File10.きっと何とかなる…
新人教育の難しさを痛感する日々を送る俺——。
まだ就任して日が浅いにも関わらずめげそうになっていた。そんな俺を心配した立川が飲みに誘ってくれた。
「がっくん、お疲れ~。明日から休みに入るんだし、今日は飲も飲も!!」
「……立川はいいよなぁ。何の責任も背負ってなくて…。それに…、彼女もできて良いことだらけじゃん。それに比べて俺なんて…。負担…責任のオンパレード。定時に帰すためにさ、早めに記録を見るけど…結局時間オーバー。なんで俺なの?」
「がっくん…、今日はより一段とブラックだね」
「そう思うと、向井さんってすごいよなぁ。俺なんて足元にも及ばないわ」
実際に経験してわかったことがたくさんあった。
今は全員のスタートラインが同じでも、どこかで差が生じてしまう。その差を埋めるためにどう行動すべきか、1人1人と向き合い、過不足なく指導することの難しさを痛感する日々——。
「向井さんに相談してみてもいいんじゃない?」
「まだ早いよ…就任してまだ2週間!!」
「じゃぁ弱音吐かずにサポートしなよ」
「おいー。この俺を見捨てるのかぁ…はははは。俺、頼りない先輩だけど、でもきっと新人たちが成長していく姿を見るのは楽しいんだよなぁ」
「飲みすぎだろ…はぁ…」
いつもよりもお酒を飲み、酔いが回っているのはわかっていた。
ここまで自分が弱音を吐くとは思わず、途中から笑い上戸へと変貌していた。
そんな俺の話を聞いてくれる立川の存在は、ものすごく有難かった。
翌土曜日———。
俺は悩みに悩んで向井さんに連絡をした。
楽:『向井さん、お久しぶりです。少し相談したいことがありまして、お時間あれば
連絡ください』
向井:『おお!!久ぶりじゃん!!俺で良ければ聞くよ~』
楽:『向井さんのご都合の良い日を教えてください』
向井:『えっとねぇ…直近だと明日は?』
楽:『いいんすか!!明日でお願いします!!』
向井:『OK~店探すの面倒だし、俺ん家でええね』
楽:『はい。ありがとうございます』
こうして俺は向井さんと会う約束をした。
迎えた日曜日———。
向井家へと足を運んだ。俺は手土産として、日持ちのする焼き菓子を購入。
緊張しながらインターホンのボタンを押す。
ピンポーン
「ちょい待って…わっ!!」
中から何やら騒がしい声とともに鈍い音がした。
ガチャ
「おう、お待たせ~」
久々に訪れた向井さんの家——、相変わらず…整理されていた。
「向井さんの家って、いつ来てもキレイっすね」
「そりゃそうでしょ。職場でも自宅でも5Sは大事だぞ」
*5S…整理、整頓、清掃、清潔、躾
「今日はお1人様デーなんですか?」
「そうなの~昨日から嫁と子どもは実家に帰ってるねん…」
「えっ…」
「違うで。何にもないで。ただ単に休みやから帰ってるだけ!!」
「…良かったです」
向井さんは俺たちが2年目になった年に他部署へ異動。そしてその年に2年交際していた薬剤師と晴れて結婚。翌年には第一子の男の子が誕生、そして現在は第二子を奥様が妊娠中なのだ。
手土産のお菓子を渡し、向井さんに案内されるままソファへと掛けた。
キッチンではコーヒーメーカーを作動させている向井さんの姿があった。
「佐久山くんはブラックで良かった?」
「はい、大丈夫っす」
湯気がモクモクと出てるマグカップと、先ほど渡したお菓子とともに向井さんは戻って来た。
「はいよ」
「このお菓子…ご家族さんで食べてもらおうと思って持って来たんですけど…」
「数あるしいいじゃん」
「……うす」
アツアツのコーヒーを一口飲み、俺は意を決して話を始めた。
新人担当となりまだ日も浅いが、4人の性格や進捗状況、教育面で先輩方から注意されていること、今後注意すべきこと―――。
俺が話している間、向井さんは無言で聞いていた。
話が終わった頃には、向井さんのマグカップは空になっていた―――。
「———ってな感じです」
「終わった?」
「えっ、…はい」
向井さんは俺の顔をまじまじと見ながら話し始めた。
「佐久山くんは俺よりもできてる、何の心配もいらんやろ」
その言葉に俺は拍子抜けした。
今まで散々悩みに悩んでいることを打ち明けてきたにも関わらず、呆気ない返答にしばらく固まってしまった。
そんな俺を見ていた向井さん―――、
「俺が言えることは、…きっと何とかなる、ってことしかないわ!!」
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