7話_深夜放送

ある夜の事。

1人の少年が夜遅くに部屋でテレビを見ていた。

見たいテレビ番組は深夜、つまり夜中の12時から始まる物。彼が見たいのはドラマ、つい先週の放送では恋人同士となる筈の2人が色々あった末に遂に出会ったという回。そして今回はそこから先の話を見られると思うとワクワクしていた。

放送開始時刻となり、そこから約30分掛けて放送が終わった。だが少年はこの時間帯でも何か色々やってるのかと思って他のそのままテレビ番組を見始めた。芸人同士が趣味やら何やらで色々話しているバラエティを自分も見る。それはとても面白かった、明日学校がある事も忘れて彼は見入っていた。

それからテレビを見続けていたある時。

放送時間全てが終わったのは午後2時半。

すると画面から悲しげなクラシック調の曲が流れて来た。


[NNN_臨時放送]


そう表示された背景にはゴミ処理場の景色がモノクローム(白黒)で映されていた。

そしてゆっくりと何かが下からスライドしてきた。


吉田武(68) 南 サエ(87)


田中敦司(60) 横山沙也加(45)


後藤眞二(78) 大野千代(90)


笹川芳雄(55) 中川愛華(29)


野田光太郎(18) 秋乃夏海(20)


織田智(34) 天海蘭(22)


明日の犠牲者は以上です。おやすみなさい。

幾つかの人の名前が流れた後、映像は普通のカラーバーへ戻る。その中には自分の名前も含まれていた。野田光太郎、それが自分の名前。



「え…俺…明日死ぬのか……?」



彼は不安に駆られながらテレビ本体のスイッチを押し、電源を切る。そして眠りについた。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

「おーい、いつまで寝てんの?起きなって、詩乃!」


あるアパートの一室で詩乃の名前が呼ばれた。

彼女の名を呼んだのは茶髪のポニーテールの女性。名前は大津円香、本名は鈴村円香なのだがある事情から大津と名乗っている。

ユサユサと詩乃の身体を揺さぶった。


「んん…五月蝿いな…何だよ……?」




「学校!ほら早く支度しないと!!朝ご飯出来てるから一緒に食べよ?ね?」



ニコニコしながら詩乃の方を向く。

ぶすーっとした顔をしながら詩乃は「嫌だ」と一言呟くと寝ようとした。



「何でよ、お姉ちゃんと食べるのそんなに嫌!?」




「…毎朝黒焦げのトースト、うっかり見過ごして賞味期限切らした市販の野菜サラダ……それから殻の入った目玉焼き。上げればキリが無いじゃないか……だったら私はコンビニで美味しいご飯を買う!」




「むぅ、一緒に住んでるのに…折角作ったのに!たーべーてーよぉーう!!」


円香は頬を膨らませて駄々をこねた。実は彼女、これでもかと言う位に家事や炊事が下手。そして何より普段はクールを装っているが家ではシスコン。しかも逆パターンで妹が姉から離れないのでは無く、姉が妹から離れないのだ。



「ええい、離せ!解ったよ…食べる!食べますから!全くもう……!」




「やった!じゃあリビングで待ってるねー♪」



ルンルンと小刻みでスキップしながら円香は部屋から出て行った。この狭くも広くも無いアパートに詩乃と円香は2人で住んでいる。

これも全て訳あっての事。詩乃は部屋で制服に着替えてからリビングへと向かう。

やや大きめの木目調のテーブルの上にはお互いの食事が並べられていた。赤と黒のマグカップにはコーヒーが入っている。椅子へ腰掛けると食べ始めた。



「やれやれ…頂きます」


先ずはカップを持ってコーヒーを1口。これは市販のインスタントコーヒーだから普通。因みに詩乃はミルクだけ入れる派。置いてから今度は目玉焼きへ醤油を掛け、フォークで丁寧に切って1口。ジャリッと何かを噛んだ不快感がする。焦げ目では無い、殻だ。少し不快そうな顔をしながら次は皿の上にある黒焦げになった四角い物体Xへ目をやる。何をしたらこんな事になるのだろう?それを無視して目玉焼きとコーヒーだけ食べた。 それを見た円香は少し不機嫌になっている。



「ねーえ、トーストとサラダ食べないの?」




「トースト…じゃ無くてこれは炭だよ炭。それからサラダ…期限いつの?」




「えーと…4日前!」




「……妹を殺す気か?ご馳走様。夕飯は勝手に食べるから気にしなくて良い。」




「えー!?ちゃんと食べないと身体持たないって!第一細すぎるのよ詩乃は!もっとお肉付けなさいよ!」




「誰のせいだ、誰の!まぁいいや、行ってきます…家の鍵ちゃんと閉めてから出てよ?この前開いてたから!」



詩乃はコーヒーを飲み干すと鞄を持って足早に出て行った。 アパートの階段を駆け下りて行くと通りへ出た。普段から似た様なやり取りをしているのはもう何度目だろうか?

そんな事を考えながら詩乃は学校へと向かっていた。暫く歩くと学校へ着き、校門へと差し掛かる。

中を通ると何やらザワザワと騒ぎが起きていた。

こぞって上を指さしている。



「何だ?騒がしい……。 」



野次馬の元へ近寄ると自分も上を見る。

そこには1人の男子生徒が屋上のフェンスを跨いだ先に居た。周囲から危ないだの止めろだのの声が飛び交っている。



「まさか…飛び降りる気か!?」



詩乃がそう思った時、その予感は的中した。

まるで倒れる様に男子生徒は前のめりで屋上から落下する。あの高さから落ちれば間違いなく即死だ。



「くッ…今日は朝から散々だな…加速アクセレイション!!」



小声で呟くと詩乃は駆け出す。あっという間に真下へ来ると更に何かを唱える。



吸収アヴソープッ…!!」



受け止めるとその際の衝撃を受け流す。

ぶわぁあっと周囲へ土煙が舞い上がった。



「ふぅ…一安心、一安心。」



ゆっくりと彼を降ろすと無事なのを知り、安堵すると立ち上がった。

周囲が拍手するのを無視して詩乃はその場から立ち去り、1人で玄関へ向かう。それから靴を上履きへ履き替えると図書準備室へと向かうのだった。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

図書室へ入り、その奥の準備室へ。

そこのドアを開けると中に居たのは朱里だけ。

朱里は詩乃を見ると手を振って来た。



「おはよう、朝から大活躍だったみたいね?」





「男子が飛び降りたのを私が能力で受け止めて助けただけだよ…明日香は謹慎で来られない。櫻井君と志島さんは?」




「まだ見てないわ。それより…彼、何で飛び降りたの?」



詩乃は重ねられた椅子の上に鞄を置くと

自分も椅子へと腰掛け、朱里の前に腰掛ける。



「それが解ってたら苦労しないよ…全く。」




「そうね…ところで、最近流れてる変な噂知ってる?」





「噂?……何の?」



朱里はポケットから携帯を取り出し、動画を見せた。タイトルには謎のテレビ映像と書かれている。

拡大した画面で動画を見るとクラシック調の音楽に廃工場の背景で人の名前が流れて行く。

それから最後に、明日の犠牲者は以上です。おやすみなさい。と記載されていた。それから動画は途切れた。



「此処に名前が載った人は何かしらの形で死ぬ…でもまぁ、実際にその人が死ぬかと言われると怪しいけど。」



朱里は動画を止めると首を傾げていた。

確かに不可解な話だが、既にこの手の話はネットで流行っている。SNSを開けば全てこの話題だ。

詩乃も試しに携帯からSNSを開き、ワードで検索して調べるとやはりこの話が真っ先に出て来る。



「…チェーンメール的なそれとは違うのか?これ。」





「それは私にも解らない。でも、祓い師の貴女なら何か掴めそうだと私は勝手に思ってるけど?」





「解った…調べてみる……この時間帯ならまだパソコン室は空いてるし誰も使ってない筈だしね。」



詩乃は立ち上がり、戸棚から菓子パンを取り出すとそれを持って準備室から出る。更に図書室のドアを開けて廊下へ出て4階の中程にあるパソコン室へと向かった。



「失礼しまーす…っと。」



詩乃はパソコン室へ入り、近くの端末の電源を入れてから椅子へ腰掛ける。右手側のマウスを操作しながらブラウザを起動し例のワードを入力、検索を始めた。

出て来たのは大量のウェブサイトのリンク、その一つ一つの名前も怪しい物ばかりだ。



「やはり調べれば出て来るな…流石はインターネットと言った所かな。しかしまぁ、どれもこれも怪しいモノばっかり……。」



左手で頬杖を突きながらカチャカチャと指先でマウスロールを回しつつ動かして行く。

暫く探っているとパソコン室のドアが開き、誰かが入って来た。



「やや…鈴村殿!?奇遇ですな、何をなさってるのです?」




「おっ、田中君か。ちょっと借りてるよ。調べ物さ、調べ物!」



やや細い彼は田中弘幸たなかひろゆき、このパソコン室を部室代わりにしたパソコン部の部長でもある。

詩乃とはゲームの話題を通じて協力者として裏で動いてもらっている。



「…田中君、例の話は知ってる?」




「深夜に謎の映像が流れる…という物ですか?」




「そうそう!それについて何か知ってる?」




「もう既に情報は何件か集まってますぞ?ふふ…誰かが意図的に流している、或いは放送ミス、それとも見た人間だけに何かしらの影響を及ぼす何かが有る……とか色々ですな。信憑性が高いのは放送ミスの線でしょうけども。」


弘幸は淡々と詩乃へ説明した。成程と詩乃が頷くと彼女もまた考え始めた。

彼の言う通り誰かが意図的に流しているという説も一理ある。だがその誰かが解らない為、調べるにも難しい。今朝の男子生徒が飛び降りた事にも何かしらの関係が有るのだろうか?



「……結局埒が明かないな、この件は。調べれば調べる程ドツボにハマってしまう気がする。」




「何でしたら後で纏めて調べたデータをお渡ししましょうか?」



弘幸は微笑むと詩乃は目を輝かせて大きく頷いた。



「よし、それじゃあ任せるよ。パソコン室の頭脳!」




「ええ!お任せを!!」



詩乃はサイトを全て閉じてパソコンの電源を落とすと、弘幸に全て終わったら図書準備室に来て欲しいとだけ伝えるとパソコン室を後にする。

調査と言っても今出来るのはこの位しかない。

詩乃は図書室へと戻って来た。



「たーしか…オカルトの本、オカルトの本は…っと、あった!」


棚を探しているとお目当ての本を見つけ、テーブルの上へ。それを開くとペラペラ捲った。

そしてある項目で止めた。開かれたページに書かれていたのは現代の怪異という物。



「深夜にテレビを見ていると流れるのがこの写真の映像なのだが、悪魔でこれはフェイクとされている……しかし真相や真意は定かでは無い。本でも明確な事は書かれてないんだな。」



詩乃は怪訝そうな顔をしながら見ていた。

こうなると最早、お手上げだ。詩乃は本を棚へ戻すと準備室へ戻る。朱里は自分の教室へ戻ってしまった事から今は詩乃1人。椅子へ腰掛けて足を組むと背もたれに寄り掛かって天井を見上げていた。

ボーッと考えているといつの間にか目を閉じて眠ってしまった。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

「鈴…村…さ…ん?」



誰かに呼ばれた気がする。

詩乃は目を閉じたまま顔を向け、返事をした。



「鈴村…さん、鈴村さんッ!」




「うわぁあっとぉ!?あ…何だ、櫻井君か…おはよう。」



目を覚ますと理人がそこに居た。

どうやら自分の事を起こしたのは彼らしい。



「おはようって…もうお昼だよ?まさかずっと寝てた?」




「あぁ…もうそんな時間か。どうやらいつの間にか眠ってしまったらしいな……。」




「また何か依頼が来たとか?」



理人がパイプ椅子を持って来ると彼女の近くへ腰掛け、弁当を置いた。詩乃は背伸びをして体を軽く捻る。



「ああ、例のテレビ映像の件だよ。キミも知ってるだろう?映像の中に人の名前が乗ってるって話。」




「あー…話題になってたよ。他のクラスもその話で持ち切り。実際に見た事無いから解らないけどさ。」



理人は弁当の包みを開くと2段重ねの弁当箱をズラして蓋を開ける。箸を取り出すと頂きますと一言呟いてから食べ始めた。



「お、愛妻弁当かい?」




「え!?違うよ、普通の弁当…鈴村さんは食べないの?お昼。」



理人はおかずを食べながら呟く。詩乃はカバンからパンを取り出すとテーブルの上へ置く。それから冷蔵庫からコーヒーの入ったペットボトルを取り出して隣へ置いた。



「さて…食べますかね。頂きますっと。」



手を合わせるとパンの包みを開けて食べ始める。

食べながらでも考えているのは例の番組の事。

そしてピタリと手を止めると振り向いた。



「櫻井君…頼み事が有るんだ。」




「頼み事?何、改まって。」



理人も箸を止めると首を傾げた。



「私と泊まって欲しいんだけど…ダメかな?」




「と、と、泊まる!?何処に!?」




「私の家。」




「鈴村さん家!?ダメだって、僕には明日香が…!浮気なんてしたら殺される!!」



顔を真っ赤にして首をブンブン横へ振る。

だが詩乃は続けて話した。



「……そんなやましい事する訳無いだろ、検証だよ。け・ん・しょ・う!例の映像を見る為の!」




「な、なーんだ…そういう事か……。」



理人は安堵したらしく胸をなで下ろした。



「今日の放課後、また此処に来て欲しい。住所は此処だから1泊分の荷物だけ持って来てくれれば良いよ。明日は土曜日だから終わったら朝に帰ってしまえば良いからね。」




「……解った、それじゃあまた放課後に。」




理人は弁当を食べ進め、直ぐに食べ終わってしまった。片付けると足早に教室へと戻って行く。

詩乃はのんびりとコーヒーを飲む。それから入れ替わりで入って来たのは朱里。

椅子へ腰掛けると早速話し掛けて来た。



「どう、進捗は?」




「んー?取り敢えず検証する事にしたよ。映像を見る為に助っ人を家に呼んでね。」





「助っ人?あぁ、櫻井君の事ね。良いの?奏多さん怒らない?」




「死人に口無しならぬ、病人に口無しだよ朱里。ちょーっと借りるだけさ。ふふ…見られるかなぁ、例の映像……♪」



ニコニコしながら朱里へ話し掛ける。

首を傾げた彼女を見た詩乃はパンの包みをゴミ箱へ捨てると再びコーヒーを1口飲んだ。



「気を付けてね、飛び降りたりしないでよ?」




「そうなったらお姉ちゃんが止めてくれるよ。何せ彼女も祓い師、しかも私より強いからね。」




「そう、何も無ければ良いけど……。」



こうして昼休みが過ぎ、詩乃以外が午後の授業へ受けていた時。詩乃は戸棚からあらゆる御札を何枚も取り出すとそれをカバンへしまう。

万全の装備を整えて理人が来るのを待つのだった。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

そして放課後。

理人が図書準備室へ来ると詩乃と共に並んで出て行った。学校を後にして理人の自宅へ向かうと彼が荷物を回収して来るのを待つ事に。約15分後に理人が来ると詩乃の家を目指して歩いて向かう。

着いたのはごく普通のアパートだった。

階段を上がると部屋の鍵を取り出してドアを開ける。



「此処が私の家だよ、櫻井君。ほら入って入って!」




「お、お邪魔します…!」



玄関で靴を脱いで理人は詩乃の家へ上がった。左右に2つ部屋が有るのを知り、廊下を抜けてリビングへ来た。理人から見て右側に大型の薄型テレビと4人がけのソファにガラステーブル、左には木目調のテーブルと2つの椅子が有り、その後ろにはキッチンが有る。雰囲気は今時の部屋という感じだった。



「荷物はその辺に。まぁテキトーに寛いでよ。」




「何か落ち着かないなぁ……。」




「あー、それとお風呂が廊下を出て左。トイレはすぐ横だよ。間違わない様にね。」




「うん。解った、ありがとう。」



詩乃は冷蔵庫からペットボトルのジュースとカップをソファの前のテーブルへ置くと自分もソファへ腰掛けた。



「作戦はこうだ。今日使うのはこのテレビで、映像が流れるのは大体深夜の3時近く…だからそれまで起きていないとダメだ。なので私が寝た時の為に櫻井君を呼んだんだよ。それと後はハンディカメラ…万が一に備えてソファの後ろからテレビを撮れる様にコレを配置しておく。ふふ…完璧だろ?」



グッと親指を立てるとニヤリと微笑む。

理人は作戦を聞いて静かに頷いた。

それから約2時間すると部屋のドアが開いた。

ドタドタとリビングへ掛けて来たのは円香だった。



「たっだいまー!今日は詩乃の好きなカニコロッケ買って来たよって……櫻井君!?何で居るの!?」




「お、大津先生!?え?何で?」



頭を抱えた詩乃を見ると理人に対し諸々の事情を彼に説明する。



「つまり…大津先生は鈴村さんのお姉さんって事?」




「あぁ、そうなる…学校とは大違いだろ?」



チラッと円香の方を見る。彼女は鼻歌を歌いながら買って来た惣菜を皿へ盛り付けていた。



「でも…何で苗字が大津なの?」




「偽名だよ、偽名。本名は鈴村円香だけど敢えて関係性を出さない為に大津にしてるのさ。」



説明を終えた時、円香が2人へ声を掛けて来る。

担任とその妹とその友達という奇妙な構図の元夕飯が始まった。



「ごめんね、櫻井君…疲れるでしょ?うちの妹。ちょっと変わってる所が有るから中々馴染めないのよね、他の子とさ。」




「いえ、そんな事は……。」




「…櫻井君、そこのソース取ってくれ。」



詩乃の前に理人がソースを置いた。

それからずっと円香の話が続く。



「でさぁ、詩乃なんてそれからずっと私の料理美味しくなーいって言って食べてくれないのよ。酷いでしょ?」




「それは流石に…詩乃さんが悪い様な……?」




「櫻井君、マヨネーズ取ってくれ。それから私は姉の食事で死に掛けた事が何度かある。そもそも料理をちゃんと勉強した方が良いと思うけど。ご馳走様でした!」



詩乃はサラダへマヨネーズをぶっ掛けてから勢い良くそれを平らげると食器を片付けに台所へと向かった。



「ねーえ、何怒ってんの?」




「誰のせいだ、誰の!全くもう…それと姉さん、食器洗い用の洗剤切れてる!櫻井君、食べ終わったら食器置いておいて欲しい。私が纏めて洗っちゃうから。」



そんなやり取りに挟まれながら理人は苦笑いをしつつ2人を見ていた。喧嘩こそしているが仲の良い姉妹なのは何と無く解っている。

理人も食べ終わると食器を置きに向かう。置いてから理人はソファへと向かい先程と同じく腰掛けた。



「変わってるな…この家。」



小声で呟くとソファへ寄り掛かる。

リモコンを手に取ると何気なく普段見ているテレビ番組へとチャンネルを変えた。

台所では詩乃が皿を洗う音がずっとしている。

ただ座っているだけで時間だけが過ぎて行く。



「あ……。」



理人はあるチャンネルで手を止めた。

そこに映っていたのは2人組のアイドルが歌っている姿。それをただ彼はボーッと見ていた。



「…ツインローズだっけ。在り来りの名前だけど彼女達の曲は刺さるよ。歌詞の1つ1つに重みがある。」



後ろに居たのは円香だった。

理人は驚いて振り向くと円香はニコッと微笑んだ。

理人の横へ腰掛けると缶ビールのタブを片手で器用に開け、中身を飲む。そのまま前へ来ると理人の右側へ腰掛けた。



「ぷはぁーッ!ビール最高ッ!!そっか、櫻井君はそういうのが好きなんだ? 」




「え、ええ…まぁ……。」




「赤い方が湊穂乃華…黒い方が星村アイ。だったっけ?」



円香は画面の2人を指さした。

画面の中の2人は歌って踊っている。華やかさの有る踊りとしっとりとした歌声、それが程良い。

円香はポツリと一言呟いた。



「…あの星村アイって子、多分死ぬ。」




「え?どうしてですか!?何をいきなり…!」




「先の話だよ、先の話。信じて貰えないだろうけど…私は未来が見える。まぁ千里眼って奴?」



円香がケラケラ笑って誤魔化しているとそこに詩乃も来て理人の左側へ腰掛けた。



「アイドル…か、華々しいねホント。成りたくて成れる訳じゃない職業で……女の子の憧れと夢…か。」



詩乃は足を組んでテレビを見ていた。映像の1つ1つをじっと見ながら。時間が経つと詩乃から風呂へ入る様に促され、理人は1人で風呂場へ向かった。

残った詩乃は円香と共にテレビを見つめている。

すると突然円香が詩乃の方へ近寄って来た。


「しぃーのぉー!私さぁ、アレだけ頑張ってるのにさぁ、教頭せんせーがさぁ、仕事増やすのよぉ!何で理不尽ばっか私に押し付けるのぉ!?」




「それがお姉ちゃんの仕事だからだよ…カッコ良くて男女問わず人気の円香先生がこれじゃ台無しだぞ?」




「だってさぁ…私だって暇じゃないのにさ……!」




「…缶ビール1杯で酔うなら飲まない方が良いのに。兎に角、私と櫻井君は夜更かししないとダメだから寝たいなら着替えて先に寝ても良いよ?」



こうなると円香はただの子供と同じ。

そこに酒が入れば尚更。ギャップ萌えという奴で、男なら間違い無く引っ掛かるし落ちる。

バリバリの仕事出来るオーラを出しているが中身は普通の人間と変わらない。



「詩乃ぉ……彼の事好きなの?」




「ぶッ!!?何を言い出すんだいきなり!!」





「顔に書いてある…自分の方が彼と仲良く出来るって。私の目にもそう見える…えへへ!参っちゃうなぁ……いやぁ、2人の結婚式ぃ…私の家に新郎新婦が住むなんて夢みたいな話じゃん…♪」




「そんなくだらない事に千里眼使うな!…ほら、もう着替えてさっさと寝た寝た!このままだと此処で寝る羽目になるぞ!」




「うぇええー!?私まだ眠くないし…大丈夫!らいじょーぶらってぇ…!」



顔を真っ赤にした詩乃は無理に円香を立たせて彼女の部屋へ連れて行く。

そして酔ったままの円香からスーツやワイシャツを全て脱がして寝巻きに着替えさせた。



「電気消すぞ、お休み!」



横たわった円香を確認し明かりを消す。

居間へ戻ると理人がソファに居た。



「…鈴村さん、先生は?」




「寝たよ。缶ビール1杯で酔いつぶれた。酒に関してはクソザコナメクジだからね…まったく。」


再び詩乃はソファへ腰掛ける。そこからずっとテレビを見続けていた。時刻は23:00、まだ先が長い。



「鈴村さんもお風呂入ったら?テレビなら僕が見てるから。」




「解った…じゃあそうするよ。」



詩乃は立ち上がり、風呂場へと向かう。

中へ入ると脱衣場で服を脱ぎ始めた。



「私が櫻井君を好き…か。そんな訳無いだろ…第一、彼には明日香が居る。なのに横取りしろと?図々しいにも程が有る……。」




「……でも本心はそうじゃない。そうじゃろ?詩乃。」



いつの間にか神楽が後ろに立っていた。

そっと詩乃へ後ろから囁く様に話し掛けて来た。



「…ならお前の身体を童に見せ付けてやれば良い。程良い大きさの乳房…華奢な腰周り…その尻なら童も腰を抜かすぞ?」



神楽の右手が詩乃の左胸へ触れる。だがそれを詩乃はパシッと叩き落とした。



「…止めろ、そんな気は無い。それに勝手に出て来るな!」



詩乃は神楽を睨むと浴室へ入る。

そしてシャワーを浴び始めた。

シャワーの水が床へ当たる音と共に浴室の鏡が曇り始めて行く。彼女の頭や身体を暖かいお湯が濡らしていく。



「はぁ……今日は厄日か何かか?」



タオルへシャンプーを塗りたくり、それを泡立てて身体を洗う。それが済んだら頭を洗っていく。

普段と変わらない動作を済ませると泡を全て洗い流してからシャワーを止めて浴室を後にした。

脱衣場に戻ると理人の着替えが目に入る。

自分用のタオルを手に取る次いでに彼の服の匂いを嗅いでいた。



「櫻井君の匂いがする…明日香が羨ましい……。」



衣服から手を離すと身体を拭いていく。

寝巻きへ着替えてから再びリビングへと戻った。



「…お待たせ。さぁ続きだ。」



理人の横へ座ると微笑む。

理人は眠そうにしながら目を擦り、頷いた。

いつの間にかもう日付を跨いで時間が過ぎていた。今は夜の1:30。後少しで映像の流れる時間帯になる。更に1時間、2時間経過し映像が終わった。

詩乃はブラックコーヒーとそれからミントガムを食べて耐え忍ぶと鞄を手繰り寄せ、御札を取り出す



「…さぁ、来るなら来い!」



そして映像が切り替わった。

流れ出したクラシック調の音楽、そして表示される廃工場の画面と流れてきた明日の犠牲者という名前のテロップ。そこには


佐藤幸雄(80) 志村由乃(70)



井上章一(66) 園田透子(50)



今田康介(18) 山田寧々(30)



太田雄大(15) 鈴村詩乃(17)



櫻井理人(17) 相田凛(16)



明日の犠牲者はこの方です。おやすみなさい。


この様な形で表示がされた。だがその直後に御札がテレビへピタッと投げ付けて貼られるとバチバチと音を立てた。すると詩乃はそのまま無言で前へ来るとテレビの中へ入ってしまった。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

「…ほぅ、テレビの中って言っても真っ暗なんだな。」


詩乃は辺りを見回していた。すると目の前に誰か立っているのが解る。そこに居たのはニュースキャスターの様な姿をした男。黒いスーツに赤いネクタイ、七三分けの髪型と黒縁メガネを掛けていた。



「な、何故人間が此処に!?どうやってこの中へ!?」




「んー?ちょっとした小細工だよ。悪いマシマシのニュースキャスターさん?」



ニィっと詩乃が微笑むと相手を見ていた。

向こうは動揺している。



「わ、私はただニュースを流して…!」




「他人の死を報告する事がニュースだと?冗談じゃない、そんなの誰も望んでない…勝手にお前がやってる事だろう?」




「私の仕事!これが私の仕事なのですぅッ!?」



パンと音と共に彼が持っていた原稿が撃ち抜かれて地面へ落下する。床に落下した原稿は消えてしまった。詩乃が撃ったのだ。銃口からは硝煙が立ち昇っている。



「…人間を勝手に死へといざなったお前の行為、到底許される物では無いぞ?」




「ぐッ…ええい、こんな所で死ねるものかぁ!!」



ニュースキャスターの男が叫ぶと彼の後ろから白い女の顔をした化け物が姿を現す。左右の目はギョロっとしており、口も左右の口角が大きく吊り上がって歯と歯茎が剥き出しになっている。



「見られた以上、生きて返す訳には!!」




「…さっさとケリを付ける。神楽ぁッ!!」



勾玉をズボンのポケットから取り出し正面へ突き出す。姿を現したのは黒いドレスに身を包んだ金髪の女性。詩乃の右後ろへ立っていた。



「んッ…はぁ……妾も眠いんじゃが?」




「明日、油揚げでも買ってやる…だからアイツを倒すぞ!」




「解った…引き受けよう。」



詩乃が頷くと銃を刀へ変化させる。

それに神楽が手を翳すと刃が紫色へ変化した。



「何をごちゃごちゃと…やってしまえ!!」



男が叫ぶと化け物が詩乃へ向けて走って来た。

詩乃は刀を構えると居合と同じ構えを取ると睨み付ける。


「…斬撃ミューティレイトッッ!!」



刀を左下から右上へ振り上げると1回の斬撃に対し複数回の斬撃が繰り出される。化け物はあっという間に切り裂かれて倒れてしまった。バラバラになり倒れた化け物は黒い塵となって消えた。



「んなぁああッッーー!!?わ、私の…私のとっておきが!?そんな…たった1回で!?」




「さようなら、不幸をばら撒くニュースキャスターさん…ッ!」



一瞬の内に間合いを詰めると男を斬り裂いた。

そのまま消滅すると同時に直ぐ空間が元に戻る。

詩乃もいつの間にかリビングに戻っていた。



「退治完了…終わったよ、櫻井君…って寝ちゃってるよ。…お疲れ様。」



少し微笑むと理人へ近寄る。

寝顔を見ると思わず胸が高鳴ってしまった。



「ッ…ズルい私を許して欲しい…これはキミへの報酬、そう思って欲しい……んッ…。」



顔を近付けると彼の頬へキスし、お休みと一言声を掛ける。それから詩乃は理人へ自分の制服の上着を掛けて自室へと去った。そして詩乃も部屋にあるベットで眠るのだった。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

「詩乃…お主、ひよったのう?」



ニコニコしながら神楽が油揚げを片手に座って微笑んでいた。あの後、寝たのは僅か3時間。理人が帰るのを見送ってから神楽の報酬として油揚げを買いに行って来たのだ。今居るのは自分の部屋。



「五月蝿いな!!はぁ…無理だ、私はあれ以上の干渉は出来ない。」




「…意気地無しじゃの。ふふッ、まぁそこが可愛いんじゃがのう?うふふッ。」




「可愛いって言うな!くそッ、モヤモヤする…あの時彼の服の匂いを嗅いだからか?あー何だこの気持ちは…私も知らないぞ?」



神楽がベットに座っている詩乃の方へ近寄ると

隣へ腰掛けた。こうして見ると神楽は異国のお姉さんにしか見えない。



「もしや、下腹部ここが疼くのか?」




「あぁ…何で解る?」



チラッと神楽の方を向く。

すると突然彼女は詩乃の胸を触り出した。



「…慰め方なら教えてやろう。ほれ、此方に背を向けよ。」




「良いよ、別に…知ってどうする?そんな事。」




「溜め込むと後悔する。想いが伝わらぬ故、人は苦しくなる…それが己が恋する相手なら余計に。だから少しでも気を紛らわせる手法…それを知るのもまた余興じゃぞ?」


詩乃は少し考え、振り向いて顔を近付けると「また今度」と呟く。そのまま神楽の胸元へ顔を埋めると眠ってしまった。



「……やれやれ、世話の焼けるご主人じゃのう。」



神楽は詩乃の背中を擦りながら彼女が眠っている姿をじっと見つめていたのだった。

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