10話_赤イ怪異
シャンという鈴の音が何年も人の出入りが無い廃墟と化した建物の中で響いた。
白髪の巫女は自らの手に持つ鎌を異形の者へ振り翳し斬り裂く。悲鳴の様な断末魔と共に消滅した。
「…討滅完了。」
彼女の名は神代涼華、詩乃とは敵同士の祓い師だった。彼女が振り向くと後ろのドラム缶の影から小学生くらいの少女が出て来た。
涼華は鎌を消すと彼女の方へ近寄る。
「此処は危ない場所だ…もう此処へは来ないと私と約束出来るか?」
すっとしゃがむと少女の顔を見つめる。頷くと涼華は微笑み、彼女と指切りを交わす。出口まで共に向かうとそこで別れると少女は立ち去った。
涼華は少し手を振ると見えなくなる迄、彼女を見送っていた。
「…子供にも怪異が近寄って来るとは。そこまで生に執着するのは生前の固執からか?それとも別の何かか……。」
涼華も廃墟から離れて歩き出す。
暫く進むと通り掛かったのは小学校の前。
微かだが何かを感じ取ると足を止め、学校の校舎の方を見つめていた。
「……邪気を感じる、微かだがあの中から。」
涼華は校門から中へ入ると目立たぬ様に裏手から校舎の中へ。既に放課後という事もあり生徒の数は殆ど居ない。廊下を進むと1人の少年とぶつかってしまう。涼華とぶつかった少年は涼華の方を見ていた。
「痛てて…お姉さん、誰?」
「…心配するな、少し見回りに来ただけだ。大丈夫か?」
そっと手を差し出すと少年は涼華の手を握って立ち上がった。直後に何かを感じ取ると少年を後ろへ回し、前を見つめる。廊下の角から紅いマントに白い仮面を付けた何者かが此方を見ていた。
「翔太君…何処へ行ったのかな?おや、ご客人ですか。それも不思議な格好をしていらっしゃる…お尋ねしますが、少年を知りませんか?これ位の小学生の男の子なのですが……?」
「…知らない。人違いだろう?」
「そんな筈は有りません…何故なら此処を曲がるのを見ましたからねぇ?そうしたら貴女が居た…そこに居るのでしょう?翔太君?貴方は赤いマントと青いマント…何方がお好みですか?」
仮面の男が高めの低い声で此方へそう投げ掛ける。
涼華の後ろで少年はガタガタ震えていた。
恐らく彼が翔太君なのだろう。涼華は彼の手をそっと握りながら呟いた。
「…私が必ずお前を家に返してやる。少しそこに隠れていろ、怖かったら目を閉じていれば良い。」
翔太は頷くと直ぐ横にある階段の非常扉へ隠れた。
「…貴様、怪異か?それとも咎人か?」
「そう言う貴女は…何者なのです?」
「私の質問に答えろ、答えなければ貴様の首が宙を舞うぞ?」
涼華は仮面の男を威圧する。
赤い瞳が相手を真っ直ぐ捉えていた。
「…成程。お嬢さん、貴女は只者では有りませんね?人間の中には最も厄介で最も関わりたくない最悪の相手というのがこの世には居る……我々の様な人に害を成す存在を許さず斬り捨てる輩が…ッ!!」
仮面の男はマントの内側から刃物をこっそり取り出す。そして涼華へ向け走って来た。距離を詰めて刃物を振り翳したがそれは届かなかった。いつの間にか彼女は鎌を呼び出していたのだ。男の持つ刃物は涼華の直ぐ前で止められている。
「…
「やはり、貴様は…祓い師かッ!!」
「そういうお前は…怪異か。それもヒトの噂で作られた人為的な存在……。」
涼華は弾き返すと獄鎌を手に持つ。しかし、廊下の狭さと天井の高さではこの鎌は振るえない。間違い無く引っ掛かってしまう。
「貴女には問答無用で赤いマントを差し上げましょうッ!!」
「獄鎌…
男が距離を取ると此方を睨んでいた。
すると涼華は獄鎌を消し、新たな形へ作り替える。
それは黒い鞘の刀だった。本来は滅多に使わないのだが止むを得ない。涼華は走りながら息を少し吸い込み、鞘から刀を引き抜いた。
「斬……ッ!」
左から右斜め上へ振り上げると火花が散った。
彼女の振り上げた刃は刃物に当たったらしい。
男の手から刃物がすり抜けると涼華は彼の脇腹を鞘で殴って離れた。
「ぐぉおッ!?ッ…効きますねぇ…ッ!ですが絶対に貴様を此処から出さぬ…必ず殺して差し上げますよ…必ずね!!」
男は脇腹を抑えて姿を消してしまった。
涼華も刀を握ったまま、周囲を見回すが気配は消えていた。鞘へ刃を収めると翔太の方へ近寄る。
「…行こう、此処は危険だ。」
「うん…。」
涼華は翔太の手を握ると夕暮れの小学校の校舎の廊下を歩いて行く。脱出する為の手段を探しに。
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先ずは階段を降り、玄関へと足を運ぶ。
やはり全て施錠されてしまい開く気配が無い。
「ダメだ、開かないや…どうしよう?アイツ追って来るかな?」
「…そうなれば戦いは避けられない。他を探そう、長居は危険だ。」
涼華は翔太と共に歩き出す。その間、翔太は彼女へ質問をし始めた。
「お姉ちゃんは何処の学校の人?」
「…高校生、北見高等学校の2年生だ。」
「コウコウセイ…だから俺より大人!?すっげー…お姉ちゃん、名前は?名前なんて言うの?俺は今村翔太!」
「涼華だ。涼げな華と書いて涼華。」
「スズカお姉ちゃんか…良いなぁ、俺もお姉ちゃん欲しいよ…あのさ、俺のお姉ちゃんになってくれよ!」
「…?理解不能だ。お前と私は血が繋がっていないだろう?」
「お願い!今だけで良いから!頼むよ…な?」
翔太は一生のお願いとして涼華へ両手を合わせ懇願して来た。
「仕方ない……此処を出る迄だ。その方がお前の怖さも落ち着くなら、そうしよう。」
「やった!へへッ、こんな美人が俺の姉ちゃんなら良いのに。」
「…翔太は他に兄弟や姉妹が居るのか?」
「居るよ、妹が1人。でもさぁ…俺お兄ちゃんだけど色々嫌なんだよな…お兄ちゃんだから我慢しろとか優しくしろとかお父さん、お母さんから色々言われるし……。」
翔太は肩を落とした。どうやら彼も家で色々苦労しているらしい。
「……長兄には下の子を守る役目が有る。いざという時、立ち向かう為だ。妹や母親をお前が守らなくてどうする?父親と共に守るのが長兄の役目。多少の理不尽には目を瞑るべきだ。」
「そういや、スズカ姉ちゃんは他に妹とか弟は居るの?」
「…姉が居る、名は姫華という。この近くの出入口は…アレか。」
涼華がそう伝えると今度は校舎の裏側へ来た。
業者も此処を利用するらしいのだが、やはりドアは施錠されていた。涼華がドアノブを回して引いてもやはり開かない。涼華も此処から入って来たのだ。
「スズカ姉ちゃん、その刀で斬れないの?」
「…鉄を斬れる程の切断力は無い。それより、お前は何故アイツに襲われたのだ?」
涼華が振り向くと翔太を見つめる。
翔太はゆっくりと話し出した。
「…放課後、トイレに行ったらアイツが出て来て青いマントか赤いマントが欲しいかって聞かれて。怖くなって逃げたんだ…元は友達が噂通りに呼んでみろって言うから…それで!」
「…その友達は?」
「解んない…多分未だ何処かに…!」
翔太は涼華へ話すと彼女は真剣な面持ちで翔太を見つめていた。そして再び話始める。
「翔太…、友達を助けに行こう。」
「ええ!?でも…俺だけあんな怖い目に合ってるのに…アイツらなんて助けなくても良いだろ!そもそも悪いのはアイツらじゃんか!」
そう訴えた翔太の肩を掴むと涼華はじっと彼を見つめていた。
「…友達なのだろう?このまま奴に殺されてしまえば二度と会えなくなる。それでも良いのか?…悪戯で怪異を呼んだ事は確かに悪い事だ。でも、友達を見捨てるのはもっと良くない事…解ってくれるな?」
そう伝えると翔太は小さく頷く。
涼華は彼の頭を優しく撫でると少しばかり微笑んだ。
「…何処へ逃げたか解るか?」
「確か、タカシは右…トオルは…解んない。」
「先ずはタカシからだな…奴を呼んだのは何処のトイレだ?」
「えっと、4階の階段近くのトイレ!」
翔太が思い出した様に話すと涼華は1階から4階へと足を運ぶのだった。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
4階。そこは6年生のクラスが並んでいた。
翔太の学年は3年、だから本来なら用事は無いのだ。
「此処だよ、此処からアイツが!」
「…男子トイレか。怪しい気配は感じない…確かタカシは右へ向かったと言ったな?」
翔太の方へ振り向くと彼が頷く。男子トイレから見て右、その方向には図書室がある。
ゆっくりと歩みを進めていた時、涼華は足を止めて刀を握り締める。
「翔太…絶対に私から離れるなよ。」
すっと刀の柄を握り締めると刃を少し露出させる。
何かを研ぐ様な音が前方から響き始めると図書室から出て来たのは青い仮面の男。 此方を見ると急に喜び始めた。
「…見つけた、見つけたぁッ!!イヒッ…!キヒヒヒッ!!」
「薄気味悪い…お前も赤い奴の仲間か?」
そう問い掛けると青いマントの男は両手の刃物を擦り合わせて不気味に笑っていた。
「だったらぁ…どうするんですかぁ?」
「…討滅する。」
涼華は刀を引き抜くと刃先を向ける。
ニヤリと青いマントの男が微笑むと襲い掛かって来た。
「貴女にィ!!青いマントを差し上げますよぉお!!!」
「…闇切、存分に奴を喰らえ。」
飛び掛ってきた青いマントの男を涼華は一振で斬り捨ててしまった。悲鳴と共に消滅すると再び刃を鞘へ収める。
「姉ちゃんカッケー…!」
「…先を急ぐぞ、翔太。」
翔太と共に涼華は図書館へ訪れる。
引き戸を開いて見回すと人の気配を感じる。
翔太が何かに気付いたのか机の下へ走って行く。
「タカシ!タカシじゃんか!大丈夫だったか?」
翔太はタカシという少年へ声を掛ける。先ずは1人目。残る2人を見つけなければならない。
「…翔太、タカシと共に此処に居ろ。」
「え!?でも!」
「…奴の気配がする、恐らく気付かれた。もし危なくなったらコレを投げろ。そうすれば助かる。」
涼華は翔太へ人形の紙を何枚か手渡す。
そして彼女だけが外へ出て行った。
殺気を感じると左へ振り向く。そこに居たのは最初に会った赤マントの男だった。
「あーあ…見つけてしまいましたか……。」
「答えろ。残りの1人は何処だ?」
「教える訳無いでしょう…?貴女はこれから死ぬんですよ?その前に私の同胞をよくも殺してくれましたねぇ…先ずは彼の敵討ちをさせて貰いましょう。貴女のその綺麗な顔が恐怖と苦痛で歪む様を私に見せて下さいッ!!! 」
「…戯れ言は終わったか?」
涼華は相手と向き合うと睨みつける。
そして闇切を鞘から引き抜く。対する赤マントも
刃物を握り締めている。仮面の下では恐らくニヤニヤ笑っているのだろう。
「今度こそ…貴女に赤いマントをッ!!」
「来る…ッッ!」
先に仕掛けたのは赤マント、涼華へ刃物を振り翳すとそれを涼華が刀で防ぐ。火花が散るとそこから何度か連続し切り結んでいくと互いに離れた。
「やはり強い…ですが、仲間を殺された仇は取らせて貰いますッ!!」
「悪いが、貴様には消えてもらう…ッ!!」
そして再びお互いの刃がぶつかり合った。
振り払うと涼華は突きを繰り出す。しかしそれは受け流されてしまった。
「何!?ッ…ぐぅッッ!?」
擦れ違った際、腹を蹴られてしまいふらつく。
涼華が振り向いた時には赤マントの刃物が確実に此方を捉えていた。
「貰ったぁあッッ!!」
赤マントは涼華の胸元へ刃物を突き刺した。
間違いなくその刃は急所である心臓を突き刺している。その瞬間、涼華の身体は白い花の様が散る様に消滅してしまったのだ。
「…死んだか。ふふ…祓い師破れたり!!あーっはっはっはっはぁ!!!」
赤マントは勝ち誇った様に急に笑い出した。
後は子供3人を血祭りにあげて楽しむだけ。
楽しい楽しい余興の幕開けだ。
「翔太君…タカシ君…そこに居るのでしょう?出て来て私とパーティしましょう?ねぇ…ッ!?」
その瞬間、ドスッという鈍い音がすると視線を下へ向ける。そこには日本刀の刃先が突き出ていた。しかも自分の腹部から。何故腹から日本刀が?いや、でも可笑しい。確かに先程の祓い師は日本刀を持っていた。だが、アイツは殺した筈。自らの手で。
「バカな…ッッ!?」
「……この程度の事で私が死ぬと思っていたのか?」
突然、冷めた様な声で話し掛けられる。
それは先程も聞いた声。あの白髪の祓い師の声だった。
「貴様…死んだ筈では…ッ!?」
「ちょっとした術を使わせて貰った…お前なら余計に効くと思ったからだ。答えろ…残りの子供は何処へ隠した?」
赤マントは何とかして涼華から逃れようとするが彼女の鋭い殺気と視線から逃れられない。身体が動かないのだ。
「誰が…話す物かぁ…ッ!!」
「…強情だな。だが、それがいつまで持つか…ッ!」
涼華は刀を引き抜くと赤マントが振り向いた瞬間に斬り裂いた。直後に刀の刃先がドアのガラスへ当たるとパキンと大きく割れてしまう。
「貴様…ッ、貴様だけはぁあ……ッッ!!」
立ち向かおうとするも赤マントは満身創痍。
最早、抵抗は無意味だ。この目の前に居る祓い師により自分は消される。そう思うと納得が行かない、自分は誰よりも強い怪異であるとそう自覚しているから。だからこそ許せないのだ。こんな小娘程度に負けるのは。
「……許さない。そう言いたいのか?それは此方も同じ事だ…お前のくだらぬ遊びのせいで子供の命を危険に晒しているのだから。言え、子供は何処に居る。」
「くッ…1階の……体育館…倉庫の中…ッ!」
赤マントは苦し紛れに話すと消えてしまった。
涼華は目を閉じ、一呼吸置くと刀を収める。
再び図書室の中へ入ると涼華は翔太の元へ向かった。
「翔太…大丈夫か?」
「うん、平気…トオルは?何処に居るか解った?」
「…体育館倉庫だ。此処から先は私1人で行く…玄関が開いたら直ぐに逃げろ、振り返るな。」
「俺も行く!姉ちゃん、良いだろ?」
ぎゅっと涼華の服の袖を掴む。だが涼華は首を横へ振り、それを断った。3人は4階から階段を降りて体育館近くまで向かうと涼華はそこで立ち止まり振り向いた。
「…お別れだ。翔太、彼を頼む。」
「スズカ姉ちゃんッ!!…死なないでね?約束だよ?」
「あぁ、必ず戻る…心配するな。」
涼華は優しく語り掛けると翔太達に背を向けて体育館の中へ。その瞬間、扉が勝手に閉まった。勿論、翔太達が閉めた訳では無い。
そして感じたのは先程と同じ鋭い視線。振り返ると赤マントが此方を見据えていた。細長い左右のキレ目と吊り上がった口は不気味そのものだった。
「…悪いですが貴女の活躍はここ迄ですよ。終わらせてあげます…今度こそッ!!」
「傷が癒えている……何故だ?」
疑問に感じた途端、涼華へ向け無数の刃物が飛んで来る。それを涼華が刀で弾き飛ばすと再び交戦が始まった。
「貴女を此処へ誘い込んだのは貴女との決着を付ける為ッ!!まんまと誘いに乗ってくれて助かりますよ…!!」
「罠か…随分と姑息な真似をする。しかしッ!!」
涼華が間合いを詰めて刀を振り翳した時、右手に何かが当たり刀が弾かれる。飛んで来たのはバスケットボールだった。
「ッ…まさか他にも怪異が!?」
「よそ見をしていると…危ないですよぉおッ!! 」
刃物が涼華の顔の真横を掠め、右頬から血が垂れる。幸いな事に体育館は距離が取り易い事から何とか回避は出来る。だが飛び退けば今度はバスケットボールが飛んで来て彼女を追い込む。
左足に命中すると涼華は転んでしまった。
「不味いッ…!?」
「貰ったぁああッッッ!!!」
グサッと刃物が突き刺さる。しかし突き刺さったのはバスケットボール、涼華は咄嗟にそれを盾にしたのだ。
「あーもう…しぶといですねぇ!?いい加減死んでくれると…有難いのですが…ッッ!!」
「生憎…ッ、私は死ねない…!約束したのだ…義弟と…ッ!!」
涼華は赤マントを押し返すと突き放した。空気の抜けたバスケットボールを赤マントが投げ捨てると再び刃物を構えて来る。今度は2本、それも左右に同じ長さの物を持って。
「…貴女、死にましたよ?私にここまでさせるのだから。最後に祓い師の悲鳴を私に聞かせて下さい…泣いて謝っても許しませんからねぇええッ!!!」
「……言いたい事はそれだけか?」
涼華は俯きながら呟く。すっと右手を正面へ向け、前を向く。だがその手には何も握られていない。
「ふッ、何かと思えば!ハッタリですか?この期に及んで?それしか手が無い…そういう事ですか?」
刃物を擦り合わせると嫌な金属音が響き渡る。
涼華は目を開くと赤マントを睨み付けた。
「…舞え、獄鎌ッ!!」
「だが…遅ぉおおいッッ!!!」
赤マントが走り出して刃物を振り翳す。だが涼華の手には何も握られていない。
涼華との距離がある程度縮まった時に彼女の右手へ飛んで来た刀、闇切が握られる。それが形を変えて鎌へ変化するとそれを両手で持ち、横一線で振り翳し斬り裂く。赤マントは刃物斬り捨てられると動揺した様子で涼華を見ていた。
「バカな…ッ!?この…私が…負ける…筈は…ッッ!?」
「…散れ、もう貴様との戯れには飽きた。」
そう涼華が投げ掛けると赤マントは塵となって消えてしまった。涼華は獄鎌を消すと体育館倉庫を開ける。そこには震えている少年の姿があった。
「…外で翔太と友達が待っている…帰ろう。」
トオルは頷き、涼華と共に体育館倉庫を後にした。
靴を履き替えてから外へ出るとトオルは2人と合流する。時刻はもう夜の20:00、本来なら小学生が出歩く時間では無い。涼華も校門を出ると翔太が駆け寄って来た。
「…姉ちゃん、もう行っちゃうの?」
「ああ。お別れだ。友達と仲良く…そして妹を大切にな。」
すっと涼華は屈むと彼の頭を撫でた。
翔太はその手を握ると涼華の方をじっと見つめる。
「あのさ、俺…スズカ姉ちゃんみたいになりたい!姉ちゃん、アイツと戦ってた時…カッコ良かったから!だからはらい…何とかってのに俺もなりたい!」
涼華へそう訴え掛けると彼女は少し呆気に取られてしまう。小さく頷くと再び話を始めた。
「…祓い師だ。今日より怖い思いを沢山するかもしれない…危ない目に沢山会うかもしれない。それでも成りたいと思うか?」
「うん…ッ、俺…決めたから!!難しい事は良く解らないけど…俺がスズカ姉ちゃんを…って、姉ちゃん……?」
涼華は何も言わずに翔太をそっと抱き締めていた。
自分でも何故こうしているのか解らない。
ゆっくり離れると涼華は彼へ向き直った。
「…10年後、もし覚えていたらまた私に会いに来ると良い。その時はお前に私の持つ全てを教えよう。」
涼華は立ち上がると背を向ける。
翔太もまた涼華の背中を見ていた。
「俺…絶対会いに行く、だから待ってて!!」
「……楽しみにしている。神代神社の御神木…そこで私は待っていよう…お前の事を。」
涼華はそう言い残すと翔太達の元を去った。
10年後、この約束が彼女に大きく関わって来る事を未だ涼華は知る由もない。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
帰り道の事。涼華が歩いていると人通りの少ない路地で足を止めた。
「…尾行とはどういう神経ですか?大津先生。」
涼華は振り向かず呟く。後ろに居たのは大津円香、詩乃と涼華の通う高校の教師だった。
「バレてたか…大丈夫、殺そうとかそんなんじゃ無いから安心して。やり合う気も無い。」
「…では何故?」
「小学生3人を怪異から助け…その中の一人とまた会う約束を交わした。キミは彼を弟子に取るつもりなのか?」
そう投げ掛けられると涼華は目を逸らした。
祓い師は並大抵の人間がなれるモノでは無い。
一般人でも厳しい修行に耐えられず辞めていく者も居る。そのせいか若い祓い師が少ないのが何よりの課題でもあった。
「……未だ解りません。」
「そっか…けど神代は文字通り神に代わって悪霊や怪異、それに加担した人間にさえも裁きを加える。その重荷に耐え切れるとは到底思えないが?」
「…お言葉を返す様ですが、鈴村もそうでしょう?彼等の掲げている理想である怪異との共存…。そんなのは出来る訳が無い。それに悪霊や怪異を野放しにすれば連中による事件や事故が頻発する…。近年増えている生きた人間が怪異化しその原因の一端を作っているのは避けられぬ事実…そうなれば今より悪化する事になる。違いますか?」
涼華は円香を見据えると呟いた。
円香は溜め息をつくと両手を上げて降参のポーズを示した。
「…私は神代と鈴村が手を取り合うべきだと思っている。害を成す悪霊や怪異は斬り捨て、脅威とならないモノは保護する。これ以上争い続けても何も変わらない…何処かで終わりにしないと。」
「……先生は何方の生まれでも無いのに何故そこまで詳しいのですか?」
円香はそう言われるとポニーテールを止めていたヘアゴムを解くとじっと涼華を見つめる。一方の涼華も髪を解いたその姿に酷く見覚えがあった。
「円香……お姉…ちゃん…?」
「そう、私だよ…涼華。鈴村円香…それが私の本名。」
2人はじっと見つめあっていた。
幼い頃、自分が遊んでもらったのが彼女だったから。そして彼女を通じて知り合ったのが幼い頃の親友の女の子、シノだったから。
涼華の止まっていた時が少しずつ動き出そうとしていた。
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