18話_ツバキサマ
ある日の真夜中
カチカチとパソコンのマウスでとあるサイトのURLをクリックし何かを探していた。
外は雨が降っていて、雨水が風で窓へ打ち付けられる。この日は強風だった。
「有った…コレかな…。」
パソコンを弄っていたのは
部屋の本棚には都市伝説やオカルトの本が置かれており、生粋のマニアだった。
事の発端は友達が彼女へDVDを勧めて来た事がきっかけ。そして集まった友達とある事を学校でやってみようという話になったのだ。
それはツバキサマという一種の降霊術。
手順としては
・彼岸花を4本持って来てそれを十字に置き、中央に赤い蝋燭を立てる。
・ツバキサマ、ツバキサマ、〇〇という人を殺して下さい。と嫌いな人や排除したい人の名を呼ぶ。
(この時、手を繋いで机を囲む形にする事。)
・もし遭遇したら逃げる事。話し掛けたりしてはいけない。
この3つが主な降霊のルール。
メモを終えると蒼依はパソコンのサイトを閉じてパソコンの電源も落とした。
「怖くなっちゃったな…トイレ行ってから寝よ。」
書いていた時に嫌な雰囲気がした事から寝る前に蒼依はトイレへ。すると廊下で理人とすれ違った。
「うわぁッ!?何だ…お兄ちゃんかぁ…ビックリさせないでよ!」
「あ…ごめん。まだ起きてたの?」
「学校の予習してたの…区切りも良いからトイレだけ行って寝ようって思って。」
「こんな夜中まで律儀だな…それじゃお休み。」
「…ねぇ、お兄ちゃん?」
蒼依は理人が部屋へ戻る前に一言呟く。
「お兄ちゃんの…知り合いの人、名前なんだっけ? 」
「あー、鈴村さん?それがどうかした?」
「その人って…都市伝説とかオカルトに詳しいの? 」
「うーん…聞かないと解らないかも。それが何?」
「へ?な、何でもない!お休み!」
蒼依はバタバタとトイレへ向かい、用を足してから再び部屋へ戻るとそのまま布団へ潜り込むと目を閉じて眠った。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
そして次の日の放課後。
蒼依は友達数人と夕暮れの教室に残っていた。
大村六花、相田結愛、西島綾音、沢田雪菜を含めた5人は1つの学習机を囲んで立つ。そして黒い髪の少女、六花が鞄から蝋燭を取り出した。
「…赤い蝋燭、家から持って来た。それとライター…これは仏壇から。」
続いて彼岸花を3人が相次いで取り出す。
茶髪のショートヘアをした結愛、赤髪を後ろで結んだ綾音、右側の黒い髪をリボンの付いたヘアゴムで結んだ雪菜がそれぞれ置く。
十字を作るように置くとその真ん中へ赤い蝋燭を立てて、ライターで火を付けた。
この彼岸花は学校の裏山に生えているのを持って来たのだ。蒼依は雪菜、綾音と手を繋ぐと各々は頷いて話し始めた。
「「「「「ツバキサマ…ツバキサマ…体育教師の村田篤史を殺して下さい…お願いします…。」」」」」
村田とは5人の通う中学校の体育教師。
変な目で女子生徒の身体を見たり、雪菜に至ってはスキンシップとして尻を触られた事も有るという。
噂によれば家に連れ込んでヤってるのでは?という話も有る。つまり女の敵として今回のターゲットにされてしまったのだ。唱え終わると各々が手を離し、話し出した。
「ねぇ…蒼依、本当に出るの?」
「ネットに書いてたもん…コレだけで良いって。」
「こんなんで誰も死ぬ訳無いよ、バカバカしい…さっさと片付けて帰ろ?」
綾音が鞄を持ったその時。
野太い男の悲鳴が廊下から聞こえて来た。
その場に居た全員が思わずビクッと背筋を震わせ、顔を見合わせる。
「え…何今の…?」
蒼依は思わず4人へ尋ねるが各々知らないと口々に答える。声がしたのは今居る教室から直ぐ下の階に有る廊下から声が聞こえた。
この辺まで聞こえて来るという事は何かあったのかもしれない。
「あ、蒼依…どうしよう?」
「行こう…何か有ったのかもしれない。」
雪菜の問い掛けに蒼依が見に行こうと提案し、5人は教室を出て下の階の廊下へと向かう。
だが声が聞こえた辺りには何も無く、5人は安堵し胸を撫で下ろした。すると綾音はそこへ向かって色々と確かめてみたがやはり何も無かったらしい。
「大丈夫だよ、何も無…い…ッ!?」
いや、何も無かった訳じゃない…
何かあったのだ。廊下の奥…5人から死角となる位置で誰かがうつ伏せで倒れていた。そこに居たのは血に染った人間…しかも、中年の男。背格好も見た事がある。
体育教師の村田篤史…彼が死んでいた。
営利な刃物か何かで滅多刺しにされた様に身体には穴が開き、普段彼の着ている白いジャージは真っ赤な血で赤く染っていたのだ。茶色い床には赤黒い液体が水溜まりとなって彼の周りに出ていた。
「嘘…本当に…死ん…でる……!?」
血相を変えて戻って来た綾音を見た雪菜は彼女の様子を察して話し掛けた。
「どうしたの?何か顔色悪いけど…。」
「し、死んでる…本当に村田が…死んでるの!!」
「え…冗談は止めてよ…綾音、嘘でしょ?」
六花がそう話すと綾音は首を横へ振る。
どうやら嘘では無いらしい…じゃあ誰が彼を殺したのか?
「…じゃあ誰が……?」
蒼依が思わず口を開く。だが、その答えは直ぐに解った。
「私だよ……私が……殺したの。」
透き通る様な優しい声と何処かその中に含みの有る言い方。目の前に居たのは黒い着物を着た女の子、足元の方には赤い彼岸花が柄として彩られていて、襟も血に染った様に赤い。
黒く艶やかな長い髪と丁寧に切り揃えられた前髪…赤く血に染った様な赤い瞳と白い肌…そして冷たい視線と共に向けられる微かな笑み。
彼女の右手には刀、そして左手には白い鞘が握られていた。
「あ…あの子、誰……!?」
結愛が思わず口にしてしまう。あんな子は知らないし見た事がない。そもそも何故彼女は着物を着ているのだろうか?普通は学生服だと思うのだが…何故なのだろうか?
「…5人。そう…今回は…5人なんだ……。」
5人?今回は?どういう意味なのだろうか?
蒼依は再び口を開くと彼女へ尋ねてみた。
「貴女…誰なの?」
「私?私はね…椿…カミサマなんだって…ねぇ、私と…あーそぼ?」
「遊ぶって…ッ!?」
ゆっくりと歩き出すと椿という少女は5人へ近付いて来た。夕陽で刀の刃がキラキラと反射し光る。
あの刀は恐らく本物…そして今ハッキリ解った。
-彼女は自分達を殺すつもりなのだと。-
「きゃあああああッッッ!!!」
結愛が悲鳴を上げて走り出し、それに続いて雪菜も綾音も六花も蒼依も走り出した。
殺されたくないという強い願望、そして何であんなモノを呼び出してしまったのかという恐怖。
それだけが5人全員を支配していた。
「…大丈夫……みんな…仲良く殺してあげる…ふふふ……。」
椿はクスクスと微笑むと5人を追い掛けて向かう。夕方の校舎はいつの間にか日が傾き始めていた。
そして…恐怖の時間帯が幕を開けた。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
その日の夜。
蒼依が帰って来ない事から理人と両親は心配していた。時刻は既に夜の19:00を超えている。
本来ならもう帰って来ていても可笑しくない。
17:30には家に居て、そこのソファに座ってくつろいでいる筈なのだがそれも無かった。
「何か有ったのかな…?」
不意に理人は変な想像をしてしまった。
誘拐されたとか、事件に巻き込まれたとか…嫌な想像ばかりしてしまう。携帯へ掛けたが繋がらない事も併せて余計に不安を掻き立てていた。
ふと彼は昨晩、蒼依が何故か詩乃の事を話していたのを思い出し何故そんな話をしたのかと疑問に思い始めた。変わった人が自分の学校に居ると蒼依に話した事が有ったからだ。
「……ダメ元で鈴村さんに掛けてみるか。多分違うと思うけど…きっと何処かで寄り道してるんだ…きっとそうだ…!」
彼はリビングから出て携帯のアドレス一覧から鈴村詩乃と書かれた項目を見付けて彼女へ連絡する。3回コールした後に直ぐ電話が繋がった。
[はい、もしもし…?]
「もしもし鈴村さんッ!?僕だけど…!」
[知ってるよ、櫻井君だろ?どうしたんだい…。]
「妹が学校から全然帰って来なくて…!」
[あのねぇ、私は警察じゃないんだぞ?そういうのは警察に言うべきだろ…解ったなら110番!それと火事と救急は119番だよ。解ったね?]
彼女側から通話を切ろうとした時、理人は慌ててそれを止めた。
「待って!…昨日、妹から鈴村さんがオカルトとか都市伝説に詳しいのかって言われたんだけど…何か関係有るのかな?」
[また勝手に私の事話したな…まぁこの際だし大目に見るけど。その質問は一応YESだね…それだけかい?それだけなら…]
「僕の妹…蒼依を探してくれない?頼むよ…!」
彼は懇願する様に尋ねると事態を察したのか彼女の声色が変化した。
[…解った、直ぐそっちに行くから支度して待ってて欲しい。]
電話が切れると理人は彼女が来るのを待つ事となった。電話が切れ、途端に流れるこの何とも言えない沈黙と同時に妹の安否だけが気になって仕方がない。蒼依と彼は仲が悪い訳では無いし、共通の話題さえ有ればいつもリビングのソファで話している。
そんな何気ない事が出来なくなるのかと思うと怖くて堪らなかった。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
あれから何時間経っただろうか?
椿という少女を呼び出し、追い掛けられてから。
自分以外の4人は散り散りに逃げてしまった事から誰が何処に居るのかも解らない。
蒼依は今、2階の教室にある机の下に隠れていた。
「そうだ…携帯!携帯使おう…これなら…!」
制服の上着のポケットから携帯を取り出し、画面を開いて見てみる。咄嗟に彼女はメッセージをやり取りするアプリケーションを開いてグループへ書き込んだ。
〈今何処に居るの?〉
だが、少し経つとメッセージは送信出来ませんでしたというエラーが出てしまった。
何度送っても、何度送っても同じ。
「え…何で…!?」
その原因は直ぐに解った。
携帯画面の右上に有る電波マークがゼロ。
そしてそこには漢字2文字が出て来た。
「圏外……!?だって此処は学校…電波だって通ってる筈なのに…どうして!?」
するとザッザッザッという何かが擦れる音が聞こえる。その瞬間、空気が冷え込んだ感覚がした。
「…ッ…!」
息を殺して通り過ぎるのを待つ。
直ぐ外に誰かが居る…壁を1つ挟んだ向かい側の廊下に誰かが居る。するとその足音は蒼依の居る教室の入口で止まり、沈黙が流れた。
すると次の瞬間…木製のドアが音を立てて真っ二つに斬れたのだ。バタンと教卓や机に命中し大きな音を立てた。
「ッッッーーー!!?」
蒼依は悲鳴を上げそうになるが、手で口を塞いで押し殺す。そして赤い彼岸花の柄が見えた。間違いなく彼女…椿が此処へ来ていた。
そのシルエットはゆっくりと辺りを見回すと
周囲を探して回る。蒼依は見つかって欲しくないという思いで何とか耐えていた。そして足音が止まり、カラカラとドアが開けられて出て行った。
助かったのだろうか?
蒼依が胸を撫で下ろし、顔を少し上げた時だった。
「クスクス……見ぃーつけた…♪」
だらんと垂れ下がる黒い長髪、そして気味の悪い位に赤く染った瞳…そしてニヤニヤ笑っている口元。間違いない、椿だ。彼女が正面から見下ろしていたのだ。
「嫌ぁあああッッッ!!!!」
蒼依は咄嗟に机の下から飛び出して何とか這い出ては逃げようとする。転びそうになりながら教室の後方から外へ出た。無我夢中で走り続け、今度は上へ逃げる。振り返っている余裕なんてない。
皆は何処に居るのだろうか?無事なのだろうか?
「嫌ぁッ、助けてッ…死にたくないッッ!!」
廊下を曲がった先で誰かとぶつかる。
そこに居たのは六花だった。
「蒼依!?無事だったの!?」
「六花ぁ…椿が…椿が来てるの…!!」
「わ、解った…逃げよう?こっち!」
半狂乱で蒼依が叫ぶと彼女に手を引かれて走る。
理科室へと逃げ込むと残りの結愛、綾音、雪菜の事が心配になって来る。奥にある机の下へ隠れると何とか呼吸を整えていた。
「蒼依…携帯は?」
「ダメ…圏外で電話出来ない。」
「アレは?玄関の近くにある公衆電話は?」
「知らないよ!使った事…無いもん…!このまま椿に殺されちゃうのかな…私達…。」
「ッ…まだ大丈夫だよ…早く3人と合流して…学校から出よう?ね?」
六花は蒼依を慰めると彼女は小さく頷いた。
公衆電話…それが使えれば良いが、使えない。
ならどうする?六花はある事を思い出した。
今日、彼女は日直で職員室へ日誌を出しに行った…確かそこに電話も有った筈だ。
「職員室…そうだ、職員室の電話…それなら!」
「…職員室に行くの?」
「うん…警察呼んで助けて貰おう。大丈夫…私も行くから!」
蒼依は六花を見て頷く。今の希望は職員室に有る電話しかない…。様子を見てから六花の合図で2人は理科室を出て3階から1階へ階段を降りて向かう。
物音を立てれば彼女が来るかもしれない……。
そして1階へ来ると職員室を目指し、更に奥へ進む。職員室と書かれた表札の有るドアを開けて中へ入ると室内は真っ暗…そして六花は窓奥の方に有った1つの固定電話の受話器を取ってみる。だが何かが可笑しい、数字のボタンを押しても反応が無い。普通なら音が鳴る筈なのだが、鳴らないのだ。
「な、鳴らない?」
「六花…ダメだ…電話線が切られてる…どの机も全部!」
携帯のライトで蒼依が他の机の電話を全て辿った。だが、それ等はどれも切られていた。
綺麗に真っ二つにケーブルが切られている。
他の電話も全て同じ…。
1年生、2年生、3年生…の各教員の固定電話も全て、
そして教頭の机の上にある固定電話も全てだ。
2人が頭を抱えていると誰かが入って来る。
咄嗟に異変に気付いた蒼依がライトを向けた先に居たのは……
「つ、椿……ッ!?」
「見ぃーつけた…♪今度は1人増えて……2人?じゃあ…仲良く……殺してあげるね?」
椿の笑みが消えると歩み出して距離を詰めようとする。すると六花が蒼依を退けて近くに有ったノートパソコンを投げ付けた。
「こんのぉおッッ!!!」
投げられたノートパソコンは椿へ命中…した筈だった。ガシャンとそれは音を立てて落下、よく見ると真っ二つに斬られている。いつの間に刀を振ったのだろうか?
「ざぁんねん……♪」
「なぁッッー!!?」
「六花ッ、早く逃げよう!六花ぁッ!!」
彼女の手を引いて逃げようと蒼依は促す。
そして此方へ引き寄せた時に六花が声を上げた。
「い…あッ…!!?」
「え……?」
よく見ると彼女の左肩に刀の刃先が刺さっていた。
ワイシャツが赤く染まり、即座に引き抜かれると足元へポタポタと赤い液体が滴り落ちる。
蒼依の携帯のライトによりそれが血だというのは直ぐに解った。肩を抑えながら蒼依の方へ後退ると彼女は息を荒くしていた。
「ッッ…!」
「六花!?大丈夫…六花!?」
そして椿はニヤリと笑うと話し出した。
「……コレはね印だよ。次は無いって意味…だって、コレなら…私から逃げられないもの…そうでしょ…?」
彼女はわざと逃がそうとしているのだ。
六花を負傷させて手負いの状態にする事で蒼依が彼女を見捨てて自分だけ逃げるという算段も視野に入れて。
「早く逃げないと……本当に死んじゃうよ?…それとも…此処で…仲良く……死ぬ?ふふッ…ふふふふッッ……!」
暗闇に響き渡る彼女の静かな笑い声は何とも不気味だった。そして蒼依は六花と共に彼女の前から走り去る。痛みに耐えながら血を滴らせ走る六花を何とか庇いながら。
夜の学校での恐怖の鬼ごっこは未だ終わらない……。
(つづく)
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