第3部 家族の絆

File17.新年の幕開け

年始早々の夜勤は、人手が足りない救急外来だった。


救急外来の特徴として、経験年数3年以上の看護師しか行けない決まりがあった。それもそのはずだ。ひっきりなしに運ばれてくる患者を医師と共に助けなければならない中、いちいち新人の相手なんてしてられないのだから…。


K大学病院は、生命に関わる重症患者を24時間受け入れる三次救急を取り入れている。これは、一次救急や二次救急では対応が難しい生命に関わる重症患者に対応する救急医療のことだ。

救急医療の最後のとりでとして、重症患者や複数の診療科にわたる症状がある重篤な患者を、原則24時間体制で必ず受け入れることになっている。

年末年始やゴールデンウィークといった、多くの病院が長期休暇に入る時期に、大学病院の救急外来は大繁盛する。


年末年始の一般病棟は、入院患者容体に応じて一時的な外泊を認めているため、どの病棟も入院患者の人数は減る。そうなると看護師が余ってくる事態となるため、人手を要する他部署への応援として派遣されるわけだ。俺もその応援部隊として駆り出され、救急外来へと来たのだった。


「S8から来ました佐久山です」


救急外来へ行き、リーダーっぽい人を見つけ声を掛けたが、残念なことにその人も応援部隊の人だった。


「佐久山さん?こっちこっち」


呼ばれた方へと行くと、新人教育で何度か会ったことのある主任看護師がいた。


「今日はよろしくね」

「こちらこそよろしくお願いします」

「早速で悪いんだけど、もうすぐ救急車が来るねん。ベッドは3番、78歳男性、転倒で頭部打撲、意識はあるみたい」

「了解です」

「物品の位置は…わかる?」

「何度か来てるんで大丈夫です」

「頼もしいわ!よろしく!」


病院の外から救急車のサイレンが聞こえ、しばらくすると救急外来の天井中央にあるランプが光り、ピロンピロンと音が鳴り出した。これは救急車が病院内の敷地に入った、という合図だ。この音を聞きつけた研修医たちが、救急車まで患者を迎えに行くのがお決まりのようだ。

救急隊員からの報告を受けながら運ばれて来た男性。


「3ベッドにお願いします!」


俺が救急隊員へ声を掛けると、彼らはストレッチャーを3ベッドまで運んできた。


「今から病院のベッドに移りますが、このまま横になっててくださいね」


救急隊員が患者へ声を掛け、他のスタッフは患者を移す準備をし始めた。約6名ほどのスタッフで患者が寝かされているストレッチャーのシーツを持ち、全員が持ったのを確認した後、『いきます、せーの』という掛け声に合わせてストレッチャーからベッドへと移した。


研修医1人は救急隊員からの報告を受け、他の研修医は患者から話を聞いていた。

俺は彼らの邪魔をしないように血圧計を腕に巻き付けたり、体温計を脇に挟んだり、酸素の値を見るためにモニターを付けるなどしていた。


「体温、血圧問題ありません」


そう言い、医師の指示を待つも、なかなか次の指示がない…。

しびれを切らした俺は、パソコンで何やら打ち込んでいる研修医に声を掛けた。


「先生、採血しますか?」

「あぁ、はい」

「んなら採血のオーダーしてください」

「わかりました」

「頭打ってるんですよね。頭部CT撮りますか?」

「あとで(上級医に)聞いてみます」


(何が後でだ…頭打って脳内出血でもしてたらどうすうねん!)


と心の中で思いながら、運ばれてきた患者の元へと行ってみた。


「ここがどこかわかりますか?」

「K大病院」

「お名前言えますか?」

「坂井耕太郎」

「なんで運ばれたかわかりますか?」

「歩いてて転んで頭打ったんや」

「痛みはどんな痛みです?」

「ズキズキするなぁ」


意識は問題なし、傷口から出血もしてるから、脳内で血腫(血だまり)ができる心配もない、記憶障害もなし…。特別急いで撮影する必要もないから…、一旦採血の準備と傷口の処置ができるように縫合セットでも準備するか、と思いその場を少し離れた。

リーダーに状況を伝え、医師の指示待ちである旨を伝え、俺は採血に取り掛かった。

採血をする際、念のため…と思い、点滴ができるようにルート確保も済ませた。研修医同士が集まり、何やらぶつくさと言っていたが、俺はその姿を横目に坂井さんの血で汚れていた頭髪をおしぼりで拭いていた。


「看護師さん?」

「はい?」

「頭、結構痛いのやけど、結構…切れてるのか?」

「はい。もうパックリと」

「縫わなあかんのか…」

「そうですね。頭の傷は縫わないと治らないですし。ただ、縫う前に局所麻酔はしますよ、それがまた痛いかもしれませんけど…」


俺が言ったように、この後坂井さんは頭部CTを撮り、脳内に出血がないことを確認され、傷口の処置を施されていた。


その頃の俺は、ひっきりなしに運ばれてくる患者の対応に追われていた。

転倒して骨折、交通事故、持病の悪化…その中でも圧倒的に多いのは、急性アルコール中毒、通称アル中だ。


「アル中!21歳男性、ベッド1」


アル中に対する救急スタッフの冷酷非道な対応に始めは驚いたが、これはこれで良いのかもしれないと思っていた。


運ばれてくるやいなや、意識朦朧としている人もいれば、運ばれる振動で吐く人もちらほら…。とりあえずお決まりのバイタルサイン測定(体温・血圧・脈拍・酸素飽和度)は測るも、それを終えるとすぐざま研修医たちの点滴ルート留置の練習体となるのだ…。

血管が隆起していても失敗したり、針を持っただけで緊張しているのか手が震える研修医もいた。


これでこの先大丈夫なのか?


俺は内心ハラハラしながら彼らを見ていたのだった。

上手く留置できれば後はアルコールを体内から出すために500ml×3本の点滴を全開で落とすだけだ。言うまでもなく、アル中患者はその後、尿意に襲われ自身の置かれている状況を把握し、我に返り反省する姿があちらこちらで見られる。

救急搬送に付き添う人も大変だろうな、と思いつつも、同情の余地なし、と救急スタッフは割り切って対応しているものだから、ある意味すごい場所だと痛感するのであった。


明け方には救急搬送も落ち着き、俺たちは交代で仮眠休憩に入った。


こうして怒涛の新年勤務を終え、俺は帰路についた。

家に入るなり、じっちゃんが元気よく俺に声を掛けて来た。


「楽人!新年あけましておめでとう!」

「ちょっ、じっちゃんあんまり大きい声出すな~俺は疲れてるんだ」

「新年の挨拶ぐらいせんかね!」

「あーはいはい。新年あけましておめでとーございますー」

「このくそ孫め!」

「なんとでもどうぞー。俺は明日も夜勤なんだーまたしても救外なんだぞ!」

「知らんわい!」


同じような夜勤を想定していたが、意外と落ち着いていたため、俺は睡魔と闘う夜を過ごしていた…。


世間一般の正月三が日はあっという間に過ぎたが、俺はこれからだ…、と思いつつも、実家への帰省は実に7年ぶり…。どこか足取りが重いことに気付いていた。





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