6話_ツグナイ
図書準備室。そこは詩乃と朱里の居場所だったが、いつの間にか2人以外にも仲間が増えた。最初は理人、次に明日香。それから美穂。この女子4人と男子1人という傍から見ればハーレム状態のこの場所は表向きは補習用の教室。
だが裏の顔は全く異なる。それは学校内外において怪異や霊関係の類の事件や依頼を受けて解決する祓い師が所属している。
主に率先して除霊等を行う祓い師は鈴村詩乃
彼女のサポートを行う日向朱里
そしてつい最近祓い師になった奏多明日香
それから朱里と同じく明日香のサポートを行うのが彼、櫻井理人。因みに詩乃の助手でもある。
そしてもう1人加わったのが志島美穂。彼女だけは何も知らない。
今回の話はその中の1人、奏多明日香に纏わる話である。
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「明日香、私そろそろ帰るぞ?」
「解ってるッ…あーもう!上手く行かねぇ!」
明日香は術の修行の他、もう1つ与えられていた事がある。それは式神の作成。手先があまり器用でない為か明日香は苦労していた。紙を人型に切るのが中々難しいらしく、1枚出来ても2枚目、3枚目となると形がズレてしまう。四苦八苦して出来たのが10枚。詩乃は入口からそれを見ていた。
「やれやれ、終わらないなら明日でも良いのに……鍵はドアノブに掛けておくから帰る時に必ず施錠するんだぞ?それじゃ、また明日。」
「解ったよ、また明日な。」
詩乃が去ってから明日香は黙々と紙を切り続ける。
1時間掛けて何とか20枚切り終わった。
「はぁ…何とかノルマ達成!目と肩が痛い…あたしも早く帰ろ。」
明日香は立ち上がり、切った紙をポケットへしまう。それからドアノブに掛けてあった鍵でドアを施錠し図書室の引き戸にも鍵を掛けると廊下へと出た。もう既に外は真っ暗、明日香は1人で歩いて行く。すると何処かから何か焦げた匂いがすると明日香は廊下の溜まり場で足を止める。そこに居たのは自分がよく知る相手だった。もう1人は知らない男子生徒。
「……
「…明日香じゃん、何してんの?こんな時間に。」
「お前こそ、こんな所で何やってんだよ。」
明日香は階段の上から2人を見ていた。紫という少女の指先には火の着いたタバコが有った。
「見れば解るでしょ…タバコ吸ってんの、彼氏と。」
「…ねぇ、いつまで見てんの?不愉快なんだけど。」
紫はジロっと明日香を見るとさっさと行けと手でシッシと促した。
「はいはい…お邪魔しました……。」
明日香は2人の横を通り過ぎて階段を降りて行く。
彼女と明日香はあまり仲が良く無かった。
今までは彼女と学校をサボったりしてカラオケやゲーセンに入り浸っていたが、明日香が急に真面目に学校へ通い出した事から付き合いが悪くなったのだ。それでお互いにギクシャクしてしまっている。
職員室へ鍵を返すと明日香は玄関へ向かう。
靴を履き替え、閉まっている扉に手を触れた時だった。
「……あれ?開かない。鍵でも掛けてんのか?」
此処のドアは横へ引けば開く筈。だが開かないのだ。それも何度試しても上手く行かない。
「おっかしーなぁ…仕方ない、用務員のオッサン探して来るか。」
明日香が振り向いた時、目の前に誰かが立っていた。俯いたままブツブツ何かを話している。
スカートを履いている事から女子生徒だろう。
黒く長い髪が前へ垂れていた。
「もしかしてお前も帰りか?此処開かないんだよ…用務員のオッサン呼んでくるからちょっと待ってろよ。」
近寄って何気なく話すと小声で何かを呟いた。
「私がやったの…。」
「……やった?何を?」
「貴女を…貴女達を…殺す為に…私がやったのッ!!」
すると何かが左腕に掠り、直後に痛みが走る。彼女の手には包丁と見られる刃物が握られていた。
明日香は自分の左腕を見ると出血しているのが解った。
「ッッ…お前、いきなり何すんだよッ!?」
「五月蝿いッ!!」
今度は横へ振られるとワイシャツに掠り、切れてしまう。明日香は後退ると腕を抑えて見ていた。
「誰だよお前…何で…ッ!」
「そうだよね…知らないよね…解らないよね…でもね、私は貴女を知ってる……!!」
包丁を突き付け、明日香を威圧する。
彼女の顔は鬼の様な顔をしていた。鋭い目は明日香を真っ直ぐ睨んでいる。
「は、はぁ…!?兎に角、馬鹿な真似は止めろッ!!」
「…死ねぇええッッ!!!」
再び包丁が振られると明日香は身を躱して避ける。
ヒュンッと風を切ると髪の毛がパラパラ舞い落ちる。今度は刺突が繰り出され、それを避けようとしたが足を引っ掛けて明日香は転んでしまう。包丁は明日香が咄嗟に突き出した鞄により防がれてしまった。相手が覆い被さった際、怒りに満ちたその顔と明日香は目が合ってしまう。
「ッ……!!」
「思い出した?ねぇ…どうなの?奏多明日香…そのお馬鹿な頭で良く考えてよ…ねぇ?聞いてんのかよ…このクソアマぁあッッ!!」
乾いた音と共に平手打ちが繰り出され、左頬に痛みが走る。彼女は本当に恨みを抱いている様だ。しかし明日香には身に覚えが無い。
「てめぇ…ッ、調子に乗るんじゃねぇッ!!」
明日香は激昂し、無理矢理起き上がると何とか抜け出して力強く相手を蹴飛ばした。距離を取ると走って逃げ出す。
後ろからは待ってよという気味の悪い声が廊下に響き渡る。
「クソッ…ふざけやがってッッ…!!」
明日香は人気の無い学校をひたすらに走る事になってしまったのだった。謎の少女から逃げる為に。
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その頃、紫と隼人は空き教室に居た。
夜の学校は何かとスリルがある。それだけじゃない、自由に色々出来るから楽しいのだ。
隼人は紫を後ろから抱き締め、身体を触り始めていた。
「んッ…ダメだよ隼人……誰かに見つかっちゃう。見つかったらマジでヤバイよ…?」
「誰も来ねぇよ…良いだろ、解りゃしねぇって。此処でヤったってさ……。」
そっと彼女の太腿へ片手を這わせた時だった。
廊下側から大きな物音が響き、慌てて手を離した。
まさかこの時間に誰か居るのかと思うと冷や汗が出る。紫は思わず隼人の方を向いて呟いた。
「ね、ねぇ…隼人?何…今の?」
「知らねぇよ!!…まだセンコーが居るとか?」
「嘘でしょ!?だってもう20時過ぎてるし…皆帰ったんじゃ無いの!?」
すると今度は近くで物音がする。2人は咄嗟に近くにあった掃除用具入れへ逃げ込む。
狭い空間で互いに密着すると体温が伝わって来た。
2人は見合いながら、紫は隼人へ抱き着きながら震えていた。流石に外の様子は格子の隙間からしか解らない。小声で紫が話し掛けてきた。
(ねぇ、隼人…?何が見えるの?ねぇってば!)
すると隼人は何かを見てしまったらしく、彼女の口を手で塞ぐ。よく耳を澄ますと上履きの音が直ぐ近く迄、迫っていたのだ。それが遠のくと隼人は紫の口から手を離す。
「ぷはぁッ…ねぇ、隼人…?どうかした?凄い震えてる……。」
紫は震えている隼人の手をそっと握り締める。
すると隼人が恐る恐る口を開いた。
「包丁…包丁が見えた…あとスカート…女だよ…女が包丁握って立ってやがった…!!」
「冗談止めてよこんな時に…映画の見過ぎだよ、そんな訳無いじゃん…!」
「嘘じゃねぇって…ッ!まさか俺たち殺されるんじゃねぇのか!?」
「怖い事言わないでよぉッ!!どうしよう…ッ隼人…!」
2人はロッカーの中でお互いに抱き合っていた。
今、外に出れば間違い無く殺される。
向こうが誰なのかも全く解らないし知らない。
今出来る事は黙って此処で大人しくしている事位だろうか?隼人は必死に考えを巡らせたが思い付かない。こうして時間だけがただ少しずつ過ぎて行くのだった。
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「はぁ…はぁ…ッ、此処まで来れば…!」
その頃、逃げ切った明日香は保健室に居た。
携帯の明かりを照らし、棚から救急箱を取り出す。
中から包帯と傷薬を取ると止血を始めた。
額からは汗が出続ける。
「痛ッ!クソッ、思ったより切れてんな……これからどうしろってんだよ…玄関は開かない、用務員のオッサンも居ない…居るのはイチャついてるカップル、それから包丁持ったアイツ…それとあたし。何が楽しくて真夜中の学校に閉じ込められなきゃいけねぇんだっての!」
舌打ちして頭を抱えた時、何かが脳裏を掠めた。
[閉じ込める]という一言。そしてもう1つ。
[泣き叫んで何かを訴えている]事だった。
「くッ…何だってんだ…!」
そんな事を思っていると廊下から上履きで歩く音が響く。明日香は咄嗟にベットの下へ身を潜める。
そしてカラカラという音と共に誰かが入って来た。
「…あれぇ?此処にも居ないんだ。隠れんぼと鬼ごっこが得意なんだね……奏多明日香は。自分ばっかり逃げちゃってさ…私だって逃げたかったのに…痛くて辛くて苦しくて…毎日毎日吐き気がする様な思いで学校来てたのに……!」
苛立っているのか近くにあったゴミ箱を少女が思い切り蹴飛ばした。大きく飛んだゴミ箱は中身をぶち撒けてカラカラと地面を転がっていた。
「緒川紫…奏多明日香……
まるで呪詛を吐く様に呟いた。明日香は自分だけじゃなく、紫も狙われている事を知り冷や汗をかいていた。最悪の場合2人が死ぬか或いは3人とも死ぬか。少女が名前を挙げた4人は知っている。全て自分とも共通の知人だ。だが何かが可笑しい。
[絶対に許さない]というまた知らない何かが脳裏を掠めた。更には[特定の個人へ嫌がらせや暴行をしたかもしれない]という疑惑も。
「まさか…あたしが…何かしたのか?……何かの冗談だろ!?」
少女が出て行った後に明日香は1人、ベットの下で考え込んでいた。麻衣はいつもリーダー格で自分達の中でも頼れるしちゃんとしている。但し遊びの面だけだが。由紀と明音はノリが良い、普段の話でも充分面白い程。だがそれしか思い付かない。
しかしいつまでもこうして隠れている訳にはいかない、紫もターゲットにされている以上助けるしかないのだ。
「紫を探すしかない…アイツから逃げながら……!」
明日香は決心しベットの下から這って出る。そして包帯と傷薬をポケットへ入れると保健室を後にした。
一方、紫と隼人は意を決してロッカーから外へと出た。だが何が起こるか解らないという恐怖は変わらない。
隼人が教室の外へ出て様子を伺うと紫へ合図する。
それに彼女が頷くと隼人と寄り添いながら通路を右へ出た。不気味な程に静まり返った廊下はとてもでは無いが学校と言うのには気味が悪過ぎる。
「ねぇッ…早く帰ろう…?無理だってこんなの…!」
隼人の腕にくっつきながら紫は歩みを進めて行く。
今居るのは3階、だから上手く行けば1階の玄関へと辿り着ける。階段を1段1段着実に踏み締めながら歩いて行き、何とか1階へと辿り着いた。
後は玄関で普段と同じ形で靴を履き替えて外に出れば良い。2人は徐ろに走って玄関へ来ると上履きのまま玄関のドアへ駆け寄る。しかし、ドアを横へ引いても開かない。紫は何度も何度もドアを引く。
「嘘!?何で…ちょっとッ、開きなさいよこの!!」
「退け!俺がやる!おらッ、開けって…このッ!!ダメだ、開かねぇッ!!」
隼人が紫の代わりに玄関のドアを引くがやはり開かない。男の手でも無理だった。
すると2人の真ん中にバンッと大きな物音と共に何かが投げ付けられる。それは赤い液体の様な物が付いており、ガラスには擦って落ちた跡が。
「この赤いの…まさか、血ッ!?」
紫はそれに視線を向ける。それは市販のネックレスでベットリと血で汚れていた。このネックレスの持ち主には紫は覚えが有った。
「……麻衣のだ。これ、麻衣が付けてたネックレスじゃん!?何でこんな所に…!?」
動揺していると急に後ろから耳元で囁かれる。
その声はとても冷たい声だった。
「ふふッ…みぃつけたぁ……♪」
「ッッ──!?」
少女の声に対し紫は振り向こうとした。だが直後に何かが首筋に当たる。視線を下へ向けるとそれは先端が鋭利に尖った包丁。刃が外の月明かりで不気味にキラキラと光っていた。
「だ、だ…誰よ……誰よアンタッ!?こんな事してタダで済むと思ってんの!?」
「……それはそっくり返すよ。ねぇ、緒川さん?あと動いたら大事な血管がスパッと切れちゃうよ?」
くるりと向きを変えられ、隼人と向きあう形になると当の隼人はガタガタ震えていた。
「やっと捕まえたよ…緒川さん?探すの苦労したんだよぉ?ふふ……ッ!」
「見てないで早く助けてよ…隼人ぉッ…!」
「隼人…その人、貴女の彼氏さんなんだ?へぇ……?」
急に少女の声色が変化した。
そして何かを思い付いたのか一言呟いた。
「…ねぇ、貴方は自分だけ助かりたい?それとも貴方も此処で死にたい?」
ぬっと紫の後ろから少女は顔を出した。
問い掛けて来ると不気味に口角を上げて微笑んでいる。
「た、助かりたい…俺だけでも…!!」
震えた声で予想外の一言を隼人は口にした。
「ちょッ…何言ってんのよ!?ねぇ!?」
「俺は悪くねぇ…そもそも悪いのはお前だろ!?」
「はぁ!?何言ってんのよ、この意気地無しッ!!」
2人は言い争いを始めてしまった。
ふぅんと一言、少女は鼻で笑うと更に続ける。
「彼氏さん…私ね、この子と仲間に嵌められてレイプされた事あるんだ…体育館倉庫の中で嫌がっても無理矢理口塞がれて、何度も何度も汚いモノ突っ込まれてさ……生暖かくて生臭いのが私の口の中や身体の中に出された事、未だ覚えてる…気持ち悪かったなぁ……。」
「さっきからお前、何が言いたいんだよ…!?」
隼人がそう叫ぶと少女は首を傾げると話し出した。
「この子、今此処でレイプしてよ。出来ないなら貴方も殺すから。濡らさないで入れるの見てみたいの。」
「お前…何言って…ッ!?」
紫が叫ぼうとした途端、刃物を逆手に持った少女が無理矢理彼女のワイシャツを引きちぎった。ボタンが足元へバラバラと落下する。
そしてスカートを捲り上げて下着を見せ付けた。
「ほら、早くヤんなよ?死にたくないんでしょ?ねぇ…隼人君?」
「隼人ッ!バカな真似したらぶっ飛ばすから!!ねぇ、聞いてんの!?隼人ぉッ!! 」
2人の関係を壊す様に仕向けると少女はクスクス笑っている。すると包丁で紫の穿いていた下着の右側を切り、更に事を進めて行く。隼人が紫の前へ来ると彼女の片足を開き、血走った目で見つめていた。
いつの間にかズボンのチャックが開かれそこから直立したモノが出ている。
「紫…悪ぃ…俺だけは助かりたい…俺だけは…俺は関係ない…俺は…俺は何も知らない…ッ!!」
「やだッ、止めてッ…ねぇ!隼人ッ、隼人ってば!!」
それを隼人が彼女の性器へ宛がおうとした時、銃声に近い音が響くと紫の後ろに居た少女の右肩へ命中した。
ふらつくと少女が紫から離れ、その直後に早く逃げろという声がすると紫は1人で逃げ出してしまった。
少女は落とした刃物を拾おうとしたが更に追撃を受けてしまい、包丁は更に奥へ飛んだ。
「誰ッッ!?」
「あたしだよ…
そこに居たのは明日香、右手の指先を銃の形にして此方を睨んでいる。同じく乃愛と呼ばれた少女は明日香を睨み付けていた。隼人は近くで腰を抜かして座り込んでしまう。
「ねぇ…思い出した?貴女達が私に何したか。」
「……ああ。」
「…それで大人しく私に殺される気になったかな?」
「悪いけど…それは無理だ。」
呟くと明日香は玄関から左へ逃げ、立ち止まっていた紫の前へ来る。彼女を庇う様に。
「…あたし達が1年の時。紫と由紀、麻衣と明音…それからあたしはアンタ…いや、吉崎乃愛に目を付けた。特に由紀が乃愛に固執していた…優等生の様に振る舞い、男に甘える様に媚びてる姿が気に食わないって。それから由紀主体で陰湿な嫌がらせが始まった……最初は物を隠す、ノートや教科書を滅茶苦茶にする…それからトイレに入った時に個室の上からホースで水を掛ける…それだけじゃ無かった。」
明日香は淡々と話していく。
それに対し乃愛も同じ様に話し始めた。
「…挙げ句、放課後に呼び出して私の事を数人の男子生徒達に売り付けて彼らに好きにさせた。泣いて喚いても誰も止めようとしなかった。貴女達は笑ってた…ずっとケラケラと…ずっとッ!そんなに面白かった?私が無理矢理犯されて、悲鳴上げてる様がそんなに!!ねぇ…どうなの?ねぇってば!!」
乃愛は叫ぶと包丁を拾って2人へ向けた。
明日香は何も言わず黙っている。少し経つとゆっくり口を開いた。
「…面白い訳無い。あたし達が由紀を止められなかった…もし止めたら…次は自分だって思うと…それが怖かったから。本当にごめん…ッ!」
明日香は頭を下げた。自分が直接手を下した訳では無い。だが、見て見ぬふりをし続けて諸々と無かった事にして忘れたのは自分だ。
「今更…謝って済むと思ってんの?なら死んで詫びてよ…貴女達のせいで私の人生はもう滅茶苦茶…だからッ!!」
刃物を拾うと乃愛は明日香へ刃先を向けた。
紫が殺されると叫んで明日香のスカートを引っ張った。しかし明日香は逃げようとしない。
「解った…その代わり、紫とそこの男は巻き込むな。あたしが全て引き受ける…あたしが全部やった事にすれば良い!!アンタを傷付けたのはあたしだ…アンタの尊厳とアンタの身体を傷つけたのも全部ッ!!」
明日香は目を閉じ唾を飲み込んだ。
今思えば自分だけ不幸な少女を演じて櫻井理人とくっ付いた事も、鈴村詩乃と知り合った事も全て都合が良過ぎる。蓋を開けてみれば自分は最悪極まりない人種で卑怯でズル賢い女。だから死ぬのは怖くない。
「ッ…うわぁあああッッ──!!! 」
叫び声と共に此方へ乃愛が走って来る。
そしてドスッという鈍い音がした。
目を開くと乃愛が自分と抱き合う様に形になっていた。ポタポタと互いの足元には血が滴り落ちる。
「どうして…どうして逃げないの…!?バカでしょ…何で…ッ!?」
「……逃げたら何も…変わらない…。此処で逃げたら…この先いつまでもずっと逃げ続ける…そんなのは嫌だから…ッ!」
明日香は乃愛を片手で離すと床へ座り込んでしまう。ワイシャツは血で赤く染まっていた。
乃愛は動揺し包丁をその場へ落とし、後退る。
咄嗟に紫が傷口を止血しようとハンカチを押し当てて来た。
「ねぇ、明日香!明日香ってばぁッ!しっかり…しっかりしてよぉッ!ねぇッッ!!」
「大丈夫…未だ生きてる…ッ!だから…心配すんな…ッッ…!!」
そう言い残した途端、明日香は眠る様に気絶した。
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次に明日香が目を覚ましたのは病院の一室。
目を開くと天井が、それから右手には点滴がされていた。身体を起こそうにも力が入らない。
「…やぁ、目が覚めたかい?」
聞き覚えの有る声を聞いて視線を左側へ戻す。そこに居たのは詩乃だった。
「鈴村…お前…何で……?」
「あー、そのままそのまま。話は聞いたよ、大変だったらしいじゃないか。何でも包丁でお腹を刺されたとか。」
「ああ…ちょっとな……。」
明日香は目を逸らす。刺されたのは腹部のやや右寄り。動くとへその近くがピリピリと痛む。
「とは言え、一般人に
「しゃーねぇだろ…アレしか方法無かったんだから。てか……今回のアレは何だったんだ?やっぱり怪異か?」
「……違うよ。キミとキミのお仲間に対する個人の怨念だ。玄関の鍵が開かなかったのは彼女、吉崎乃愛が接着剤を流し込んで使えなくした…用意周到だったんだろうね。今回の件、実は私の所へ話が来てたのさ。でも私はキミに伝える事を止めた。」
「止めた!?お前…知ってたのか!?」
「ああ。」と小さく詩乃は返事をすると頷く。そしてゆっくりと話し出した。
「祓い師の力で人は殺せるのか…彼女にそう言われたんだ。当然…呪術や呪詛は掛けようと思えば掛けれる。けどそれをやればその呪いは必ず私と依頼した本人へ全て帰って来る…だから断った。でも、彼女の恨みは相当なモノだったらしい…そして決行したんだ、あの晩…キミと緒川紫を殺す為にね。それだけは想定していなかった……すまない。」
詩乃は謝ると椅子へ腰掛け、そのまま足を組んでいた。
「なぁ…吉崎はどうなるんだ?」
「…1週間の停学だ。これでも未だ軽い方だぞ?それとキミとキミの仲間達は2週間と奉仕活動付き。知らなかったよ…まさかイジメに加担してたなんてね。私のリサーチ不足だったかな?」
「後悔してるのか?あたしにこの時計渡した事。」
「してるさ…でもあの時、キミに助けられたから貸し借りなしで良いよ。なぁ奏多明日香…私は時折思うんだ。本当に怖いのは怪異や霊とかそういう目に見えない存在では無くて、妬みや恨み、嫉妬を持つ人間の心そのものなんじゃないか……ってね。でも一度関係が壊れたとしてもまたやり直せる…それも人間の特権だ。ほら、彼処にもう1人。」
詩乃が病室の入り口を指さす。明日香が振り向くとそこには乃愛の姿があった。昨日のあの殺気に満ちた顔では無く、ウェーブ掛かった黒い長髪と引き込まれる様な青い目。此方と目が合うと少し逸らしてしまった。
「でも…あたしはアイツに酷い事をした…止めようと思えば止められたのに…なのに…ッ!」
「…心の底からそう思っているなら、もう心配無い。同じ過ちを繰り返さない様に考える事が出来るのも人間だ。何ならまたやり直せば良い…彼女の事なら心配無い。心の傷は無理でも身体の傷ならちょっとは治せるからね。」
詩乃はそっと机の上に赤い包みの棒付きの飴とピンク色で包みが同じ棒付きの飴をそれぞれ置くと「お大事に。」と一言呟いて出て行ってしまった。
それから代わりに乃愛が中へ入ると明日香の元へ。
最初はぎこちなかったが昨日の件とこれ迄の件を明日香は改めて彼女へ謝罪した。
乃愛から提示された和解の条件は明日香が自分の友達になる事。呆気に取られたものの、それに対し明日香は一言返事をして返した。こうしてこの件は幕を閉じた。明日香本人が忘れてしまっていた自分自身の過去の過ちにケリを付ける形で。
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