番外編:祓い師 鈴村円香

「んんッ……はぁ…今日も終わった…!」



職員室で1人の若い女性が背伸びをする。

茶髪のポニーテールに黒い上着にスカートといった如何にもな格好をしている彼女こそ大津円香。

訳あって鈴村という名前を使わずに大津と名乗っている。学校では女子生徒から特に人気が有る反面、家へ帰ればダメダメなシスコンで詩乃からも呆れられる始末。今日は定時に帰れそうだと時計を見ながら思っていた。するとカラカラとドアが開いて1人の黒い髪の少女が入って来る。

振り返ると此方の方を見て立っていた。



「先生、日誌書けました。」




「ん…ありがと。じゃあ私から田村先生に渡しておくから預かっとくね。」



少女から手渡された日誌を受け取ると円香は手を掴まれ、そして呟いた。



「先生…助けて…ッ!」



途端に彼女の顔からポロポロと涙が零れ落ちてしまう。慌てて円香は立ち上がると彼女の事を別室へ連れて行った。パワハラしてるとかイジメをしていると思われると厄介だからだ。

彼女をソファへ座らせ、隣に寄り添うと背中を撫でながら様子を見る。



「大丈夫?確か…藤村茜さんだっけ?田村先生のクラスの。」



コクンと茜は小さく頷いた。

何があったのかを聞き出す前に少し彼女を落ち着かせてから本題へと入る事に。


「…追い掛けられた?」




「昨日…帰る時に通りを歩いていたら赤い服の女の人に…それで…怖くなって……!」



円香は携帯を開くと学校用の不審者情報共有サイトを調べてみる。だが出て来ない。



「茜ちゃん、心当たりとかは?例えば、そうね…廃墟とかそういう危ない所へ行ったりとか…。」



「いいえ…有りません。」




「無しか…その人に他の特徴は?」




「目が無かった様な気がします、両目とも真っ黒で…こっち見てケタケタ笑ってて……屋根の上に居たのに、飛んで来たんです。目の前に急に。」



円香はピクっと反応した。

1つの特徴が彼女の中で引っ掛かる。

そして1つの答えに行き着いた。



「…成程ね。解った、今日は私と帰りましょうか。」




「先生と?」



「大丈夫、一緒なら怖く無いから!ちょっと支度して来るから待っててね。」



円香は微笑むと彼女から離れ、自分の机に来ると身支度を始める。実はここ最近人攫いが増えているのを言伝に聞いていた。犯人は不明で何故こんな事をするのかも解らぬままだった。

目的が有って攫っているのかは不明だ。



「田中君にアレ受け取って帰ろっかな…役に立つだろうし。」


奥に居た茜へ声を掛けると手招きし、教務室を出る。円香がちょっと寄りたい所が有ると伝えてから2人はパソコン室へ向かう。中へ入ると奥の部屋をノックし中へ入った。



「たーなか君!アレ取りに来たよ。」




「先生!ふふ…出来ましたよ、最高傑作が!」


そう言って椅子から立ち上がると細長い包みに入った物を円香へ渡して来た。受け取って包みを取るとそれは黒い鞘をした刀だった。



「流石ね…貴方にみっちり仕込んだ甲斐があった。祓具の修理と情報収集…欲しかったのよ、サポーターが。詩乃には会ったんでしょ?」



「会ってますよ、前にデータを渡してますからね…試し斬りですか?」



「んー?ヤバかったら使うよ。私が扱ったら詩乃にあげるつもり。エネルギー刀だと消費面も有るしね。それじゃ、また明日ー!」


ニコニコと手を振るとパソコン室の奥から出て来る。包みを再度被せると外へ出て茜と合流した。



「先生、それ何ですか?」



「これ?御守りだよ。私と茜ちゃんの♪」


ニッと円香が笑い、学校の玄関から外へ出ると

校門の外へ向かい歩いて行く。そして彼女の家の方面へと向かうのだった。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

茜はマンションに住んでいる事から彼女の家は街の方面となる。辺りを見ながら進んで行くと突然、茜が円香の後ろへ隠れる様になった。



「この辺です、アイツが居たの!」



「特に目立った様な怪しい事は無いけど……。」


途端に家の屋根が気になり、見上げてみる。

その家の奥にあるビルの上に何かが居る。赤くて小さいが人の様にも見えた。



「…何か居る。」



そう呟くとそれは此方と目が合った。

途端に素早く動いて此方へ向かって来る様にも見える。ビルからビル、ビルから屋根へ飛び移ると直ぐに解った。円香は身構えていると屋根の上に居るそれと目が合ってしまった。

正確には目が有る部分と目が合ったのだ。

長い手足に色白の肌、目のある部分は黒く陥没している。服装や帽子の色も茜が伝えて来た物と同じで

帽子の隙間からは黒い髪をだらんと伸ばしていた。



「あれは…人間…じゃないわよね…!」


茜は円香の後ろへ隠れると震えていた。

そんな彼女を庇いながら円香は真っ直ぐそれを見ている。そしてニヤリと笑うと2人へ飛び掛って来た。



「ッ…!!」



円香は茜を庇う様に避けると、それは再び此方を見ていた。



「成程…ッ、確かアクロバティックサラサラって言うんだっけ……!!」



円香が立ち上がり、呟く。

包みを取り払うと刀を握り締めて見つめる。



「茜ちゃん…先生から少し離れてて。」



「でもッ…!」



「大丈夫、心配しないで!」



円香は微笑むとカバンを彼女へ渡し、刀を持って前へ出る。



「…此処最近、数多くの人が失踪してる。お前が攫ったのか?」



円香がそう問い掛けるが返答は無い。

サラサラは茜を見ると口角を吊り上げてニヤリと笑う。狙いは彼女という事が明確だった。



「…成程、返答はそれね。人に仇なす怪異は滅ぼす必要がある。貴女はその域を超えてしまった…我が身を持って貴様を祓うッ!!」


キッと円香が睨み付けると途端にサラサラは彼女へ襲い掛かる。鋭い爪を右に躱して避けると刀の柄へ手を掛けた。



「さぁ、頼むわよ…ッ!!」



そして鞘から刀を引き抜く。すると銀色の刃が夕日に照らされて光っていた。



「出てよ!!霊刀・八咫烏ッ!!」


刃先を向けるとサラサラは此方を見て怯えている様にも見える。しかし、未だ油断は出来ない。

一瞬の硬直から直ぐに仕掛けて来た。

飛び掛って来た際に繰り出された攻撃を八咫烏で跳ね除け、カウンターとして円香が刀を振り下ろして斬り裂いた。右斜めから大きく斬り裂くと悲鳴を上げて円香から後退る。



「斬れ味は抜群…!悪く思わないでねッ!!」


再度、円香が走り出して今度は飛び上がると頭上から足元へ刀を振り翳すと真っ二つに斬り裂いた。悲鳴と共にサラサラが消滅すると円香は辺りを見回して確認する。だが、そこには何も無かった。



「ふぅ…これで終わり…ッ!?」



一息ついた途端、斬られた筈のサラサラは復活し再び姿を現す。ニヤニヤと円香を見て笑っていた。



「斬ったのに…何でッ!?」



サラサラは走って来ると円香へ爪を振り下ろす。それを円香が刀で受け止めて競り合っていた。



「大丈夫ですか、先生ッッ!?」


物陰から見ていた茜が声を上げる。

円香はサラサラを蹴飛ばして間合いを取ると構え直して振り向く。



「大丈夫ッ!!とは言え…消しても甦る怪異なんて聞いた事無いんですけど!?」



円香は刀を握り締めて目を逸らす。

戦えば戦う程、此方が不利になる事からこの怪異の元を絶つ必要があった。だがそれが何処に有るのかが解らない。彼女はポケットから1枚の御札を投げるとそれがサラサラの前で起爆、多量の煙を辺りへ撒き散らした。



「茜ちゃん、逃げるわよッ!」




「え…はいッ!」



円香は駆け寄って来ると茜の手を取り、物陰から引っ張り出すと彼女と共に走ってその場を去った。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

向こうの狙いは茜。

そして連続失踪事件の裏に居るのは人間では無く怪異である事は大方予想が出来ていた。

しかし、様子が可笑しい。何処かで操っている者が居るのだろうか?それが謎だった。


「…うーん、どういう事なんだろう。サラサラを操っているのが居る…?若しくはアレは偽者…?」


ブツブツと呟きながら茜の家の有る方面を遠回りして歩いて行く。行方不明になったのは男女合わせて6人、この街の何処かに居るのは解っていたが

詳しい場所は解らない。すると茜がある事を話し出した。


「ビル…!ビルの上とかはどうですか?」



「ビルの上?」



「…アイツ、ビルの上から飛び降りて来ましたから…もしかしてと思って。」



「そうか…盲点だった!怪異は必ずしも地上に居るだけとは限らない…ありがとう、茜ちゃん!」



ニッと微笑むと円香は茜を連れて警戒しながらビル街の方面へと走って行く。そして路地から見上げるとやはりサラサラらしき何かが居た。


「やっぱり…!茜ちゃんは此処で待っててね。」



「あの…先生、さっき言ってた祓い師って…?」



「今は内緒、後で教えてあげる!」



路地から飛び出すと上を見上げ、階数を確認する。

そして一言呟いた。


「この高さなら大丈夫そう…飛翔フリーレッ!!」


少し助走をつけて飛び上がると一気に5階建ての高さまで飛ぶ。そして窓ガラスを破壊し中へ入ると円香は室内へ足を踏み入れた。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

室内は気味の悪い位静まり返っている。

明かりも無い事から尚の事気味が悪い。

ドアを開けて左右を確認し、歩みを進めて行くと

目の前にセーラー服を着た顔の無い少女、それからサラリーマンの男が姿を現す。此方を見ると襲い掛かって来た。


「ビルの中にも怪異が居るの!?聞いてないわよこんなのぉッ…!」



飛び掛ってきた女子生徒の怪異を避け、円香は札を腰へ貼り付ける。その瞬間悲鳴と共に爆散し消えた。サラリーマンは円香へ接近戦を仕掛けると右手の拳を彼女へ向けて放つ。



「うわぁッ!?暴力反対…ッ!!」



円香はパンチを避け、放たれた蹴りを受け流すと

右手を開いて力を溜め込む。そして再び走って来た際に擦れ違い様に腹部へ触れた。



「……爆ぜろッ!!」


するとパンという大きな音と共にサラリーマンの怪異が弾け飛んだ。言ってしまえばこれは霊体へ直接エネルギーを流し込んで内側から破壊するという者。悪魔で有効なのはこういった下級怪異に限られ、それ以降の怪異は祓い師の武器か術で無ければ対処が効かない。

連中を倒しつつ、階段を更に上へ駆け上ると8階へ到達すると今度はOL女性の怪異が3人現れて円香の行方を阻む。



「3体1か…これはちょっと不利かもね。けどやるしかないか…ッ!」


彼女は刀を壁へ立て掛けると両手に左右の指が空いた手袋を嵌める。その指の関節部からは線の様な物が伸びていた。


「…悪いけど、サックリ倒させて貰う!」



OLの1人が走って円香へ蹴りを繰り出す。

それを彼女が防いで弾き返すと右手を突き出して向ける。すると緑色の光がグローブの第2関節部にある装置から放たれ、拘束した。それを力強く引き寄せると悲鳴と共にバラバラになる。


「光糸(こうし)…物を引き寄せたり、巻き付けて移動したりと用途は様々。オマケに攻撃にも転用出来る……こんな風にッッ!!」


すると今度は左手も突き出して同じ様にOLを拘束する。そして強く引き寄せるとOLもまた円香の方へ飛んで来ると彼女は正面蹴りを放ち、2人目のOLへとぶつけて転倒させた。


「悪く思わないでよね?…それッ!」


トドメは御札による攻撃で全て討伐すると最上階を目指し走る。屋上のドアを開くと小さな小屋が有る。そしてその横にはサラサラも居た。



「此処がアンタの根城って訳か…成程。攫った人達は何処へやったの?まだ生きてるんでしょうね?」



サラサラはニタニタ笑ったまま、答える気は無いらしい。気になるのは奴の後ろにある小屋の様な建物。仮に居るならあの中だろうか。



「それと同時に…アイツを操っているのも探さないと…ッ!?」



見回しているとサラサラが突然襲って来た。

どうやら考える隙もくれないらしい。

攻撃を紙一重で避けて距離を取ると八咫烏を鞘から引き抜いて握り締めた。


「くぅうッ…やられるもんですかッ!!」



咄嗟に札を投げ付け、それがサラサラへ貼りつくと苦しそうに彼女は悶え始めた。

何度もあらぬ方へ腕を振り回し叫んでいる。


「…今ならやれるッ!!たぁああッッ!!」


円香が走り出し、八咫烏を自身の右横へ向けて握り締めると擦れ違い様に彼女の体を横一線で斬り裂いた。そしてパラパラと塵の様な黒い物となると消滅してしまった。


「お祓い完了…!後は小屋の中を……。」



小屋の方へ近寄り、ドアノブを回して中を見る。

そこには男女6人が静かに横たわっていた。


「気を失ってるだけみたいね…何がともあれ無事で良かった……。」


円香は八咫烏を鞘へ納刀すると携帯で警察へ連絡。

自身はその場を去ると茜と共に帰路へとついた。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

「姉さん、姉さんってば。おーい?円香お姉ちゃん?」



「んん…あと5分……。」



「もう朝だってば!いい加減起きろ!日曜日だからって何時まで寝る気だ!」



詩乃が円香の身体を揺さぶって動かす。

中々起きそうにない。実は昨日帰ってからビールの缶を勝利の美酒として飲んだらしい。

本人は酒にあまり強くない事から尚の事酔いが回りやすい。すると円香が目を覚まして詩乃を見つめていた。


「詩乃…愛してるよ……私の妹…。」


ぽすっと詩乃の腹部へ顔を押し当てると再び寝てしまった。詩乃は自分の頭を抱えると大きな溜め息をついた。


「祓い師としては私より強いんだけど…普段のオンオフが面倒なんだよな。優秀な祓い師として見込まれてる上…オマケに女子生徒が必ず姉さんを好きになる。学校や祓い師としてはカッコ良く、家だとスーパーだらしない…これが噂のギャップ萌えって奴なのか?」



結局、円香が起きたのはお昼過ぎ。

オマケに二日酔いもセットだった。

祓い師鈴村円香…彼女は北見高等学校に通う25歳の女性教師であり、鈴村詩乃の姉である。



(完)

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