25話_ヒトリアソビ (前編)
ある日の事。1人の女子中学生が携帯で予め調べた事を実践しようと思い、ぬいぐるみを自室の戸棚から取り出す。そしてその背をハサミで割いて綿を全て引き抜くと台所から持って来た透明のカップに入った米を中へ入れていくと更に爪切りで自分の爪を切ってその中へと入れてからその背を赤い糸と針で器用に縫い合わせた。
「出来た!後はこれを明日の夜に。」
ふふふっと笑うと彼女はそれを学校で扱う鞄の中へ入れてから眠りに付いた。
彼女の名前は
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とある日の事。
学校が休みだった事から理人は部活での買い出しをする為に街中を訪れていた。というのも詩乃から「そろそろ備蓄してた食料が無くなる」と伝えられたからだ。
詩乃が買いに行けば良いのだが彼女は取り込み中で手が離せないとの事。代わりに助っ人を寄越したという事で彼の傍に居たのはガールフレンドの明日香ではなかった。
「……何故私がこんな事を。」
「ごめんね神代さん…態々来て貰って。」
横に並んでいるのは涼華、私服として着ているのは彼女にしては珍しい黒のスカート。上は白い長袖のシャツを着ていて足元は普通のスニーカーだった。
理人の方は青いジーンズとグレーのパーカー、中は黒のTシャツ。
「…買い出しというのは不便なモノだ。雑用の間違いではないのか?」
「うッ…そ、そうなんだけどさ……。」
苦笑いした彼はゴソゴソと鞄の中から受け取ったメモ書きを取り出すとそれを見ながら確認し2人で歩いて行く。
涼華は行き交う人々を横目で見ながら歩き続けていた。
「…そういえば神代さん、ケガの方はもう大丈夫?」
「問題はない。致命傷を負って死に掛けたが…先生と詩乃に助けて貰った。」
淡々と話す彼女だったがその右手首には包帯を巻いていた。未だ完治したとは言えないものの、理人は安堵したのか静かに頷く。
その後、2人は買い出しの為に凡ゆる店を回って買い集めて行くと漸く最後の5件目の店へ訪れたが全てが終わる頃には既に日が落ちていた。
「これで全部…かな?」
「あぁ、リストに書いてあった通りであれば間違いはない。とは言え……流石に買い過ぎだと思うが。」
理人は両手に商品の詰められたビニール袋2つと他の店で買ったビニール袋2つの4個、涼華は同じビニール袋1つを手にしていた。そして暫く並んで歩くと理人と涼華は住宅街の付近で立ち止まる。
「この荷物は明日、僕が学校に持って行くよ。今日は付き合ってくれてありがとう。」
「……気にする必要はない。私は帰る…この荷物は明日持って行く。」
「うん、それじゃ…また明日学校で。」
涼華と別れた理人は暗い夜道を1人で真っ直ぐ歩いて行き帰宅すると玄関先で蒼依と擦れ違う。
どういう訳か椿も一緒だった。
「蒼依、こんな時間に何処行くんだ?」
「友達の家!何か見せたいモノが有るってさっき電話が有ったから…行って来ます!!」
椿もまた理人へ頭を下げると2人は玄関を出てその友達の元へと向かって行った。
残された理人は玄関のドアを閉めると靴を脱ぎ、荷物を置きに家のリビングへと向かうと袋を台所へ置いてからソファへ近寄ってそこへ腰掛ける。
歩き回って疲れたのか理人は僅かばかりに溜め息を零した。
「ふぅ……それにしても鈴村さんも人使いが荒いっていうか何ていうかさぁ。幾ら助手でも疲れるよ…明日香は用事で手が離せないって言って断るし……。」
余程疲れていたのかそのまま眠気に負けてしまい、そのままソファでうたた寝をしてしまった。
「ヤバい寝過ごした!?ってあれ…蒼依と椿もまだ帰って来てないのか。」
いつの間にか本気で寝てしまっていた事から彼が溜め息をつくと同時にテーブルの上に置いていた携帯が鳴り、取りに戻ると電話へ出るとその画面には電話番号だけ表示されていた。
「…もしもし?」
『や、やっと繋がったッ…お兄ちゃんッ…助けてッ……ヤバイの!!へ…変なのに…ぬいぐるみに追われててッ…それで、隠れんぼの…終わらせ方を──きゃあああッ!?』
直後に聞こえて来た大きな物音と共に電話が切れてしまった。タチの悪いイタズラかと思ったがどうやらそうでは無さそうだ。声の主はどう聞いても蒼依本人、若干眠たげだった彼の意識は今の電話で完全に覚めてしまった。テレビの近くに有るデジタル時計を見ると3時50分を差している。
「どうする…椿も一緒に行ってるけどどうすれば...!!」
理人はあたふたしながら携帯を見る。
再び蒼依へ連絡を取ったが繋がる気配はなく、
彼はリストから詩乃の番号を見つけて咄嗟に彼女へと連絡した。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
蒼依と椿が出掛けて行った先、それは彼女のクラスメイトの香山雛菜の自宅だった。
というのも雛菜から「蒼依ちゃんに見せたいモノが有るから夜中に来て」とメッセージアプリのやり取りの中で有った為。それもオカルトが好きな蒼依にとって良いモノだという。彼女は遅くならない様に早く帰ろうと思い、椿と共に街中で色々と時間を潰してから彼女の家の前へ訪れていた。
「見せたいモノって…何だろう?」
「さぁ?それより早く帰らないとお兄様が心配する…話は程々にね。それに今が真夜中だって事忘れないで。」
「解ってるよ、大丈夫だってば。」
雛菜の家のインターホンを鳴らすも返事がない。
ふと彼女の家の明かりを見ると明かりは点いているらしい。試しにもう一度鳴らしてみたがやはり出なかった。
「…雛菜ぁ?居ないの?」
試しにドアノブを捻ってみるとドアが開き、蒼依は意を決して中へと踏み込む。
家の中は人の気配こそするが不気味に静まり返っていた。
「お、おじゃまします…雛菜さんは居ませんかぁ?」
返事がない事から止むを得ず、玄関で靴を脱いで蒼依が先に上がり、続いて椿も上がる。
雛菜の部屋は2階にある事から2人は玄関近くの階段を上がって雛菜の部屋へ向かった。
表札の有る部屋の前へ来ると椿が袖を引っ張って
蒼依を止める。
「どうしたの?」
「……この家、何か居る。」
一言だけ呟くと椿は何かを警戒している様に見えた。だが蒼依は「多分気の所為だよ」と笑い、ドアを開けて中へ入ると四角いテーブルの上に赤い糸と銀色の細長い縫い針と桃色の爪切りが置かれていて、テーブルの足の近くには白い綿が落ちていた。
「え...何これッ...!?」
蒼依は異様な光景に目を丸くしていた。
すると外からバンッ!!と何かを殴り付けた様な大きな音がして思わず椿へしがみついた。
「ひッ!?な、何!?何なのぉッ!?」
「...また嫌な感覚が強まった。蒼依、悪い事は言わない...香山さんを連れて此処を出た方が良いかもしれない。」
椿が彼女の手を握り、そう話すと一旦部屋を後にする。雛菜の家は他の家と比べると若干広い事から彼女を探すのは少し困難。2階は彼女の部屋と妹の部屋、それから空き部屋が有る。1階はリビングに仏壇の有る和室の他にもう1つ部屋が有る他に物置として使っている部屋と風呂場にトイレが有る。
彼女の家には何度か遊びに来ている事から蒼依も大体の間取りは解っていた。
「解った...行こう。でも何でおじさんも叔母さんも居ないんだろ?」
「部屋にあったカレンダー、今日の日付に丸が付いてた。玄関に有った靴も学校のローファーとスニーカーしかなかったから多分...家には香山さんしか居ないんだと思う。」
2人は話しながら隣の部屋のドアを開けるとそこは女の子らしい可愛い物、勉強机等の家具やぬいぐるみが置かれていた。
「...優花ちゃんの部屋。でも特に変わった物は無さそう。」
「他を当たりましょう?此処には居なさそうだし。」
一通り見回し、押し入れ等を開けた後に再び廊下を出て歩き出すと今度はバツンッ!!という音と共に明かりが全て消えてしまった。周囲が暗闇に包まれた瞬間、蒼依は再び椿へしがみついて来る。
「きゃあぁッ!?何で電気が!?」
「ッ...!!蒼依、早く外へ!!」
彼女は蒼依の手を握り締めて走り、壁伝いに階段を降りて来た道を引き返して玄関へ向かうと椿が長方形のドアノブを何度も上下に動かして押し込むのだが開く気配がない。
ただ悪戯にガチャガチャという金属音だけが響く。
「ちょっと椿!こんな時に冗談止めてよ!?」
「私は何もしてない!開かないのッ...何度やっても開かないッ...!!」
2人が半ばパニック状態になっていると今度は階段の有る通路の奥から床を踏みしめる音が聞こえ、蒼依が振り返る。暗闇のせいで何も見えない事から慌てながらも咄嗟に携帯のライトを使ってその方向を照らし出した。
「え...ッ......ウソでしょ...何で!?」
「蒼依、どうかしたの?聞いてるなら返事して、蒼依ってば!!」
椿が振り返ると蒼依が無言でライトの先を指さす。
そこに居たのは包丁を持ったウサギのぬいぐるみだった。手にしているのは刃渡り約21cmの黒い柄の包丁でライトの明かりでギラリと光る。
そしてぬいぐるみは口元が縫われている為か喋れない筈なのだが2人の少女を見てポツリと呟いた。
「みぃーつけた......♪」
刃先が向けられるとゆっくり歩き出して此方へ近寄って来る。すると椿が蒼依を庇う様に前へ出るとぬいぐるみへ話し掛けた。
「...これはお前がやったの?」
「そんな事より...遊ぼう?ワタシと...一緒に遊ぼうよぉッ!!」
包丁を突き出して飛び掛って来たぬいぐるみから蒼依を庇った際、椿は右腕を切られてしまう。
痛みに顔を歪めるも蒼依を連れて玄関から離れるとリビングの方へと駆けて行く。
「椿...大丈夫!?」
「私の事は良い、早く隠れて!!」
2人はリビングの奥にある和室の押し入れへ入り込むと戸を閉め、息を殺して気配を探る。
少し経つと畳を這いずる様な音がしたかと思うとそれは消えてしまう。居なくなったのを確認し、蒼依はライトで椿が切られた箇所を照らしてみると赤い血が切れたワイシャツ辺りから滲んでいた。
「血が出てる......。」
「こんなの平気...それに私は身元不明の怪異だから貴女達人間と同じで血も出るし痛みも感じる...生き物としての死が確定していればこんな事には成らないのに。蒼依は大丈夫?」
「私は大丈夫...でも、こんな時に私の心配しなくて良いのに。」
「......そうはいかない。私は蒼依と生きるって決めた、だから心配する......それよりさっきのアレに何か心当たりは?」
椿がそう問い掛けて来ると蒼依は何かを思い付いたのか慣れた手付きで携帯を使って調べていくと
そして1つのサイトを見付け、彼女へ見せて来た。
「......ひとりかくれんぼ?」
「うん。雛菜の部屋に有った爪切り...それから赤い糸と針、動き回るぬいぐるみ......間違いないよ!」
蒼依が強く頷くと椿は彼女の携帯を借りて画面を指先で下げていく。そこには[降霊術の一種]と記載されていた。
「成程...、彼女がやったのは降霊術。でも此処に2時間以内に終わらせないといけないって書いてある。私達が来たのは確か夜中の3時15分だった筈よ。」
「それで今は4時だから...つまり後1時間で儀式を終わらせないとダメって事!?まだ雛菜も探せてないのに...!!」
思わず大きな声を出し掛けた蒼依の口を咄嗟に椿が塞いで何とか宥めると椿は押し入れの戸を僅かに開いて様子を伺う。だが何も変わった様子はなく、外は不気味に静まり返っているだけ。蒼依は携帯を受け取ると更にそのサイトを閲覧し、儀式の終わらせ方の項目へ辿り着くが画面が真っ暗になってしまった。
「儀式の終わらせ方...儀式の終わらせ方....あッ!?嘘、バッテリー切れちゃった......。」
ふっと明かりも消えてしまい、押し入れの中に暗闇と沈黙が拡がると蒼依は不意に椿の方へ身を寄せて来た。
彼女の胸元へ顔を当てると蒼依はゆっくりと深呼吸を繰り返す。
「...蒼依?」
「此処から帰れるのかな...私達。あの時の事......椿に初めて会った日の事思い出しちゃって...さっきから手の震えがずっと止まらない...椿、私怖いよ......。」
「...大丈夫よ、きっと帰れる。蒼依は強い子...それに今回は私も付いてるから心配しなくて良い。」
椿は手探りで彼女の背を擦りながら落ち着かせていった。儀式の終わらせ方が解らない以上は手の打ち所がないのは紛れもない事実。かと言って闇雲に動き回るのは得策ではない。すると椿が何かを思い付いたのかポツリと呟く。
「......香山さんの携帯。」
「え...?」
「...香山さんの携帯で連絡してお兄様に連絡して探って貰うしかない。」
椿がそう話すと蒼依は顔を上げて呟いた。
「私が雛菜の携帯と...雛菜を探して来るよ。」
「蒼依ッ...1人で大丈夫?」
「怖いよ...だけど大丈夫......。」
蒼依は椿から離れると戸を開けて屈んだ姿勢で外へ出る。そして外の月明かりを頼りに仏壇からスイッチを押すタイプの小型ライターを手にして和室を後にした。
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和室から出てライターの火を付けると廊下を道なりに進んで行く。小さな橙色の明かりがまるで命の灯火の様にも見えた。
「ッ...やっぱり怖いなぁ...椿に来て貰えば良かったかな......。」
蒼依は1階で人が隠れられそうな場所を探し、ライターの火で照らして行くも中々見つからない。
諦めて風呂場へ向かおうとした時だった。
廊下から自分以外の床を踏みしめる音と共に聞こえて来たのは床に固い何かを擦るような音。
蒼依はライターの火を消してその場で息を殺して
立ったまま廊下の方を向くとあのぬいぐるみが包丁を持って彷徨いていた。微かだが外から差し込む月明かりでその姿が見えている。
「雛菜…何処に隠れてるの……?」
バレない様に再び廊下へ出て行くと足音を立てぬ様に進んで行き、幾つかの部屋や隠れられそうな場所を見た後に別の部屋へ辿り着く。
そっとドアノブを引いて中へ入ると室内は真っ暗、
ライターの明かりを点けてみると奥に誰かが蹲っているのが解る。近寄ってそれに触れてみると此方へ振り返って来た
「あ、蒼依…ッ!?」
「雛菜!?良かった…ケガしてない?大丈夫?」
ライターの明かりで彼女の薄茶色い髪と緑色の瞳が照らされている。蒼依は安堵すると彼女に何が有ったのかを聞き出していった。
「…つまり、ひとりかくれんぼをやったらアイツが動き出したって事?」
「うん…いつの間にか、ぬいぐるみがお風呂場から居なくなってて…ごめんね……。蒼依に見せようと思ってたのはあのぬいぐるみなの。」
「……そっか、先ずは早く儀式を終わらせよう?携帯貸してくれないかな、私の携帯…バッテリー切れちゃって。」
「それが…此処に来る途中に何処かに落としちゃったみたいで…ごめんね……。」
蒼依は息を飲むと状況を理解し幾度か頷いた。
だが彼女は雛菜の方を見て更に話を続ける。
「…携帯がダメならお家の電話でお兄ちゃんに聞いてみる。電話が何処に有るか教えてくれない?」
「電話が有るのは此処を出て、リビングのもう1つの出口の近くだよ。少し遠回りになるけど……。」
「…雛菜は此処に居て、大丈夫…必ず戻るから。」
彼女を安心させ、蒼依は再び倉庫の外へ。
ライターを点けると辺りを照らしながら再び廊下を進むとひんやりした空気が肌に伝わって来る。
同時にドクンドクンと自分の心臓が強く脈打っているのが解った。もし見つかれば殺される…死と隣り合わせの状況である事には変わりはないのだ。
「は、早く電話を…ひッ!?」
廊下を歩いていると突然、外から轟音と共に雷鳴が鳴り響いたのだ。
雨も横殴りで降り始め、窓に雨の雫が打ち付けて来る。まるで今の蒼依が置かれている立場を嘲笑うかの様に降り続けていた。
「ふふふッ…みぃーつけた!!」
「あぁ…ッ…!?」
気配を感じて振り返った蒼依の前に現れたのはあのウサギのぬいぐるみだった。聞き覚えのある子供の様な声を出したぬいぐるみは包丁を向けて蒼依へと襲い掛かる。
「嫌ぁあああッ──!!」
「遊ぼう!?ねぇ、遊ぼうよぉおッ!!」
蒼依は背を向けて走り出し、来た道を引き返す。
尚もぬいぐるみは彼女の背を追い掛けて来るのが気配だけで解った。家の中で逃げられる場所や隠れられる場所も全て限られている事から安易な行動をすればそれが死に直結するかもしれない。
兎に角、それだけが恐ろしくて堪らなかった。
「同じだ…あの時と…殺されちゃうッ……今度こそ本当に…!!」
廊下を左へ曲がって進んだ先に電話を見つけ、
彼女はぬいぐるみが来る前に理人の携帯番号を打ち込んで受話器を握り締めていた。
「早く…早く出て…お兄ちゃんッ…お兄ちゃん……!!」
そして電話が繋がると彼女は叫ぶ様に訴えた。
『……もしもし?』
「や、やっと繋がったッ…お兄ちゃんッ…助けてッ……ヤバイの!!へ…変なのに…ぬいぐるみに追われててッ…それで、隠れんぼ…終わらせ方を──きゃあああッ!?」
ぬいぐるみが飛び掛る形で襲い掛かって来ると蒼依は思わず叫んでしまい、それと同時に電話の受話器を手放してしまう。ぬいぐるみは電話線を包丁で引き裂くと再び蒼依の方を見据えていた。
「ダメだよ…そんなコトしちゃ。遊ぼうよ?ねぇ、たくさん遊ぼう?」
怯えている蒼依を見ながら、ウサギのぬいぐるみは更に距離を詰めて来る……彼女を殺そうと包丁を持ったまま。
-彼女達に残された時間は少ない。-
(つづく)
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