File16.新人看護師の成長
俺自身がノー残業を掲げ新人と向き合うようになり、彼らも少しずつではあるが成長しているように感じていた。
記録を早くに終わらせる努力をしたり、新人同士がコミュニケーションを積極的に図り、切磋琢磨する姿は昔の俺を思い出させるようだった。
「佐久山さん、患者さんのことでご相談なのですが…」
「佐久山さん、前回指摘された記録の件で自分なりに直してみたので一度確認していただけますか?」
「楽人先輩~、今度飲みに行きましょうよ~」
「佐久山さん、研修の課題で相談したいことがあるのですが、休憩時間にお聞きしてもよろしいですか」
俺だけで新人のフォローをする期間は短く、半年も経つ頃には病棟スタッフ全員でサポートするような態勢を整えることができた。新人の指導面でどういうサポートがいるのか、1人1人の課題を見出し、達成できるような関わりをリスト化することで効率よく指導できると気づいた。俺は同期と協力してリスクを作成しスタッフ間で共有し、スタッフ一丸となり新人看護師の成長に携わったのだ。
「佐久山君、4人とも同じように成長できているね」
ある日、たまたまエレベーターが一緒になった師長に声をかけられたが、何とも嬉しい内容だった。
「はい!2年目になると、一気にスタッフの目が離れてしまいますが、俺はこのままできる限りのサポートはしたいと思ってたいます」
「そうね…。2年目、3年目が意外と節穴だからね…4月になるとまた新人が来て 、皆の手が離れてしまうもんね…。けど、そう言ってくれる人がいて良かったわ。これからも頼りにしているわね!」
意気揚々と師長はエレベーターを降りていった。病棟で話す機会がないせいか、変に緊張していたが、案外平気だったことに驚いていた。
時が経つのは早いもので、気づけば吹く風が急に冷たくなる季節になっていた。
病院を出ようとすると、後ろから原君に声を掛けられた。
「佐久山先輩~」
「あ?」
「いや、柄悪いっす」
「俺は仕事モードオフの時はこんなもんや」
「私服やと看護師に見えませんね!」
「原君もな!」
「もぅ、先輩の意地悪~」
「うざっ、なんやねん!んで、用は何?」
「先輩、俺ら新人4人と先輩で忘年会しませんか?」
「全部決めてくれるならええよ」
「よっしゃ!」
「但し、奢らへんからな」
「うぃーす」
「テンション低っ」
後輩との距離は、近すぎず遠すぎずを保つように心がけていた。
プライベートで仲良くするスタッフも中にはいるが、俺の場合はあくまでも職場での人間として関わっていた。冷たいと思われるかもしれないが、そこは割りきっていた。なぁなぁの関係は医療の現場には不要だと常日頃から思っているからだ。
一定の距離感で関わる、この先も変わらないことだろうと考えながら家へと向かっていた。
近所にあるスーパーへ買い物がてら寄ろうとすると、珍しく父親から連絡が来た。
父:『楽、急に冷えてきたが体調は崩してないか?』
楽:『大丈夫』
父:『なら良かった。年始、こっちに来れないか?』
楽:『4日以降なら連休があるから帰れるかも』
父:『帰って来て欲しい』
楽:『またはっきりとわかったら連絡する』
父:『ああ、身体には気をつけなさい』
父さんが帰って来て欲しい、って言うなんて珍しいな…。
この時の俺は…何も知らなかったのだ。
迎えた忘年会当日。
焼き肉店で俺は4月から関わってきた4人を見渡し、ここまでよく来れたものだ、としみじみと感じていた。
「佐久山先輩、本当に本当にお世話になりまじた。僕は、佐久山先輩が指導者で良かっだでず」
涙ながらに話すのは月島君だ。まさかお酒が入るとこんなにも涙もろくなるのか、と感心しつつも、俺自身が引きぎみで話を聞いていた。
「途中で辞める人もいるかと思ったけど、ここまで一緒に働けて俺も良かったよ。俺自身、足りてないことにも気付けたし、皆には感謝してるよ」
「私も!先輩みたいな指導者になりたいです!」
「西口さんならなれるよ。広い視野で見れてるし、他の3人と違って優しいし」
「ちょっとちょっと!まるで俺らが優しくない、みたいに言うのやめてもらえますぅ?」
ジョッキ片手に原君が大きな声で話し始めた。
「なんなん?普段もこんなに酔い潰れてるんの?」
俺が笑いながら聞くと、ノンアルコール飲料を飲んでいる牧田くんが答えてくれた。
「普段からこんな感じです」
「ちょっ、まこー!」
「はははははは」
「同期は心強い味方やからな。これからも切磋琢磨して行ってな!4月から新人が来たら、一気に俺たちの手が離れてまうから!いっちばん油断する時期でもあるし、慎重にな!」
「わっかりましたぁ」
「はい!」
「ばい」
「アドバイス、ありがとうございます」
初めて会ったときから比べると、新人4人がここまで成長してくれて良かったと思いながらも、これからも見守りたいと思いながら焼き上がった肉を頬張った。
2次会にも誘われたが、同期で過ごして欲しいと思い断った。
「せんぱーい、よいお年を~」
「よいお年を!」
大通りで別れた俺の傍に、じっちゃんが近づいて来た。
「じっちゃんが外まで来るなんて珍しいな」
「たまには、な」
「ほーん」
いつもならマシンガントークをするじっちゃんだったが、今日は珍しく無言が続いた。俺はじっちゃんの方へと向き直り、声を掛けた。
「じっちゃん?今日はえらく静かやん」
「…おん」
「何か言いたいことでもあんの?」
「そう…じゃな…。楽人、年始にはわしの家に来るんじゃな?」
「あ?そのつもりやけど」
「ならいいんじゃ」
深刻な顔をしていたが、俺は気にせずに続けた。
「父さんに何買うていこうかなぁ」
「なんでもいいじゃろ。お前さんが買うたもんはなんでも喜びおる」
「なんやそれ」
普段と変わりないように見えたじっちゃんだったが、どこか俺に気を使っているようにも思えたのだった。
こうして年始を迎え、俺は4年ぶりに実家へと帰省したのだった。
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