16話_アナタ ハ ダレ ?

目覚まし時計のアラームが鳴り響くと詩乃は部屋にあるベットの上の布団に包まっていた。

片手だけ伸ばして止めるとそのまま再び元の姿勢に戻る。ドアがコンコンとノックされると直ぐに開いて円香が入って来た。


「ほら起きなさいよ、幾ら日曜日だからって寝過ぎるのは身体に良くないでしょ?」



「五月蝿いな…別に良いだろ……。」



「詩乃…一昨日から様子変だよ?具合悪いの?」



「別に平気だよ…姉さんが心配する事なんて何も無い。最近忙しかったから疲れてるだけ……。」


詩乃は何でもないと誤魔化していた。

しかし彼女は中々誤魔化しが通じる相手では無い。


「…誰かに会ったとか?」



「会ってない……。」



「活動日記の事、顧問なのに知らないと思ってるの?得体の知れない何者かが付喪神を斬り倒した…そして涼華ちゃんの怪我。事情は全部彼女から聞いてるわ。会ったんでしょ?あの子…黄泉に。」



「ッ……!」


そう言われると何も言い返せず詩乃は黙り込んだ。

円香はやっぱりと思いつつも話を続ける。


「…それに、おばあちゃんから黄泉の話は全て聞いてる。正当な祓い師には成れ無いって言うのは確かに血筋の事も有る…けどおばあちゃんは黄泉の事を本当に祓い師にするつもりだったの。祓い師にする気は無いと会合で言い切ったのは未だこれから先の事を見据えてって事よ……だから行く行くは祓い師になってたのかもね、彼女も。」



「…でもそうは成らなかった。」



「そうね……そう言えば彼女が家から持ち出したモノって何か聞いてる?」


ふと円香は何かを思い立った様に彼女が包まった布団を見つめる。だが詩乃は何も知らないと答えた。


「知る訳無いだろ…私が見たのは血塗れで泣きながら私に色々話してた黄泉だけ…刀以外何も持って無かった。」



「そうよね…ありがと、私の方でも探してみる。布団から出て散歩するなり誰かと遊んだりしたら?未だ青春楽しめる歳なんだから!」


円香は隙を見て詩乃から布団を取り払う。

布団を取られた彼女は機嫌悪そうに円香の方をじっと見つめていた。


「むぅ…解った、朱里でも誘って出掛けて来る。」



「じゃあ出掛けるなら家の鍵掛けてよ?私はお仕事行くから。朝ご飯はテーブルに置いてるから。それじゃあね♪」


ポンポンと詩乃の事を撫でるとベットから立ち上がり、部屋を出て行った。残された詩乃は大きく欠伸をする。彼女も立ち上がると部屋の中で私服へ着替えてからリビングへ向かい、椅子へ腰掛けると置かれていたボトルコーヒーをマグカップへ注いでから朝食を食べ始めた。


「…珍しく普通の食事だな。目玉焼きもサラダも普通、それにベーコンも生じゃない。」


普通に美味しいと思って食べ進めていると自分の携帯が鳴る。届いたのは一通のメールで詩乃はそれを開いて見てみた。


「田中君からか…珍しいな。なになに…?」


そこには休みで申し訳ないが相談に乗って欲しいと記載されており、成る可く急いで欲しいという追伸も下へ書き込まれていた。

詩乃は調子を済ませて台所へ食器を置くと身支度だけ手早く終わらせてから立て掛けていた布に入った八咫烏を担いで外へと出る。施錠してから彼の指定して来た待ち合わせ場所へと向かうのだった。

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待ち合わせ場所として彼が指定して来たのは都内のネットカフェ。その店の前に弘幸が立っていて、此方を見ると手を振って来る。


「お休みの所、すいませんな…ところで誰とも会いませんでしたか?」



「え?うん…会わなかったけど何かあったのかい?」


詩乃がそう話すと彼は手招きして店内へ招き入れる。そして個室の部屋へ連れ込まれると詩乃は彼の隣へ立っていた。


「実は話すと長くなるのですが…拙者、ネトゲーを趣味としてましてその中で出会ったこのキャラの持ち主がちょっと怖くて……。」


弘幸がカチャカチャとマウスでページをクリックし、チャットの一覧を開くとそこには目を疑うやり取りが記載されていた。


[お兄ちゃんって呼ぶね、私の事は妹かマユって呼んで!]



[流石にそういうのはちょっと。]



[なんで?私とお兄ちゃんの仲じゃない。]


というやり取りがそこには有った。

更に下へスクロールして履歴を見ると


[何で無視するの?お兄ちゃん?ねぇってば?お兄ちゃん、返事してよ?ねぇお兄ちゃん、妹のお話無視するの?]


と似た様な書き込みが綴られていた。


「……田中君、流石にこういうやり取りはどうかと思うぞ?私も一応女だから言うけどさぁ…?」



「ち、違いますッ!拙者はそんな趣味有りませぬぞ!!断じて、断じて誓えますッ!」



「わ、解ったから落ち着けって!まぁ今は置いとくとして…彼女?はキミの知り合いなのか?」



「いえ…ゲーム内でいきなり話し掛けられて、宜しくねお兄ちゃん!とメッセージが来たのです。それからやり取りを1回か2回したのですが…この有り様でして。」


事情を全て詩乃へ説明すると彼女は成程ねと小さく頷いた。すると最新でまたメッセージが届く。

そこには


[今、お兄ちゃん女の人と一緒だよね?誰?その人。]


と書かれていた。

詩乃は画面を見て小さく呟く。


「アカウント名は…四宮マユ?それが彼女の名前か。」



「そ、そうなんですッ!うぇッ!?な、何故拙者と詩乃殿が居る事が解るんです!?」



「私が後をつけられたのか…それとも最初から…!」


バッと詩乃が個室から飛び出して目を閉じる。

集中して怪しい気配を辿ろうとするのだが何も感じられない。


「ダメか…田中君、そこから動くなよ?」


詩乃は刀を背負って外へと飛び出して周囲を見回す。こんな昼間からとんでもないモノに遭遇するとは聞いた事が無い。


「何処に居る…ッッ!!」


事と次第によっては彼女を何とかする必要が有る。

生きた人間なら警察に突き出して対処して貰おうと考えていた。だが幾ら待っても誰も現れず、再びネットカフェ内へ足を運んだ。弘幸の居る個室へ来ると確認してからドアを閉める。


「…どうでしたか?」



「ダメだな…気配も何も無い。気味が悪いのは何故、彼女が私達が此処に居るという事を知っているか。そして何故、田中君の事を事細かに知っているか…の2つ。ゲーム内や現実で誰かに恨みを買ったりした事や何か中傷的な事を書き込んだ覚えは有るかい?」


詩乃は首を傾げるとチャットのやり取りを再度見ながら呟く。しかし、弘幸はそんな事は無いと話し首を横へ振った。つまり怨恨の線は消えたという事になる。


「成程ね…じゃあ単なるストーカーか?」



「いやいや、幾ら何でも有り得ませぬぞ!?これはどう見ても怪異でしょう!?」



「そう言われればそう見えるけど…!兎に角、今は此処を離れよう。それとそのゲーム、今は危ないからこの件が解決するまでログインはしない事!さぁ出るぞ!」



「出るって…行く先は有るのですか?」


弘幸がそう尋ねると詩乃は頷いた。

会計を割り勘で済ませると2人は走ってネットカフェを後にする。詩乃はその間に携帯を取り出すと電話を始めた。


「もしもし?すまないね…日曜日なのに。緊急事態で悪いんだがキミの家を貸してくれないか?それと変な奴を見掛けたら絶対に接触するなよ?良いね?」


素早く通話を終えると弘幸と共に詩乃はある人物の元へと向かった。

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2人が向かったのは理人の家で、息を切らしながら彼に出迎えられて中へ入る。

そして部屋へ通されると2人は座り込んでしまった。


「だ、大丈夫!?鈴村さん!それと…この人は?」



「あぁ、彼か?…彼はパソコン部の部長の田中弘幸君…私と姉さんの協力者で、色々助けて貰っている…!」


息を切らしながら説明すると詩乃は残った体力でカーテンを全て引いて再び座り込んだ。


「それで…何が有ったの?」



「彼が気味の悪い奴に後をつけられていてね…そしてそのオマケに私も巻き添いを喰らったって訳さ。」



「つまり…ストーカー?」


理人が何気無く呟いた。それに対して2人は頷く。



「…悪質極まりない輩ですぞ…ぐぬぬ…!ところで櫻井君は詩乃殿とどういうご関係で?」



「彼か?彼は私の専属助手さ。もう1人、私と同職の奏多明日香っていう利かん坊が居るけど…そういえば彼女は?」


詩乃が彼女の事を聞き返すと理人が口を開いた。


「これから来るって言ってる…今日はこの後ウチで遊ぶ予定だったから、どうしよう?」



「玄関から入らず裏口へ来いって伝えてくれ…なに、私が入口を作るから少し待ってて欲しい。」


詩乃は立ち上がると弘幸へ此処に居ろとだけ伝えると彼と共に1階へ。そして家の壁面側へ来ると詩乃は札を2枚貼り付けて印を指先で結ぶ。すると青白い四角い線と共に黒い空間が姿を現した。


「こ、これ何!?」



「臨時の入口だよ。大丈夫、私が認めた者しか入れない…他の人から見れば唯の魔除けの札にしか見えないからその辺はご心配なく。」


終わらせると此処で彼女を待つ事に。

少し経って合流して来た明日香と共に理人の部屋で作戦会議が始まった。


「つまり、その変な女?をぶっ飛ばせば良いんだろ?」



「あのな…相手は魅入られた人間かもしれないんだぞ?無闇矢鱈にぶっ飛ばせる訳無いだろ?実害を被った場合は対処するかもしれないけどさ。」



「そうですぞ!祓い師というのは暴力が云々では無く…!」


割って入って来た弘幸に対し明日香は彼の話を聞き流していた。先程から彼だけ話が異様に長く感じるからだ。話していると弘幸の携帯が鳴り、彼が確認していると思わずそれを手放してしまった。


「どうした!?」



「こッ、これから…此処へ来ると…!!」


詩乃が彼の携帯を拾うとそれを見て唇を噛み締める。つまり手段や手法は不明だが間違い無く此処も探られているという事になる。


「おいおい…マジかよ…ッ!詩乃、どうすんだ?あたしまで鳥肌立ってきた…!」



「…櫻井君に彼を任せる。それと模造刀を貸して欲しい…流石に悪霊でも無い相手にコレを振り回す訳には行かない。明日香は私の後方、目立たない位置に待機してくれ。」


詩乃は立ち上がると理人から模造刀を手渡され、それを握って階段を下りる。そして家のドアの付近へ差し掛かるとインターホンが鳴った。


[お兄ちゃん、会いに来たよ?居るんでしょ?]


声が備え付けの機械からすると詩乃は通話ボタンを押して話し出した。


「生憎、キミの事なんか知らないよ。悪いが人違いだ…回れ右をして今すぐ帰れ。」



[……貴女誰?]



「この家の人間だ。キミの言うお兄ちゃんは此処に居ない…諦めて帰った方が……」


最後まで言おうとした時、家のドアが何かで思い切り殴り付けられ、大きな物音を立てた。


[お兄ちゃんは此処に居るもんッ!!お兄ちゃん、出て来ないとその魔女に殺されるよ!?お兄ちゃん、私が今助けてあげるから!!]


ヒステリック気味に何度も何度もドアを殴打する。そして縦方向に割れたガラスから彼女のシルエットが浮かび上がる。桃色のシャツに黒いスカート、歳はどう見ても自分達より下。詩乃が見ているモニターにはハッキリ顔も映っている。黒い長髪に金色の瞳の少女が狂気の笑みを浮かべてドアを何かで殴り続けていた。


「おい、これ以上は立派な器物破損だぞ?もし続けるなら…ッ!!?」


するとドアノブが思い切り引かれ、ドアが開くと詩乃と彼女が正面から対峙する形になってしまう。


「お兄ちゃんを返せッ、この魔女!!」



「はぁ!?誰が魔女だ、誰が!!」


そう反論した時、彼女は思い切り詩乃を警棒の様な物で殴りつける。しかし咄嗟に模造刀の鞘で防ぐと競り合い始める。


「何も対策してないと思ったか…ッ!!」



「魔女の癖に…ッ!お兄ちゃん、居るなら返事して!助けに来たんだから!!ねぇってば!!」



「居る訳無いだろ…これ以上、続けるならキミの事を本気で斬るぞ?」


振り払うと詩乃は彼女の目の前で刃をチラつかせる。向こうはギリっと歯を食い縛っている様にも見えた。


「魔女の癖に…ッ、魔女の癖に!!私とお兄ちゃんの仲を裂こうだなんてそうは行かないんだから!!」



「あのなぁッ、自分が何言ってるか本気で解ってるのか!?」


再び警棒で殴ろうとして来ると詩乃は左手の指先で素早く印を結ぶと壁へ触れる。すると向こうが頭をぶつけたのか距離を取った。


「…障壁を貼らせて貰った。そう簡単に破れないシロモノ…どうする?まだ続けるか?」



「くぅッ…バカにしてぇッ!お兄ちゃんッ、そいつやっぱり魔女だ!!変な事ばっかりする!本当にそいつに殺されちゃうよ!?マユと逃げようよ、ねぇってば!!」



「……聞く耳無しか。明日香、110番で警察呼んでくれ。この子を補導してもらおう。」


階段付近に隠れていた明日香と合流し彼女へそう促すと解ったと返事をして直ぐに電話をする。

それからバンバンと何度も障壁を殴り続ける音だけが響いていた。約1時間後に彼女は到着した警察に連れて行かれたがその間にも魔女が何だかんだとずっと騒ぎ立てていた。

詩乃は警察へ事情を説明し、事の経緯を伝えると漸く事が全て片付く。彼女は障壁を消すと明日香と共に再び部屋へと戻った。


「はぁ…全く、とんでもない件だった。」



「見ててビックリしたよ…お前、付き合う相手選べよな?」


2人がぐったりして座り込むと明日香だけが弘幸へ指をさした。これで彼から依頼されていた事は終わりになるのだが気になる事が詩乃には有った。


「…田中君、キミは彼女の事知ってるのか?」



「え?ゲームキャラの名前しか知りませぬが…どうかしたのですか?」



「映像が残ってるから見て貰えるかい?櫻井君、壊れたドアは私が弁償するよ…すまなかったね」


詩乃達は1階へ向かい、そこにあるインターホンの映像を弘幸へ見て貰った。

そこには凄い形相で喋る女の子の姿が映っており、途中からドアを殴り付ける音がし始める。

その光景は凄まじい物だった。


「…それで、この子との面識は?」



「いや…有りませんな。初めて見ました。」



「この子、僕の妹と同じ歳の子かな…?」


理人が口を挟むと映像を注視して見ていた。

すると明日香が驚いた顔で彼を見て来る。


「え、理人に妹居たのか!?」



「今は部活の泊まりで合宿行ってるけど居るよ?中学生の妹が1人。明日香に話さなかったっけ?」



「そう言えば聞いた事有る様な…でもまぁ、コイツも捕まったんだしもう大丈夫だろ?あたし、お腹減ったよ…。」


詩乃はやれやれと思いつつ、ファミレスへ行こうと提案する。ドアに関しては応急処置を4人で施すと施錠してから向かう事に。

こうして謎の少女によるストーカー事件は幕を下ろした様に見えた。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

それから約数日経った日の事。

詩乃は学校にある図書準備室で他の生徒の相談に乗っていた。下級生の男子生徒の話を聞いているとバタバタという慌ただしい音と共にドアが開かれる。

そこに居たのは弘幸で、血相を変えて部屋へ飛び込んで来た。


「おいおい、どうした?そんな怖い顔して…今は取り込み中だぞ?」



「それより大変なんですッ!!あの子が…またあの子が…!!」



「ッ…朱里、悪いんだけど彼の話を聞いて纏めといてくれないか?」


詩乃は唯ならぬ雰囲気を感じ取ると彼女へ指示をする。そして弘幸と共に準備室を出て廊下へ出ると歩き出した。


「どういう事だ?彼女、補導されたんだろ?田中君も被害届出した訳だし…解決した筈じゃ無かったのか?」



「え、ええ…警察からも連絡は有りましたし、彼女の両親からも話は有ったのですが……。」



「……?」



詩乃は彼が歩きながら差し出して来た携帯を受け取り、そのメッセージのやり取りを見て固まってしまった。

そこには


[娘が逃げ出しました。何するか解りません。]


と書かれていた。

つまり彼女、四宮マユは何をしでかすか解らないという事になる。要は彼の身が危ないという事を示していた。


「……学校の場所は話してないんだろう?」



「当たり前ですッ!拙者はその辺厳しいので!」



「なら大丈夫だと思うが…安心出来ないな。今度こそ本当に殺しに来るかもしれない…アレで死神でも無ければ魅入られている訳でも無いとは…人間って恐ろしいな…。」



「感心している場合ですか!?」



「え?あ、あぁ…ごめんごめん。ちゃんと考えてるよ…!」


2人はその足取りでパソコン室へと来ると

ドアとカーテンを閉め、再び対策を考え始めた。

流石に学校までは来ないと思っているが

何がどうなるかは解らない。すると突然詩乃の携帯が鳴り、彼女がそれに出ると急にヤバいという声が響くと思わず携帯を投げてしまった。


「な、何だよもう…はいはい、もしもし?なんだ…明日香か…え?アイツが学校の外に居る?そんなバカな…!」


詩乃は外へ出て校庭の方を見ると昨日見た少女の様な人影がそこに居た。 何かをキャーキャー叫んでいるらしく、騒ぎになりつつあった。


「はぁ…解った、成る可く遠ざけて欲しい。誘い込むなら騒ぎに成りにくい場所で頼むぞ?ちょっとお灸据えてやる。それじゃ、頑張ってー♪」


通話を終えると弘幸の方を振り向く。


「…田中君、後は私が引き受ける。キミには会わせ無い様に立ち回るからね。」


カラカラとパソコン室の窓を開けてそこへ右足を載せる。それを見た弘幸が思わず2度見して駆け寄って来た。


「す、鈴村さん!?何を?!」



「何って…飛ぶんだよ!!」


そのまま流れで左足も載せて飛び降りた。

パソコン室が有るのは5階、詩乃は飛び降りながら詠唱する。


吸収アヴソープ!!よし、無傷!流石は私だ。」


地面へ降り立つとゆっくり立ち上がり、明日香を探しに向かう。すると走り回っている彼女を見付けて合流した。


「…何、またアンタなの?それよりお兄ちゃんは何処!?」



「懲りないねぇ…キミも。そんなに彼が好きか?彼はキミが思う程良い人間じゃ…ッ!?」


ヒュンッと警棒を振り翳して来ると詩乃は後退し避けた。


「殺してやる…魔女め!!」



「あ、そうだ…明日香…?頼みがある。」


途端に詩乃は明日香を見ると何だよと呟いて彼女が振り向く。


「これからやる事はかなり不味い事だ。絶対に口出しするなよ?それとチクるなよ?」



「……解ったよ、黙っとくから早くやっちまえ。」



「ありがとー♪さぁて、始めましょうか?ストーカーさん。」


すっと詩乃が右手を前へ翳すとポツリと呟いた。



「……召喚ツィオーネ、それから展開ベツィルク!!」


すると結界が張られ、詩乃の手には銃が握られる。

そして彼女はそれをマユへ向けた。


「…キミはやり過ぎた。だから此方も精一杯の抵抗をさせて貰うよ?」



「アンタを殺してお兄ちゃんを助けるんだ…ッ!」



「殺せるもんなら殺してみなよ?」


わざと左手をクイクイと曲げて挑発するとマユは警棒を振り翳して再び詩乃へ牙を剥く。

彼女は慣れた動きで攻撃を避けて行った。


「このッ!何でッ!!避けるなぁッ!!」



「避けないと怪我するからね。ほらほら、どうした?」



「ッッーー!!」


ムキになったのか余計に攻撃が苛烈になり、

警棒がブンブン振り回される。


「そろそろバテて来たな…そらッ!」


詩乃がバックステップで攻撃を避けると発砲し、彼女の左肩を撃ち抜いた。


「いっっったぁあッ!!?」



「安心しろ、実弾じゃないから。当たってもデコピンされた位の痛みしか無い様に加減してる。」



「人に向かって銃撃つとかアンタ、頭可笑しいんじゃ無いの!?」



「キミにだけは言われたくないよ…っと!」


立て続けに詩乃が発砲して彼女の腹部や腕を的確に当てて行く。痛い、痛いと叫びながら彼女は後退して行った。


「さて…残り数発だけど未だ殺り合うかい?」


詩乃は銃を向けて首を傾げる。マユは撃たれた箇所を気にしながら詩乃を睨んでいた。



「アンタを…倒さないと…お兄ちゃんが…お兄ちゃんが…ッッ!!早く退きなさいよ!!」



「…止めなよ、勝てないのは身に染みて解ったろう?それと私は魔女じゃない…ちょっと変わった人間だ。それだけは覚えておいて欲しいね。」


悔しそうに半泣きでマユは飛び掛って来た。

詩乃は飛び退くと彼女の首元へ左手で手刀を撃ち込んで気絶させる。そして結界を解くと彼女の額へ指先で軽く触れて立ち上がった。


「お前、何したんだ?」



「お仕置とそれから拘束術を施した。また暴れられるのは懲り懲りだからね…警察に電話して引取りに来て貰おう。」


通報してそれから約1時間後に警察が到着、彼女はそのまま警察に連れて行かれて事なきを得た。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

騒ぎがあってから3日後、弘幸は話が有ると言ってまた図書準備室へ来ていた。


「それで…話って何?また例の子か?」



「いえ、あの件はもう解決致しました。もう1つ頼み事が有りまして。」


すると彼は1枚のチラシを手渡して来た。


「…研究発表会?何でこんなのを。」



「実は…コスプレをしてイベントに出て頂けませんか?我々パソコン部の予算が掛かっているのです、それでフリーゲームなる物を出すのですが…。」



「コスプレ!?何の?」



そして別でチラシを取り出して来る。

そこには退魔少女レイナと書かれていて、腹部が出ていて露出が多い巫女服を着た女の子がポーズを決めていた。


「……コレをやれと?」



「お願いしますッ!見た目と身長がピッタリなのが鈴村殿しか居なくて…!!」



「祓い師を嘗めてるのかキミは!?そんな低俗な依頼引き受ける訳無いだろ!?」



「そこをなんとか!お願いします!! 」



「はぁ…朱里、塩だ!塩撒いて!!」


詩乃は怪訝そうな顔をしながら塩を要求する。

出てあげれば?という彼女の返事に対し、詩乃は呆れていた。


「…他に話はしたのか?」



「奏多殿は…怖そうですし、神代殿は…そもそも興味無さそうですし…日向殿にはやんわり断られました。」



「はぁ……完全な消去法じゃないか!」


その後、この依頼を引き受ける事になったのは言うまでもない。怪異よりも悪霊よりも本当に怖いのは人間の思念なのかもしれない。そう実感させられる依頼だったのは言うまでもない。

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