9話_私ハ メリー サン

これは私が未だ幼い頃の話。私は神代家の後継ぎとしてこの世に産まれた。両親のうち父は祓い師で母は普通の人間。私はこの家の後継者となる為、幼い時から鍛錬の日々が始まった。

母は反対したがそれがこの家の掟だと言う父と揉めていたのを私は覚えている。

術の鍛錬、それから怪異や霊に関する勉学、そして戦闘時の鍛錬。同年代の普通の子が送る様な生活とは全く異なっていた。保育園、小学校、中学校へ上がっても私は常に一人ぼっち。家へ帰れば鍛錬が待っている為、誰かと遊ぶ暇など全く無かった。

だが私には唯一の友達と呼べる存在が居た。

それはシノという女の子で鍛錬の合間の休み時間の時に彼女と遊んでいた。彼女はいつも笑っており、その笑顔は鍛錬の辛さも忘れさせてくれる程。

しかしそれも長くは続かず、偶々見掛けた家の人間が私と彼女の仲を割いた。彼女は憎むべき家系の家である鈴村の娘だとして。それから会う事も一切無くなってしまった。


時は流れ、私が中学へ上がった時。私は裁徒サバトと呼ばれる位を大叔母様から頂いた。

それは悪霊、怪異に取り憑かれた人間を自らの判断により裁く事が出来るという権利。つまり生きた死神という事。私は闇に紛れて多くの人間を裁いて来た。命乞いして来る人間すら容赦無く斬り捨てて。

感情を殺し、ただ冷たい表情を浮かべながら。

人は私の事を冷酷だの人外とも言うが私は気に止めない。それが私なのだから。


我が名は神代涼華。神に代りヒトを裁く者。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

「鈴村ぁ、大津先生が言ってた裁徒って何だ?」




「…話せば長くなる。簡略的に言えば生きた死神という事さ。」



今日、準備室に居るのは明日香と詩乃の2人だけ。朱里も美穂も理人も授業に出ている。明日香は病院に通っていた為遅れて来た。互いにテーブルを挟んで足を組みながらパイプ椅子に座っている。



「あの顔じゃ、どう見ても死神だわな…完全にあたしの事見下してた。つーかあの時お前も武器持ってんだから戦えよな…何の為の召喚術なんだよ?」




「あのなぁ、怪異や悪霊を祓う為の武器であって対人に使うモノじゃ無いんだよ。キミの時みたいに異例なケースも有るが…それで大丈夫か?この前、吹っ飛ばされてたけど。」



ちょんちょんと自分の背中を指さして伝える。

実は明日香、吹っ飛ばされた際に背中を襖に強打し更に着地した際にも背中を打ち付けていた。



「…アザだらけだったよ。医者もドン引きしてたけど打撲だから湿布貼ってれば大丈夫だとさ。てかあたしばっか怪我してね?刺されたり、吹っ飛ばされたりさぁ?」




「刺されたのは自業自得だろう?吹っ飛ばされたのは…これも自業自得か。状況が状況とはいえ、突っかかるのは良くない。」




「はぁ!?ちッ…お前のそういう所嫌いなんだよな。人を刺す様な言い方ばっかで…ん?誰か来たぞ?」



コンコンと準備室のドアがノックされる。

明日香がどちら様ですかと言いながらドアを開いた。そこに居たのは下級生と見られる少女でチラチラと明日香の方を見ている。



「あの…詩乃さんって人は居ますか?」




「鈴村か?居るぞ、ほら。」



明日香が退くと詩乃がやっほーと言いながら手を振っている。そのまま少女は中へ入ると詩乃の前へ腰掛けた。少女の見た目は茶髪に対し長さは首元辺りで目は黒色。詩乃は鞄から紙とペンを取り出すと改めて向き直った。



「キミの名前と学年…それから詳細を聞かせて貰えるかい?」




「私の名前は佐藤結衣さとうゆい…クラスは1年Dです。」



結衣という少女はそう名乗ると何が起きたかを話始める。その内容は意外な物だった。



「…人形が追い掛けて来る?」




「はい…いきなり私の携帯に電話が掛かって来て、自分の事はメリーさんだって。最初はイタズラ電話かと思ってたんですけど…どんどん距離が迫って来て……。」




「ふむ…それにしては良く逃げ切れたね。それで今は大丈夫なのかい?」




「可哀想だから猶予をあげるって…言われたんです。3日。それを過ぎたら追い掛けるの再開するからって。今日がその3日目なんです……。」



詩乃はチラリと明日香の方を見る。明日香はドアの近くに寄り掛かりながら腕を組んで座っていた。



「成程…つまり、今日を過ぎたらまた追い掛け回して来る。そういう事か…こりゃまた厄介な怪異に目を付けられたな。」




「な、何とかなりますか!?お願いしますッ…!」



詩乃はペンをクルクル回し、ピタッと止めた。

そして1つの答えを出した。



「よーし、じゃあ今回はそこの奏多先輩にお任せしよう!」



ニコッと詩乃は微笑むと明日香の方を見た。

結衣も釣られて彼女の方を見る。



「はぁ!?何であたしなんだよ!?」




「キミだって私と同じだろ?いつまでもおんぶに抱っこという訳には行かないだろ?という訳で、初実戦だ。」




「うッ…そうだけどさぁ…!」




「それと、コレをキミに貸してあげよう。」



近寄って来た明日香へ、すっと手渡したのは緑色の勾玉。彼女がそれを受け取るとじっと見ていた。



「綺麗だなコレ…こんなの何に使うんだ?」




「試しにそこに翳してみるといい。」




明日香は首を傾げながら結衣の後ろ側へ向けて勾玉を翳す。すると黒い髪の女性が姿を現した。



「……呼びました? 」




「うわぁッ!?此奴、この前の!!」



明日香は思わず飛び退いてしまう。

廊下から見ていたから解るが何処か彼女は怖い。

詩乃が立ち上がり、女性へ近寄るとニコニコしながら微笑んでいた。



「そうだな…名前は小春にしよう。彼女がキミの仮主の奏多明日香、仲良くしてやって欲しい。」



小春の手を取ると詩乃は明日香の手を取り、握手をさせた。



「よ、よ、宜しく…お願いします…明日香さん。」




「え?あ、あぁ…宜しく…小春。」



小春はどうやら引っ込み思案な雰囲気が有る。

つまり、言ってしまえば陰キャという事だ。

彼女が生前こんな性格だったかは解らないが。



「自己紹介も済んだし、タイムリミットまで作戦を練ろうか。今日の日付が変わり…彼女の携帯に電話が来たら向こうが探して来る合図。それがメリーさんの怪異だ。この場合…相手は人形、だから油断さえしなければ大丈夫な筈!」




「へぇー…それで、具体的にはどうすんだ? 」




「簡単さ。後ろを取られない様にする…それと電話に出ない事…後はシュークリームを持ってると良いと聞くから明日、ケーキ屋で買うといい。」




「…誰が金出すんだよ?」




「そりゃあキミだよ?奏多先輩。」



ふふっと笑うと詩乃は見ていた。明日香は頭を抱えると溜め息をつき、ポケットから財布を取り出すとその中身を確認していた。



「それじゃ、今日は彼女と付きっきりだな。それと油断するなよ?怪異は何処から来るか解らないからね。」




「へいへい…ったく、本当に簡単な事だけ言いやがって。」


作戦会議は直ぐに終わり、結衣は教室へと戻って行った。そして暫く時間が経つと明日香と結衣は放課後に再度図書準備室へ合流する。顔馴染みのメンバーも既に揃っていた。



「それじゃ、頑張ってね奏多先輩♪」




「てめぇ後でゼッテー泣かす!」




「おーおー、怖い怖い…それじゃあ気を付けて帰るんだぞ?」



明日香と結衣はメンバーに見送られながら共に帰路へ着く事に。完全に出て行った事を確認すると朱里がツンツンと詩乃をつついた。



「…どういう事?私が居ない間に何があったのよ?」




「怪異に関する依頼が入った…それも少し厄介なのが。良い機会だから明日香に任せたのさ。」




「良い機会って…奏多さん、まだ素人なのよ!?それなのに貴女の手助けも無しにどうやって…!」



すっと詩乃は指先を朱里の前へ差し出して止める。

そしてこう続けた。



「ずっと私の隣に居た以上、彼女が何を見て聞いて来たかは一番解っている筈さ。」




「……つまり、詩乃は奏多さんを試している。そういう事?」



詩乃はそういう事と呟くと理人は心配そうに、美穂は首を傾げていた。それもその筈、何せ唐突にこんな事になったのだから。



「…ヤバかったら私も行くから大丈夫だ。それよりこの前の事、記事にするんだろ?ほらほら会議会議!2人もそこに座って!」


詩乃は手を叩いてこの前の事を記事にすると話すと珍しく部活動らしい事が始まった。

何処を誰が担当するのかという話し合いと記事の割り振りも含めて。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

明日香と結衣は並んで帰路に着いていた。

何があるか解らない為、警戒しながら。

ぎこち無い空気が有る中で明日香の方から話を切り出した。



「…どうする、これから。カラオケでも入るか?」




「カラオケですか?…私、歌下手くそですよ?」




「大丈夫だって、気にしないから。てかシュークリーム何処で買おうかな…ケーキ屋なんてこの辺有ったっけ?」



明日香は街中を見回すと頭を掻きながら歩いて行く。すると結衣が見つけたのは小さなケーキ屋。2人はそこへ向かい、店内に入ると明日香はビニール袋に入ったシュークリームを6つ手に取る。



「これで足りるか?…多分大丈夫だろうし。他に何か要るか?遠慮すんなよ、あたし奢るから。」




「だ、大丈夫です…何も要りませんので。」




「そっか…じゃあコレ買って来る。」



頷くと明日香はレジへ向かい、買い物を済ませる。

意外とシュークリーム自体が高かった為か余分にお金を取られてしまった。

日付が変わるまで未だ、だいぶ時間がある。だが油断は出来ない。店の外へ出ると2人は再び並んで歩き出す。



「…なぁ、あたしの事怖いか?」



唐突に明日香は結衣へ尋ねる。だが、彼女は首を横に振った。



「怖くはありません…ただ……。」




「ただ…何だよ?」




「私のせいで…先輩達に迷惑掛けてるって思うと……何か気が重くて…。」



結衣は明日香の方を見ずに呟く。

それに対し、明日香は少し間を開けると話し始めた。



「…あたしもアイツ《詩乃》に助けられた事が有る。と言ってもまぁ…全部自業自得なんだけどさ。そうなる前なんて兎に角迷惑掛けまくったよ、色んな人に。だからあたしが言うのも何だけど…迷惑掛けたって良いんだよ。迷惑かどうか決めるのは向こう次第なんだからさ。」



明日香はポンと彼女の肩へ手を置いた。



「それにあたしが迷惑だって思ってたらお前なんてとっくに見捨ててる。そうしてないって事は不快に思ってないって事だよ。仕方ない…あたしの家行くか、このまま突っ立ってても拉致開かないし。」



明日香は歩き始めると結衣も少ししてから歩き出した。暫く歩いた後、明日香の家へと辿り着く。青い屋根の一軒家で今は明日香が1人で暮らしている。

母親は状態に関しては良くなったが現在も入院中。

その為、食事は彼女が作っている。



「狭いけど我慢してくれよ…っと。」




「お邪魔します…。」



明日香と結衣は靴を脱ぎ、リビングへ向かう。

整理されたリビングにはテーブルと2つの椅子がそれを挟む形で置かれていた。テレビの近くには黒いカーペットが敷かれている。



「ゲームとかそういうの何も無いけど大丈夫か?」




「平気です、ありがとう…ございます。」




「良いよ、お礼なんて。それと鞄とかそこに適当に置いときな。」



明日香は台所から声を掛ける。シュークリームを冷蔵庫へ袋ごとしまうと自分もカーペットの辺りへ来て結衣の隣へ腰掛けた。



「メリーさんねぇ…姿も形も見た事無いから解らないけどそんなにヤバいのか?」



結衣へそう話し掛けた時、彼女は何度も頷いた。

どうやら余程怖い思いをしたらしく震えていた。



「いきなり電話来て…出たら段々自分に近づいて来て…それから追い掛け回されて…何とか逃げたのに殺す時まで猶予あげるっていきなり言われて…怖いに決まってるじゃないですか!」




「そりゃそうだよな…今のお前を見れば解る。大丈夫、あたしが守ってやる…必ずな。」



明日香は震えている結衣を抱き締め、自分の方へ引き寄せると背中を摩った。すると突然家のインターホンが鳴った。2人はビクッとすると結衣に此処に居ろとだけ伝える。明日香は恐る恐る家のドアへ近寄るとドアスコープから外を覗き込んだ。しかし誰も居ない。イタズラだろうか?



「こんな時に変なイタズラしやがって…ったく。」



舌打ちしリビングへ戻ると結衣の元へ。

何も無かったと伝えたが、再びインターホンが鳴る。それも連続で何度も何度も。



「幾ら何でも異常過ぎるだろ…!靴取って来る!」



再び玄関へ向かい、お互いの靴を両手に持った時だった。



「ねぇ…結衣ちゃん……そこに居るんでしょう?出て来て遊びましょう?私と遊びましょう?」



か細い女の子の声がドアの郵便受けから聞こえて来た。間違い無くドア越しに何かが居る。



「ヤバいな…来やがったッ!!」



リビングへ戻ると靴を履くように促し、結衣は立ち上がる。この際土足だの何だのとは言ってられない。



「先ずはこれで良し…シュークリームも冷蔵庫から出したからこれで逃げられる…!」



明日香はビニール袋を冷蔵庫から取り出し、それを左腕に掛ける。後は普段使っているカバンへ複数の形に折られた折り紙も入れ、それを背中に担ぐ。

時計を見るとまだ日付すらも越えていない。

ドアからコンコンというノックが響く。そして声も大きくなる。



「遊びましょう?…ねぇ、遊びましょう?お友達も一緒なら私も混ぜて?ねぇ…結衣ちゃん?あーそびーましょ?」



するとノックの音が突然止んだ。

明日香は結衣の手を掴むと逃げられる様にする。

自分だって怖い、常に詩乃が自分の隣に居たから怖くないだけで本当は怖い。

突然ガシャンと風呂場の方からガラスの割れる音が響き、何かが入って来た。



「ッ…逃げるぞ!!」



結衣の手を引き、明日香は玄関へ向けて走り出す。

ドアの鍵を開けて外へ飛び出した。

施錠しようと思い振り向いた時に明日香の目に入ったのは自分より歳下の長髪で金髪の女の子。

服はゴスロリと呼ばれる黒い物を着ている。

手には鉈(なた)を持っていた。



「何処行くの?仲間外れは嫌…ねぇ、何処行くの!!?」




「ちぃッ!!」



無理矢理鍵を掛け、通りへ出ると走り出す。

だがいつ何処から来るかは解らない。



「アレがメリーさん…!見た目通りヤバそうな奴だった!!」




「私…殺される…殺されちゃう…!」




「泣くな!今は逃げるしか…ッ!!」



2人は必死に走り、路地を曲がる。誰も追い掛けて来ないと解ると立ち止まった。緊張感と汗が止まらない。オマケに心臓がドクドクと脈打ってるのが解る。明日香は額の汗を拭うと顔を覗かせる。



「…一先ず、大丈夫そうだな。」




「奏多先輩ッ…後ろ!!」




「え……?」



結衣が叫び、振り返った時に明日香の右頬を何かが掠めると痛みが走る。つうっと液体が滴るのが解る。



「逃げられると…思った?お姉ちゃん!」



赤い瞳が明日香と結衣を見ると笑っている。

短時間で此処まで間合いを詰めて来たのだ。



「ッ…これでも食ってろ!」



明日香は咄嗟にシュークリームを投げ飛ばすとメリーさんの後ろへ飛ぶ。それに釣られて彼女は向こうへ行ってしまった。



「今の内に早く!」



来た道を引き返し、今度は別の方へ走って行く。

シュークリームを投げても単なる時間稼ぎにしかならない。住宅街を抜けてスーパーや商店街の有る通りへ来ると警戒しながら進む。怪異はいつ何処から来るか解らない。まさに詩乃の言う通りだった。



「…結衣、大丈夫か?」




「先輩こそ…大丈夫ですか?頬のケガ。」




「大丈夫、絆創膏貼っとけば治る。意外と丈夫なんだぜ?あたし!」



ニッと明日香が微笑むと結衣は頷いた。

自分が不安ならその不安は結衣へ伝染する。

明日香には解っていた。初めて彼女が祓い師となった時も対人相手とは言え怖かった。あの時自分が見たのは人間の豹変した姿。同じ人間だからこそ尚の事怖い。でも自分はなってしまった、軽はずみとは言え詩乃と同じ存在に。だから例え怖くても逃げ出したりなんて出来ない。そうすれば詩乃に顔向けできないから。



「……アイツ《詩乃》も怖かったんだろうな、きっと。平然と振舞ってるけど初めての時はきっとあたしと同じだった筈。」



商店街を抜け、再び人通りの有る方へ向かおうとした時だった。



「……見ぃ付けた♪」



ハッと聞き覚えのある声がすると上を見上げる。

メリーさんが屋根の上から此方を見下ろしていた。

頬にはシュークリームのクリームが付いている。



「やるしかねぇッ…起動解放エンゲージ・リベレイトッ!!」



結衣の手を一旦離し、左手の時計型の機械を起動させる。風が巻き起こると明日香の両手に指ぬきの黒いグローブが出現する。結衣はその様子を見ていた。



「奏多…先輩…!?」




「…危ないから隠れてろ。これ持って!」



彼女へシュークリームの入ったビニール袋を渡すと再びメリーさんと向き合う。仕留められなくても牽制し負傷させれば問題は無い。



「さぁーて…ぶっ飛ばしてやるッ!!召喚呼銃アラード・ガンッ!!」



右手を前へ突き出すと彼女の右手へリボルバー式の銀色の拳銃が姿を現す。実はこれも密かに訓練を続けた賜物。



「へぇ…面白そう。遊んでよお姉ちゃんッ!!」



メリーさんは鉈を向けると飛び掛って来る。

明日香は狙いを定め発砲した。1発目は鉈に弾かれ、2発目はメリーさんの頬を掠める。



「ちッ…早い!」




「ほらほらぁあッ!!」



風を切る音と共に鉈が振り下ろされ、明日香は後退し下がる。しかし刃先が掠るとワイシャツが少しだが裂けてしまった。



「…掛かったな?」



ニヤッと明日香が笑うと彼女は左手に握っていた人型の紙を彼女の顔へ貼り付ける。その瞬間動きが止まった。



「そこで一生止まってな!行くぞ、結衣ッ!!」



明日香は離れると結衣の手を握り、メリーさんの横を抜けて正面へと走って行くのだった。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

走り続けてもう辺りは既に日が沈んでいた。

何とか人混みに紛れて歩いているがどうなるかは解らない。話す暇も無かったのだが結衣から話を切り出して来た。



「先輩…さっきのは…?」



「あー、アレか?訳あってこうしてる。これがあたしの今なんだよ…まぁ想像出来なかったけど。」



「どういう事ですか?」



明日香は頭をポリポリ掻きながら話をし始めた。



「…あたしも化け物に成り掛けた事が有る。その時に助けて貰って、その借りを返したいからって無理に頼み込んでコレを付けてる。あたしさ、何処にも居場所なんて無かったんだよ…家にも学校にも。だから毎日毎日友達とゲーセン行ったりカラオケ行ったり…金が無くなればエンコーして身体売って。酷い時には学校の男子らにも声掛けてた。でも…アイツが、詩乃が助けてくれてから全て変わった。今じゃ毎日が楽しいよ。」



明日香は少し照れくさそうに語った。

自分の今が有るのは詩乃のお陰であり、仲間のお陰なのだと彼女は思っている。



「…だから、あたしも決めたんだ。詩乃みたいに誰かを守れる様になりたいって。」



明日香は結衣の方を向くと笑って見せた。

それに対し彼女は小さく頷く。



「私も…先輩みたいに強ければ良いのに…。」




「強いさ、結衣は。此処まで逃げて来ても弱音なんか吐かなかったろ?お前は強いよ…あたしよりずっと。」



話していると信号で止まる。

人混みが薄くなると2人の目の前に鉈を持った見覚えのあるシルエットがそこには有った。



「やべぇ…ッ!」



先に気付いた明日香が結衣の手を引いて走る。向かったのは立体駐車場の中。走って行くと後ろからカツンカツンとヒールの音が響いて来る。

向こうも此方の事を視認したらしい



「此処まで来れば…ッ!」




「逃げ切れると思った?」




明日香が声のした方へ向く。その瞬間、鉈が振り下ろされ、彼女の持つリボルバーへ当たると弾き飛ばされてしまう。



「しまったッ…!?」



すると今度は胸倉を掴まれ、結衣から無理矢理引き離されると投げ飛ばされて車へぶつかってしまう。

ぶつかった事でけたたましく防犯ブザーが鳴り響いた。



「奏多先輩ッ!?あ…ッ!?」




「結衣ちゃん…遊びましょ?ねぇ、結衣ちゃん?」




するっと結衣の手をメリーさんが握り締める。

人間の形をしているが人の温もりが無く、冷たい。

そして鉈を彼女の喉元へ突き付ける。



「結衣ちゃん…ずっと一緒。結衣ちゃん…結衣ちゃん…!」




「やだッ…離してッ…!!」




「ダメよ…結衣ちゃん…ワガママはダメ。」



今度は結衣の後ろから抱き締めて来る。

どうやら1体では無く2体らしい。

耳元でずっと一緒と囁かれ、結衣はもう耐えられなかった。あまりの怖さに震えている。

結衣が助けてと強く願った時だった。

破裂音が響くと目の前に居たメリーさんがカタカタ震えて離れる。左側の肩から煙が上がっていた。



「結衣から…離れろってんだ…このクソ野郎ッ!!」



撃ったのは明日香だった。右手の指を銃の形にして睨んでいる。すると前のメリーさんは明日香を睨み付けて来た。



「どうして…邪魔をするの?ねぇ…どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして!!!?」



半狂乱に叫ぶと鉈を向けて明日香を威圧する。



「決めた…殺してやる…お前を殺してやる!!結衣ちゃん…その後でたっぷり遊びましょう?」



ニィっとメリーさんが微笑むと明日香へ向かい飛んで来た。明日香は左手でポケットを漁ると勾玉を掴み、それを取り出した。



「はッ…バケモンにはバケモンぶつけんだよッ!!」



ヒュンッと勾玉を投げ付けるとそこから小春が姿を現し、メリーさんの鉈が来る前に髪の毛で捕らえて捕まえる。



「大丈夫…明日香さん…ッ?」





「何とかな…そのまま抑えてろ…ッ!」



明日香は身体を起こし、無理に立ち上がると銃を拾って結衣の方へ向かう。そして彼女の方へ銃口を向けた。



「……結衣から退け、その頭吹っ飛ばしてやる。」





「退かない!結衣ちゃんは私のお友達…そうでしょ?結衣ちゃん?ずっと結衣ちゃんと私は一緒だった…あの日、結衣ちゃんが私の事を拾ってくれた時からずっと……ずっと!」



結衣はそう言われるとハッとした。

まさかと思い彼女は話し掛ける。



「まさか…ユキ……ちゃん?ユキちゃん…なの?」



結衣が呟くと金髪の少女はコクンと頷いた。



「私が昔アンティーク店で買ったドール人形…それがユキちゃん…でもお母さんが気味悪がって勝手に捨てちゃって……それで…。」




「結衣の事を追い掛けて来た…メリーさんとなって……そういう事か?」



明日香の問い掛けに結衣は小さく頷いた。

自分は一人っ子だから妹がずっと欲しかった事、

名前が無かった彼女へユキと名付けたのも結衣自身だという事も全て明日香へ話した。



「…成程な、全て納得いったよ。でもお前はもうユキちゃんじゃない…怪異だ。」




「…違う、私は結衣ちゃんの妹のユキ…ねぇ?そうでしょう…お姉ちゃん?」



鉈の刃が結衣の喉へ当たる。結衣は唾を飲み込むと明日香へ向けて叫んだ。



「撃って…撃って下さいッ…!!」




「…良いのか、本当に。お前の大切にしていた人形なんだろ?名前を付けて心の底から可愛がってたんだろう?」



明日香は結衣へ投げ掛けた。しかし、結衣は首を横へ振った。



「…私の知ってるユキちゃんはこんな事をする子じゃない…ごめんね…私がちゃんと見ていればこんな事には成らなかった…そうだよね?痛かったよね、辛かったよね…ごめんね、ごめんね…ユキちゃん…。」



結衣は俯きながら目に涙を浮かべていた。

唇を噛み締めると明日香は結衣の後ろへ向け狙いを定めた。



「…結衣、お別れは済んだか?」



明日香が問い掛けると結衣は小さく頷いた。

そして銃声と共に1発の弾丸が放たれるとメリーさんことユキの額を貫いた。ガシャリと結衣の足元に力無く崩れ落ちた。それは結衣の横で白い光を放つと彼女のスカートをクイっと引っ張った。



「結衣ちゃん……ごめんね……。」



そう呟くとそれは完全に消えてしまった。

小春が抑えていた方も消えると結衣はその場に膝から崩れ落ちる様にしゃがむ。そしてずっと泣いていた。明日香も元の姿へ戻ると結衣の方を何も言わずに見つめていたのだった。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

翌朝、明日香は1人で人形専門店を訪れていた。

ある事情から珍しく学校をサボっていたのだ。



「あ…これって……!」



ショーケースを指さすと彼女は店員を呼んで中の人形を1つ、それからもう1つをそれぞれ購入する。

そして店を出ると学校へと向かった。

何事も無い様に図書準備室のドアを開けるとペシッと頭を紙を丸めた物で叩かれた。顔を上げると詩乃が此方を見て立っている。



「改心したんじゃ無かったのか?」




「うるせぇ、こっちにはこっちの事情が有るんだよ…怪異は何とか退治した。これで良いだろ?」



明日香は中へ入ると鞄を置いて椅子へ座った。

詩乃は彼女の横に立ったまま彼女へ話し掛ける。



「…佐藤結衣の思念が乗り移った人形、それがメリーさんの正体。余程大切にされてたんだろうね、見た目は人形というか完全な女の子だったよ。」




「え…ちょっと待て、何でお前が知ってんだ!?」





「朱里が急かすから様子を見に行ったら偶々出会したんだよ…手助けはしなかったけど。」



詩乃はそれを伝えると明日香は立ち上がり、彼女の方を向くと不服そうな顔をしていた。



「見てたなら助けろよ…殺されかけたんだぞ、こっちは!また病院送りになる所だった……!」




「そりゃあ助けられてたさ。でもキミは自力で乗り越えただろう?後は実戦あるのみ…改めてようこそ、新米祓い師 奏多明日香。私はキミを正式に此処の人間として認めよう。見習いは卒業!良かった良かった!」



詩乃は手を差し出すと明日香はそれを無言で握り締めた。そうしているとドアがノックされ、詩乃がどうぞと合図すると顔を覗かせたのは結衣だった。



「あの…奏多先輩は?」




「居るよ、今私の目の前に。」



ごゆっくりと詩乃は明日香の背を押して結衣の方へ向かわせると詩乃は奥の資料室へ消えた。

結衣と明日香だけになると何かを思い付いた様に明日香は通学カバンから紙袋を取り出した。それを彼女の前へ差し出す。

受け取った結衣は不思議そうに明日香を見つめていた。



「…先輩、これは?」




「ちょっと色々とな。良かったら…受け取って貰えるか?」



結衣が不思議に思って紙袋から取り出したのはケースに入ったドール人形。金髪の赤目に長髪だが服装は学生服を着ていた。



「これって…ユキちゃん…!?」




「悪ぃ、同じ服のは見つからなかった。あんな怖い思いをしたのは知ってる…けど、未だ人形が好きなら…受け取ってくれるか?アイツの代わりって言っちゃアレだけど。」



結衣は頷き、そのケースを抱き締めていた。

そして明日香はもう1つ別の人形を取り出す。

それは黒い長髪に青い目をしたドール人形で同じ制服を着ていた。



「こっちはソイツの友達。同じ学校に通って、同じ時間を過ごして…放課後は一緒に遊ぶ。唯一無二の親友…って奴。」


ケースを机の上に置くと明日香は喜んでいる結衣を見て微笑んでいた。

すると結衣がくるりと明日香の方を向くと頭を下げた。



「ありがとうございます…明日香先輩!この子達、大切にします!」



奥の資料室で2人の話を聞いていた詩乃は頷くと1人微笑んでいた。



「…やれやれ、彼女らしいと言えば彼女らしいか。私にはあんな芸当は出来ないし思い付かないよ。」


少し詩乃が顔を出すと明日香と結衣は互いにドール人形を見ながら笑顔で話している。

それは休み時間が終わるまで続いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る