12話_和解ト末路

全ては3日前に遡る。

3人が村へ訪れた日から始まった。

この村は言ってしまえば限界集落、目立った観光名所も殆ど無い。電車オタクがこの村の線路を走っている珍しい電車を撮りに来るか、或いは大きな滝や湖を見に観光客が来る位でしか無い。

百華は友達の静香と、付き添いで来た2人の共通の友達でもある和也と共にこのN村へ訪れた。

理由は静香の里帰りの為。彼女はこの村を離れて百華や和也が住んでいる街で学校からの支援を受けて一人暮らしをしている。だが此処へ来る前、静香はこの村へ帰る事を何処か拒んでいる様にも見えた。

電車を降りて3人は静香の実家を目指し歩き始める。



「静香のお家って何処なの?」



百華は不意に彼女へと尋ねた。

静香と並んで歩いていると彼女が口を開く。



「…此処を進んだ先が私の実家。ごめんね、付き合わせちゃって。」




「良いよ、静香の頼みだもん。私達友達でしょ?」



2人が並んで歩いているのを他所に和也だけは違和感を感じていた。



「どうしたの?置いてくよ?」




「え?あぁ…ごめん。気の所為か?」



和也は先程から周りの視線を気にしていた。

まるで自分達の事を何処かから見ている様な嫌な視線を。しかし、気になるのは人が一人も見当たらないという事。つまり誰も居ないのに視線を感じるのだ。程無くして静香の実家へ着くと家へ着く。

そこは小さな一軒家だった。

中へ入ると普通の家、特に変わった様子は見受けられなかった。



「ねぇ百華…?お昼には帰ろう?」




「え?どうしたの急に。お父さんとお母さんには会わなくて良いの?」



そう百華が聞き返すと静香は頷く。

彼女の両親は変わった人で、2人には会わせたくないと彼女は語った。

静香は仏壇へ手を合わせて持って来たお土産だけを置くと2人と共に玄関から外へ出た。



「……お帰り、静香。もう帰るの?」



目の前に居たのは黒い髪を伸ばした女の人。

身につけている着物も黒く、腰には赤い帯を巻いている。何処か艶やか《あで》な印象があった。



「姉さん…ッ。」



2人は耳を疑った。姉さんという言葉に。

肌も静香と同じ色白だが違うのは瞳の色位だろう、姉の方は赤色で静香の方は青色だった。

姉さんと呼ばれた女性は百華と和也を見ると微笑んで話を続ける。



「静香のお友達?…ごめんなさいね、こんな田舎だから街に有る様な遊ぶ所は殆ど無くて。」




「い、いえ…そんな…!」




「お茶位なら出せるけど…どうしましょう?」



百華と和也へそう聞くと静香がいきなり声を上げた。



「帰るッ!!もう帰るから…行こう、2人とも。」



珍しく静香が感情を露わにする。



「でも、お姉さんそう言ってるし…ちょっとくらいは…。」



和也が静香へそう話し掛けると睨まれてしまった。

少し沈黙が続くと再び静香の姉は話を始めた。



「……そう、帰るの。久しぶりに貴女の顔を見られて良かったわ。静香、お友達と元気でね。」



それ以上は何も言わなかった。

3人が擦れ違った時、百華と彼女の目が合う。するとポツリと呟いた。



「……無事、帰れたら良いわね。」




「え……?」



その言葉の意味が百華には解らなかった。

百華は和也に呼ばれ、走って合流する。静香の姉は3人が見えなくなるまでそこに動かず立っていた。

駅へ向かおうと3人が村の中を歩いていると商店街へ出た。通りは気味の悪いくらい静かでシャッターが降りているのが殆ど。その通りを進んでいると百華は足を止めた。ふと店の軒先にぶら下がっている物が気になったのだ。それは風に揺れて黒く細長い物がサラサラと舞う。



「何これ…?」



それを手にした時、彼女は目を疑った。

吊るされていたのは小さな日本人形だった。

白い肌と妙にリアルに作り込まれている事からかえって気味が悪い。



「何で…人形が…!?」



驚いている百華へ静香がポツリと呟いた。



「……今日は祭の日なの。」




「お祭?へぇ、楽しそうじゃん。屋台とか有るの?」


和也がそれに続いて話を進める。

だが静香は首を横へ振る。



「違うの…普通のお祭じゃない!!バケモノを崇める祭……毎年、村や村の外から女の子を攫って来て…それでその子達を生け贄にして食べさせるの…!」



最初は冗談かと思った。でも、それは違った。

駅に辿り着いた時に私達は村の人達に捕まってしまったのだ。その日の夜に祭壇と呼ばれる広間へ連れて行かれるとそこには静香の姉と名乗った女性が居た。百華と和也だけが祭壇に居て、静香の姿は無い。今まで何処に居たか解らない村の人達がお面を付けて2人を見ている。辺りには複数の篝火かがりびが燃えてパチパチと音を立てながら燃え盛っていた。2人は互いに丸太へ手首を縛られて拘束されている事から身動きが取れない。



「ねぇッ…何が始まるの!? 」




「解らねぇよ!くそッ…何が生け贄だ、ふざけやがって!!」



和也がそう叫ぶと先程出会った1人の女性が近寄って来る。近くに居た村人の1人がれい様と呼んだ。



「今年は2人の生け贄が揃った!さぞ傀儡様もお喜びになるだろう!!」



その声と共に村人達は歓喜の声を上げて喜んでいた。つまり彼等は人の命などどうでも良いのだ。

そして麗は2人を見ると微笑んでいた。



「大丈夫…、怖がらなくて良いわ。貴女達は選ばれたの…傀儡様へ捧げる為の供物としてね。次の祭りの年まで傀儡様の中で生き長らえる…それはとても幸せな事なのよ?」



そう麗が告げた途端に和也が叫んだ。



「はぁ!?バカじゃねぇの!?人の命を何だと思ってんだよ…たかが人形如きに食われてたまるかよ!!」



「……口を慎みなさい、余所者がッ!!傀儡様を侮辱する様な真似は許さないわよッ!!」



麗は和也を怒鳴りつけた。その顔は鬼の様な形相そのものであり、赤い瞳が和也を睨み付けていた。



「そうね……先ずは貴方からにしましょう。傀儡様のお姿を崇める事を光栄に思いなさい。」




「おい、ふざけんなッ!待てコラぁッ!!」



すっと手を上げると村人2人は和也の手首を拘束していた鎖を丸太から外し、連れて行った。

和也が連れて行かれたのは木の格子の扉の前。それが軋む音と共に開かれると和也はそれを目の当たりにした。



「な、何だよ…此奴!?」



離れで見ていた麗は和也の方へ語り掛ける。

あれが傀儡様だと。合図と共に和也がその中へ放り込まれ、扉が閉められた。



「おいッ!?出せよ、出せって…おい来るなッ、来るな来るな来るなぁああああッッッ──!!!!」



何かがベキベキと折れる音と悲鳴の様な断末魔と共に再び静まり返った。百華はガクガクと震えてその光景を見ていた。あの中に居るバケモノに和也が食われたのだ。次は自分の番だと思うと震えが止まらない。



「次は貴女の番…大丈夫、痛みは一瞬だから。」



麗は百華へ微笑み掛ける。

2人の村人が百華の拘束を丸太から外すと同じ様に彼女を連れて行った。



「ッッ…!!」



格子の前へ連れて行かれると篝火の灯りで何が居るのかが解った。長い黒髪をだらんと垂らし、両手や足、身体に至るまで全て間接人形の様な姿をしている。顔までは解らない。

村人の1人が百華の拘束を引いて呟いた。


「……お逃げ下さい、鍵は外しましたから。」




「え?」


すると格子が開かれる前にそう話した村人が態と彼女を逃した。百華は咄嗟に姿勢を立て直すと一目散に走り出した。



「贄が逃げたぞッ!!」




「追えッ!捕まえろぉおッ!!」



村人が口々に後ろで叫んでいる。

振り返らずに百華は一目散にその場から走って逃げた。


これが一日目にN村を訪れた百華が経験した出来事の全て。そして彼女は飲まず食わずで3日間も逃げ続けた末に4日目で遂に詩乃達と合流したのである。だが命が危険に晒されている事に変わりは無い。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

「ッッ…くそッ…お腹空いたな…。」



詩乃は千代という少女と共に蔵へ閉じ込められていた。食料も無ければ水も無い上、身体が汗でベタベタするし、此処は風通しもあまり良くない。

頭の中をグルグル回転させると詩乃は1つの答えに行き着いた。



「…あの空間が何処まで影響しているか解らないけど、やってみる価値は有るな。」




「何をなさるのですか?」



千代がひょっこり顔を覗かせると詩乃は、まぁ見てろと言わん顔で扉へ触れた。

札をそこへ貼り付けて離れると指先を動かして印を切る。するとバンという音と共に扉から煙が上がった。そして詩乃は扉へ蹴りを加えると開いて外へと出た。



「んんー!空気が美味い…ほら、こっちへ!」




「は、はい…こんな重たい扉を意図も簡単に……。 」



詩乃の隣へ千代が来ると彼女の手を引いて歩き出した。だが未だ油断は出来ない。下手をすれば逆戻りなんて事も充分考えられる。



「この印を消さない限り私もあの子も助からない。けど、どうやって消すんだ?これ…。」



自分の右手の甲を見ながら詩乃は首を傾げる。

先程と比べて印が薄くなった様な気がした。



「…解呪する方法は麗様しか解りません。すいません、お力になれず……。」




「キミが謝る事じゃない。それよりシャワーを浴びたいな…汗でベタベタする。」




「それなら、この先の川が有りますからそこへ参りましょう。ご案内しますね。」



彼女の案内で川へ来ると詩乃はワイシャツやスカート類等を脱ぎ捨てて川へ入る。お湯ならどれ程良かっただろうと思いながら身体を洗う。

裸のまま詩乃が戻って来ると千代からタオルを受け取り、それで身体を拭いていた。



「ふぅ…これで一安心。キミも浴びたらどうだ?」



千代へそう促すと彼女も水を浴びに川へ。

詩乃は河原へ座るとその間に自分の装備を確認していた。

辺りの草むらからは虫が鳴いている上、夜風も心地好い。自然そのものに罪は無いが何処か残念な気がしてならない。



「式神と攻撃札は大丈夫…とは言え、相手が人だから危害は加えられない……最悪の場合はやるしかないか。」



千代が戻って来ると詩乃は札を片付け、彼女へタオルを差し出す。残された時間は少ない上に此処から先は慎重な判断が求められる。



「なぁ千代…傀儡様の事を聞いても良いかい?」




「はい、知ってる範囲で良ければ…。傀儡様というのは元々1人の女の子が持っていた人形が全ての始まりでした……。ですがその子は侍により乱暴された挙句、無惨に殺されてしまい…死後にその魂が人形に乗り移りその人間達を皆殺しにしたと言われています。以来、彼女の怨霊は傀儡様と呼ばれその荒ぶる御霊を沈める為に自分が死んだ時と同い歳の少女の肉体を生贄とし捧げて沈めて来たのです。」



「それと神山姉妹と何か関係が有るのか?」


詩乃がそう聞き返すと首を横へ振った。

どうやらそこまでは解らないらしい。

納得した詩乃は立ち上がると何とかして打開策を練らねばと思っていた時だった。



「…誰かに見られてる。」



「えッ!?」



「お出ましだ!千代、私の後ろへ!離れるなよ…!」



川を挟んだ向かいの草むらから出て来たのは

詩乃と同じ背丈の人形。黒い髪を垂らして赤い着物を着ている。その手には出刃包丁が握られていた。

詩乃の読みが当たってしまったのだ。



「…あれが傀儡様か?」




「違いますッ!あんなの私も知りません!」



すると人形は川を滑る様に移動し此方へ近付いて来る。その顔は日本人形そのもの、気持ち悪い事に両目がカタカタと動いていた。



「ッ…召喚ツィオーネ!!」



詩乃が詠唱すると光と共に右手に銃が現れるとそれを人形へ向けて威嚇する。



「止まれ!貴様…何者だ?傀儡様の下僕か?それとも別の何かか?」




「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ッッッ──!!!」



急に悲鳴を上げたかと思うと此方へ向け走って来ると直ぐさま臨戦態勢へと突入した。

すうっと息を吸い、立て続けに発砲すると2発が人形の胸と左肩を射抜く。パラパラと砕けた破片が落下するが未だ勢いは止まらない。千代を突き飛ばし、振り下ろされた出刃包丁を今度は銃を刀に変化させて受け止める。キィンと火花が散ると詩乃は人形と鍔迫り合いを繰り広げていた。



「ぐぅッッ──!?なんて力だッ!」



弾き返すと人形を蹴飛ばし、千代の手を引いて走る。川を離れて再び雑木林の中へ。



「詩乃さんッ、追って来てますッ!!」




「解ってるよ…クソッ、もっとマトモに動ければ…!!」



この狭い雑木林ではマトモにやり合えない上、下手に戦闘を継続すれば村人に見付かる可能性もある。オマケに力を使い過ぎれば此方の身体が持たない。

逃げ続けると村の広い所へ出る。

振り返ると先程の人形が追って来ていた。



「やるしかないか…!!」



詩乃が構えると人形と睨み合う形になる。

だが右手に痛みが走ると武器を落としてしまう。

手の甲を見ると花弁が1枚消えていた。

残り3枚、これは詩乃の残りの寿命を現していた。



「くぅッ…怪異に殺されそうになるなんて事は初めてだぞ…ッ!!」




「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ッッ──!!」



詩乃が武器を拾う前に人形が先に仕掛ける。

向こうは地面に足を着いていないのだから早いのは当然、一気に間合いが詰まりそうになる。

このままではあの出刃包丁で頭をかち割られるか切り裂かれてしまう。



「……伏せろ!!」



その瞬間、女性の声がして詩乃は咄嗟に身を屈める。そして人形へ数枚の札が張り付くとそこから発火し燃え始め、人形は苦しみながら倒れてしまった。詩乃が顔を上げて振り向くとそこに居たのは見慣れた顔。白い髪に赤い目をした少女、神代涼華だった。



「……何故此処に居る。」




「…お前を助けてやれと言われた。」




「生憎、敵対する相手の力を借りる程ヤワじゃない…誰に言われた?」



詩乃は涼華をじっと見つめる。

すると涼華は1枚の紙を彼女へ手渡し、

それを受け取ると詩乃はまじまじと見ていた。



「…やっぱりか、大津先生が寄越して来たのか。」




「そうだ。…咎人に印を刻まれた祓い師が満足に戦えるとは思わないからな、足でまといになるなよ。」




「何だと!言わせておけば偉そうに…!」



涼華は詩乃を挑発するが、千代が割って入って止めた。今は喧嘩をしている場合では無い、一刻も早く印を解いて怪異を何とかして村から出なくてはならない。



「調子が狂うな…それで、どうするんだよ?」




「…この村には既に奴の様な存在が徘徊している。村人にも襲われたが眠ってもらった。」




「珍しい…普段みたいに殺さないのか?お前からすればこの村の人間全員が咎人だろう?」




「……先生の指示に従っている以上、命は取らない。行くぞ…お前も時間が無いのだろう?」



涼華は歩き出すと村の中を進む。

入り組んだ村はシンプルに見えるがかなり複雑な作りをしていた。曲がった先で村人やさっきのバケモノと鉢合わせる事も十分に有り得る。警戒しながら3人は進んで行く。



「…お前の名は?」




「鈴村だ…。そういうお前は神代…違うか?」




「合っている…ところで後ろの女、この村の神社は何処にある?」



涼華は千代へ向け話し掛ける。

千代は彼処ですと通りを指さした。

涼華が近くへ来ると何かを感じ取ったのか、鳥居を見つめている。



「…祓い師避けの結界か、手の込んだ真似を。」


それを見た詩乃が彼女へ話し掛けて来た。



「そこから先は術が使えない…だが、私達が閉じ込められて居た所と違うのが気になるな…。」




「この村は神社が2つあります。私達が居たのは向こうの山の方…そして此処が本殿、つまり傀儡様を祀っている場所になります。」



千代がそう話すと詩乃と涼華は頷いた。

そして涼華は自身の右手の人差し指、中指を合わせて残りの指を折り畳むと前へ突き出し十字に切ってみせる。途端に結界が裂けてしまった。



「…行くぞ。」




「なぁ…何処でそんな術を覚えて来るんだ?」




「…話す義理は無い。今はお前の刻印ともう1人の刻印を解くのが先だ。」




「はいはい…お堅い事で……。」


詩乃の話をスパッと切ってしまうと3人は階段を上がって境内を目指す。頂上に有るもう1つの鳥居を抜けると境内へと辿り着いた。そこは儀式で使う丸太や篝火の他に大きな木の格子が着いた洞窟が有る。中程まで来ると人の気配を感じて立ち止まった。姿を現したのは神山麗本人、此方をニコニコしながら見ている。涼華は1人で前へ出た。



「……おやおや、自分から捕まりに来たのですか?それともう1人客人が増えてますね…。」




「…答えろ。あの中に居るのは怪異か?」




「怪異…ではありません、傀儡様です。列記としたこの村の神様ですよ?」




「…化け物を神と崇めて信仰するのか。この村は既に死んでいるというのに。」



村が死んでいると聞いた千代は驚いていた。

更に涼華は話を続ける。



「そもそも、この村から正気は感じられない…それにお前達が神として崇めた存在が振り撒いた瘴気により此処に住まう者も皆正気を失っている。それも全て不用意に命を奪い続けた結果…言うなれば祟りというべきだろう。」




「余所者風情が…傀儡様を愚弄するのか!?」




「……事実だ。これ以上続ければ次はお前が喰われるぞ?大人しくそこを…ッ!?」



途端に涼華の頭へ何かがぶつかり、彼女はそこを手で抑えていた。どうやら石が当たったらしい。

振り向くと1人の男が形相を変えて此方を睨んでいた。



「余所者め、罰当たりな事を言うな!!」




「そうだそうだッッ!!」



気が付けば境内の入口や周囲は村人達が囲んでいた。その多くが老婆、老人、年配の男女で斧や鉈、鍬等の凶器を手にして3人を睨み付けている。



「…神代、大丈夫か?」




「……平気だ。石を投げられる事位慣れている。」



キッと村人を睨んで威圧する。だが暴言に続いて2発、3発と石が投げられると白い巫女装束も汚れてしまい、彼女もボロボロだった。つうっと額から白い肌を濡らす様に血が滴る。



「…ご理解頂けました?傀儡様は神様なのです。余所者が口を挟んで良い事では無い!!」



麗は涼華を見下す様な視線で睨む。

だが涼華も同じ様に睨んでいた。

今度は詩乃が前へ出ると、一呼吸置いてから話し出した。



「……これ以上、悪戯に犠牲を増やせば次に喰われるのは恐らく此処に居る皆様だ。事情は全て彼女から聞いた…悪いが傀儡様は封印させてもらう。御霊を沈めさえすれば犠牲は避けられる…もう生け贄を捧げる必要も無くなる…!」



そう話した途端にざわめきが起こる。

麗は歯を食いしばって此方を睨み付けていた。



「何を世迷言を…ッ!!」



すると格子の奥から叫び声が聞こえる。

途端にその場に居た村人が声のした方を見始めた。

麗はじっとその方向を見つめ、微笑んでいた。



「傀儡様…?そうですよね…傀儡様はこの者達も喰らい……そして更なる力を手に入れたい…そうなのですね?」



麗は喜々とした声で話し出した。そして村人へ合図すると格子を開かせようとする。

だが、傀儡様と呼ばれたソレは途端に格子を無理に押し退けて姿を現した。左右に居た村人2人が弾き飛ばされてしまう。

全身にボロボロの着物を纏い、黒い長髪をだらんと伸ばし切ったそれは詩乃達を見ていた。両目は無く空洞になっている。身体は球体関節人形を肥大化させた様な形だった。その場に居た村人達が一斉に頭を下げてその姿へ拝んでいる。

詩乃もまたその方向を見つめていた。



「傀儡様……あれが!?」



異様な雰囲気を辺りを包み込んでいく。

動く度に傀儡様からパキパキと間接音が鳴ると牙の生え揃った口を剥き出しにしながら此方を見つめていた。麗はゆっくりと立ち退くと傀儡様を見ながら呟く。



「あの2人が祓い師…そして後ろに居るのが孕巫女です…どうぞ、お召し上がりください…!!」



そう麗が告げると傀儡様は詩乃らへ近寄って来た。



「…構えろ、鈴村。」




「言われなくたってッ!!」



2人は互いに並ぶと前方の怪異を睨み付ける。そしてお互いに叫んだ。



召喚ツィオーネッ!!」




召喚スクリス…ッ!!」


詩乃の手には銃が、涼華の手には鎌が出現する。



「鈴村…私が先に行く、援護しろ。」




「解ったよ…ったくもう!」



涼華が突撃し、立ち向かう。

傀儡様が攻撃を仕掛ける前に詩乃が発砲し牽制させ怯ませると涼華は飛び上がって鎌を振り上げた。



「……奴を喰らえ、獄鎌ッ!!!」



風を切って振り下ろされた一撃は傀儡様の右腕を大きく斬り裂いた。バキバキという砕ける音と共に大きな悲鳴が上がる。腕が落下するも、即座に腕が生えて涼華へ攻撃を仕掛けて来た。

それを鎌で受け流すと離れへと着地する。



「何!?再生するのか…!?」




「…だったらッッ!!」



詩乃はポーチから御札を取り出し、それを投げ付ける。それが傀儡様の胴体へ張り付くと再び身動きが止まった。



「生憎、デカブツにはこの手に限るッ!!」



構えると同時に札を貼り付けた箇所へ弾を撃ち込む。すると今度は腹部、胸に加えて左腕をそれぞれ破壊した。対怪異用の弾丸を札で強化したのだ。

悲鳴を上げ、再び大きく崩れ落ちると篝火へ直撃し腕が炎へと巻かれていく。



「ギャアアアアッッッ!!!?」



苦しみ、悲鳴を上げてのたうち回ると傀儡様は地面へと倒れ込んでしまう。

だが今度は髪の毛を放って村人数人を捕らえると自らの元へ引き寄せる。



「まさか…おいッ、止めろッッ!!!」



詩乃が発砲し髪の毛を引き裂こうとする。しかし弾が兆弾し、引き裂け無かった。詩乃の嫌な予感は的中してしまう。傀儡様は捕らえた村人達を頭から貪り食うと損失した箇所から腕が生え、傷が再生する。そして再び詩乃達へ傀儡様が襲い掛かって来た。



「シャアアアッッッ!!!」




「ッ…!!?」



横へ振られた右腕が涼華へ直撃し跳ね飛ばされてしまう。詩乃は彼女を受け止めると何とか勢いを殺し、そのまま背中から木に激突してしまった。



「ッ…おい、何を…!?」




「解らない…身体が勝手にこうしていた…ッ!げほッ、げほッ!」



詩乃は涼華と共に立ち上がると再び構える。

背中が痛むが立ち止まってはいられない。

目の前に居るアイツを何とかしなければ更に被害が出てしまう。



「神代…、私は持てる力全てを使ってアイツの動きを成る可く私へ集中させる。合図したらお前がトドメをさせ。」




「…鈴村、勝算は有るのか?」




「やるしかない…生憎、私の残りの命も後少しで終わる…これで最後だ。」



すっと詩乃は右手の甲を見せる。既に花弁は残り1枚しか無い、つまり時間が無いという事。

それは百華も同じ事が言える。涼華は小さく頷き、詩乃も頷いた。



「……さぁて、始めるかぁッッ!!」



詩乃は深呼吸し何かをブツブツと唱える。そして左手にも同じく銃を握り締めると走り出した。



「ほらほら、こっちだ!!デカブツ!!」



左右の銃を連続し発砲する。弾が傀儡様の身体へバシバシと命中するが効果が無いがそれでもやり続けるしかないのだ。詩乃へ目掛け振り下ろされた左腕は篝火へ命中し大きな音を立てて崩れた。

詩乃は飛び退いて何とか避けると再び発砲し牽制を続ける。すると傀儡様は丸太を掴み、それを引き抜くと詩乃へ投げつけて来た。こんなの喰らえば間違い無く即死だ。



「おいおい…マジか!?」



だが、何かが詩乃の前へ飛んで来るとそれが丸太の行く手を阻む。それは式神で涼華が投げた物だった。そして遂にその時が訪れる。



「今だ…行けッッ!!」



詩乃が叫ぶと涼華が走り出す。

そして鎌を握り締めて飛び上がると鎌を振り翳した。



「これで最後だ…ッ!!」



振り向き様に傀儡様の頭頂へ鎌が刺さるとそこから縦一線に斬り裂く様に刃が走る。大きな悲鳴と共に傀儡様は仰け反る形になった。



「奴を仕留める…舞え、獄鎌ッ!!」



更に鎌を横一線へ振り翳すとトドメとして斬り裂いた。赤い液体が身体から噴き出すと仰け反る様に傀儡様は倒れてしまった。詩乃はフラフラと傀儡様へ近寄ると転がり出て来た小さな人形を見つける。

それは古びた日本人形だった。



「…これが全ての元凶。もう生け贄を求める必要は無い…安らかに眠れ。」



詩乃は銃口を向け、引き金を引くと人形を撃ち抜く。それはバラバラになると青白い光を上げて消滅した。それと同時に傀儡様自体も青白い光に覆われて消滅、辺りには血の様な液体の水溜まりだけが残っていた。



「傀儡様…あぁッ、傀儡様が…我々の…我々の神が……!!」



物陰で見ていた麗が飛び出して来ると泣き叫んだ。そして詩乃の方を向くと睨み付けてきた。



「私の…私達の神を返せッ!!余所者…余所者の癖に…!!」




「もう止めて、姉さんッ!!」



1人の少女が叫んだ。千代に寄り添って居たのは静香、実はあの戦いの最中に本殿に閉じ込められていたのを千代が何とか助け出していたのだ。



「もう…お父さんとお母さんは居ないの!!傀儡様を…人形を信じても帰って来ないの!!目を覚まして、姉さんッ!!」


詩乃は静香の言葉を聞いて耳を疑う。

麗はそれを聞くとガックリと項垂れてしまった。



「姉の代わりに私が全てお話します。最初に生け贄にされたのは私達のお母さんと…お父さん…。私達は長老様から傀儡様を信じていれば両親は帰って来る…そう言われてずっと信じて来ました。でも、帰っては来なかった。でも姉だけはずっとそれを信じ続け、長老様が亡くなった後は彼女がその筆頭になってしまった……傀儡様信仰の第一人者として。」



詩乃は無言で頷くと麗の方へ近寄る。

そしてしゃがみ込むと片手を差し出して呟いた。



「…呪印シルシを解いて欲しい、私ともう一人の子の分も。神に縋りたい気持ちも解る…だがキミのした事は許される事‎では無い。その十字架を背負ってこれからも生きていくんだ。……とは言っても私は警察じゃないからこれ以上は何も出来ないけどね。」



麗は頷くと無言で詩乃の呪印を解いた。

こうして傀儡様という怪異は去ったものの、3人のうち1人が無惨に食われてしまった事を思うと詩乃は何処か胸が傷む。

救えなかったという後悔の念だけが渦巻いていた。

そうしていると涼華から話しかけて来る。


「……鈴村、聞きたい事がある。」




「何だよ、急に…。」




「名前…下の名は?」




詩乃しのだけど…それが何か?」



そう言われると涼華は驚いた顔をして彼女を見ていた。面影こそ無いが彼女が探しているシノと似ている。そんな気がしたのだ。



「シノ…本当に……シノなのか?」




「は?…そうだけど何だよ?」



すると涼華は安堵したのか頷いた。



「…私は涼華だ…覚えていないか?幼い頃、共に遊んでいた事を…!」




「まさか…ッ、涼ちゃん……!?」



詩乃もずっと引っ掛かっていた事を思い出すと

涼華を見て呟いた。お互い近寄ると手を握り締めた。



「……知らなかったよ、てっきり別人かと。」




「…私の方こそ知らなかった。やっと会えた…詩乃…!」


涼華は微笑むと詩乃を抱き締める。

それはお互いの家の垣根を越えた瞬間だった。

こうして怪異は村から去り、詩乃達は千代、麗と別れて夜の最終列車で街へと戻るのだった。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

翌朝

詩乃は家で1人ソファに座っていた。

あの後、周囲の誤解を解くのに時間が掛かったからだ。涼華という名前に引っ掛かりがあったのは自分が彼女を忘れていたという事。いつの間にか離れ離れになっていたのだ。



「…会えた?涼ちゃんに。」




「姉さん…まさか知ってたのか!?」




「そりゃあ、先生ですし?」



隣へ腰掛けると円香がクスクス笑っていた。

どうやら端から知っていたらしい。



「…この前ね涼ちゃんが小学校に乗り込んで怪異を倒し、子供を助けたの。その時に会ったのと…助っ人として村に行ってもらった時にも事前に色々話し合って決めたからね。」



「……けど彼女は分家の人間だろ?私とは違う。」




「近い内に会議が有るからそこでどうなるか…よね。詩乃と涼ちゃんが組んでくれれば最強タッグの出来上がりー!なんだけどさぁ、お偉いさんって頭固いから……。」



やれやれと円香は両手を上げて首を横へ振る。そしてこう続けた。



「……詩乃、これから先もっとヤバい事が起こるかもしれない。それだけは覚えておいてね。あと百華さんと静香さんは私がお見舞いに行くから大丈夫。それじゃ、今日は休みなんだからゆっくり休んでねー♪」



円香はそう言い残すと出ていってしまった。

不穏な言葉だけを残して。

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