24話_思惑ト陰謀
街中に有る人気の無い路地裏。
1人の黒い制服を着た少女が行き止まりとされる壁の前へ立ち、何かを唱えるとその中へと入って行くと真っ黒な中を進んだ末に彼女は立ち止まった。
「……お呼びですか?お父様」
暗闇の中に彼女の声だけが響くと白い面が空中へ浮かび上がる。それは翁と呼ばれる能面で、白い髭の様な飾りが特徴的で、両目は笑った様な顔付きの他に眉毛は白い毛の様な物が2つずつ付いていた。
お父様と呼ばれた彼は低い男性の声で話始める。
「黄泉…。神代、そして鈴村の娘らに会ったそうだな。どうであった?」
「…両者とも優秀ですよ。何れぶつかるのは時間の問題かもしれませんけどね……。」
「お前に殺せるのか?特に鈴村の娘…アレはお前の元弟子であろう?」
「……向こうも私を殺しに来ます。何せ私は咎人ですからね…なら私も全力でそれに抗うまでの事。」
そう返すと翁の面を被った黒い人影は小さく頷いた。
「左様か…黄泉、お前は私の娘だ。あの日、傷付き…血に染まったお前を拾ったあの日からずっとそれだけは変わらぬ。」
「…それは今も感謝しています……鈴村の家は私の帰るべき場所ではありませんから。」
そう告げると黄泉は頭を下げ、「失礼します。」と一言だけ言い残して背を向けると彼女は歩いて空間を離れて外へ出た。再び外へ出ると曇り空と共に路地を行き交う人々が視界に飛び込んで来る。
そして彼女もそこへ紛れて歩き始めた。
「怪異は...常に人と密接な関係にある。いつ何処で巻き込まれるかなんてそんなモノは解る訳がない。そして怪異をばら撒くのは私...ねぇ、詩乃?貴女は私を倒せる?」
彼女は口角を少し吊り上げると不気味に笑って歩き去った。
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そして同じ頃、詩乃は図書準備室でこれまで有った怪異絡みの案件を手短に資料へ纏めるといった作業をしていた。珍しく朱里と詩乃の2人きりという構成で、これに関しては今に始まった訳では無い。
「詩乃...例の村以外で大きな事件とかは無かった?」
「んー?後は普通の案件だらけだよ。とは言え、何が普通なのかは私にも解らないけどね。」
「祓い師でもそういう所は適当なのね......。」
「まぁね...私の見た夢の件以降、怪異が現れないのは気になる所だけど......。」
「怪異を祓っても、似た様なモノは何れ生まれて来る......詩乃は嫌にならないの?」
朱里はシャーペンで紙にレ点で印を付けながら話して来る。対する詩乃は手元に有ったエナジードリンクの黒い缶を手で手繰り寄せて中身を1口だけ飲んだ。
「んくッ......はぁ...。奴らが危害を齎す以上、祓わなくてはならない......それが祓い師の掟。私はそういう家の元に産まれたんだからそれに従うまでだよ。」
「......私は普通の家だから解らないけど。」
「そういう風に教えられたのさ...姉さんと......あの人から。」
詩乃は缶を置いて今度はシャーペンを右手に持つと指先でクルクルと回していく。
紙には部活動調査報告書と書かれていた。
これを書かないと部活動費が降りない上に活動に支障を来たしてしまう。何故なら表向きは読書同好会、裏は怪異研究会として活動しているからだ。
「なぁ朱里?これ、本当に書く必要有るのか?」
「ダメよ、ちゃんと書かないと。今日は期日近い書類書くって私と約束したじゃない。だから櫻井くんにも奏多さんにも今日は帰って貰ったんでしょう?」
「でもさぁ...。」
「早く書かないと終わらないわよ?」
ジロリと朱里に睨まれると詩乃は観念したのか
再び書類とにらめっこを始めた。
左手で頬杖を突きながら考え続けるが、やはり何を書けば良いか解らない。
ブツブツと小言を言っていると時間だけがただ悪戯に過ぎて行った。
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「…詩乃、終わった?」
「書けたよ……これで良いかい?」
「どれどれ…同好会で読んでいる本は一般的な流行り物以外にも怪異やオカルト系の本が部員達に人気なのでもう少し予算を考慮して欲しい……か。まぁ上出来じゃない?」
「…私は書類仕事苦手だって言っただろ?仮に書けても小学生が書く様な物しか書けないんだぞ?」
頬を膨らませて朱里の方を見ると、「これも部長の務めでしょ」と返されてしまった。
書類を受け取った朱里はそれをクリアファイルへ挟むと筆記具を片付けてから消しカスをゴミ箱へ纏めて捨て始める。一方の詩乃は立ち上がってカーテンを少しだけ開いて外の様子を見ていた。
「……すっかり暗くなってる。朱里、家の途中まで送ろうか?」
「そうね……お願いしても良い?次いでに職員室にも寄りたいから。」
詩乃は頷いてからエナジードリンクの缶の中身を全て飲み干してからゴミ箱へ捨てるとリュックサックを背負って朱里と共に図書準備室を出た。
そして図書館内を経由して廊下を出て行くと既に廊下は真っ暗で静まり返っている。
校舎に残っている生徒は恐らく自分達だけだと思いながら、2人は階段を降りて1階の職員室を目指して行ると3階の踊り場付近で朱里が不意にこんな話をして来た。
「ねぇ詩乃?うちの学校、変な噂が有るの知ってる?」
「何だよ急に……。」
「…前に奏多さんが話してたんだけど、うちの学校…旧校舎が有るって話。それ本当なのかしら?」
「その話は本当だよ…私が最初に神楽と出会ったのも旧校舎。とは言え、その入り口は私が封印したから大丈夫だと思うよ。」
「本当だったのね……。じゃあ…もう1つ……ッ!?」
何かを話そうとした瞬間、突然破裂音が響き渡る。朱里は詩乃の方へ身を寄せると辺りを見回していた。
「……詩乃、今の何?」
「あまり考えたくないけど…本当はこういうのは知らないフリした方が一番得策なんだよな。私だって旧校舎には出来れば二度と入りたくない。」
詩乃がそう呟くと念の為にブレザーの右ポケットから形代を取り出しゆっくりと振り返る。だがそこには何もなく、彼女は安堵した。
「…気の所為みたいだ。さっさと行って帰ろう。」
詩乃はそう声を掛け、朱里と共に1階にある職員室へ来ると朱里だけが書類を置きに向かい、詩乃だけが廊下で待つ事に。暗い廊下には非常灯が点々と点いている他は外から差し込む月明かり暗いしか光源がない。
「……それにしても、うちの学校も夜になると結構不気味だな。あまり気にしなかったけど。」
左右の廊下を見渡して呟くと彼女の右側へ神楽が出現し話し掛けて来る。
「……詩乃。どうした、気が乱れている様だが?」
「ここの所、色々立て込んでるからさ…疲れてるんだよ私も。」
「怪異を祓う類の物ではなく…人間共との関わりも有るからか?」
「まぁね……黄泉の件も有るから余計に疲れてるのかもしれない。」
詩乃は溜め息をつくとカラカラとドアが開く音を耳にして振り返る。そこには朱里が立っていて、不思議そうな顔をしていた。
「…詩乃?どうかした?」
「いや、別に?少し神楽と話してただけだよ。さぁ帰ろうか。」
詩乃と朱里は玄関で靴を履き替えると共に外へ出て
帰路へと着いた。
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詩乃は朱里と別れ、1人で暗い通りを歩いていると
人の気配を感じて彼女は足を止めた。白い街灯の明かりに照らされた場所に居たのは彼女が良く知る人物であり、彼女に対し戦い方を教えてくれた人。
一目見れば誰もが振り返る程に美しく、そして艶のある長い黒髪と透き通る様な薄紫色の瞳を持つ可憐な女性だった。
「黄泉……。」
「ハロー、詩乃。クスッ...元気にしてた?」
「……元気に見えるか?」
「まぁ…そうだよねぇ……?それより神代の子は元気にしてる?」
黄泉がそう呟くと詩乃は彼女の方をじっと見つめていた。
「……どういう意味だ。」
「あの子のお姉さん…少し利用させて貰ったの。暗示を掛けたんだ…好きなだけ殺し合えって。…うふふッ、凄かったなぁ。本気の殺し合いなんて初めて見た……。」
その瞬間、乾いた音と共に一筋の青い閃光が黄泉の右頬と黒い髪を掠めた。つうっと頬から血が滴り落ちると彼女はそれを右手の指先で触れて見つめる。
「……それ以上喋るな…ッ!!」
「やる気?良いよ、私は別にそれで構わないけど。」
手に付いた血を舌で舐め取ると彼女は詩乃を見据えて威圧する。詩乃もまた銃口を向けたまま黄泉を睨んでいた。
「変わったね…お互い。本当ならこうは成らなかった。貴女の横に私が居た筈だったのに。」
「そうはならなかった……この話はこれでお終いだ。鈴村の因縁は私が終わらせる。お前を此処で祓い、全て解決させる!!」
「やれるものならッ──!!」
黄泉が先に仕掛け、走りながら詠唱すると左手へ出現した刀の柄を右手で握り締めて抜刀、鞘を捨てて詩乃へ刃を頭上から一直線に真下へ振り下ろした。対する彼女はそれを後ろへ飛び退いて避けると照準を合わせ2回発砲する。
しかし頭部を狙った弾丸を彼女は身体を右へ微かに傾けると弾丸を避け、もう1発を左へ首を傾けただけで躱してしまった。
「躱された!?くッ─!!」
「残念…だったねッ!!」
黄泉は詩乃の左脇腹へ回し蹴りを放つとそれが命中。防いだものの、ふらついた所に右横へ斬り払う形で刀が振られてはそれを屈んで詩乃が避けた。
お互いに距離を取ると詩乃は銃口を彼女へ向ける。
「黄泉ッ!!お前が憎んでいるのは何だ…お祖母様が憎いのか、それとも…鈴村の家そのものが憎いのか!?答えろ!!」
「……今更そんな事聞いてどうするの?私に何かしてくれるのかしら?」
「あの日…お前が私に見せたあの顔がずっと頭から離れないんだ……あの寂しそうで辛そうな顔が!!本当は誰かに助けて欲しかった…姉さんなら…円香姉さんなら何とかしてくれたかもしれないって……本当はそう思ってるんじゃないのか!?」
「もう過ぎた話……全部昔の事……私にはどうだっていい。私は貴女の敵…それだけ。だから──ッ!?」
すると黄泉は何かに気付いたのか後方を振り返る
と思わず息を飲む。そこに居たのはスーツ姿の円香本人、真っ直ぐ2人の方を見つめていた。
「円香…姉様……!?」
「姉さん……!?」
「黄泉……見ない内に大きくなったね。詩乃、後は私が引き受けるから貴女は下がってなさい。」
詩乃は頷くと円香の方へ駆け寄って下がった。
そして代わりに円香が1歩前へ出る。
「話は全て父さんと母さん、詩乃から聞いてる……。私が居なくなった後にそんな事が起きてたのね。ごめんなさい…もっと早く知るべきだった。」
「……謝らないで下さい。もう私にとっては過ぎた事です。私は進むべき道を見誤り、志さえも失った…そして今、貴女達の敵として此処にこうして立っている……それだけの事です。」
「……本当にそれだけなの?黄泉。」
「ッ……どういう…意味ですか……。」
「私も貴女とずっと話がしたかった…私の代わりに色々背負ってくれた事も……詩乃を祓い師にしてくれた事も全部知ってる……。でも貴女は常に自分の気持ちを押し殺して誰かの為に…誰かの為にって尽くし続けて来た。だからいつの間にか1人で全て背負い込んで…人一倍苦しんで、悩んで傷付いて来た…そうでしょう?」
「五月蝿い…黙れ……黙れ黙れ黙れ黙れぇえッ!!私の事を全部解っている様な口振りでモノを言うなぁッ!!私は…誰からも理解されない…愛されない…受け入れて貰えない…天涯孤独の身……だからずっと憎かった…お前達2人が心の底から憎かった!!鈴村の人間はこぞって私の事を蔑ろにし…挙げ句の果てに老いて死にゆく迄、私の事を下に見続け…全て奪ってこき扱うつもりだった…違うか!?」
「じゃあ聞くけど……父さんの想いはどうなるの!?貴女の事を助け……養子にしてくれた父さんは貴女の事を愛していた!!私達姉妹と貴女に血の繋がりが無くても……同じ1人の娘として、鈴村の人間として貴女の事を大切に思っていた!!その想いまで貴女は全て無かった事にするの!?」
「う…く…ッ……。」
黄泉はそう投げ掛けられた瞬間、ギリッと奥歯を噛み締める。そして彼女は鼻で笑うと円香の方を見据えて口を開いた。
「……もう遅いんです。後戻りなんて出来はしない……!!」
「黄泉…ッ!!」
「もし…何事ともなく…あの家を出ていたら……私も貴女と詩乃と一緒に…居たかった。何気ない事で笑って…泣いて…怒って……そんな楽しい生活を…送りたかった……。」
すっと彼女は右手に持つ刀の刃先を円香と詩乃へ向け、そっと呟いた。それでも円香は尚も説得を続ける。
「今からでも遅くない…刀を捨てなさいッ!!私も付き添ってあげる…だから一緒にお祖母様の所へ──」
「……
黄泉が呟いて地面を踏み込んだ瞬間、一気に駆け出すと円香へ向けて刃を突き付けようとして来たのだ。刃先が喉元まであと一歩の所へ差し迫ると円香は咄嗟に黒いトンファーの様な物を呼び出して防いだ。
彼女の左頬のすぐ横を刀の刀身が掠める。
「黄泉…どうして……!?」
「お涙頂戴の話をすれば…姉様はすんなり私に斬られてくれるかと思ったのですが……残念です。私の持つ鈴村家への憎しみがそんな生半可なモノだと思っているのですか?ならばそれは…見当違いだッ!!」
お互いに膠着状態のまま、円香と黄泉は至近距離で睨み合っていた。少しでも気を緩めれば斬られてしまうのは分かり切っている事実だ。
「だからってッ……!!」
「言ったでしょう?全ては過ぎた事…もう過去の話だと!!」
黄泉から先に振り払い、右足の正面蹴りで円香を突き放すと今度は胸ポケットから形代を数枚取り出してそれを左手に持つとニヤリと笑う。詩乃が円香の代わりに前へ出ると黄泉を真っ直ぐ睨み付けた。
「姉さん下がって!!私がやる…!!」
「さっきの続きか……良いよ、試してあげるッ──!!」
バッと黄泉が形代を投擲するとそれが紫色の閃光となって四方から詩乃へ襲って来た。左方向へ走りながら攻撃を躱し、彼女も反撃として発砲する。弾が刀で弾かれようが攻撃を続けた末に今度は黄泉の胸へ照準を合わせ、彼女が幾度目かの投擲を繰り出す前に引き金を引く。
放たれた弾丸が一直線に黄泉の胸元を射抜くと
ブシュウッと赤い液体が噴き出してアスファルトの地面を赤く染め、ふらついた所へ更にもう一発撃ち込んで腹部を射抜いた。
「くッ…あぁッ……!?」
「このまま一気にッ──!!」
畳み掛けようとしたが黒い羽根がふぁさっと舞い散ると共に黄泉の姿がその場から消えてしまった。
「き、消えた…ッ!?」
「詩乃ッ、後ろ!!」
円香がそう叫んだ瞬間に詩乃が振り返ると腹部へ鋭い痛みが走った。下へ目線を向けると刀の柄の先、つまり頭の部分が詩乃の腹部へ当たっている。
どうやら黄泉は当てる寸前に逆手に持ち替えたらしい。
「ッ…あ……!?」
「……詩乃。本当に大きくなって綺麗になった……けどね、私は貴女の敵。もう私は貴女の2番目のお姉さんじゃない……次会った時は本気で貴女を殺す。だから貴女も私を本気で殺しに来て?待ってるから。」
そっと耳元で囁くと寄り掛かった状態の詩乃を手放して地面へと寝かせた。そして駆け寄って来た円香を背に彼女は暗闇の中へと消えて行った。
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翌朝、詩乃が目を覚ましてリビングへ向かうとテーブルの上に1枚の白い封筒が置かれていた。
「姉さん…これは?」
「今朝、ポストを見たら届いてたの。差出人は恐らく……」
「父さん…或いは母さんの何れか。中身は?」
円香がスッと折り畳まれた用紙を差し出すと詩乃が受け取ってそれを読み始めた。
「……黄泉を最重要危険怪異と見なして討滅する。本気で言ってるのか!?」
「昨日の会合で決まったそうよ。こうなった以上……もう打つ手はない。」
「そんな……ッ…。」
「さっ、支度して朝ご飯にしましょ?2人揃って遅刻する。」
ポンと詩乃の右肩へ手を置く円香の手はいつもより何処か元気が無かった。普段なら強めに来るのだが今日は軽め…やはり思う所が有るのだろうか。
そんな2人を後目に普段と変わらぬ日常が幕を開けた。もう1人の姉……鈴村黄泉を討滅するという事が決まったその日の朝は何処か天気も悪く、雨が降っていた。
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