28話_邪悪ナ視線 (後編)

邪視。

それは相手に対して邪念を込めた視線を向ける事により意図的に呪いを掛ける行為を示す。それ等は別名イーヴィルアイ、邪眼、魔眼とも呼ばれている。

その怪異を倒す為に祓い師4名(うち裁徒1名)を含めた4人の女性達は事件が起きたログハウスを訪れていた。そして真夜中……彼女達は異界ならざる者と対峙する事となる。

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「…姉さん、明日香の容態は?」



「大丈夫、何とか落ち着いてる。それにしてもこの山奥じゃマトモにやり合うなんて無理よね。それに狙いは未だ……」



「明日香のまま……か。」


邪視の見張りを涼華に任せ、詩乃は別の部屋に移動した円香と明日華の元を訪れていた。

当然なのだが外はもう暗闇に包まれているだけでなく迂闊に動き回ればケガをする可能性も有る。

それに厄介なのは邪視の狙いが明日香へと変わってしまったという事。ほんの一瞬だとしても相手は明日華を何としても殺そうとしているのは明白だった。


「倒す為にありったけの道具は持って来てるから遠慮なくバンバン使って頂戴。」



「うん、解った。」


詩乃が頷き、廊下へ出ると少し溜め息をついた。

唯一の救いは相手が未だ此方を警戒している事、もしこのログハウスへ踏み入れられればどうなるか解らない。最悪なのは自分も発狂してしまう事…それだけは避けねばならない。


「櫻井君達は来なくて正解だった。でも気になるのは何故、こんな山奥にあんな奴が居るかだ……。」


歩いて向かったのは向かいの部屋、そこへ入ると傍らに銃を置いて祓具と呼ばれる物が入った黒いボストンバッグを漁りながら彼女は長いマガジンを3本取り出す。それは詩乃が使っている銃器用に調整された物。それから念の為に持って行けと言われた刀である八咫烏を床へ置いてから更に追加する形で棒付きの飴を5本と地図をそこへ置いた。


「銃が効かなければ八咫烏で斬る…。直視すれば気が狂うなら」


詩乃はアタッシュケースを自分のリュックサックから取り出して自身の銃へ専用のカスタムパーツを取り付けていく。命中率を上げる為のドットサイト、銃口を延長させる形でコンペンセイターと通常のマガジン代わりのロングマガジンをそれぞれ取り付けた。それ等を装備した彼女は左手に懐中電灯を持って部屋から出てリビングへ戻ると涼華と合流する。


「…その格好は?」



「ちょっとひと暴れして来る、2人を頼んだ。さっさと祓って下山しよう。」


外へ行こうとする詩乃の肩を涼華が掴んで引き止める。


「……勝算は有るのか?迂闊に突っ込めば──」



「無いよ。何せ相手は呪いの類だ、祓い師でも油断すれば死ぬ……だからさっさと蹴りをつける。」



「詩乃…それは無茶だ!!私も共に──」



「なぁーに、私はそう簡単に死なないよ。後は任せた…それと私を置いて帰るなよ?そしたら化けて出るから覚悟しろよ?」


微かに微笑んだ詩乃は自分の靴を履いて外へ出る。

冷たい空気の中、暗闇に包まれた森林の奥へ向かって1歩ずつ1歩ずつ進んではライトで照らしながら奥へ進んで行った。

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詩乃がライトの明かりで照らしながら道なりに進んで行くと急に視線を感じて彼女は立ち止まった。

そして右手の銃をライトを持つ左手首の上へ置いて自分の右方向を照らし出すと木の影に全身白い肌をした何者かが立っている。髪の毛も一切生えておらず、衣服も一切身に付けていない。気味が悪い事に顔には人の目玉だけが1つだけ付いているのみ、それ以外に有るのは両耳だけ。詩乃が咄嗟に目線を逸らして感覚だけで相手の傍に有った木を撃ち抜くと向こうもそれに反応し彼女を追い掛けて来た。

それも不気味な歌を口ずさんで。


「来た…ッ!!」


手荒な手段だがこうする以外に思い付かなかった。

後ろから追って来る化け物を背に彼女は山の中を必死に駆けて行き、枝や葉を掻き分けて進むと参道へと飛び出しては足がもつれそうになるものの無理に体勢を立て直して走って行く。彼女の背後からは先程遭遇した怪異の足音が聞こえて来る、つまり足を止まればやられる。勝算は無いに等しいがこれ以上の犠牲者を増やさない為にもやるしかない。


「嫌な時に思い出すな…黄泉にも言われたっけ、引き受けた以上はちゃんとやり遂げろって!!」


舌打ちした詩乃は汗だくになりながら地図を取り出して離れに有った別のログハウスの有る方面へと走って向かう。自分達が居たBログハウスとは別方向のAログハウスの有る方面を目指して進み続け、その奥にある黄色と黒の規制線が門の代わりに張られた所を飛び越えては施設の中へ逃げ込んだ。追って来た邪視を見るとキョロキョロと周囲を見回して詩乃を探し出した。それから彼女はライトを消して柱の奥に身を潜めてその場に座り込む。


「はぁ…はぁ…ッ……何とかセーフ……。それにしても此処は何なんだ?」


どうやら廃墟らしく、再びライトを点けて軽く照らしてみると割れたガラスや荒らされた形跡が多々見受けられる。呼吸を整え、立ち上がってから使えそうな物を探しながら進んで行くと壁面に落書きや刃物で切り付けたであろう傷も有った。

何が楽しくてこんな時間に山奥で廃墟探索をしているのか解らないが別の部屋で拾ったのはジュース飲料が入っていた空のペットボトルだけで他の部屋を幾つか見たが使える物はない。階段を上がって2階へ辿り着くと直ぐ近くにトイレを見つけ、試しに開けてみる。長年使われていないせいか汚い上に悪臭が漂っていた。


「うぇえッ…酷い臭いだ…鼻がもげそう……こんな所に使えそうな物なんて──」


あった。

トイレの詰まりを解消する為に使うアレ。ラバーカップが偶々開いた用具入れの中に置かれていたのだ。それを持った時に詩乃は先程、拾ったペットボトルを持ちながら何かを思い付いた。それは最悪な想像な上に出来るなら避けたい事、それも予めネットで見ていた邪視を撃退する為の手段の1つ。

だが仮にそれをすれば何かを失ってしまうかもしれない。


「…背に腹は変えられない、私はこの瞬間だけ女の尊厳を捨てる事にするよ。はぁあ…こんな事して自分の将来が不安だ……。」


個室の便器へ腰掛けた彼女は何かをした後、ペットボトルのキャップを締めてズボンの後ろにある右側のポケットへ入れてトイレを後にする。直後に気配を感じて左を向くと邪視が立っていた。視線を合わせてしまったせいか寒気と共に得体の知れない嫌な感覚が彼女を襲った。


「待たせたね。鬼ごっこも隠れんぼも終わりにしようか……悪いけど本気で行かせて貰うよ。」


深呼吸した彼女は棒付き飴を口に咥え、ロングマガジンを差し込んでから銃口を向けて即座に発砲した。銃声と共に弾丸が何発も放たれるとそれを全て躱して邪視が襲い掛かると詩乃はそれを左へ飛び退いて躱し、体勢を立て直してから更に撃ち続けて

上に繋がる階段を駆け上がって行った。懐中電灯を落としてしまったが止むを得ない。

空になったマガジンを投げ捨ててから

格子状のフェンスをよじ登ってから屋上へ出て振り返ると追って来た邪視はいつの間にかそこに立っていて、詩乃を見据えていた時に彼女へ異変が起きた。


「……!!」



「ッあぁああぁあぁぁぁッ!?っぐ…強く…気を強く…持てッ…展開ベツィルク!!」


死んでしまいたいという強い思いと共に早まる動悸と荒くなる呼吸を何とか抑えつつ、冷や汗を額から垂らしながら左手で形代を放り投げて結界を張り巡らせては自身と邪視を閉じ込める。何とか深呼吸し銃口を再び向けては身構えた。


「──く、喰らえッ!!」


視線を僅かに逸らしながら邪視へ弾丸をありったけ発砲、だがそれを向こうは無茶苦茶な動きで躱しながら詩乃との距離を詰め始める。ある程度の距離で錆びた鎌を彼女目掛けて振り下ろすと彼女はそれを銃で受け止めて防いだ。


「見るなッ…絶対に此奴を…!!」


視線を逸らしながら弾き返し、蹴飛ばして突き放すと今度は黄色い液体の入ったペットボトルを左手でポケットから取り出して空中へ投擲。すかさずそれを弾丸で射抜いては中身の液体が邪視へと降り注いだ。


「……!?」



「お前、汚い物は嫌いだろう?悪いがそれを利用させて貰った!!」


邪視は怯んだのかその場でジタバタと暴れ回っている。呪詛にも近しい何か得体の知れはい言葉を発して喚き散らしている様にも思えた。逃げようと試みたらしいが結界に阻まれて逃れられない。


「無駄だよ。この中からは逃げられない…拘束バインド!!そしてこれはオマケだ!!」


左手を向けると邪視の身体を青白い鎖が縛り付けて身動きを封じてからラバーカップを投擲、顔へ張り付くと余計に悶えていた。その隙に銃を置いてから左腰に差している八咫烏の柄を握って右手で引き抜き、刃を外部へ晒した。ギラリと光るその刃の先を斬るべき相手へ向けると左手を右手の下へ添える様に握っては正眼の構えの体制を取る。


「すぅ…はぁ……参るッ──!!」


そして右側へ刀を水平に持った状態から邪視へ接近、そして右斜め袈裟懸けに斬り裂くと血液すら流さずにその場へ力無く膝をついて倒れ込む。

カランカランという音と共に右手に握っていた鎌がヒビ割れた灰色のコンクリート製の地面へ落ちた。


「……これで漸く終わった。というかそもそも此奴は何なんだ…?それに何だか…眠気が……ッ……。」


刀を下ろした時、急な眠気が彼女を襲うとそのまま地面へうつ伏せに倒れてしまった。

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「ッ…な、何が……起きて……。」


急な脱力感に襲われた詩乃が顔を上げると

白い2本の足が視界に飛び込んで来る。室内がやけに暗く、見回してみるとひんやりと冷たい感覚が伝わって来た。どうやら建物の中に居るらしく、カビ臭い匂いが鼻をつく。つまり詩乃は邪視を祓った訳ではなく、相手に啖呵を切った直後に倒れてしまったのだ。


「つまり、さっきのは…幻覚か……姑息な手を……!!」


邪視は尚も歌い続けている。

まるで彼女の最後を見届けるかの様に不気味な低い声を上げながら。


「…悪いが……此処で倒れる…訳には……ッ……。」


頭を抑えながら無理矢理その場に立ち上がる。

そして相手の方を見ながら左手を銃を持つ右手に添えて引き金を引いてお構い無しに何発も発砲。

銃声と共に放たれた弾丸が邪視の腕や肩、腹部や胸を貫いていった。ドットサイトの赤い点を用いて的確に射抜いていくと邪視が呪詛の様な呻き声を上げて仰け反る。好機と見た彼女は左手を離し、後ろ側の右ポケットへ入れていた液体入りペットボトルのキャップを器用に片手で開けるとそれを投げ付けた。液体が降り注ぐと余計に悲鳴を上げて悶えている最中にマガジンを投げ捨てて予備のマガジンを装填していると詩乃にもまた強い影響が出始めた。


「ああぁああぁあぁぁぁッ!?う…ッ…く…くそッ……!!」


心臓の鼓動が早まり、冷や汗と共に全身から力が抜ける様な感覚と共に齎されるのは泉の様に湧き出て来る猛烈に死にたいという強い感情。その気になれば右手の銃を自分の側頭部へ当てて引き金を引いてしまいたい。だが強い衝動を無理に押し殺し、飴玉を思い切り噛んで砕いて正気を保つと再び引き金を引いてロングマガジンが空になるまで発砲。

そして再びリロードしマガジンを捨ててから今度は通常のマガジンを再装填。ありったけの弾丸を撃ち込まれて尚も邪視はビクビクと動いている。

銃を捨てた詩乃は左腰に差していた八咫烏の柄を右手で引き抜いて抜刀、両手で柄を握り締めた。


「はぁッ…はぁ…ッ……今度こそッ……!!」


力強く柄を握り締めたまま数歩、歩いて邪視へ接近し右足を軸に駆け出しては勢い良く刺突を繰り出したのだ。振り返った邪視の腹部へ八咫烏の刃が深々と突き刺さると邪視は奇声を上げて苦しみ出す。


「──っだぁあああああああああ!!!」


対する詩乃も声が掠れる程に大声を上げて刃を食い込ませ、引き抜くと同時に突き放す。

相手はフラフラと後退し背中から地面へドサリと力無く手足を投げ出す様に倒れてしまった。

刀には紫色の液体が付着し、それが刃先を伝ってポタポタと滴り落ちる。


「ふぅッ……これで…終わった……。」


付着した血液と思わしき液体を振り払うと鞘へ納刀、ビクビクとその場で震えている邪視へ近寄るとポケットの右側から形代を取り出してそれを放った。相手の身体へ落ちたそれが邪視を封じ込めると同時に地面へ落下、それを拾うとそこには封印という文字が記されていた。それをしまった時に

夜が明けて割れた窓から朝日が差し込む。

彼女は眩しさを感じつつもその場から立ち去って行った。

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山を下山し、それから数日経過した後。

詩乃は邪視と遭遇した経緯を被害者である青年を守っていた自身と同じ鈴村家の人間から病院の応接室で伺っていた。彼の見た目はツーブロックの黒い髪に対し上下黒のスーツに青いネクタイを締めていて、歳は20代後半位だった。


「……何故、アイツが山奥に?」




「詳しい話を彼から聞いた所…あの山、Bログハウスから離れた奥にあるAログハウス……その近い所にある廃墟で過去に若い男性が首を吊って自殺を図った。でもその遺体は何故か見つからず、時が過ぎて忘れ去られてしまった。元々彼等もその噂を聞いて彼処へ来たそうです…何でもネットでも噂になっている位で。」



「…それで奴に目を付けられたと。その人のご遺体は本当に有ったのか?」



「それが…やはりご遺体は見付からないままだそうで。根も葉も根拠すらない噂話だと言うのは管理している方からも言質は取れています。」



「…成程ね。つまりいつの間にか噂だけが1人歩きして……どうした?」


彼が何か言いたそうに言葉を詰まらせるが詩乃に促されて少し経ってから再び口を開いた。


「でも、その廃墟には首吊り用に使われたロープと思わしき物が実際に調べた時に発見されているんです。それもずっと前からそこに有ったような……。」



「……これ以上の事は探っても出ては来ないだろうね。推測だけでしか判断出来ないけど、恐らく噂は本当で、亡くなった人が居た…でも営業を続けたいが為に噂を隠蔽し続けた。でも綻びが生じてしまい、何処からかそれが漏れてしまった……そう考えるのが妥当だろう。」


そう話した後、詩乃は更に続ける。


「……山に入った人間が都会で受けた恨みや辛み、妬みを抱いたまま亡くなり、人ならざる存在へ変化した。それが邪視の正体なのかもしれない…悪魔でこれは私なりの推測だけどね。」


彼女は自分の鞄から邪視を封じた形代を入れた小さな容器を机の上に置くと目の前の彼がそれを回収する。


「……ご苦労様です、確かに受け取りました。お嬢様。」



「詩乃で良いよ、とおるさん。歳下相手に畏まらなくても良いのに。」


詩乃と彼は立ち上がると部屋を後にし、廊下を歩いて院内の外へと出た。


「そうは行きません、何せ鈴村家における2人目の正統祓い師ですから。」


そう話した彼は詩乃へ微笑み掛けると

彼女は僅かに溜め息をついて少しだけ微笑み返した。


「…無理を承知で頼むけど黄泉の事は私と姉さんに任せて欲しい。それと姉さんと2人で元気にやってるって母さんと父さんに伝えて。」



「……はい。」


詩乃は最後に「頼んだよ。」と付け加えると彼の元から立ち去って行った。邪視という異様な存在を始めとする最重要危険怪異…それは祓い師にとっても最も厄介で危険な存在であるという事に変わりはない。封じ込めたとしても何れ同様の存在が再び現れる……それだけは避けられない事実であり、

祓い師と怪異の戦いが終わらないという事も同時に示していた。

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