29話_番外編④ 黄泉ト詩乃

ある日曜日の事。

詩乃は理人、明日華と共に自宅の物置として使っている部屋の片付けをしていた。

何でも円香が急用で外せなくなったからで

本来なら彼女と詩乃が行う筈だったのだが、「どうしても外せない用事がある」との事で助っ人として理人と明日華を寄越したのだという。


「…ったく、センセも人使い荒いよな。折角の日曜なのに他人の家の整理押し付けて。」



「文句言う前に手を動かして欲しいな。仕方ないだろ…この間の件から何かと忙しくて掃除が出来なかったんだから。」


戸棚を見ていた明日華を注意し、詩乃は不要品を纏めて透明な袋へ入れる。

それ等は姉であり祓い師の円香が作った試作品の祓具と呼ばれるガラクタ達が殆ど。

傘を用いた物、フライパン、アイロンに扇風機…その種類は様々。今度は理人が色々と整理しながら口を開く。


「円香先生、何か有ると思ってたけど…まさかこんな物作る趣味が有ったなんて。」



「姉さんの趣味だからね。そもそも祓うやり方はそれぞれ祓い師によって異なる…基本は御札や形代だけど弓とか槍も有るよ。私は銃で姉さんは体術……そして黄泉は刀。」



「黄泉さんって確か前に鈴村さんが言ってた人?僕も明日華も一度会ったけど。」



「その話は聞いてるよ。本名は浅桜黄泉…名前を変えて鈴村黄泉になった。そして誰かさんを一度コテンパンに負かせた相手でもある。」


チラリと明日華を見ると彼女が「次はぜってーぶっ飛ばしてやる!!」と何故か詩乃を指差して来た。

理人が彼女を宥めてから再び話し出す。


「それでその…前から気になってたんだけど、黄泉さんってどんな人?」



「……私の憧れの人、私が追っていた2つ目の背中。丁度良い、休憩がてら昔話をしようか。この際だし隠してても埒が明かないしね。」


詩乃は作業を止めて部屋を出ると少しして1冊の本を持って戻って来る。2人をリビングに呼んでそれをテーブルの上に置いた。各々が腰掛けると明日華が試しにそれを捲った。


「これ、アルバムか?」



「そっ、鈴村家のアルバムで写真は父さんが撮ったんだ。父さんも祓い師で今は神社の宮司をやってる。此処に写ってるのが母さん、その右横に居るのが姉さんで…左隣が私。」


笑顔で写る姉妹と微笑んでいる大人びた女性を指差して詩乃が説明する。もう1ページ捲ると黒い髪の少女と詩乃、円香が笑って写っていた。


「この真ん中の黒い髪の子が黄泉さん?」



「あぁ、そうだよ。この頃はまだ普通だった…ずっと一緒に居ようって話もしてた程。それに黄泉は私に戦い方の基本を教えてくれた人……そして私が祓いになろうって切っ掛けをくれた人だからね。」


詩乃は少し間を開けてから自身が祓い師となった切っ掛けとなる昔話をアルバムを見ながら自分の推測を踏まえて2人に話し始めた。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

鈴村家とは。

代々古くからこの世に仇なす怪異、心霊等の存在達を祓っては沈めて来た。彼等は祓い師と呼ばれていてその誰もが名だたる者ばかりであった。

そして彼等は人に害を及ぼさぬ怪異達とは共有関係が出来ると信じていて、封印の勾玉はその証。

怪異から力を借りて邪な存在達を祓うといった手法がいつしか当たり前となっていった。

詩乃の父である鈴村恭介、母である鈴村真優(旧姓:土宮)も祓い師である。だが真優は前線に出る事はせず式神を用いて恭介の手助けをするというのが主だった。

後に婚約した2人の間に円香、後に詩乃が産まれた。詩乃が小学校1年生になった時には円香は既に中学2年生の終わり際の15歳。

その頃に2人の姉妹が父である恭介から紹介されたのは1人の女の子だった。紫色のワンピースを着ていて黒い長髪と薄い紫色に輝く瞳を持っていた。そして何より大和撫子とも言える位に可愛らしい。その少女こそ浅桜黄泉あさくらよみだった。


彼女の家は普通の家で鈴村家とは何の関わりもないのだが怪異の引き起こした大規模な災害に巻き込まれ、両親を亡くした彼女を恭介が養子として引き取ったのだという。

円香からすれば妹、詩乃から姉が出来た事に変わりはない上に歳が近いせいか何処か親近感があった。


「……黄泉です、歳は11歳。宜しく…お願いします。」


長机を挟んで黄泉が2人へ自己紹介をする。

1人は茶色い髪をポニーテールにした子、もう1人は首辺りで同じ色の髪を切り揃えていた幼い子だった。


「私は円香です。それでこっちが妹の詩乃。ほら詩乃、ちゃんと挨拶して。」



「私は詩乃って言うの、よろしくね黄泉お姉ちゃん!!」



「お姉ちゃん……私が?」


黄泉はキョトンとした顔で詩乃を見ていた。

円香が順を追って恭介と共に説明すると納得し、黄泉は小さく頷いた。この日から姉妹は同じ屋根の下で暮らす事になったのである。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

黄泉が引き取られ、1年と少し経ったある日の事。

屋敷の中にある大きな庭で左手に時計を巻いた黄泉が立っている。彼女の格好は灰色の半袖シャツに紺色の半ズボンに真新しい黒のスニーカー。そして離れには白い半袖の服と水色のスカートと白いスニーカーを履いた詩乃が黄泉と向かい合う形で立っていた。


「詩乃、今日も素振りからやろう。ほらこれ持って!」


手渡されたのは黒い長めの棒で主に鍛錬用に使う物。


「ええー…またやるの?」



「文句言わないの、それに時間が勿体ないよ。私だって宿題やらないといけないんだから。」


黄泉は不貞腐れる詩乃を宥めつつ、稽古に励む。

詩乃に関しては何処か面倒臭がりな一面が有り、長続きしないのが欠点だった。集中力が無い…という言い方の方がしっくり来るかもしれない。

いつも黄泉と稽古しても彼女が勝った試しは無かった。足さばき、素振り等の簡単なウォーミングアップが終われば今度は実戦形式での鍛錬が始まった。


「やぁああッ!!このッ、えぇいッ!!」



「もっと手に力を入れて!私の動きをちゃんと見る!!踏み込みが遅い、もっと早く!!」


黄泉が詩乃へ声を掛けながら彼女の攻撃を弾いたり、次々と躱したりを繰り返す。そして最後に放たれた一撃を軽く受け流すと同時にコツンと詩乃の頭へ棒を当てた。


「痛たぁッ!?」



「はい、私の勝ち。今のもちゃんと見てれば防げたのに…勿体ない。」



「…黄泉が強過ぎるんだよ、もっと手加減して!!」



「だーめ、手加減したら特訓にならないでしょ?ほら、もう1回やろう!!」


構え直してから夕暮れまで鍛錬が続くと終わる頃には詩乃はヘトヘトになりその場に座り込んでしまった。黄泉は恭介から詩乃の鍛錬を任されていて、全てはいつか黄泉も祓い師として詩乃と共に戦って欲しいという彼の願いから来るものだが詳細は黄泉には伝えていない。

それに彼女…黄泉は恭介から聞かされた事を全て受け入れた。自身が養子として引き取られた鈴村の家がどういった家なのか、鈴村家の役割、自分達がどういう存在なのかを全て。

そして彼女もまたそれを自分から望んだ。

一見だらしなさそうに見える詩乃だがこう見えて基礎的な部分は全てこなせる様に恭介から指導されていて、完璧そのもの。伴っていないのは本人のやる気と戦う為の技量だった。

練習を終えた2人は並んで縁側へ腰掛けていた。


「詩乃だってやればちゃんと出来るんだから、もっと頑張らないとダメじゃない。」



「だって面倒だし嫌なんだもん。こんな事したって詰まらないし…私だって他の子みたいにテレビ見たり、ゲームしたいもん。何回やってもどうせ黄泉には勝てないし……。」



「じゃあ……辞める?」



「……え?」



「だって、やりたくないんでしょ?私も詩乃と特訓するの辞めて図書館から借りた本とか読みたいし。それに円香お姉様が今の詩乃見たらガッカリしちゃうかもなぁ……詩乃が私と練習やりたいー!って言って来たのに投げ出してるんだもん。」


詩乃の方を黄泉が見つめる。

だが彼女は俯いたまま、ふるふると横へ首を振った。


「……続ける。」



「…じゃあ決まり。そうだ!私に1回でも勝てたら今日の夕飯のおかず何かあげる。確か…お母様が天ぷらにするって言ってたっけ。」



「…!じゃあエビ!私エビが良い!!」



「ふふふッ、じゃあもう1回やろっか!!」


そんな些細な理由だったが詩乃は縁側から立ち上がると走って行き、後から来た黄泉と再び鍛錬を始めた。結局勝てなかったが黄泉は夕飯の時に彼女へ「頑張ったご褒美」と付け加えてエビの天ぷらを1つ皿へ余分に置いたのだった。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

それは詩乃が7歳になった日の事。

同じ時期にとある怪異が子供を拐っているという噂が流れ始めていた。相手がどういった目的で動いているのかは全く解らず、鈴村家の大人達もまた街中を警戒し探り回っていた。茶色いロングコート、黒く腰まで伸びた髪の毛、吊り上がった目と口元には白いマスクをした女性の怪異。口裂けと呼ばれた怪異による被害は日に日に増えつつ有ったのだ。

夕方頃に黄泉が先に帰宅し円香と廊下で擦れ違うと

慌てた様子で彼女へ話し掛けて来た。彼女も中学校から帰って来たばかりなのか白いワイシャツと紺色のスカートを身に付けている。


「あ、黄泉ッ!!帰りに詩乃と会わなかった!?」



「…いえ、会ってませんが。どうかしたんですか?」



「詩乃が帰って来てないの…お昼に学校終わるって話だったらしいんだけど……お母さんが寄り道するなって言ってる筈だからそんな事無いと思うんだけど…。」



「私、見て来ますッ!!」


ランドセルと手提げ袋を和室へ置いた黄泉は

円香の横をすり抜けて走って行く。円香も続いて玄関へ行くと靴を履いた後に黄泉へある物を手渡した。


「これは…時計?」



「術式が扱えれば動かせる防具、お父さんが作ったの。起動解放エンゲージ・リベレイトって叫んでからこの横のスイッチを押せば起動するから。黄泉の気力ならきっと大丈夫!」



「はいッ!!」


数十枚の形代と時計を受け取った黄泉は左手首へそれを巻いて飛び出すと家の門の左方向、詩乃の通っている小学校の有る方へと向かって行った。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

その頃、詩乃は息を切らしながら逃げていた。

何故なら帰り道にロングコートの女性から「私…綺麗?」と話し掛けられたのだが彼女は「お母さんの方がずっと綺麗」だと答えた。そのせいなのかずっと女性が彼女を追い掛けて来ていたのだ。


「はぁッ、はぁッ…!あのオバサン何なの!?ずっと私の事追い掛けて来るじゃん!!」


詩乃は必死に走り続けた末に公園の中にあるドーム状の遊具の中へ隠れていた。

もう日が傾き、遊具の穴から差し込むオレンジ色の夕焼けが彼女の事を照らしている。

もう追い掛けて来ないだろうと思って遊具の穴から顔を覗かせた時だった。


「見ぃいーつけたぁ!!」



「ッ──!?」


両方の耳元まで裂けた口、そして黒く長い髪をだらんと垂らし笑っている女性が視界へ飛び込んで来た。

何とか遊具から飛び出し、走って公園を出ると再び追い掛けられる構図となる。小学生の体力では大人から逃げるにはギリギリで詩乃は相手に立ち向かう為の手段など持ち合わせていない。

つまり走って逃げるしかない…彼女は汗だくになりながらも必死に走り続けていた。


「助けて、円香お姉ちゃん!!黄泉お姉ちゃあぁんッ!!」


叫んでも2人には当然聞こえない。

人気のない住宅街を必死に走り続けたが、足がもつれて転んでしまう。詩乃はヘッドスライディングする様に転ぶと右膝を抑えていた。足を擦り剥いてしまったせいで赤い血が滲んでいる。振り返るとコートの女性が歩み寄って来ていた。その手にはいつ取り出したのか解らないが刃物が握られていた。


「イヒッ!イヒヒヒヒッ!!美味しそうな女の子……。」



「ひッ…あ…く、来るな……来るなぁッ!!」


何とか逃げようとするも腰が抜けてしまい、上手く立てない上に足が痛い。そして女性との距離がある程度詰まった時、バシィッ!!と何かが女性へ命中し悲鳴と共に後退する。


「詩乃ッ!!大丈夫?」



「黄泉…お姉ちゃん…ッ!!」


安堵したのか黄泉へ泣き付くと女性は2人を見据えて睨み付けて来た。そして黄泉が泣いている詩乃を慰めてから庇う様に前へ立った時、同じ質問をして来る。


「ねぇお嬢ちゃん……私、綺麗?」


在り来りでシンプルな質問。

それに対し黄泉は彼女の頭のてっぺん、そして爪先まで見てからこう答えた。


「アンタなんか……ぜんッぜんッ綺麗じゃない!!」



「このッ…大人に向かって嘗めた口を効くんじゃないよ、このクソガキぃいいッ──!!」


叫んだ口裂け女は黄泉へ包丁を向けて威嚇する。

目が血走っていて、口の中には尖った歯が生え揃っていた。あまりの恐ろしさに詩乃は黄泉の腰へ縋り付く。


「お、お姉ちゃんッ……!!」



「大丈夫だよ…詩乃の事は私が守ってあげる。何があっても絶対に守るから!!」


そして「離れてて」と言い残した黄泉は時計を巻いた左手首を見せ付ける様に肘を曲げ、右手の中指でリューズを押し込んだ。


「──起動解放エンゲージ・リベレイト!!」


その瞬間、青白い光が黄泉を包み込んだかと思えば

彼女の右手にはいつの間にか約30cmばかりの短刀が握られていた。そしてそれを構えると黄泉は口裂け女と向き合う。


「私の妹を泣かせたお前を絶対許さない!!」


啖呵を切った少女が髪を靡かせて走り出すと刃を振り上げ、先に攻撃を仕掛けた。対する口裂け女は包丁を用いて防御し弾き飛ばして反撃を試みたが黄泉は彼女の繰り出す一撃、一撃その全てを巧みに刃で弾きながら様子を伺う。金属のぶつかる音と共に火花が飛び散るも黄泉は全く臆する気配を見せない。


「おッ、お前…まさか祓い師なのか!?バカな、その歳で祓い師だとぉッ!?」



「ええ、そう!まだ見習いだけどねぇッ──!!」


素早く形代を半ズボンのポケットから取り出して3枚投げ付けるとそれ等が口裂け女へ全て命中、破裂音と共に相手が吹き飛んでよろめいた所へ接近し短刀を突き刺した。


「ぎゃああああああッ!?」



「それと、私の名前は鈴村黄泉ッ!!憶えておきなさい!!」


相手から短刀を引き抜いて離れると黒い塵の様な姿へ変貌した口裂け女は消えてしまった。


「悪霊退散……。」


黄泉は呟くと短刀を消して呆気に取られていた詩乃へ近寄り、手を引いて何とか立たせるが彼女の顔が苦痛に歪む。


「いッッ……!?」



「詩乃?膝、ケガしてるじゃん!!」



「走ってたら転んで擦り剥いちゃった……。」



「……詩乃。」


黄泉が彼女の前へ背を向けてしゃがむと詩乃は目の前の黄泉を見ていた。


「なに?」



「ほら、早く帰ろう?家までおんぶしてあげるから。」


優しい声で語り掛けた後に黄泉の背へ詩乃が乗ると彼女は立ち上がり、詩乃を背負って街灯の有る通りを歩き出した。


「……ねぇ黄泉?」



「ん…なぁに?」



「怖かった……。」



「そっか…私も怖かったよ?でも詩乃を守らなきゃって思ったら怖くなかった。お父様がね前に言ってたんだ……私も円香お姉様や詩乃と同じでそういうのが見える特別な子なんだって。」



「私は嫌だ…だって怖いもん……。」



「気持ちは解る…でも変なのが見えるのは詩乃だけじゃない。私だって2人に会う前は変なの見えたりしてて怖かったしさ。」


歩いて暫く経った時、再び詩乃が口を開く。


「私…祓い師になれるかな?お化けとか怖いし、夜に1人でトイレ行けないし、お姉ちゃん達みたいに強くないけど……。」


そう話すと黄泉は立ち止まって話し出した。


「大丈夫、なれるよ詩乃ならきっと。私が保証する!」


詩乃へ向けて微笑み掛け、彼女が頷いた時に円香が駆け寄って来る。それから3人で並んで家へと帰って行った。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

アルバムの最後のページには縁側に並んで腰掛けている少女3人が写っていた。笑顔で切り分けられたスイカをそれぞれが手にしてカメラの方向へ微笑んでいる。その下には詩乃と黄泉を撮った物で和室で寝ている写真が有った。それを眺めながら詩乃が話を続ける。


「……それから私は黄泉との特訓を続けた。と言っても彼女が事件を引き起こすまでの間だけど。何度か黄泉と一緒に怪異討滅にも行ったし、姉さんが家を出てからはずっと黄泉と2人きりで特訓と討滅の繰り返しさ。」



「良いお姉さんだったんだね……黄泉さんって。」


理人がそう話し掛けると詩乃は無言で頷いた。

すると今度は彼の横に居た明日香が口を開く。


「けどまぁ、無茶苦茶だよな。引き取られて一緒に修行してそれからトラブって居なくなるだなんて。」



「あの時、私を見ていた黄泉の辛そうな目…今でも鮮明に憶えてるんだ。父さんは黄泉の事も祓い師にしようと他の人に掛け合ってくれてたんだと思う。でもそれは叶わなかった……。悪いが事件の詳細は2人には伝えられない、私から言えるのはいつも微笑んでいた彼女の心の奥底の叫び…そして抱えていた想いが破裂した……それだけだ。」


辛気臭いと感じたのか詩乃はパン、パンッ!!と両手を2回叩いてから「休憩終わり!!」と促して作業へと戻らせた。それから夕方頃に作業が全て完了すると2人は詩乃の家を後にするのだった。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

理人が明日香と途中で別れ、暗い夜道を1人で歩いていた時。背筋の凍る様な感覚と視線を感じた彼は立ち止まって周囲を見回していた。しかし何もなく、気の所為かと思っていたが少し進んだ電柱の先に誰かが立っていた。

赤いロングコートを羽織り、黒く長い髪の毛を持った30代位の女性で口元にはマスクをしている。


「ま、まさか…鈴村さんが言ってた…ッ…!?」


理人には相手が何なのか解っていた。

口裂け女、それも自分にも相手の姿が見えている。

彼がそういった存在を見られるのは詩乃から以前に貰った危機察知のお守りのお陰なのだが戦う手段など彼にはない。そしてフラフラとヒールの音と共に相手が此方へ近寄って来る。


「ねぇ…私──」



「……綺麗じゃないって昔にも言ったでしょう?」


理人の後方から聞こえたのは過去に聞いた透き通る様な女性の声、暗闇の中から歩いて来たのは上下黒の制服に赤色のスカーフを胸元に付けた人物。

艶のある長い黒髪を靡かせて理人を横目で1度だけ見ると立ち止まった。


「へぇ、口裂け女の後釜か。姿と形はあの時に会ったままなのね。」



「お前ッ……私の邪魔をする気か!?この男は私の!!」



「下がってて。でないと──」


女性が理人を見ず、声を掛けると両足を開いたかと思えば右足を僅かに曲げて、左足を下げた状態へ移行し身体を左側へ僅かに捻る。同時に左手に持っていた赤い鞘から突き出た柄に右手を添え、ある程度の距離が詰まると同時に勢い良く鞘から引き抜いて居合斬りの要領で相手の身体を左斜め下から一気に刃を右斜め上に振り抜いて斬り裂いた。


「……本気でケガするから。」


それはほんの一瞬の出来事だった。

ざっくりと身体を斬られた口裂け女は斬られた赤いコートから紫色の血液を噴き出して地面へ背中から倒れるとビクビクと痙攣しそのまま動かなくなる。そして理人は彼女の背を見ながら口を開いた。


「まさか…黄泉……さん…?」



「…?知ってるんだ私の事。それもそっか、あの時会ったものね。赤い髪の祓い師の子と戦ってた時、その後ろに居たのがキミ……そうでしょう?」


刃に付いた血を払った彼女は素早く納刀し振り返ると理人を真っ直ぐ見つめていた。その目は優しそうに見えるが何処か冷たさも同時に感じられる。


「さ、櫻井…理人……です。」


詩乃の友達だと付け加えようとしたが彼は踏み止まった。もし仮にその事を話せば何が起こるか解らないからだ。


「櫻井君……か。ふふふッ、大丈夫?手が震えてるけど。もしかして怖かった?」


黄泉がクスクスと微笑むと彼は慌てて平静を装って誤魔化した。


「そ、そんな事は……ッ…。」



「…無理に隠さなくて良いよ、私も同じだから。こういうバケモノは本来なら人間には見えない…見えるのは生まれつきの体質か或いは祓い師達の様に特別な物を持っている人だけ。でも、キミの場合はその上着の左側に有る御守りが原因…前に怪異に襲われたか何か複雑な事が有って渡されたんじゃないかな?」


指をさされた理人は息を飲んだ。

御守りを持っているだなんて一言も発していないのに言い当てられたのだ。黄泉は僅かに理人との距離を詰めると不思議そうな顔で見つめて来る。


「……その御守り、誰から貰ったの?私の知る限りじゃ結構強力な力が施して有るみたいだけど?」



「それはッ…その……。」


彼が言葉を詰まらせると黄泉は何故かそれ以上は聞こうとしなかった。


「…その御守り、大事にした方が良いよ?肌身離さず持ってた方が身の為になるから。それじゃ、夜は危ないから気を付けてね…櫻井君♪」


右肩へポンと手を置かれたかと思えば黄泉は立ち去ってしまった。平静を装って無理に明るく振る舞っているのが彼女の素なのかは解らない。

だが、彼女の素性の一部を詩乃伝いに知ってしまった理人は複雑な心境で見送っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る