File14.それぞれのケア
昼休憩を終えた俺と新人4人は、それぞれの受持ち患者さんのケアを行っていた。
月島君は入院された患者さんの情報を電子カルテに入力中。
西口さんは手術がまだ終わらないため、他の患者さんの情報を収集中。
原君は透析のお迎えへと出ており、牧田君はストマ交換の準備中。
それぞれの動きを把握しながら、俺はまず牧田君とともに、809号室の井上さんの処置へ向かう事にした。ストマ交換の手順を口頭で確認し、ワゴンに準備されていた物品を見た。
「これで全部揃ってる?」
「えっと…はい」
「ストマのサイズは測らないの?」
「あ、測ります。あの…サイズ測る器具…って何でしたっけ?」
「ノギスね」
「それです!…どこにあるんですか?」
「えっとね…ストマ関連物品の棚にあるはず」
「わかりました」
パタパタと処置室へ戻り、しばらくすると牧田君は手にノギスを持ち戻って来た。
「これで揃いました」
「よし。そういや、牧田君はストマ交換初めて?」
「はい」
「ほな一緒にしよか」
「お願いします」
809号室へ入り、井上さんにストマ交換をする旨を伝えたのち、ベッドで臥床(横たわってる状態)から座位へと姿勢を整えた。牧田君に手技を1つ1つ説明しながら装具交換を始めた。
「寝衣が濡れないようにしっかりめくって止める」
井上さんの上着をめくりあげ、洗濯ばさみで両脇を止めた。
「ズボンも濡れる可能性があるから、しっかりと防水シートを巻き込んで、ストーマの近くにビニール袋をこうして差し込む」
こうすることで、ビニール袋に剥がした装具やガーゼを捨てられるメリットがあるが、しっかりと巻き込まないと重みでビニール袋が落ちてしまうことなどを伝え、一緒にケアを進めていった。
「ストマを剥がすときは、皮膚が引っ張られないように注意してよ」
「剥がし終わったらすぐに捨てるんじゃなくて、面をちゃんと確認するんやで」
「溶け具合を覚えるかメモしいや」
「端末で写真撮って」
ストマ装具を外すだけでも、多くの確認が必要であることが俺自身でも把握できた。
「佐久山さん、ストマのサイズ確認はここで合ってますか?」
「合ってる合ってる」
「縦、横、高さ…浮腫み具合に、ステントの目盛りと、ステントから尿は出ているか…」
「いい感じやね」
「確認はできました」
「ほな今度は、ストマのサイズに合わせて装具の調整やな」
装具サイズに見合った大きさになるように油性ペンで書き込み、鋏で切り込みを入れている間、ストマから尿が漏れないようにガーゼをあてるように伝えた。
一連のケアが終わるころに、俺が持っていたPHSが鳴った。
「はい、佐久山です」
「西口です。今手術のお迎えが呼ばれました」
「了解です、先に手術室へ行っててください。追いかけます」
PHSを切り、牧田君の方へと向き直った。
「俺、呼ばれたし、後の片づけは大丈夫やな」
「はい」
「記録は後で見るし、とりあえず入れといて」
「はい」
俺はその場を後にし、詰め所で手洗いを済ませた後、手術室へ向かおうとしていた。だがふと我に返り、最終確認も含めて病室へと足を運んだ。
802号室4ベッド櫻井さんの元へと向かうと、家族らしき人物の姿があった。思わず声を掛けると、手術のお迎えが呼ばれたことを知らずに待っていると返事がきた。
「今手術室より連絡があって、これからお迎えに行きます。戻って来られたら術後の観察等で看護師が入り込みますので、落ち着きましたら声をかけさせていただきますので、待合室の方でお待ちください」
「わかりました。ご親切にありがとうございます」
俺は櫻井さんの家族と別れ、急ぎ足で手術室へと向かった。エレベーターを降り、手術室まで真っすぐ続く廊下で、西口さんの姿を見つけた。
「西口さん!」
「え…、あっ、佐久山さん」
「やっと追いついた。あのさ、家族の人に声かけた?」
「はっ…かけてません」
「俺が話をしといた」
「すみません…ありがとうございます」
「今度からは気を付けようね」
「…はい」
2人で手術室へと向かい、待合室へ入るとベッドに横たわっていた櫻井さんの姿があった。手術担当の看護師より申し送りを受け、病室へ戻るべくベッドの方へと向かった。西口さんが頭元の方へと行こうとしたため、つかさず俺は止めた。
「そっちと違うよね」
「あ…え…?」
「頭元は担当の先生、俺ら看護師は足元やで」
「はいっ!」
心の中で溜息をつきながら、俺と西口さんはベッドを少し入り口近くへと移動させ、担当医の藤倉先生が来るのを待っていた。しばらくすると、更衣室から藤倉先生が歩いて来た。
「お待たせしました」
「いえ」
「今日は1年目さんやしさっくんもいるねんな」
「…うす」
「君は相変わらずやね」
「さっさと帰りましょう」
俺に促され渋々、藤倉先生はベッドを押し始めた。
病室へ戻ってからの西口さんの行動はてきぱきとしていた。頭の中で何度もシミュレーションをしていたかのようであり、思わず感心すらしていた。
「それではまた後程伺いますので、何かありましたらナースコールでお呼び下さい」
西口さんの姿を廊下で見守り、俺は先に詰所へと戻った。
詰め所へと戻ると、他の3人はパソコンで記録を始めていた。
「今戻った。報告聞くわ」
俺の一声に3人は反応し、1人ずつ報告をしにやって来た。
まず始めに月島君が俺の元へ来た。
「本日入院された峰晴さんですが、検査は全て終わられています。薬剤師さんにも持参された薬は確認済みで、峰晴さんにお渡しする準備をしています。記録は途中ですが、もうすぐ終わります。明日の抗がん剤のオーダーも入れてもらってますので、後で指示受けをお願いします」
「ほい、また記録が終わったら教えて。指示受けは一緒にしよか」
続いて原君。
「冴島さんですが、透析から戻って来られてます。担当の中島先生から聞いたのですが、ドナーの奥様の結果が良ければ来週には移植できるみたいです」
「あ、そうなんだ。日程早まりそうやね」
「はい」
「そうか…わかった、ありがとう」
最後に牧田君。
「井上さんのストマ装具交換の記録は終わりました。明日から点滴内容が変わるみたいです」
「何の点滴が変わるの?」
「えっと…」
「あぁ、利尿剤が追加になったのか、しかも明日じゃなくて今日からやで」
「…確認不足でした」
「指示受けるから、点滴の準備して。これは…常備であるからそこから使おう」
「はい」
牧田君はそそくさと点滴作成へと向かった。その後を追いかけようとしたが、1人忘れていることを思い出し、振り返った。
「ごめん、聞き忘れてた」
「いえ、大丈夫です。櫻井さんは今のところ落ち着いています。このあと30分後のバイタル測定をして、1時間後、2時間後まで観ていきます」
「ほい」
それぞれの報告を聞き終え、俺自身も優先順位を考えながらサポートに入ることにした。今までは俺自身が直接ケアに携わり、日々を振り返っていたが、客観的に後輩の動きを見たり、聞いたりする機会があることで、俺自身に足りていないことが見える気がした。1人1人と向き合い、個別性に応じたプランニングは大変であるが、これからもできる限りのサポートをしていこうと心に誓った。
そして、今日も俺は残業する羽目になるのだった…。
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