26話_アソビ ノ オワリ

夜が開ける前、詩乃の携帯が鳴ったのは午前4時前、眠たい目を擦りながら電話へ応答する。


「はい…もしもし?」



『繋がった…!す、鈴村さん蒼依が…蒼依が!!』



「落ち着きなって…妹さんがどうしたって?未だ朝の4時前だぞ……。」


彼女は理人の話を聞いて一言一句整理すると

ゆっくりと話し始めた。


「成程…キミの話を聞く限り、恐らくぬいぐるみを利用した都市伝説が原因だろうね。隠れんぼと称した降霊術の類…私は椿の気配を辿って追ってみるから櫻井君はもう寝た方が良い。大丈夫…必ず連れて帰るさ、それじゃーね。」


電話を切ると詩乃は私服に着替え始める。

白い半袖の上に黒いパーカーを羽織り、下は寝間着として使っている半ズボンのままで靴下を両足に履くと携帯と部屋の鍵を持って部屋を出る。

円香は寝ている為、起こさぬ様にアパートのドアを開けて施錠した。


「参ったな…雨降ってるよ。それも土砂降りと来た。」


格子に掛けていた透明なビニール傘を手にして

階段を降りると椿の気配を辿りながら雨の降る通りを1人で走って行く。女の子がこの時間帯に出歩けば何があるか解らないが、今は緊急事態。そんな事を言っている場合ではない。


「タイムリミットは恐らくギリギリ…間に合えば良いけど!」


彼女は気配を辿りながら、蒼依の居場所を目指して進んで行った。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

「遊ぼう?…遊ぼうよ?ねぇ、遊ぼう?」



「はぁッ…はぁッ…!!」


電話線を切られ、その挙句に追い掛け回されていた蒼依はもつれそうな足を何とかしつつ2階へ駆け上がると雛菜の部屋の前を横切って空き部屋の中へ入り、咄嗟に押し入れの中へと逃げ込んだ。息を殺して中で待機していると板張りの廊下を踏み締める音が外から聞こえて来る。

見失ったのか蒼依の事を探し回っている様にも感じられた。解決策すら見出せぬまま時間だけが刻一刻と過ぎて行く。

両手で口を抑えながら目を強く閉じてこの恐怖が早く去って欲しいと願い続けていた。


(終わらせ方ッ…早く終わらせ方を知らないといけないのに……!)


脳裏を過ぎるのは良くない想像ばかり。

もし、儀式が時間内に終われなかったら?

もし、自分か雛菜、椿の誰かが死んだら?

そんな事ばかり考えてしまう。

すると今度は窓が開く音が聞こえ、ドサッと何かが置かれた様な音がする。何が起きているのか解らぬまま黙っていると突然戸が開かれた。


「ッ──!?」


アイツに見つかった、殺される。

そう思って自分の手を退けて精一杯の悲鳴を上げようとした時に「しーッ!」と止められてしまった。

目の前に居たのは茶髪に赤い瞳をした見覚えのある女性。椿と自分の恩人でもある詩乃だった。


「し…詩乃さんッ!?」



「……あの時以来だね、櫻井君の妹さん。椿の持つ気配を追って此処に来た…事情ならお兄さんから聞いている。残りのタイムリミットは少ない、早く終わらせよう。」


詩乃は蒼依の手を取って押し入れから出させる。

そして詩乃が札をポーチから数枚取り出して投げ付けると木製のドアへ貼り付けた。


「アレは?」



「結界だよ。キミ達の言葉で言うならバリア…アイツは此処には来られない。さ、今の内に終わらせ方を探ろう?時間が勿体ない。」


詩乃は携帯を取り出して蒼依が見たというサイトを検索し、そこから終わらせ方を探り出す。


・塩水を用意する事。


・口に含んだ塩水をぬいぐるみへ掛け、コップの残り水と口に含んだ塩水の順に掛ける事。


・私の勝ちと3回宣言する事。


・儀式は2時間以内に終わらせる事。


と記載されていた。

塩水を作る為には台所へ行かねばならない。

つまり、また1階へ出なくてはならないという事を意味していた。


「塩水……。」



「向かう先は台所だな…キミは塩水、私はぬいぐるみを引き付ける。その間にやれそうかい?」



「えッ!?詩乃さん、大丈夫…なんですか?」



「大丈夫、大丈夫!何せ私は祓い師…そう易々とくたばったりしないから。」



「祓い師…って?」


蒼依がそう聞き返すと詩乃はこくりと頷いた。


「現代の都市伝説や怪異、それ等の脅威から人々を守る存在……それが祓い師さ。」


ドアを開けて詩乃と蒼依は外へ出ると廊下を歩いて行き、1階へ向かう階段を降りて行く。

台所は階段を降りて左側の奥の方だと蒼依から教えて貰うと詩乃がそこで足を止めた。後ろに居た蒼依が彼女の背に顔を軽くぶつけてしまう。


「詩乃…さん?」



「……台所で塩水を作ったら私を呼んで。良いね?」


詩乃の後ろから少し顔を覗かせるとそこには刃物を持ったぬいぐるみが立っていた。再び背筋が凍り付く様な感覚と身の毛がよだつ感覚が襲う。


「ワタシと遊ぼうよ?遊ぼう、遊ぼう?」



「……生憎、遊びはもう終わりだ。彼女達は家に帰って貰う…これ以上危険な目に合わせる訳には行かないからね。」



「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!遊ぶんだ!!遊ぶんだぁッ!!」


ぬいぐるみは子供の声で発狂し詩乃へ刃物を向ける。それでも臆する事なく、彼女は身構えていた。


「……なら、実力行使だ。召喚ツィオーネ!!」


詩乃が右手を前へ突き出すと青白い光が一瞬だけ強く光った。彼女の手に黒い拳銃が握られていて、その銃口がぬいぐるみへと向けられた。


「悪いがこのまま還って貰う。事情が事情だが人に危害を加えた事に変わりはない。お前を此処で祓う!!」



「いひッ…いひひひひひッ!!ワタシと遊ぼう…遊ぼうよぉおおッ!!」


ぬいぐるみが右手の包丁を持って飛び掛って来る。

詩乃は蒼依の右手を取って台所の有る通りの方向へ押しやると自分は右へ飛んでトイレの前へ立った。

ぬいぐるみは階段へ激突し包丁が木製の階段へ刺さる。


「行って!早く!!」


詩乃が叫ぶと蒼依は台所へと走って向かう。

ぬいぐるみは包丁を引き抜いて再びフラフラ身体を揺らしながら詩乃の方を見つめた瞬間、パァンッ!!という乾いた破裂音と共にぬいぐるみの頭が仰け反った。詩乃がぬいぐるみを撃ったのだ。


「痛いぃッ!!痛いよぉおおッ!!」



「良く効くだろう?特性の塩で造られた弾丸は!!」


続け様に発砲し、今度はぬいぐるみの腹部や頭を狙って引き金を引いていく。ぬいぐるみの身体からは血の代わりに綿らしき白い物が飛び出ていた。

目の部分の黒い飾りが取れて宙ぶらりんに揺れている。


「うぅッ…うぅ…ッ…!!」



「…降霊術の類は何が憑依するかなんて当人達には解らない、だから遊び半分でやると痛い目を見る。」


空のマガジンを外して捨てると彼女は予備のマガジンを銃の下部へ差し込んでスライドカバーを引いてから再び銃口を向けて警戒していた。

するとぬいぐるみはゆっくりと左側へ動いた末、悪足掻きと言わんばかりに詩乃へ牙を剥く。

事もあろうに飛び上がって包丁を刺そうとして来たのだ。


「死んじゃぇえええッ──!!」


銃口を向けたまま引き金を引くと弾丸が放たれ、3発がぬいぐるみへと命中するが、勢いを殺し切れぬまま詩乃の胸元へ突き刺さった。ドスンッと彼女は扉を背にしたままズルズルと床へ座り込んでしまう。


「な…ッ!?」



「へへへッ…やった!やったぁあッ!!ワタシの勝ち!ワタシの勝ちだぁあッ!!」


喜んでいたぬいぐるみだったが、それは直ぐに終わってしまう。背後から「拘束バインド」という声と共に身体が縛り上げられてしまったからだ。


「な、なななッ…何で!?勝ったのに!ワタシが勝った筈なのに!!」



「残念、さっきのは代わり身の形代。刺される直前に放ったのさ。」


そして詩乃はぬいぐるみから包丁を取り上げ、台所から戻って来た蒼依に先程確認したやり方で儀式を終わらせる。ぬいぐるみは塩水を掛けた後に白い煙を上げて動かなくなってしまった。


「し…詩乃さん、時間は?」



「…午前4時55分、ギリギリ間に合ったらしい。お疲れ様…さぁ帰ろう?お兄さんが心配してる。詳しい事は後でゆっくり聞かせて貰うけどね。」


蒼依が頷くと椿を呼びに行った後、隠れていた雛菜を助けた後に詩乃達は雛菜の家から立ち去って行った。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

夜が明けた後。

諸々の事情を詩乃がメールで送った後、円香による手配の元で、詩乃の手で正式にあのぬいぐるみはお焚き上げされた後に処分された。

降霊術で使用されたぬいぐるみに関しては何かしらの障りが有る可能性も考慮し、燃やしてしまうのが一番良いとされる。

雛菜の話によればあのぬいぐるみは偶々立ち寄った中古の店で購入した物だった。

つまり、元から使い捨てのつもりだったという事になる。詩乃は歩きながら欠伸をすると背伸びをして溜め息をついた。


「興味本位で降霊術をするのは勘弁して貰いたいね…全く。夜明けに叩き起される側の気持ちにもなって欲しいよ。」


ブツブツと不満を漏らしながら彼女は帰宅し、

玄関で靴を脱いでからリビングへと向かう。

視線を左へ向けると円香が台所に立って昼食の準備をしていた。


「お帰り、そっちは大丈夫だった?」



「うん…何とかね。無事にお祓いもお焚き上げも終わったよ。」


詩乃はソファへ座り、背もたれへ寄り掛かると大きな欠伸を1つだけする。円香は調理を終えたのか食事をテーブルへ運んでから詩乃の隣へ腰掛けた。


「ひとりかくれんぼ…だっけ?あんなのが今流行ってるの知らなかったなぁ……。」



「姉さんがこの前言ってた通り、降霊術の類も増えてるって事だろうね。とは言え…櫻井君の妹は何かと巻き込まれ易い体質なのかもしれないけどさ。」



「そうねぇ…それと私達には黄泉の件も有る。また色々と忙しくなるわよ?実家の方もそれでバタバタしているだろうし。」


円香がそう呟くと詩乃は無言で頷く。

そして口を開いて話し始めた。


「……でも黄泉は次に会った時が最後だって言ってた。向こうも本気で私達を殺す気らしい。」



「最後になんてさせるもんですか。私はあの子から何もかも洗いざらい聞くまで引き下がる気もないし、諦める気もない…それはお互い様でしょ?」



「姉さんならそう言うと思ってた。さてと!私は昼寝でもするかな……良く眠れてないし。」



「えぇッ!?折角お昼ご飯作ったのに…それに、今から寝たら夜寝られなくなるわよ!?」



「良いじゃんか、どうせ学校休みなんだから!」



「ダーメッ!生活は規則正しくしなさいッ!!朝も食べてないんだから、お昼位食べなさいよ!」



「あーもうッ、変な時に先生っぽく振る舞うなってば!私は寝る!ぜーったいに寝る!!」


そして詩乃は「おやすみ!!」と言い残して部屋から出て行くと自室へ入ってリビングへ倒れ込むとそのまま静かに寝息を立てて眠ってしまった。


怪異が存在し続ける限り、祓い師である鈴村詩乃の戦いは終わらない。

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