File18.7年ぶりの帰省

実家に帰省するだけなのに、どうしてこうも荷物が多くなってしまうのか…不思議に思いながら俺は、2泊3日分の着替えを入れたボストンバッグと、有名焼き菓子店で購入した手土産の紙袋を手に電車に揺られていた。


2日連続での夜勤を終えた俺の身体は、いつもよりも増して疲弊していた。


S8病棟ではあんまり動いてなかったからなぁ

俺って…こんなにも体力なかったか

いや…これはきっとやの新年早々の夜勤がきつかったせいだわ


大きく溜息を吐き、電車に揺られながらスマホの画面を見ていると、同期同士でカップルになった立川と和泉下が同じ写真をアイコンにしていることに気づいた。


揃いも揃って初日の出の画像って…仲がよろしいことで

そういえばあの2人…年末年始、同じように休みを取ってたな

ってかこんなの独り身にはハラスメントだろぉ


俺は気持ち的に沈んでしまい、スマホをポケットへと仕舞った。

電車に揺られること約1時間。目の前に広がるのは田んぼのあぜ道。

無人の改札を抜け、人ひとり歩いていない田舎道をとぼとぼと歩いていた。すると横に浮いていたじっちゃんが声を掛けて来た。


「この景色も変わらんのぉ」

「そうだな。7年前と何にも変わってねーわ」

「田舎はそうそうには変わらんわい!」

「はは、確かに。…けど…なんか懐かしいな」

「おめぇさんが高校卒業して以降、けえって来てねーもんな」

「そうだな。でも、何にも変わってないっていうのも…ええな」


懐かしい景色を見渡しながら俺は実家へと足を進めていた。

家が見えてくると同時に、俺は変に緊張してきた。


「やば…緊張してきた」

「しっかりせぇ。おめぇさんのうちじゃろ」

「わかってるけど!7年ぶりなんだぞ!」

「知ったこっちゃないわい」


実家の前に着き、玄関の扉をおもむろに開けた。


「父さん、ただいまぁ」


しばらくすると、渡り廊下をすたすたと歩いてくる足音が聞こえて来た。


「おぅ楽か。おかえり。疲れただろ」


玄関先まで迎えに来てくれた父は、どこか瘦せこけた印象を受けた。

もともと華奢であるが年齢のせいもあるのか、7年ぶりに再会した父の姿は年相応よりも老けて見えた。


「随分と見ない間にえらく男前になったな」

「そういう父さんは…ちょっと老けた?」

「ははは。そうかもな」


玄関先でたわいない会話をしていた俺は、ふと置かれていた靴に目がいった。

黒色にリボンが着いているパンプス。そこそこ年季が入っているかのように痛んでいるようにも見えた。明らかに女性ものの靴であり、サイズ的にもどこか見覚えのある靴だったため、確認のために父に尋ねてみた。


「姉貴、帰って来てんの?」

「あぁ」

「姉貴が帰って来てるなんて珍しいな」

「そうだな…。さ、いつまでもここに居ないでお入り」

「そうだな」


父の表情はどこか暗かった。

その暗い表情の意味を知るまで、そんなに時間はかからなかった。


リビングの扉を開け、中へ入るとどこか懐かしい匂いがした。年季の入った家の匂いとでもいうのか…。

木造建築の実家は築がわからないほど前に建てられたため、歩くだけで家中にきしむ音が響いた。これはこれで風情があるから俺は好きだ。


「あ、そうだ。これお土産」


俺は父へ手土産で購入した焼き菓子を袋から出し、手渡した。


「そんな気を遣わんでもええのに」

「いや…気持ちの問題やし…せっかくやから仏壇にでもお供えしとくわ」

「そうだな。久々に帰って来た楽に会えて、母さんも喜んでいるだろう…」


リビングを通り過ぎ、6畳ほどの和室に仏壇はある。

紙袋からお年賀として購入した焼き菓子を備え、俺は母さん、ばっちゃん、じっちゃんの写真に向けて合掌し、久々の帰省を報告した。


「お前さんとはいつも一緒におるけどな」


人が拝んでいる最中に声をかけてくんな


そう心の中で思いながら、俺はじっちゃんのことは気にせずに拝み続けた。

その頃、父さんは温かい飲み物の準備をしてくれていた。

リビングへ戻り、用意されていたマグカップを見ると、そこには見慣れない柄のマグカップが3つ並べてあることに気付いた。


「これって、姉貴の趣味?」

「そうだよ!」


思いもしない声に俺は驚き、背後から聞こえてきた声の主の方を見た。

そして、姉貴を見た俺はさらに驚きを隠せない表情をしていた。


「えっ…?…姉貴?」

「楽、久しぶりね」

「おぅ。久しぶり…」

「やっぱり驚くよねぇ」

「あ…うん」


目の前にいた姉貴は、俺の記憶の中にいた姉貴とは全くと言っていいほど別人のようにも見えた。


「父さんから何にも聞いてないの?」

「うん」

「なんだぁ、てっきり聞いていると思ってた」

「私からは言わないよ」


そう言いながら父は、3つ並べられたマグカップにお湯を注ぎ始めた。

マグカップからは湯気が上がるとともに、柑橘系のさっぱりとした香りが鼻を掠めた。


「2人とも、座ったらどうだ」


父に言われるまで、俺自身が立ちっぱなしだったことにさえ気づけなかった。それほどまでに動揺していたのかもしれない。

4人掛けのテーブルに家族3人で腰掛けた。昔からの名残で座る位置は変わらなかった。父の隣に姉貴が座り、俺は姉貴と向き合うように座った。

父は、姉貴に続き俺の目の前に入れたての柚茶を置いてくれた。姉貴は柚茶を一口飲み、静かにマグカップをテーブルに置いた。


「何から話そうか」


俺の目を真っすぐ捉え、姉貴は尋ねた。


「姉貴に任せるよ」


そう言うと、姉貴は自身のことを話し始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る