File12-①.case月島隼人
受け持つ患者情報
805号室3ベッド
氏名:
年齢:74歳
性別:男性
既往歴:高血圧、高脂血症
入院歴:なし
内服情報:アムロジピン、リピトール、タケキャブ
経過:本日入院。(初回)
採血、心電図、胸部レントゲン検査、病棟オリエンテーション
入院される患者さんの情報をまとめ、佐久山さんが情報収集を終えるのを待っていた。巡回の準備もするように言われたので、空いていたカートにバイタルサイン測定に使用する血圧計、体温計、
■□■□
僕の名は
看護師の世界は女性社会だと言われてきたが、ここ最近は男性も少なからず看護師として働いてる。
以前、男性は『看護士』、女性は『看護婦』と呼んでいたそうだが、2001年の保健婦助産婦看護婦法が保健師助産師看護師法という名称に変わったことにより、2002年3月より男女共に『看護師』と統一されることとなった。この背景には、男女雇用機会均等法における、職業における男女平等という考え方があったようだ。
僕自身、学業に関しては何の心配もいらないくらいできるほうだった。故に、高校から進学するにあたり、国立大学を薦められたが、あえて専門学校を選択した。大卒と専門卒では、給料に多少なりの差はあるものの、4年のうち換算すれば1年の休みがある大学で学ぶよりも、その時間を削ってでもみっちり、3年の間に知識と技術を叩き込める専門学校の方に魅力に感じたからだ。
何事も難なくこなして来た僕にとって、最大の敵というべきか…苦手な人と言うべきか…。今の僕たちの指導係…佐久山さんの事は正直、信用していない。
同期に対しては何の不満もないが、もともと口数が少ない僕のことをきっと皆は掴みにくい人として見ているだろう。それでも構わない。僕はそういう人間だ。
オリエンテーションで初めて会った時から、僕は佐久山さんに対して苦手意識を持っていた。
■□■□
「月島君から教えて」
そう佐久山さんに言われ、僕は受持つ患者さんの情報を伝えた。
「———今日受け持つ方の情報は以上です」
「他にはないの?」
「はい」
「ふーん。じゃあさ、峰晴さんの所で月島君は何をするの?」
「採血、バイタル測定、オリエンテーション…です」
「決められたことしかしないの?」
「他に何かありますか…?」
「もう少し考えといて」
そう言い、佐久山さんは他の同期へと声を掛け始めた。
〈何が足りないか教えてくれればいいのに…考えるって言っても…〉
同期全員分の情報を聞き終わったのか、佐久山さんが僕の名前を呼んだ。
ふと顔を上げると、さきほどまでとは明らかに表情が違う同期の姿があった。皆それぞれ何かを言われたのが、すぐさま理解できた。
「ほんで、考えてわかった?」
「何が足りないのか…考えてみたのですが…さっぱりです」
「月島君は患者さんと向き合うとき、いつも何に気を付けてるの」
「体調面で変わりがないか…を聞いています」
「他には?」
「……えっと」
僕は思わず黙り込んでしまった。
そんな僕に、佐久山さんは他の同期と巡回後に話そうと言い残し、その場を立ち去った。
――午前10時30分。
詰め所に同期と共に佐久山さんが帰ってきた。他のメンバーはそれぞれ準備を始め、僕だけ取り残されている感じがした…が、今は気にせずにいようと思った。
僕の姿を見るなり、佐久山さんは近づいてきた。近くの椅子に座り、僕が情報収集で使用していたバインダーにはさんでいたA4用紙を見ながら話し始めた。
「月島君はさ、結構マメな人やと思うねん。けど、こう…なんて言うたらいいかな…視野が狭い気がする。看護師として患者さんを看るときに、身体的、精神的、社会的に看るって…習わんかった?」
「そう言えば…習いました」
「それを踏まえて、この情報収集量はどうか考えてみて」
今回入院される目的は化学療法——
身体的:抗がん剤による倦怠感、しびれ、味覚の変化、脱毛
精神的:疾患に関する精神的ダメージ
副作用による精神的ダメージ
脱毛の受け入れ、倦怠感による体力の低下、食欲不振…
社会的:家族のサポート態勢
黙々と書き上げていると、先輩が声を掛けて来た。
「さっきまでと全然ちゃうやろ?」
「はい…確かにそうですね…アドバイス、ありがとうございます」
「お礼言われることなんてないわ。情報の取り方もそうやけど、月島君の場合は視野を広くした方がより多くの気付きに繋がる。今までは俺がああだの、こうだのって言ってきたけど、それじゃあ全然為にならんと思って、あえて今日は考えてもらった。たぶん、もう少ししたら患者さんが来られると思うし、それまでに何を聞くか考えといて」
片手を振りながら佐久山さんは他のメンバーの元へと歩いて行った。
このとき初めて、先輩を尊敬の眼差しで見れたと思う。
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