File15.じっちゃんの言葉

連日のように残業している俺…。新人の指導が、まさかここまで疲れるとは思いもしなかった。定時には帰宅を促し、その後俺は残ってそれぞれの進捗状況をまとめる作業があり、俺自身の帰宅時間は決まって21時を回っていた。


「ただいまぁ」

「相変わらず遅っせーな」

「うるへぇ。ふぁぁあ、眠っ」

「そのまま寝てはいかん!まずは手洗い、うがいじゃ!」

「わーってるよぉ」


じっちゃんに促され、俺は洗面台へと向かった。鏡に映る俺自身を見て気付いた。

なんか、俺、実年齢より老けて見える…

もともと実年齢より若く見られていたが、ここ最近の疲労蓄積によりまともなケアができていなかった。男性化粧品一式は揃えてあるものの、開封したのはいつなのかさえわからなかった。


「なぁ、じっちゃん…」

「なんじゃい」

「俺って、こんなに老けて見えんの?」

「今そうやって見えてるのなら、老けてるんじゃろ。せーっかくの男前さんが台無しじゃのぉ」

「そうだな…」

「否定せんのかい!」


疲れきった顔を見ていると、陰気臭さが滲み出てきそうだったため、俺は手洗いとうがいをささっと済ませ、リビングの方へとよたよたと向かった。


ここ最近の俺の飯は決まっており、お湯を注げばできるカップ麺のオンパレードだった。休日にスーパーへと買いだめするため向かい、買い物カゴに入れていく品が終わっている、と感じつつも気にせず買い物をしていた。


水を注ぎ、電源を入れるだけでお湯ができあがる、この瞬間湯沸かし器は俺の相棒として大活躍だ。


「まぁたそんなもん食う気かえ」

「これしかねーからな。それに、手っ取り早いぞ」

「ここんとこ、毎日食っとるやないか」

「この時間に帰って作るとか面倒っしょ」

「…じゃからって」

「もうええんですよ。どうせ俺は終わってるんすよ」


拗ねるような口調でじっちゃんに返事をした。

俺はそのまま湯を注ぎたてのカップ麺を机に置き、胡坐をかくようにして座った。

俺がスマホを見ながら、ソファにもたれかかるような姿勢となっていたのを見ていたじっちゃんは、ソファの近くにふらふらとやって来た。


「楽人や、そんなぐうたらしとってええんかい」

「もうええんですよ」

「儂はそんな子に育てた覚えはねーぞ!」

「はぁ?じっちゃんだってぐうたらしてたじゃねーか」

「ぐ…否定できん」

「最近さ、何のために残って仕事してんのか、俺だけがしなくてもええんじゃね、って思うことが多くてさ、どうしていいかわかんねーの」

「……」

「じっちゃん?」


返事がないことに多少不安になった楽人は、ソファから起き上がりじっちゃんを探した。机の前に正座している姿を見て、俺は少し安堵した。


「急に黙んないでよね、ビビったわ」

「楽人、お前さん、頑張るっつてたよなぁ」

「あぁ、言った」

「だったらベソかいてんじゃねー。やらなあかんことはとっとと済ませればええやろ!おめーさんにしか出来ねーことなんじゃろ?だったら文句垂れてねーでせんかい!残ってせなあかんゆーことはな、おめーさんに能力がないんじゃい!」

「はあ?」

「そうじゃろ!!」


今まであまり大きな声を出さないじっちゃんに、俺は正直驚きを隠せないでいた。

生前の時ですら、俺に対して声を荒げなかったじっちゃんが、なんでかわからないが今俺のことを叱っている。呆気にとられた俺のことは無視するようにじっちゃんは続けた。


「決められた時間内にできるように努力せぇ!こんな時間まで根詰めて…いつか倒れてしまうじゃろ!お前さんが倒れてしもたらどないするんじゃ!」

「じっちゃん、わーったから。一旦落ち着こ…」


顔を真っ赤にし、息を荒げたじっちゃんを宥め、俺は正座してじっちゃんと向かい合った。


「じっちゃん、俺の事、心配してくれてありがとう」

「当ったりめーじゃ」

「俺もこんな生活をやめたいって思ってたんだ。時間内に終われるようになんとか頑張ってみる!」

「んなろくでもねー生活とおさらばじゃ!」

「おう!って、ラーメンがのびてる…!!」


じっちゃんの激励を受け、俺は定時で終わらせるように気を引き締めたのだった。その意思表示も兼ねて同期である立川に連絡を入れた。


楽:『立川!俺、明日から定時に終わらせるようにすっから』

浩輔:『見守り隊』

楽:『www』

浩輔:『がっくんならできるよ!』

楽:『おう』

浩輔:『俺にできることがあったら何でも言ってね!』

楽:『マジ!?』

浩輔:『指導を変わる、とかは無理だからね www』

楽:『わかってるよ。頼りにしてる!!』

浩輔:『照れるわ~』

楽:『またな!』

浩輔:『うす』


よし、と意気込んだ俺は急いでカップ麺を平らげ、シャワーを浴びに向かった。


「楽人や、お前さんはまだ若い。だからしっかりと整えんといかんのじゃ…」


じっちゃんの言葉は俺には聞こえなかったが、俺の事を思って叱ってくれたことが嬉しかった。



この時の俺はまだ知らなかったのだ。

佐久山家に訪れる、試練のことを…。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る