23話_番外編③ 姉妹

ある日の事。涼華は実家である神代家の屋敷へ学校の休みを利用し帰宅していた。すると家へ入って荷物を置いた後、2人の付き人により和室の大きな部屋へと案内され通された。奥には1枚の薄い布で覆われた座敷が存在し、涼華はそこから少し離れた場所へ正座し頭を下げた。その向こう側に座っている人型の影…それこそが涼華の母親だ。


「……お久しぶりです、お母様。」



「…顔を上げなさい、涼華。体調の方に変わりはない?学業の方は順調?」



「はい、問題は有りません。…ところで用件とは?」



「そう…なら良いのです。貴女を呼び戻した理由を未だ話していませんでしたね?…これをあの子に。」


すると全身黒づくめの人物が彼女から何かを受け取り、涼華の方へ近寄ると無言で差し出して来る。

それは細長く折り畳まれた手紙で涼華は拡げるとそれを読み始めた。


「…姉様が見つかったのですか?!」



「ええ、そこに書いてある通り…姫華が見つかりました。そして貴女にはある事をやってもらわねばなりません…。」


その最後の一文を涼華は少し間を空けてから読んだ。


「……神代姫華を討滅…ですか?」



「…その通りです。あの子は裁徒の掟に反し…怪異と密接になってしまった…だから斬らねばなりません。妹である貴女に斬られるなら…姫華も本望でしょう……やってくれますね?」



「……引き受けます。それがお母様の…神代家の掟であり、望みならばそれに従う迄です…。」


涼華は再び頭を下げると立ち上がって部屋を後にした。そして黒子に案内された別室で彼女は制服から正装へ着替える為に室内の真ん中で立ち止まる。


「姉様…何故……。」


すっと青い石を握り締めると彼女の姿が変化しフードの着いた紅白の巫女服を身に纏う。そして黒子が横から差し出して来た白い吊り目をした仮面を被るとその上からフードを被った。まさにその姿は異形としか言い様が無いのだが、これこそが裁徒の正式な格好。涼華は部屋から出て玄関の方へ向かうと草履へ履き替えて屋敷から外へと出て行った。


見つかったという姉を探す為に

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

夕暮れで日が傾き始めた裏通りを歩いて行くと涼華は何かの気配を感じて足を止めた。

殺気と共に気味の悪い悪寒を感じ、涼華は左手の袖から札を数枚取り出して周囲を警戒する。

そしてその違和感を感じ取ると即座に極鎌を変化させて振り向けた。


「......此処に居たのか。ずっと探したよ...何処へ行っていた?誰にも何も話さず...突然目の前から姿を消して...。」


その方向には赤い巫女装束を着た1人の少女が立っていた。黒い面に右目から下へ涙の様に垂れた赤い縁どり...それは涼華が良く知る者が身に付けているそれだったのだ。


「......態々探しに来たのね、ご苦労様。でも...もう私は帰らない...帰る必要が無くなった...。」



「...理由は知っている、姉様はもうヒトじゃな...ッッ──!!?」


その瞬間、何かが振り翳されると咄嗟にそれを涼華は極鎌で防いだ。姉と呼んだ彼女の手にはいつ取り出したのか解らない黒い柄の薙刀が握られていたのだ。その白く輝く刃が涼華の目の前でカタカタと動いている。それを跳ね除けた涼華は獄鎌を振り翳して幾度か斬り裂こうとしたが全て払われてしまった。


「...貴女が此処に居るという事は私を討滅する様に上から指示が下りた...そういう事ね?」



「何故です...何故なのですか姉様!!何故...ッ!!」



「裁徒が敵に疑問を抱くとは...どうかしている!!」



「どうかしているのは姉様の方だッ!!」


鎌と薙刀の刃が金属音を立て、火花を散らして幾度もぶつかり合う。お互いに術を用いて飛び上がると今度はビルの屋上へ着地し向かい合った。


「...はぁああッッ!!」



「ッッ...!!」


彼女が、右足でたんっと地面を蹴って涼華との間合いを詰め、彼女は何度も薙刀で突きを繰り出すと涼華はそれを受け流して距離を保つと左手へ札を握り締めてはそれを投げ付けた。青白い炎が飛んで行くと相手はそれを薙刀で払い除けてしまった。


「貴女は最年少で優秀な裁徒となって...数多の人間の心と魂を壊し...そして同時に穢れを払って来た!!」



「それが私に課せられた役割...裁徒の役目...使命だからだ...ッ!!」



「盲目的に使命を信じ続け...そして戦い続ける。貴女はやっぱり真っ直ぐな子......。」


すると目の前の女性は姿を消して突然、涼華の後ろへ現れてこう囁いた。


「...だから貴女が嫌いなのよ。」



「え...ッ...!?」


薙刀が涼華の腹部を刺し貫くが彼女の姿は白い花弁と共に消えてしまった。そして先程とは別の場所に姿を現し、彼女を見据えていた。


「使命に囚われて...家の為にと尽くし...何が残るの?何も残らない......残るのは無だけ。」



「だから斬ったのか?仲間達を...同じ裁徒達を!!」



「そうよ、それをやったのが私...神代姫華。貴女が探していた連続祓い師殺しの張本人...ッ!!」


仮面を外すと姫華の紫色の瞳が血の様に赤く染まる。そしてそれを投げ捨てると涼華へ牙を剥いて襲い掛かって来たのだ。肉薄した彼女は涼華を見ながら話を続ける。


「私はね、ずっとずっと貴女が憎くて嫌いで仕方無かった!!何をしても...何をやっても私はあの人から認められない...その辛さが貴女に解る!?」



「ぐ...ぅうッッ!!」



「貴女さえ居なければ...私があの家で最強の裁徒だったッ!!それを...よくもッッ!!!」


薙刀の払い斬りが涼華の持つ獄鎌の柄と接触し弾き飛ぶ。そして畳み掛ける様に涼華へ連続して攻撃が繰り出されると彼女はそれを避けながら時に術で防御しながら何とか対応を続ける。その最中に一撃が顔を掠め、涼華の付けていた仮面が外れて落下した。


「それにしても...見ない内に随分と良い顔になったわね?その顔が苦痛に歪む様を早く私に見せてッッ!!」



「ッ...来い、獄鎌ッッ!!」


繰り出された薙刀の一撃が迫る中で獄鎌を呼び戻し、それを握り締めた涼華が一撃を受け流して姫華へ振り翳すとその刃が左脇腹へ深々と突き刺さった。赤い巫女装束が更に血で赤く染まるのが解る。


「...これで終わりだ...姉様...!」



「終わり...?私が...終わり?ふふふッ、あっははははッッ!!!死ぬ訳ないじゃない...こんな傷程度で!

!」


涼華を突き放した途端に傷が塞がり、白い肌の見えている部分は何も無くなった。左手で極鎌を掴むとそれを振り払って引き離したのだ。それだけでは無い、これまで負わせた手傷も全て治癒し元に戻っている。


「何!?傷が消えた...!?」



「それに貴女、言ったでしょ...?姉様はもう人じゃないって!!」


突然、振り翳された薙刀の柄が涼華の右脇腹へ命中すると彼女は後方へ倒れてしまう。そして涼華が振り向いた途端に今度は顔面を狙った連続突きが放たれ、刃が風を切る音と共に涼華を突き刺そうと何度も狙って来たのだ。躱し損ねた刃が涼華の左頬を掠めて血が飛沫すると彼女は咄嗟に最後の一撃を極鎌で防いでみせた。


「...しぶといわね、未だ死なないの?」



「黙れ...ッッ!!」


薙刀を振り払って涼華が立ち上がると鎌の刃を差し向けて姫華を睨み付ける。彼女の目は殺気に満ちていて、彼女を絶対に殺してやるという気迫に溢れていた。


「術を使って殺してしまえば済むけど…貴女とは術具を使って殺り合いたかった。それに、その方が貴女も思い切り戦えるでしょう?涼華。」



「止めろ…ッ!!」



「涼華…私の可愛い可愛い妹……。」



「その声で…私の名を…呼ぶなぁああッッ!!」


涼華が叫び声を上げ、獄鎌を用いて姫華へ襲い掛かると飛び上がった瞬間に頭上からその刃を力強く振り下ろした。それを姫華が防ぐと振り払って受け流した途端に涼華へ思い切り薙刀の刃を上に振り抜いて斬り裂いたのだ。紅白の巫女装束が切り裂かれると共に左胸から肩までが裂けて血が飛沫し、涼華は苦痛に顔を歪めてしまう。


「くぅ…あッッ!!?」



「貴女が邪魔だったッ…貴女が憎かった…貴女が羨ましかったッッ!!」


血を流しながら獄鎌を用いて防御体勢を取り続け、姫華の攻撃を何度も受け流す。その最中で涼華は獄鎌を刀へ切り替えて防ぐと至近距離で睨み合った。


「獄鎌を変えたか…そんな戦い方も身に付けたのね?ホントに貴女は何処まで私をコケにすれば…ッ!!」



「ッ…五月蝿い…黙れッッ!!」



「早く死んで…私の為に!!私の前から消えろッッ!!」


あまり長引かせれば自分の身が危ない。

それに治癒術を使おうにも向こうはそれを許してはくれないだろう。幾度か2人が争い続けていると雷の音と共に雨が降り始めた。涼華と姫華の身体を降り注ぐ雨が濡らしていく。


「捉えた…ッ!死ねぇええッッ!!」


間合いを読んだ末、姫華が再び涼華へ襲い掛かると

右手に持つ薙刀による鋭い刺突が放たれては涼華はそれを紙一重で裂けて彼女の右腕を擦れ違いに斬り落としたのだ。ぶしゅうっと血が多量に傷口から飛沫し、血溜まりを作ると薙刀を握り締めた腕がその場に転がっている。


「ッッ…!?よくも……!!」



「貴様は…怪異だ……私の姉を…語る…怪異だッッ!!」



「けど…こんな傷、直ぐに…ッッ──!!?」


振り向いた途端に右斜め掛けへ身体が斬り裂かれる

と再び血が飛沫し、フラフラと姫華が後退する。


「くそ…ッッ…何故だ…何故…ッ!!」



「……ッッ!!」


涼華は間髪入れずに横一閃に刀を振り抜いて姫華を斬ると彼女は何かに躓いて尻餅をついて座り込む。真っ赤な血を垂れ流しながら姫華は涼華を見つめていた。


「本当に殺すの…?実の…姉を…その手で…!!」



「五月蝿い…ッ……!!」


涼華が拾い上げたのは姫華の薙刀、それを彼女の方へ差し向けた。その刃からは雨の雫がポタポタと滴り落ちている。


「お願い…止めて…ッッ…涼華…涼華ぁああッ!!」



「黙れ……それ以上…喋るなぁあああッッッ──!!!」


そして涼華は薙刀の刃先で姫華を突き刺した。

姫華が制止しようと突き出していた左手がだらんと力無く落下、薙刀を引き抜かれると共に彼女は背中から地面へ倒れ込んでしまった。

雨はずっと降り続き、涼華と姫華の身体を濡らしていく。カランという小さな音と共に赤い塊の様なモノが姫華の服の袖から零れ落ちた。

それを涼華が拾って不思議そうに見つめている。


「……?」



「殺生石…又の名を甦りの石。」


聞き覚えのある声に振り向いた涼華は咄嗟に姫華の薙刀を声のする方へ向けた。そこに居たのは黒い長髪を靡かせた女性…詩乃の2人目の姉、黄泉。

赤い傘を差したまま彼女は敵対する意志も見せずに涼華を見つめている。


「その石は数多もの人間の命を犠牲にして生まれ…得た者に絶大な効力を示す。姫華は余り使わなかったのね…最後の抵抗というべきか、それとも…貴女に怪異として殺される事を望んでいたのか…どっちかな?」



「……どういう事だ?」



「神代姫華を殺し…そして実験としてその石を私が使って甦らせた。彼女が持っていた負の感情……それを昂らせ、祓い師らを憎む様に仕向け…そして彼女は死神となる手前、即ち第2段階である[[rb:憑依 > ポゼスト]]のまま貴女と出会って……戦った。」



「貴様ぁ…ッ!!」



「…凄い殺気…でも止めといたら?その傷じゃもう戦えない。私は話をしに来ただけ…それじゃ、また。」


黄泉は後退るとビルから飛び降りて姿を消してしまった。取り残された涼華は石の欠片を利用し斬り落とした姫華の右手を取り付けると自身の術具と姫華の術具を消した後に彼女の事を抱えて同じ様にビルから飛び降りて歩き出した。


「帰ろう…姉様……。」


暫く道なりに進んで行くと人の気配に気付いて立ち止まると目の前に傘を差した詩乃が立っていた。


「…街中で異常な霊力を式神が感知した…何か有ったのか?その人は…まさか…ッッ!?」



「…姫華を…姉様を……斬った。 」


詩乃が血相を変えて変わると言い出し、姫華を抱えると涼華を連れて自宅へと向かう。涼華は彼女の家の玄関へ辿り着くと安堵したのかそのまま倒れてしまった。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

「ん……?」


涼華が目を覚ますと外は既に明るくなっていて、朝日が登っていた。身体をゆっくり起こすと上半身は裸で包帯を巻かれている事に気付く。

昨日の記憶が殆ど抜け落ちてしまっていて、何があったのかはあまり憶えていない。室内は今自分が居るベットと机、ガラス製のテーブル以外は学生服と鞄が置かれているだけでとても質素。床は木製で壁は真っ白な壁紙が貼られているだけでポスター等は貼られていない。

部屋のドアがノックされ、声を掛けると詩乃が入って来た。


「…目が覚めたか?」



「此処は…お前の家か?」



「うん、そうだ。まぁ正確には姉さんの家だけど。全く、姉さんが応急処置してくれてなかったら今頃は死んでたんだぞ?玄関は血だらけ…リビングも止血で使った包帯だらけで片付けるのも大変だった。」



「……すまない。ところで詩乃…姫華姉様は?」



「…その事だけど…私達だけで彼女を送ろうと思う。姉さんの話だと神代の家でも…鈴村の家でも彼女の事を葬る事は出来ないらしい。ましてや一族の中で死神になった者、そうなり掛けた者は事実上その家の者ではない扱いを受ける…葬式なんて許されない。」


詩乃がそう話すと涼華は小さく頷いた。

これが一族の掟、それがどんな些細な事だろうと常にその掟が付いて回る。一般人ならまだしも身内からそういった者が現れるという事は一族の名誉にも関わるからだ。


「…そうか…それだけ解れば充分だ…。」



「今はゆっくり休むといい、他の事は私と姉さんが。怪異の除霊の依頼は私が全て引き受けるから気にしなくていい。それじゃ…お休み。食事は此処に置いておくから好きな時に食べて欲しい。」


詩乃は思い出した様に手にしていたトレイを部屋のテーブルの上へ置いてドアを閉めて立ち去る。

しんと静まり返った部屋の中で1人残された涼華は昔の事を思い出していた。


-手を繋いで一緒に散歩した事。-



-辛い時や悲しい時、いつも傍に居てくれた事。-



-常に自分の事を気に掛けてくれていた事。-


だが、もうその温かい日は帰って来ない。

姉が自分に抱いていた憎しみは本物だと知ってしまったから。そしてその姉を手に掛けてしまった自分…その時の記憶が未だ鮮明に残っている。


「姉様…姉様ッ……姉様ぁ…ッッ……!!」


途端にボロボロと大粒の涙を零しながら涼華は声を押し殺し泣いていた。布団を左右の手で強く握り締めてずっとずっと。普段は感情を滅多に見せない涼華が珍しく感情を見せた瞬間だった。

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