第2部 頼られる存在
File5.教育担当係
俺は今不思議な光景を目の当たりにしている…。
目の前にはお経を唱える坊さん…。
線香の煙に紛れるようにじっちゃん、ばっちゃん、母さんの遺影…。
俺の左隣には父さん、右隣には叔母ちゃん。誰がどう見ても法事の光景であるが…
「楽人よ、じっちゃんの写真、もうちょいええのないんか倅に聞いてくれや。もっと若い頃の写真があるやろうに…」
「ばあさんとわしが並んでおったら、わしの方が老けて見えちょる。わしはもっと男前じゃろ」
「今日は
お経の合間に聞こえてくるじっちゃんの独り言。
じっちゃんは俺に話しかけているようだが、ここで返事をすればおかしな奴だと思われてしまう―――。
〈頼むから今は黙ってろ〉
心の中で呟きながら両手を合わせ、俺はあることも願った。
〈どうか…どうか成仏できますように……〉
3回忌の法要も無事に終わり、坊さんを見送った俺たちは居間でくつろいでた。
叔母ちゃんは早々に帰宅、今は父さんと俺だけが残っていた。
「父さん、なんで今日姉貴いねーの?」
「美里か…。美里は、今日どうしてもはずせない用があるみたいだ。始めは来る予定だったんだけどな…。朝になって急に来れないと連絡があった」
「ふーん…」
「楽は…、美里と連絡を取ってないのか?」
「全然。…多分、高校…卒業してから連絡取ってないや」
姉貴と仲が悪いわけではないが、家にいる頃から喋る仲でもなかった。姉貴も高校卒業時には実家を出て1人暮らしをしていた。
「そういえば、姉貴って今何してんの?」
「美里は確か…、楽人と同じ病院におるはずじゃ」
「へぇ…。って、病院勤め?!……姉貴がぁ?!」
「そうじゃ。わしも久々に美里の姿を見たくてのぉ…会いに行ったんじゃが、美里にはわしが見えんようじゃ」
「誰にでも見えるわけないやろ…。むしろ見えてる方がおかしいわ!!」
俺は気づいた。
今…、俺が話している相手は父親ではなく…、じっちゃんであると…。
「楽……、今……」
「ははは…。あー、うん。…俺、…今じっちゃんと話してたわ」
「おじいちゃん…親父と話せるのか!?」
「おっ、おう。話せるし…見える」
「そんなことがあるなんて……」
「俺も、…初めてじっちゃんが見えたときはビビったよ。けど…、今じゃもう当たり前のようにいるし。俺ん家に住み着いてる。…んで、たまに職場の病院にも来る」
「ははは…。そうかそうか。…親父が。楽のこと守ってくれてんだな」
「……守ってるって言うのか?っつか、じっちゃんが言ってたけど…、姉貴って俺と同じ病院で働いてんのか?」
「ああ、そうだよ」
父さんの話によると、姉貴はK大学医学部に入学。ストレートで卒業、医師国家試験にもすんなりと合格。今ではK大学病院研修医2年目として働いているそうだ。意外と近くにいたという事実に驚くとともに、家族なのにここまで何も知らないものなんだな…、と少し寂しくも思った。
「楽は最近どうなんだ?しんどくないか?」
「おう。仕事にも慣れてきたし、変則的な生活にも慣れたよ」
「……そうか」
■□■□
看護師3年目として働く俺はある日、師長に呼び出しを受けた。
〈何かやらかしたか?いや…覚えがない…〉
色々と考えながら歩いているうちに、師長室までたどり着いていた。
師長室のドアをコンコンコンと3回ノック…。しばらくすると中から返事が返ってきた。
「どうぞ」
「…失礼します」
俺は緊張しながら師長室の中へと入った。
「佐久山くん。急に呼び出してごめんなさいね。どうぞそちらにおかけ下さい」
師長と対面するようにソファへと腰を掛け、俺は師長の言葉を待った…。
「佐久山くんにお願いしたいことがあって、今日は来ていただきました。来年度の事にはなるのですが…。新人教育担当として、新人看護師の指導をしていただきたいと思っております」
「はっ?俺…がですか?」
「そうです」
「早くないですか?俺…来年4年目ですよ?」
「おかしなことを言いますね。あなた達の教育担当をしていた向井くんだって4年目でしたよ」
「いや…でも…俺じゃなくても…」
「あら、佐久山くんならきっと良い指導者になると思いますよ」
「師長さんがそこまで言うなら…。…頑張ります。」
「良かった。では、今後のスケジュールについてお伝えしておきますね。今年度中にいくつか講習会へ参加していただく必要があります。そちらに関しては後日お知らせさせていただきます。詳しいことは向井くんにでも聞いてください」
師長室を後にした俺が詰め所に戻ると、俺を見つけた立川が話しかけてきた。
「佐久山ー。呼び出しはどんな内容だった?」
「大した内容じゃなかった」
「ちょいちょいちょい…大した内容じゃなくても、今日みたいに師長から呼び出しされるの?それおかしくねぇ?」
「ははは…そうだな」
新人教育係の話は後日スタッフへ発表されるため、立川や他の同期への詳細を伏せていた。
〈俺に務まるかわかんねーけど、やるしかないか……!!〉
「楽人、出世だな!!」
何の事情も知らないじっちゃんが揚々と話しかけてくる。
「うっせーぞ」
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