…、怪異だけで無く人命をも奪おうとするお前達とは違うからなッ!!」



詩乃が無理に振り払うと少女は離れ、御札を投げ付けた。それは光の様に線を描いて真っ直ぐ向かって来るが詩乃の投げ返した御札とぶつかり破裂音を立ててパラパラと紙片が落ちる。

2人は共に怪異や霊を祓う者。だが、何かが決定的に違っているのは確かだ。



「なら先に貴様の息の根を止めてやるッ!!鎌鼬ッッ!!」



少女が鎌を振り翳すと風圧が飛んで来る。

詩乃は明日香へ近寄り、彼女を押し倒す形で地面へ伏せた。コンクリート製のブロック塀の一部が削げ落ち、鉄製のゴミ箱が真っ二つに裂けている。



「危なかったな…死ぬ気で避けなければ今頃身体が半分になってたぞ。」




「そうだな…つーか、どうすんだ?話し合っても喧嘩しても無理そうだけど?」



明日香から離れると詩乃は明日香の手を引いて立ち上がる。そして少女の方を見据えていた。



「話し合いは済んだか?…大人しく道を開けろ、そこを通せッ!」




「バーカ、誰が道を開けるかっての…ッ!!」



すると明日香が詩乃の前へ来ると何かを投付ける。それは折り紙で作られた手裏剣だった。僅かな精神力を込めれば牽制用の武器にもなる。しかも1つではなく、ポケットに入れていた分全てを投げ尽くした。左右合わせて30枚の紙製の手裏剣が少女へ投げ付けられたのだ。それを鎌で弾きながら少女は2人を睨み付ける。全て振り払った時、少女が顔を上げると明日香が接近していた。



「これはさっき吹っ飛ばされた時の分だ…よーく味わってから喰らえこの野郎ぉおおッ!!」



明日香はバットで思い切り少女を殴り付けた。だが、振り下ろされたバットはメキメキと凹んでいく。まるで何かに握り締められる様に。



「……私に半人前の素人の攻撃は通用しない。失せろッ!」



ギロッと少女が睨むと明日香の首を左手で掴み、力を込める。そして突き飛ばすとその場から飛び上がって電柱の真上へ降り立った。詩乃が明日香を受け止め、彼女を気遣いながら見上げていた。



「……お前、明日香に何をした?」




「…やり返した、それだけの事。」



ボソッと呟いた時には少女の姿は無かった。

詩乃と明日香を退け、Kフィンガーを追いに向かったのだ。詩乃は直ぐ戻ると明日香に声を掛けて後を追うのだった。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

少女は既に朱里も理人も美穂も退けていた。

そして残されたのはKフィンガーと少女の2人。

少女は彼へ鎌を向けながら距離を詰める。



「……もう邪魔者は居なくなった、消えて貰うぞ。自らの犯した罪に後悔しながら死んでゆけ。」




「な、何者なんだよ…アンタは!?」




「…知る必要は無い。これから散り行く者に名乗る名は無い。」



少女が地面へ鎌の柄の下側を当てると鈴の音がシャンと鳴り響く。すると2人の周囲へ結界が張られ、青白い光がバチバチと地面から立ち上る。



「う、うわぁああッ!!?許して、許してくれ!俺が…俺が悪かった!他人の事に色々文句付けたりあらぬ噂立ててバッシングしたりして…やり過ぎたのは解ってる!反省するし、動画だって消す!だから!!」




「……手遅れだ、消えろ。」



ブオンと空を斬る音が響くとKフィンガーの身体を少女から見て右斜めに斬り裂いた。悲鳴と共に白いモノが勢い良く噴き出していく。

詩乃が駆け付けると走って向かって来た。



「遅かった…クソッ…!!」



少し経ち、結界が消えるとKフィンガーはバタリと地面へうつ伏せの状態で倒れる。彼の近くには被っていた赤いプラスチック製のマスクが真っ二つに割れて転がっていた。



「…討滅完了、役目は果たした。」





「何が討滅だ…人殺しめ!!」




「…咎人トガビトは裁かねば成らない。それが我が一族の掟。一族の使命を果たせぬ者に祓い師は務まらぬ。そうだろう?」




「だからと言って、心までも砕いて良いのか!?心を砕かれれば…その人はもう人間じゃ無くなるんだぞ!?人の形をした…器にしか過ぎない…ッ!」




「失格、理解不能だ…やはり鈴村の家系は情に甘い連中達で構成されているのだな。何が一流の祓い師だ、聞いて呆れる……。」



少女は睨み付けている詩乃を冷静に見ながら呟いた。そして少女は更に続ける。



「なら…またこの場で争うか?祓い師同士が果たし合い、勝ち残った者の意見を汲み取ろう…負ければその時が最後だ。」




「望む所だ…今度こそやってやるッ!!」



2人が睨み合っていると後ろから怒鳴り声がする。振り向くとそこに居たのは円香だった。



「……詩乃、止めな。これ以上は私が許さない。」




「でも…ッ!!」




「…祓い師の役目は人の世に仇なす怪異や悪霊を祓い、人々の生活に安寧を齎す事。祓い師同士が戦って何になる…力の無駄使いだよそんなのは。」


円香は詩乃の横へ来ると彼女の肩を掴んでそれ以上の事をしない様に止める。そして少女の方を見据えて呟いた。



「……貴女、裁徒サバトでしょう。神代も随分とご立派になったもんだね?怪異や悪霊を呼ぶ根源とされる者の心にある悪い部分だけで無く、善良の部分諸共斬り捨てるなんて。冷酷極まりないったらありゃしない。」




「……お前と話す事は何も無い。」



少女は背を向けると歩き出す。

だが円香は未だ続ける。



「…神代涼華かみしろすずか。最年少で選ばれた優秀な裁徒サバトっていうのは。」



そう話した時には彼女の姿は消えていた。

詩乃の頭をポンポンと円香は軽く叩いてから気を失っていた3人を起こし、フラフラと歩いて来た明日香と共に詩乃に帰る様促した。それからKフィンガーは円香の治療により辛うじて助かったが恐らく以前の様な活動は難しいと後から円香を通じて詩乃へ聞かされたのだった。

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あれから更に日が経ち、自殺未遂をだった星村アイは意識不明の状態から目を覚まし、1ヶ月後には退院出来るとニュースで取り上げられる。そして彼女をあらぬ形でバッシングした者達は何れ法の下の平等により裁きが下ると同時に発表された。

では火付け役のKフィンガーはどうなるのだろうか?それは今後追って伝えられる事になるだろう。

たった一つの書き込みが思わぬ形でヒートアップし

1人の人間を傷付け、終いには死の淵まで追い込んでしまった。それは他人事の様で他人事では無い。

第2、第3のKフィンガーが生まれぬ事を望まぬばかりである。便利過ぎる世の中だからこそこの様な現代怪異が発生し誰かを苦しめる事になる。


殺人指…それは我々の指先により投稿される文章や言葉によって生み出された怪異なのである。

一度取り憑かれれば最後、他者を平気で傷付け痛みも知らぬバケモノと化してしまう。

そしてそれはインターネットやSNSが発達すればする程、脅威も増していくのだ。

だからこそ気を付けなければならない。



ー 我々が発信する言葉は時に誰かを幸せにする事も有れば、時に誰かを傷付ける鋭利な刃物にもなり兼ねないという事を。ー

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