15話_家系

鈴村という家は古くから伝わる由緒ある家柄であり、先祖代々祓い師という家系である。

円香や詩乃の両親も祓い師であり、勿論彼女達も祓い師。彼等の目的は人に仇なす怪異や悪霊を祓って世の中に生きる人間達を守るという事にある。

陰陽師…シャーマン…言い方は様々だが

人を脅威となる存在から守る事に変わりは無い。


そして1人の少女がこの家に引き取られた。

名は黄泉といって黒く長い髪が美しい女の子で

何より美人だった。彼女の両親は亡くなっており、詩乃の父が孤立した彼女を引き取ったのだ。

円香から見れば妹、詩乃から見れば姉という事になる。黄泉は面倒見が良く、詩乃とも遊んでいた程。無論、歳上の円香とも仲が良かった。

祓い師という家柄もあり黄泉自身も厳しい鍛錬の末にその腕に磨きを掛けていく事になる。

中でも彼女は刀を扱う刀術に優れていた。

詩乃が祓い師になると決意したのも黄泉の影響が大きく、そう思い立った翌日の朝から詩乃は彼女と稽古をしていた。


「詩乃、そんなんじゃ甘い、もっと強く振って!」



「解ってるよッ…このッ!えいッ!!」


引き取られた当時の黄泉は12歳、詩乃は6歳。

円香は黄泉の3つ上の15歳だった。

互いの木刀の当たる音が庭に響くと詩乃が黄泉の繰り出した技で地面へ倒れてしまった。


「うッ…痛ったぁ…ッ!」



「ほら、立ちなさい!未だ終わってない!」



「でも…ッ!」



「痛くても泣かないの!悪い奴は待ってくれない、詩乃が立って戦わなくてどうするの?ほら頑張って!!」


黄泉は立つ様に促すと詩乃は涙を拭って立ち上がる。そして黄泉へ立ち向かって行った。

稽古が終われば黄泉と詩乃は常に一緒に居る事が多く、実の姉である円香と関わる方が減っていく。

だが円香は2人を何処か微笑ましく見守っていた。


それから月日が経過し5年後に円香が家を出た。

鈴村家では20になると家を出なければならないという掟が有る事から円香が先に出る事になる。

その日が来ると黄泉だけが彼女の見送りに来た。


「…態々見送りまでありがとう、黄泉。ところで詩乃は?」



「部屋で泣いてますよ、お姉ちゃんと離れたくないって。羨ましいです…それに私は一人っ子だから妹とか弟とか居ないし……引き取って下さった貴女のお父様やお母様には感謝しています。」



「そんな事ない…私からすれば貴女も詩乃も大切な妹に変わりは無いわ。私の代わりに詩乃の事、宜しくね?」



「ええ、立派な祓い師にしてみせます。その時は…2人で貴女に会いに行きます、円香姉様。」



「楽しみにしてるわ…それじゃあね。」


黄泉と円香は大門の前で別れる。

立ち去る彼女の背を小さく見え無くなるまで、黄泉は見続けていた。

彼女の代わりに詩乃を育てようと黄泉は心に決めて。

この時の黄泉は17歳で詩乃は11歳…残された2人は鍛錬を積み続け、鈴村家の祓い師としての道を進み続ける事になる。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

そしてその後事件は起こった。

黄泉は鈴村家の家族会議に赴いた後、再び詩乃の元へ戻って来た彼女の顔色は良い物では無かったのだ。廊下で話し掛けると彼女は無言で詩乃へ微笑み掛けて去ってしまう。

不思議に思った詩乃は彼女の部屋へ行き、部屋の隅に居た彼女へ話し掛けた。


「黄泉…どうかしたの?おばあちゃんに何か言われた? 」



「…会議で他の人に色々言われたの。私はこの家の正当な祓い師には成れ無いって。成れるのは貴女や円香姉様みたいにちゃんとした血筋の人間だけ…。」



「そんな…黄泉はお姉ちゃんと同じ位強いのに…どうして!」



「強くてもそれが掟なら従うしか無い…それが決まりなら尚更ね……。」


詩乃は首を横へ振り、彼女へ訴え掛けて来た。


「そんなの絶対可笑しいよッ!!私、おばあちゃんに言って来る…黄泉を祓い師にしてって頼んで来る!!」



「ダメッ……止めなさいッ!!」


グッと詩乃の腕を握ると叫ぶ様に怒鳴り、彼女を静止させた。そして俯いたまま話始める。


「詩乃…この世にはね、自分の思いや言葉だけじゃ解決出来無い事だって沢山有るの。理不尽で、苦しくて、辛い事も沢山ある…‪今日私が祖母様から言われた事もその中の1つ…だから詩乃は何もし無くていいの。解った?」


詩乃を振り向かせると黄泉は寂しそうな顔で微笑むと彼女は解ったと一言呟いて頷く。

きっと詩乃は優秀な祓い師になるという事はこの時点で黄泉にも解っていた。


「……詩乃、もう寝なさい。明日も学校でしょ?あまり遅くまで起きてると叱られるよ。」



「うん…また刀の稽古付けてくれる?」



「ええ、いつでもどうぞ?私が持ってる技術全てを貴女に教えるつもり。だから心配しなくていい…何も。」



「解った、お休みなさい!」


部屋から出て廊下まで黄泉に見送られた詩乃は去って行った。残された黄泉は目を閉じて1つの事を決心し別方向へと歩いて向かう。


約1時間程経った時に別の部屋から悲鳴が上がった。

何事かと駆け付けた者達6人が見たのは刀を握り締め、返り血を浴びた黄泉の姿。

彼女が斬ったのは自分の事を前から気に食わないと話していたこの家の人間であり有力者の1人だった。


「貴様…血迷ったか、黄泉ッ!!」


1人の年配の男が叫んで彼女を罵る。

そして別の人間も口々に彼女へ向け言葉を投げ掛けた。


「何故その方を斬った!?その方は…!!」



「会議の最中に私の事を笑い、蔑んだ者…でしょう?」


黄泉は刀の血を振り払うとその場に居た4人を見つめる。そして話し始めた。


「何が掟か…何が祓い師か…何が悪しき存在から世の人々を守る者か…貴様ら人間の方が余程醜く、怪異と何も変わらぬであろう!!?悪霊は貴様ら人間ではないか…自らの立場と役職に溺れた貴様らこそ悪しき者だろうにッッ!!」



「黄泉ッ…それ以上の暴言は許さぬぞ!!」



「これ以上、我が鈴村を侮辱するのなら貴様を斬り捨てる…覚悟せいッ!!」


その場に居た者達が皆、黄泉を囲む様な形になると

刀や槍を始めとした武器や札や大幣(おおぬさ)という専用の器具を取り出して彼女を制圧しようとし始める。しかしそんなのは無意味だった。

ふぅっと黄泉が部屋の行灯の明かりを吹き消した途端、囲んでいた筈の6人全員が斬り殺されたのだ。

血に濡れた刀を持った黄泉は更に奥へ向かい、ある部屋へ入った。そこにあったあるモノを彼女は手に取ると懐へしまい、入口へ身体を向ける。

この騒ぎを聞き付けたこの家の人間達が松明を持って黄泉の前へ姿を現したのだ。家の庭や廊下、そして左右の襖にも居る。


「…出たな。権力と力に飢えし魑魅魍魎の輩共め…!!」


黄泉は口角を吊り上げて笑う。

周りからは大人しく観念しろだの、何が望みだといった声も次々に上がる中で何故こんな真似をしたのかという声もあった。自分には詩乃を育てるという役割がある…しかし自分はそれだけしかない、死ぬ迄ずっと経験と技術だけを積み続けて祓い師には成れ無いまま歳を取って死んで行くのだ。

これがこの家の人間達が黄泉に臨む事なのだろうか?そんなの冗談では無い。


「……私を祓い師として認めぬなら、犠牲は更に増える。死にたくなければ私を認めろ…私の存在を!!貴様らが私を酷使し使い捨てるつもりなのは知れている…さぁどうする?そうでなければ…貴様らの大事な跡継ぎの詩乃も死ぬぞ?ふふふ…ッ!!」


黄泉は彼等へ刀を向けて挑発する。

だが次の瞬間、彼女の方へ矢が放たれるとそれを叩き落として塀の上を睨み付けた。


「それが貴様らの答えか…そうかそうか…ならお望み通りに皆殺しにしてやるッッ!!」


半狂乱となった黄泉は叫び声を上げながら片っ端からその場に居た鈴村家の人間を斬り裂いた。刀で襲われようなら弾き返し刺突、斬れ無くなればその刀を捨てて新しく別の刀を手にし襲い掛かる。札が飛んで来ればそれを避けて別の人間を盾にして防ぐといった戦法を見せては更に犠牲者を増やしていく。

ほぼ全員斬り殺した時、廊下に人の気配を感じ刀を向けると、そこに居たのは詩乃だった。

様子を見るとどうやらトイレの為に起きて来たらしい。黄泉は刀を下ろすと唇を噛み締めていた。


「黄泉…?何してるの…?」



「詩…乃……?」


何でもないとは言えない。

血に染った服と顔、そして刀が全てを物語っていた。本来、刃を向けるべき相手である筈の怪異や悪霊では無く彼女が斬ったのは仮にも仲間である筈の人間達。自分と同じ人間。

辺りには自分が斬り殺した者達の骸が転がっている。自分を祓い師として認め無かった義理の祖母は斬れ無かった。無論、詩乃の両親も斬れ無かった。

親が居ないという辛さは自分が1番知っているからだ。悔しさと後悔という何物にも代えがたい感情が黄泉の中で渦巻いていた。


「……詩乃、私…耐えられ無かった…耐えられると思ってたのに…祓い師に…成れ無いって…言われた事…でも…やっぱり耐えられ無かった……私は…お父様に引き取られて…此処でずっと…過ごして来たのに…姉様とも約束したのに……何でッ…何でッッ…!!」


ボロボロと大粒の涙を零しながら黄泉は幼い詩乃へ訴え掛けるが何も返事は返って来なかった。

祓い師という存在が黄泉そのものを取り込んで苦しめていたのは間違いない。

すると1発の矢が黄泉の背中へ突き刺さり、立て続けに形代による攻撃を受けると彼女は蹲った。どうやら矢は特殊な術を施した物らしく、

手足に少しずつ痺れが出始めると黄泉は障子の張られた戸へタックルする様に当たり、そのまま外の庭へ転がり出た。フラフラと歩みを進めるがその間にも矢が追撃として放たれる。舌打ちしそれを刀で叩き落とすと塀へ飛び上がり、矢を放った者へ刀を向ける。


「ちッ…それで…私を狙った…つもりか…?楽しいか…?離れから…何もせず…ただ獲物を…狙うのは…!!卑怯者め…ッッ!!」


残る力を振り絞って黄泉は彼を斬り殺した。

血が噴水の如く噴き出し、それが身体や足元へ飛沫し彼女の服を更に赤く染める。もうこの刀では何も斬れないと察したのか刀を手放した。

そして呆然と此方を見ている詩乃へ彼女は話し掛けた。


「…これが…本当の悪霊…これが…貴女の敵…私こそが……本当の…ッ…!」


薬が回って来たのか黄泉は塀の上に座り込んでしまう。馬鹿な真似をしたという後悔は有るが、それ以上にざまぁ見ろという感情も有った。

そして彼女は塀から飛び降りて姿を消したのだった。


これが鈴村家に起きた史上最悪の出来事である

同胞による大量虐殺。犠牲者はこの家に修行や会合に訪れていた祓い師ら述べ30人。

何れも刀による切り傷や刺し傷の他に術による謎の消失及び同士討ちという物が殆どだったという。

そして何より鈴村黄泉は今も行方を眩ませており、詩乃が16歳になったその日まで姿を現す事は無かった。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

そしてあの痛ましい事件が起きてから5年後。

詩乃は16歳となり、円香の居る学校へ通う事になるのだがその間にも色々な事があった。

黄泉が破門され鈴村家の人間では無くなった他に詩乃だけ特例として僅か16歳で家を出る事に。

その大きな理由としては祓い師として実戦経験を積む事だった。学校の生徒では有るがクラスには居らず、常に図書準備室に居るという今の生活スタイルも此処から始まった。

いつの間にか彼女…黄泉の事は詩乃も忘れていた。

思い出せば胸が苦しくなって締め付けられる思いをするから。あの優しくて強い理想の姉だった人はもう居ない。初めて怪異と出会った時に助けてくれた人はもう居ないのだから。

今の詩乃の戦闘スタイルも構えも全て黄泉が仕込んだ物で彼女が失踪してからは1人で鍛錬を続けていた。


そして鈴村家に起きたあの話は現在進行形でタブーとされ、誰も口にはしないし黄泉の存在も無かった事にされた。

今では何事も無かったかのように有名な祓い師の家という形で当たり前の様に健在している。

自分達にとって都合の悪い事は全て隠蔽するか忘れるに限るという都合の良い処理方法で今日まで曲がり通して来たのだ。


それは今でも続いている…この先もずっとずっとそれは続いて行く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る