File12-②.case西口彩羽

受け持つ患者情報

 802号室4ベッド

 氏名:櫻井さくらいみち子さん

 年齢:68歳

 性別:女性

 既往歴:糖尿病、白内障

 入院歴:あり(他病棟)

 内服情報:ジャヌビア、メトグルコ、タケキャブ

 経過:右腎臓がん、本日RAPN


今日受け持つ患者さんは、入院のときにも先輩と一緒に担当した人。

先週金曜日、入院を担当したときに色々と足りていない部分を言われれ、私なりに何が足りてないのかを考えた土日。

〈今日はきっと大丈夫な気がする…〉

術後の準備でしないといけないことを考えながら先輩を待っていると、私たちを呼ぶ声がした。

佐久山先輩、私が勢いよく休憩室のドアを開けたがためにケガをさせてしまった…。先輩は大丈夫、と言ってくれたけど、救急まで行き帰って来たときには、おでこにガーゼが貼られていた。

〈痛そう…本当に大丈夫かなぁ…〉


■□■□

私、西口彩羽にしぐちあやははこの春から念願の看護師となった。

小児喘息でよく病院通いをしていた頃、白衣を見るだけで怯えていた私に優しく接してくれた看護師に強い憧れを抱き、目指すことにした。看護系の高校が地元にはなく、高校普通科を卒業後、看護専門学校に通うことにした。3年間の中でいうと、最終学年が一番しんどくて辛かった。実習場所で、これでもか、と言わんばかりに責められ、どれだけ涙を流したことか…。戻れると言われても、もう二度と戻りたくない看護学生時代だ…。


就職するにあたり、病院選びをどうするか悩んだ。そんな時、看護学校時代の友人たちが口を揃えて言ったのが、『就職するなら大学病院』だった。

両親にも大学病院を勧められた。福利厚生が良いだの、民間に比べて休みを貰えるだの…。正直なんのことだかわからなかったけど、調べてみると色々とよさそうだった。美味しい話につられ、私はK大学病院を選んだ。


同期のメンバーも皆よさそうで安心した。

〈同じ病棟に配属となった月島君、見た目も態度もクール。原君と牧田君はすっごく仲良し。幼馴染み同士って言ってたかな、なんだか羨ましい〉

私たちの指導担当の佐久山先輩、見た目は恐そうだが、話をすると面白い人だとわかり安心した。

〈まだ知り合ってそんなに日は経ってないけど、これからもっと先輩の事を知りたいな…、なんて言ったら怒られるかな〉


■□■□

佐久山先輩に呼ばれ、私たちは先輩のもとへと行った。


「はい、次…西口さん」

「はいっ。本日受け持つ方は―――。以上です」

「帰室まで時間はあるね、じゃあまずRAPNラプンって何?」

「えっと…」


パラパラと手持ちの資料をめくりながら探していると――


「1年目の間は略語は使わないようにって言ったよね」

「…はい」

「正式に言うとこの術式は何?」

「………」


私の悪い癖が出てしまった。——だんまりだ。


「答えられる人いる?」

「あーっと、確か…ロボット支援下右腎部分切除です」


牧田君がフォローをしてくれた。

彼の方をちらり見て、ぺこりと会釈をした。


「そう。どんな手術かは知ってる…よね、あとで教えて。術後帰室の準備はどこまでできてる?」

「はい…。部屋の準備はできてます、術後ベッド作成はこれからです」

「ご家族さんは?」

「待合室でお待ちいただいています」

「じゃあ先にできることからしよ」

「はい」

「あとの2人のを聞いてから確認するし、先進めといて」


そう言い、先輩との申し合わせは終わった。

そのまま私は術後の準備をするためにその場から離れ、廊下へと出た。802号室から廊下へと移動させたベッドに術後の準備をしていく。


ベッドに準備する物として、まず術後病衣をベッドに開いた状態で置き、その上にT字帯、電気毛布をセット。枕の近くにはガーグルベースン、酸素マスク、SpO2モニター、ベッド頭元には酸素ボンベを引っ掛け準備完了。布団を被せ、その上に点滴棒を置いた。

準備が整い、しばらくして先輩がやって来た。


「ベッドの準備は終わった?」

「はい」

「……聞いていい?この枕、なんでここに置いてるの?」

「枕…ですか……」

「術後の患者さんに枕を使っても良かった?」

「えっと…」

「全身麻酔ってどういう状態?」

「意識が…ない…状態です」

「そんな人に枕をすると…」

「意識のない人に…枕……」

「そんな難しいことではないよ。例えば、もし意識のない人が目の前に倒れていたら西口さんはどうする?」

「まず反応を確認して…呼吸状態をみます」

「そこっ。呼吸状態をみるときにどうやって確認するの?」

「気道確保…あっ!!」

「よし。わかったね」

「はい。意識のない人に枕をすると、気道が塞がれる可能性があります」

「そう。だから術後の患者さんには枕をしない」

「先輩…ありがとうございます」

「西口さんは難しく考えすぎ。基本的なことさえ押さえればきっと大丈夫」

「枕、片してきます」


先輩のいいところはこうして1人1人の事をよく見て、適格なアドバイスをしてくれるところ。知識として不足していれば助言してくれるし、答えやすいように考えて話をしてくれる。

〈私もこんな風になりたいな〉

そんなことを思いながら枕を抱え、私は病室へと歩いていた。









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